劇の終幕
幻が晴れた後。
そこに横たわっていたのは、巨大な狐ではなく、元の村長だった。
私は、ツバキの尻尾を握りしめたまま崩れ落ちる。
終末に、打ち勝った。
「やっ、た……」
炎の剣から少女に戻ったツバキも、長い吐息と共にへたり込む。ミタマは一人離れたところで微笑んでいる。私もぎこちない動きで笑い返す。
「尾が全く動かへんよ……幻使いすぎた」
「はは、私もです。って、ツバキ、尾萎びてますよ」
「うわ、本当だ、梅干しみたいになってる……」
「ああ、水かければ治るから心配いらんよ」
「そういうものなの……?」
――そんな和やかな祝勝ムードも、長くは続かなかった。
増援が現れたからだ。
「楼閣はもぬけの殻だったか……」「お前らが巫女なんかに見惚れていたせいだろ」
「うーん、村長になんて報告しよう……」「って、あれ村長!?え、まさか死んで……」
村長の部下たちはこちらに向かってくる。私たちにはもう、戦う力が残っていないというのに。
「巫女に、半化けに、九尾……お前らが長を倒したのか。そんなことがあるとはな。だが、終わりだ。その無様な尾を見るに、もう化けられやしないだろう?」
狐たちは嘲笑いながら弓矢を構える。弦が引き絞られる。ものの見事に包囲されてしまった。
「うそっ、折角終末を倒したのに……!もういいでしょ、空気読んでよ!?」
だが、私が訴えたところで、事態は好転するどころか悪化していく一方。
――最期に、モスアトマをモフりたかったなぁ。
迫りくる矢。できたのは、顔の前で両手を交差させるくらい。
そして、私の手に触れたのは。
鋭く尖った矢尻ではなく、何か柔らかいものだった。
それは、一片の花弁だった。
同時に、朗々とした声が響き渡る。
「—―『華の息』」
矢は一つ残らず地面に転がっていた。
色とりどりの芳花に覆われて、武器から花束へと変貌して。
私は、その幻想的な光景に呆気に取られる。
こんなことをできるのは、一人しかいない。
「女子供に攻撃するとは、下劣な野郎どもじゃのう。お主ら、弓矢を捨てろ」
新緑を思わせる色合いの翠髪に、端正な顔立ちをした――世界樹。
「エイデン!来るのが遅いわよ!」
「第一声がそれか。わしも悪いとは思っているのじゃが……ほら、真打ちは遅れて登場するものじゃろ」
「いや大遅刻過ぎるのよ、あんたは!敵の親玉を倒した後に現れる真打なんて、目やによりも価値ない!」
「はあ!?わしを老廃物に例えるな!さすがに少しは役に立っ……え、立ってない?そうかのぅ……」
いけない、また憎まれ口を叩いてしまった。
文句はぶつけているものの、内心は安堵でいっぱいだった。
やはり世界樹といると肩の力が抜けてしまう。
「ば、化け物……!なんだ、この出鱈目な力は!誰だっ、お前!?」
狐たちは、いつの間にか巨大な蔓に拘束されていた。遅刻サボり無断欠席が多いエイデンではあるが、その手技は鮮やかだ。
「誰かといえば……世界樹に決まっておろう。で?お主らは、自分たちの立場が分かっとらんのか」
エイデンが静かに威圧感を発する。面を被った狐たちはびくりと震える。
背後から歩み出てきたのは、ツバキ。
「なぁ、村の狐さんたち。あんたたちは……半化けを馬鹿にして、弱い立場の狐を蔑んで……愉しかったか?」
「……ふん、そんなの、答えは決まっている。村長が愉しいならば、俺たちも愉しい」
ツバキ、と呼びかけようとして、私は止めた。
彼女は、今まで散々自身を苦しめてきた狐たちに、慈悲をたたえた笑みを向けたからだ。
「そうや……。分かってたんや。あんたたちは村長の掌の上で踊らされていただけだって」
でも、とツバキは続ける。
「そのせいで、うちも、うちの家族も、酷い目にあったんは……事実や」
ツバキは、涙の粒を散らしながら、狐の頬を張る。
