拠点お披露目 前編
新章開幕です!
私は、数日ぶりに戻ってきた「死の地」で—―毛玉の形をした魔物をモフっていた。
「ああ……旅の疲れが癒える……このまま私専属の魔物になってよ……」
「たっ、助けれくれエイデン!帰ってきてからずっとこんな感じなんだ!」
「今回は激戦じゃったからのぅ。正直言うとわしもお主を毛布にしたい」
「モスアトマの乱獲はやめろよ!?ただでさえ数が少ないのに!」
「皆さん、緩み過ぎじゃないですかー?しっかりしてくださいよ。やることは山積みですよ?」
「さっきから笑顔で金の勘定をしている奴に言われたくないのー。結局、神代麦はいくらになったんじゃ?」
「ふふっ、聞いて驚け50万ティアですよ。このままじゃ億万長者になれますねぇ?」
「やめろよ、土地が瘦せるんだから」
少し狭い小屋の中で、エイデンは自身の枝の剪定をし、小鬼は札束で顔を扇ぎ、私はモスアトマに頬ずりをする。
全員に共通するのは、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていることだ。
それというのも。
「まさか、狐たちが屋敷を作ってくれるとは……」
遂に、待ち焦がれていた拠点がこの地に建つからだ。
同盟を結んだ稲荷村の人々の手によって。
「皆、いるー?うち、村から団子持ってきたんやけど……一緒に食べへん?」
と、その時、小屋の扉から少女が顔を覗かせた。
凛とした佇まいに、猫耳、狐の尾という半化け――ツバキだ。
「ありがとう、頂くわ。調子はどう?」
「すこぶる元気や。もう誰かにこき使われることもないし、馬鹿にされることもない……。巫女さんのおかげで気付いたんや、半化けも強みなんやって。だからうち、猫耳給仕始めることにしたんよ!」
「方向性間違えてませんか?」
「私は誤った道に進ませてしまったのでは……」
堂々と宣言するツバキを見ていると、いたたまれなくなって目を背ける。違う、私はこの子を給仕に育てるためにあんなことを言ったんじゃない……。一方、団子にかぶりついていたエイデンは頷き、
「巫女も癒しが必要じゃろ。わしはお主の趣味に口は出さんよ」
「誤解してるわね?違うのっ、やめてさりげなく距離を取らないで!」
「そうや、ミタマさんに勧められたんよ、うちは」
「ミタマさん……そんな人だったんですね」
ツバキが持ってきた団子は故郷の茶屋に置いてあったものと似ている。思い出に浸りながら餡の乗った団子を口にする。……エイデンは美味しそうに草団子を頬張っていた。それでいいのか、世界樹。
食事がひと段落ついたところで、ツバキが切り出した。
「そや、後で屋敷を見に行かへん?もうすぐ出来上がるんやって」
屋敷は「死の地」の霊石の辺りで建てられているという。
私たちが向かった頃には、ちょうど屋根が作られている最中だった。
「すごい……」
圧巻だった。
細部まで丁寧に装飾された門に、大きな池のある庭、純和風の邸宅。着工二日目とは思えない出来栄え。
見惚れていると、そこで屋根の上から狐たちが下りてきた。
「どうも、巫女さんに小鬼さんに、同族さん、あと……えっと、ウメ、あの変な蔓生やした男の人は?」
「おいおいフキ、あの方は世界樹だぜ?軽口叩いちゃ不敬罪にされっぞ?」
「あ、そうなんだ……すみません、世界樹様……」
「そう畏まらんでも、わし半ば職務放棄しとる世界樹だし」
エイデンに必要以上に頭を下げる男性の狐は、気怠げで中性的な相貌をしている。
そして、その隣には勝ち気な面差しをした女性の狐。両方とも大工の半纏を身につけており、女性—―ウメの方に至ってはその下にさらししか着けていない。
「この人らは楼閣にいた狐。クセは強いけど、幻術の腕はなかなかなんよ」
「クセ……それ言うならアクが強いだろ!がはっはっ!」
「この通り、ウメは変なところに笑いのツボがあります……。僕はフキ。みんなよろしくね」
「お前、自己紹介する必要ないんじゃないか?影薄すぎて翌日には忘れられてんだから」
「そうかな……。それが僕の幻術だから、しょうがないけど」
大分濃い人たちだということは分かった。
ウメは艶々とした自身の紅髪を払い、喝を入れる。
「っしゃ!やるかフキ!観衆が来たからには本気出すぜ!」
「はい……了解」
そこで、狐二人は屋敷の正面に立ち、同時に鎚を構えだした。
ウメはさらに、宝玉のような球を片手に携えて、唱え始める。
「浮世の華形、常しえの遊び、波乱万丈の見せ芝居。鉋に宿るはヒコサシリノミコト」
――魔法。
私は、魔力の余波を感じ取って目を丸くする。
通常、詠唱を必要とするのは魔法だ。私の「浄化」は技能のくせに詠唱しなければいけないけれど、あれは特別。
「あはれあはれ、世は無常。—―『創造魔法』」
ウメが宝玉を差し伸べる。それは、眩い光を放ち――次々に瓦を生み落としていく。
「まっ、待って、創造魔法!?それ、確か成功率が一割を切る魔法じゃ……」
案の定、瓦はあと一歩のところで崩れ、粒子となって散っていく。
そもそも難易度が格段に高い魔法なのだ。
しかし、彼らは焦ることなく、職人の顔だけは崩さない。
「……大丈夫。『お色直し』」
流れるような手付きで、フキが幻術を吹き込む。
すると、霧散しかけていた瓦は再び形成され、本物の瓦と化した。
開いた口が塞がらない。
「……幻で、魔法を……上書きした?」
「そういうことだぜ!ああ安心しろよ、ちゃんと消えねぇ幻だからな!」
ウメは軽やかに屋根へと登り、創った瓦を取り付けていく。目にも止まらぬ早業だ。
「うむ、たった二日で完成させると言っていたのは本当だったのか、すごいのぅ」
「そうですねー。ぼく一か月もかけて小屋を作ったのが馬鹿らしくなってきました」
「稲荷村の大工は他の国でも有名なんよ!知らへん?」
「この調子で……内装を整えたら、終い」
拠点ができていく様子に胸が高鳴る。
私は、頬を綻ばせて屋敷を見上げる。
――と、その時だった。
ばくり、と。
地面が不気味に脈打ったのは。
「……?」
首を傾げる。いや、きっと気のせいだろう。
こんな時に、嫌な予感なんて意識したくもない。




