世界樹のはじまり
屋敷の縁側で夕涼み。
私は湯上りの火照った体を冷まし、一息つく。
「本当にいろいろあったなぁ、この数日……」
「な、まさかわしもこんなにすぐ拠点ができるとは思わなんだ」
「!?」
いつの間にか隣に座っていたエイデンに驚き、飛びのく。当のエイデンは飄々とした様子で庭園を眺めている。その横顔を見つめていると、ふと気になった。
「……そういえば、エイデンっていつからこの『死の地』にいるの?」
「わしは生まれた時からここにおる」
危うくひっくり返るところだった。聞き捨てならない言葉が投じられたものだから。
「え?死の地、生まれ……?」
「あれ?言っとらんかった?母親が世界樹の里から家出して、『死の地』でわしを産んだって話」
「初耳よそれ。って、お母さんが世界樹だったの?」
頭の中ではてなマークが乱舞している。情報の処理が追い付かない。
てっきり、暇を持て余して「死の地」にやってきたぼっち世界樹なのだとばかり……。
「ええと、お母さんと一緒に来たのよね?お母さんは……」
「八年前に、ほら、大豊作だった年あったじゃろ。あん時に勢い余って花を咲かせまくったせいで、近くの村に存在がバレちまってのぅ」
「なかなかにシュールね」
「んで、その村が世界樹を必要としていたからの。連れていかれた」
エイデンはあっけらかんと言うが、空気が一段と重くなる。私は思わず唾を呑み込む。
「わしも、何度も母を取り返そうとした。じゃが、叶わんかった。母は、その後、中央の方に引き渡されてのぅ。今はどこにおるか分からん。あの日以来一回も会っていない、会いに来ない。きっと、好きな男とでも幸せに暮らしとるんじゃろうな」
「そんなこと――」
否定しきることはできなかった。
そして、エイデンは、あまりにも穏やかで――寂しい笑みを浮かべた。
「別に、母の気持ちがどうであれいいんじゃ、もう、わしは……」
「じゃあ!」
私はエイデンの独白を遮るように、叫ぶ。
エイデンの母親の真意なんて知らない。なら、確認するまで。
「中央の奴らが無視できないくらい、私たちの国を大きくすればいいんじゃない?」
楼閣の中で、エイデンは故郷を滅ぼした私に言ってくれた。
故郷をこの地に蘇らせようと。
私はもう、この王国作りに意義を見出した。それなら、もっと大きな意義をエイデンに与えたい。
エイデンは、口をぽかんと半開きにしていた。
「は……そんなことで」
「できるわよ。貴方は世界樹で私は終末巫女。この上ない組み合わせだと思うけれど?」
エイデンの生い立ちを聞いて改めて思った。
終末を呼んだとしても、私は自分のために、彼のために祈らなければいけないと。
「手始めに、この辺りの土地を浄化してみせるから」
二の句が継げず固まっているエイデンを他所に、私は合掌する。
やる気が漲っている今なら、どんな終末だって退けられる自信がある。
「堰き止められし沢、夢の見ない狐、輝き失いし大社、花のない簪」
詠唱を紡ぐ。指定する範囲は屋敷周辺。
「そして力は満ち巡る」
地面に手を着く。もう、引き返すことはできない。
「—―浄化」
純白の光でできた鳥が一斉に羽ばたく。
大地から黒という黒、呪いという呪いが抜け落ちていく。
代わりに現れたのは、元のこげ茶の肥沃な土地。
安堵すると同時に、私は身構える。
――次はどんな終末が来るか。
と、その時、響いたのは咆哮――ではなく、幼い少女の声だった。
「ここがお屋敷?思っていたのと違う」
声がした方に振り向く。
そこには、短髪の小柄なダークエルフがいた。どこかアンニュイな雰囲気を纏っているが、その童顔は無邪気そうに見える。
なんだが拍子抜けしながら、その少女に近寄る。
「あら、貴方は?どこから来たの?」
「童はルティナ。見ての通り黒妖精だ」
「ふーん、ルナティックちゃんね。で、どうして死の地なんかに?」
「ルティナ。ルナティックだと狂っているという意味になってしまう。本当に、そちらは危機感がないようだ」
瞬間—―ルティナの纏う空気が一変した。
瞳から微かに紫煙を放ち、呟く。
「杯、冠、寿ぐ詩歌。それらを知らぬは哀しきヘズ」
この唄には覚えがない。私たちの信仰する神とは違う名が呼ばれている。
つまり、これはダークエルフ固有の詠唱。
心の内で警鐘が鳴り響くも、時すでに遅し。
少女は背負っていた長筒から槍を引き抜く。
「暗き安泰を、陽光差し込まぬ岩窟に。—―『刺突魔法』」
紫の剣閃が走る。
見たことのない太刀筋――これが異国の刺突魔法か――と感心する暇もなく。
私は槍に突き刺され……ようとした。
しかし、槍は私の体から逸れ、背後へと向かっていく。
その方向には。
「エイデンっ!!!!!」
凄まじい勢いで、ダークエルフの少女は世界樹へと突っ込んでいく。鋭く尖った、槍を伴って。
「が……っ!?」
エイデンの背中から、槍の先端が生えている。
いや違う。貫かれたのだ。
一瞬、呼吸をすることを忘れていた。
ルティナは赤く染まった月白色の髪を靡かせながら、宣言する。
「その世界樹は呪われている。世界に悪影響を及ぼしかねない樹は排除するのが、童たちダークエルフの総意だ」
その少女は間違いなく、終末だった。
読んでいただきありがとうございます。
今更ですが、感想などをいただけますと幸いです。単純にモチベの向上に繋がりますので。
……少しメタ的な話になりますが、作者の別作品で世界樹が登場するものは、時系列的にこの『終末巫女』の後の世界になります。
一応世界観は地続きです。