ぱあん、と乾いた音がした。
――化かされることで幸せの中で人を傷つけていた者と、化かされなかったことで哀しい傷を負っていた者。
その立ち位置が、やっと崩れた瞬間だった。
今度は、ツバキは涙を伝わせたまま、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、巫女さん。あんたが、うちの苦しみに終末をもたらしてくれた」
不意打ちに、私は一瞬息を詰まらせる。
――まさか、感謝される日が来るなんて思ってもみなかった。
私はなんだかこそばゆくなって、隣のエイデンを小突く。
「ほら、一件落着じゃない。終末巫女でも役に立つでしょ?」
「そうみたいじゃのう。まぁ、松の木を折ったのは同じ木として解せんが」
「うるさいわねー、勝ったんだからいいでしょ」
紫色の月が、庭園中を穏やかな光で満たしていた。
「……それで、村の今後のことなのですが」
息を吐く暇もなく、ミタマがそう切り出した。
「村長は倒れました。村中にかかっていた幻もじきに消えていくはずです。けれど、その前に」
ミタマが、笠に付いた鈴を鳴らす。
すると、突然、楼閣は霞のように消えた。私たちが放り出されたのは、薄暗い竹林の中。
「えっ?あれ?何をしたの?」
「一旦幻を閉じました。小鬼さんが楼閣の中の狐は全員避難させたようなので、大丈夫かと」
「そうだ、小鬼を見かけないけれど、今どこにいるの?」
「大方村の外じゃ。わしはあいつに丸投げ……ごほんごほん、任せたから、詳しいことは知らんが。あいつなら上手くやっておるよ」
「適当ね……」
そこで、何やら辺りを見回していたツバキが驚愕の声を上げた。
「ここっ、霊石の林やん!祭りとかでしか来られへんところ……ミタマ、まさか、ここを転移場所に選んだのって……」
「はい。巫女さんに『霊石再建』の儀を行っていただくために招きました」
私は、その言葉に目を白黒させる。
「霊石、再建って……」
「文字通りの意味ですよ。村長が立てた霊石がある限り、村はまた幻に支配されてしまう……。だから巫女さんに新たな霊石を建ててほしいんです」
ミタマは草むらをかき分けて奥へと進んでいく。その後に続いていくと、やがて開けた場所に着いた。
美しく咲き誇る桜の樹が、真ん中にそびえ立つ平原に。
「あれがこの村の霊石です」
ミタマが指差したのは、桜の樹の下にある、狐の形をした石。
「ふむ……かなり歴史があるみたいだけれど。建て直しちゃっていいの?」
「いいえ、あれは二十年くらい前に建てられたものです」
「思ったより年季がなかった……でも、そもそも私、依り代になるようなもの持ってないし」
「わしの脱皮したあとの木の皮ならあるぞ」
「またそれなのね。あと世界樹は脱皮しなくない?」
仕方なく、エイデンの皮を受け取り、私は霊石へと歩み寄る。
そして、石に被さっていた桜の花を払いのけ、代わりに世界樹の皮を乗せる。
準備は整った。
私はおもむろに合掌する。
「技能――『霊石建立』」
この地に生きる人々を、正しく導いてくれますように。
そんな願いを込めながら。
ツバキは霊石が構築されていく様子に目を丸くする。エイデンは頬を緩める。
ミタマは恭しく頭を垂れる。
「感謝します、巫女」
ミタマは笠の奥の瞳を真っ直ぐに向け、それから。
「我々稲荷村の狐は、今からあなた方と同盟関係になりました」
「……はい?」
まだ、誰も彼も気付いていない。
呪われた「死の地」の底で、誰が泣き叫んでいるかなんて。
――忘れたの?――どこ行ったの?――皆はどこ。—―真っ暗闇は嫌。
――私の愛しいあの子は。
読んでいただきありがとうございます。
なんとかここまで駆け抜けることができました。次回からは領地開拓の方に戻っていきます。エルフも出てくるかもしれない……?




