家の在りかと刺客たち 中編
畳の上をひた走る。
エイデンは壁を突き破って飛んでいったようだ。そういえば屋敷の耐久性は保証しないとウメたちが言っていたっけ。一直線に空いた穴は、外まで続いている。
「もうっ、ルナティックもあのフォルって子も、世界樹をなんだと思っているのよ……!」
しかし、かくいう私もエイデンがどういう存在なのかはよく分かっていない。
そもそもどうして木が自立して喋って戦うんだ?明らかに外見は人だし、なんなんだあれ?
世界樹とは、何者なんだろう?
いくつも部屋を通り抜け、最後に半分外れた障子を飛び越えると、外に出た。
そこは、四方を渡り廊下に囲まれた空間だった。
「ふむ……お主、良い度胸じゃのぅ……」
中庭の中央でにらみ合うのは、ダークエルフたちと、エイデン。
私は一瞬息を吐き―—それから、言葉を失った。
エイデンの口からは、鮮血が垂れていた。
「おお、世界樹でも再生できない?この攻撃」
「根性なしめ……毒を盛るとは」
がふっ、と今度は紫色の血が吹き出た。あの色は……まずい。
「エイデンっ!この毒は!」
「巫女さんは、手を貸さないで」
その時、目の前にルティナが立ち塞がった。私は思わずその細い肩に掴みかかる。
「何するの、どいて!」
「ごめん、でも童はこっち側の人間だ」
槍の穂が真っ直ぐに向けられる。
私には、無理やり跳ねのける力量も、魔法もない。ただただ、歯がゆかった。
「争う必要なんてないでしょう……!平和的に解決する方法が、あるじゃない!なんでそうしないの!」
「童だって、そうしたいよ」
ルティナは、心の内の迷いを隠すように、顔を背けた。
「でも……同胞皆には納得してもらえない。もっと分かりやすい方法じゃなきゃだめなんだ。武力が、一番手っ取り早くて、分かりやすい」
「そんなの、間違っているでしょう!」
私は握り拳を作る。敵わないとしても、知ったことか。もう一度終末を呼んだっていい。
ダークエルフの理論の方が正しいなんて、そんなバカげたこと、認められない。
そして、捨て身覚悟で立ち向かおうとした時——
「待て、巫女」
どんな者の動きも止めるような、朗々とした声音が響いた。
私は、怒りを忘れ、声の方を見やる。
「手出しは無用じゃ。苦労して積み上げた交渉をここで水の泡にしたいのか?」
エイデンは、袖で血を拭いながら、不敵に笑っていた。
殴打を叩き込んでいたフォルが驚いた素振りを見せる。
「人を気にかける余裕ある?ほら、よそ見は―—」
背後から、無防備に屈むエイデンに拳が振るわれる。
手甲が触れる寸前で―—エイデンは体をひねり、唱えた。
「『蔓の腕』」
「っ!?」
翠の触手が勢いよくフォルへと伸びる。反撃。エイデンの十八番。
しかし。
蔓は空中で萎びて、ぽとりと墜落した。
地面に落ちたそれはぐずぐずに腐っている。こう、イカのするめのように。
沈黙が流れる。
「あ……あれ?おかしいのぅ。こんなはずは……」
「毒の効き目が出てきたんだ。自分でも分かっているでしょ?やばいって」
エイデンはうろたえながら、口を覆ってえずく。私は思わず駆け寄ろうとして、ルティナに制止された。
吐き出されたのは、鉱石の欠片のようなものだった。
「こいつが毒の元か……ダークエルフの洞窟のもんじゃろ?」
「ご名答!そうそう、木にしか効かない灰翡翠の毒だよ。吐いても無駄。体内に残り続けるからね」
「お主たちには聖樹があるじゃろ……。何故そんなおっかないものを持っている」
「俺たちはエルフの鼻っ面を明かしてやりたいんだ。聖樹は白エルフたちの心臓。俺たちにとっても大事だけど、場合によっては切り倒すこともいとわない」
ルティナが、聖樹を人質に取られても動じなかったのはそういうことか。
聖樹があるだけあって、世界樹への対策もしっかりしている。
これは……分が悪い。
「解毒薬はこれ。どんな鉱石も溶かす溶解剤。でも、体も一緒に溶けちゃうかもね?」
「世界樹をなめるなよ。こちとら柔じゃない」
小瓶をちらつかせるフォルに向け、エイデンは好戦的に笑う。
「『華の息』」
それが合図だった。
フォルの手甲に花が茂る。武器の無効化。しかし、花は手甲を覆いきれず、途中で枯れてしまう。
拳がエイデンの肩を掠める。紫色の血が飛び散る。
エイデンはすかさずフォルの腕を掴み、手繰り寄せ、蔓で巻き取る。
が、力が足りない。
フォルにあっさりと振り払われてしまう。
決定打が足りない。あと少し。もう少しだけ、踏ん張れれば―—
ひたすらに祈っていた私は、そこで。
覚悟を決め、目を開いた。
「ルティナ」
呼びかけると、ルティナの顔は更に険しくなった。
「いや、巫女さんは行かせない。そもそも、行ったところで何の助太刀もできない」
「なら、行かなければいいのね?」
私は、懐から神楽鈴を取り出す。
稲荷村の時はツバキで代用してしまったけれど、あれは例外。
「あなたも見ていなさいよ、本物の『巫女舞』を」
四つ目の技能、『巫女舞』。
それは、狭い渡り廊下、敵の眼前、身一つでも発動できる技。
私は神楽鈴を構え、精神を研ぎ澄ます。
正直、この技能を使ったことはない。さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。
「私の祈り、ちゃんと届けるわよ」
複雑な動きで編み出される舞は―—全種族中、最恐クラスのバフ。
読んでいただきありがとうございます。
巫女が終末をもたらす相手は人とは限りません。……と、ここまで物語を追っている人は分かるはずです。




