ダークエルフの刺客
「自然を正しいままにする。そのためには世界樹なんていらない」
ダークエルフの少女は冷酷にそう言った。
「本気で言ってる?世界樹が呪われているからって、そんな……」
「まぁ、困ったことに一理あるんじゃなこれが」
そこで、槍に腹を貫かれていた世界樹が体を起こした。
指パッチンと共に、酒瓶のコルクのように槍が抜ける。
傷口を蔓が覆っていくその様子に、当の加害者も私も目を点にする。
「自己再生能力くらいあるぞ。腐っても世界樹じゃからな、腐っても」
「表面上は、衰えていないと見える」
「別に中身も衰えてないがな」
と、エイデンは口から何かの種子を吐き出した。
人の姿でやると大変見た目がよろしくない。エイデンは唾液まみれの植物の種子を掲げる。
「とくとご覧あれ、ダークエルフよ」
槍と一緒に敵意を向ける少女に、世界樹は言い放つ。
「わしは、世界を支える一本の樹じゃ」
大地に落ちた種が芽生え、幹を形成し、一瞬のうちに大きな木へと変貌する。
「これは……まさか」
「うむ、ダークエルフなら知っておろう。エルフと縁のある木……聖樹じゃ」
聖樹、と聞いて思わず立ち眩みが。
なぜならそれは。
「エルフの里で厳重管理されてるやつでしょ!?盗んできたの!?」
「そんな人聞きの悪い。聖樹と話をつけてちょこっともらっただけじゃ。……でダークエルフの少女?」
エイデンは網目状になった聖樹の枝に腰かけ、性悪な笑みを浮かべる。
「世界樹を剪定しようとするほど、自然を信仰しているようじゃのぅ?なら、エルフの心である聖樹を壊せるか?」
ルティナは歯を食いしばる。
それから――ためらうことなく、槍を構え直した。
「杯、冠、寿ぐ詩歌――」
「っておい!?本当にやるのか!?」
エルフの心の根幹を人質にとっても動じない。
エイデンの少々下衆なやり口に、ルティナは表情一つ変えない。
そして、聖樹の上に乗っかるエイデンに狙いを定める。
「—―暗き安泰を、陽光差さぬ岩窟に」
止められない。
彼女はただ淡々と告げる。
「『刺突魔法』」
ルティアの姿がかき消える。
一筋の風が葉を散らしながら突っ込んでいく。
その先にいるエイデンは。
「うむ、流石。速さが段違いじゃのう」
想定外のことにも、泰然とした態度を崩さず。
また一つ、少女の上手をいく。
「こちらも敬意をもって応じよう。—―『蔓の腕』」
ルティナが生み出していた風の軌道が、がくんと折れる。
「!?」
槍の穂先は、エイデンまであと少しのところで静止する。
ルティナは、全身を蔓で絡め取られていた。
魔法の強制中断。
その無茶苦茶な手法にダークエルフの少女は動揺する。
「何を……!くそっ、放せ!」
「平和的な手段で行きたかったのじゃがな……こうなったら致し方ない。拘束させてもらうぞ」
「聖樹で脅すってのは平和的なのかしら。という訳でルナティック、これは没収ね」
身動きの取れなくなったルティナから槍を取り上げる。するとルティナはじたばたと暴れ出した。
「童のものを返せ!そちらはこの幼気な童をどうするつもりだ!」
「ごめんなさいね。でも先に仕掛けてきたのはそっちだし。エイデン、猫じゃらし」
「ほい」
「そ。それで何をうひゃひゃひゃ!?やめへ、ぴーっ!」
「はいはい質問に答えてー。貴方がやってきたのはどこの誰の差し金?」
「だから、ダークエルフ皆で決めたことでえっ、うひっ、素足をくすぐるなー!」
「皆、か……。わしが呪われておること、どうやって知ったのじゃ?」
「はーっ、はーっ、ダークエルフは今、一族を立て直そうと必死なんだ。だから、稲荷村ともこっそり交流を持っていて……そこで、稲荷村の体制を崩壊させた立役者の話を聞いた。それが、髪が一部だけ黒く染まった世界樹だというから……」
「なるほどのぅ、まぁ黒は呪われとる証じゃからな」
エイデンは蔓の締め付けを弱める。ルティナは笑いすぎたこともあって盛大にむせた。全く、誰がこんな酷いことを。ルティナの背中をさすっていると、そこで。
「……あら、貴方お召し物が泥まみれじゃない。どのくらい歩いてきたの?」
「三日三晩……」
「エイデンなんかのためにそんな長い距離を……」
「なんかとはなんじゃ、なんかとは」
その時、ある考えが閃いた。
私は思わず手を合わせ、ルティナに微笑みかける。
それは純粋な笑み……ではなく、濁り切った大人の笑みだったかもしれない。
「ねえルナティックちゃーん」
「な、なんだ……なんでしょう」
「貴方は、世界樹を討ちにきて、こうして捕まっちゃってるのよね?しかもヘトヘト?こちらとしても胸が痛むわ、外の国から来てくれた人をこんな風にしちゃって」
「わ、童は別に、国を訪ねに来たわけでは。だってここ国じゃな――って、あそこに霊石ある!」
霊石があるということは、土地が内包する魔力とのパスを開いた……つまり領地を自分のモノにしたということ。
誰がなんと言おうと、ここは国で、エイデンを刈り取りにきたダークエルフも来客だ。
「あそこに、新しく作った拠点があるの。そこでおもてなしをしてあげるわ。その代わり」
私は居をただし、語調をがらりと変える。
ルティナが褐色の肌に玉のような冷や汗を伝わせる。
「ダークエルフの内部事情を、教えてもらえないかしら?」
これが、私の初めての外交の仕事になる。
読んでいただきありがとうございます。
聖樹の上に乗る世界樹って絵面がすごいですね。富士山の上にエベレストが乗っかっているようなものですよ。




