終末と妖狐のデュエット 後編
巫女が終末と対峙している時、天守の中では。
「はよ穴に入れ!村の外に繋がっているようじゃ!」
「エイデンさーん、やっぱ頭首じゃないと従ってくれませんって……。僕たちが避難誘導って誰得ですか?」
「しょうがないじゃろ、任されたんじゃから!……小鬼、まだ神代麦は買い取ってもらってないじゃろ?」
「おーい皆さん、早く避難しやがれください。村の狐どもに捕まっても知りませんよ」
「お主本当に分かりやすいのぅ……」
姿鏡に空いた裂け目に向かって手招きするエイデンと小鬼。二人は、半ばパニックに陥っている狐たちをなだめながら誘導する。
「どうしよう、弟とはぐれちゃったの!探しに行かなきゃ……」
「ぼくが探しておきますよ。今は逃げることを最優先に」
「なあ坊主、ここを捨てたら俺たちはどこに行きゃいい……?教えてくれよ、なぁ……」
「群がってこないでくれますか?エイデンさん、早くこいつらを……あれ?エイデンさん?エイデンさーん?くそっ、見捨てやがった!」
小鬼、お主の尊い犠牲は無駄にしない、とエイデンは合掌する。狐たちに抱き着かれる小鬼は喚くが、駆け出したエイデンを引き止めることはできない。
「胸騒ぎがする……!巫女、無事じゃといいが……」
不安を示すように、エイデンの頭頂部に生えた芽が揺れた。
――ミタマが詠唱を紡ぐ。
「七宝、麻の葉、鮫小紋。芒に宿るはオオクチノマカミ」
藍色の光が空中で凝集していく。それは魔力。
「歌えや踊れや、この大地を崇め奉れ。—―『防護魔法』」
障壁が展開する。こちらに迫ってくる巨大な狐を阻むように。
「……っ、限界です。これ以上魔法を使うと倒れてしまうので」
「分かったわ、ありがとう。技能の方は使える?」
「勿論です。化けることならいくらでも」
ミタマは汗をとめどなく伝わせながら、それでも堂々と言ってのける。
「わたくしは、九尾の狐ですので」
九本の尾が膨れ上がる。
同時に、ミタマの四肢が着火した。
炎に覆われた、よりも炎になった、の方が正しいだろうか。
ミタマの手足は青白い炎と化し、不規則に揺れ動く。
「『蜃気楼』」
それから、障壁を超え――狐へ肉薄する。
一瞬で懐に潜り込んだミタマは、腕を大きく振るう。が、狐はすんでのところで拳を躱した。……躱したはずなのだが。
ミタマが腕を振り抜いた後、一拍遅れて。
特大の火球が狐に直撃した。
「グルゥッ!?」
初めて巨体が傾いた。そのまま灯篭や木を薙ぎ倒して転がっていく。
「ふー、やっと村長のむかつく顔に一発食らわせてやりました」
「今っ、何が起こったの!?ちゃんと避けてたわよね、貴方の攻撃!」
「ああ、簡単な話ですよ。要は『空間ずらし』と炎のコンボです。攻撃を避けたと誤認させ、その隙を突いて最大火力の幻を叩きこむ……そんな小手先の技です」
「……前から思っていたけれど、幻って反則じゃない?村長をこんなあっさりと……」
「まさか、所詮幻。私の火力は生をレアにするくらいです」
――と、その時、狐が砂埃の向こうから姿を現した。
ミタマはそこで言葉を切り、火球を投げつける。
しかし。
十尾の狐は、もう倒れることはない。
平然とこちらに向かってくる狐に、冷や汗がたらり。
「あ、あれ?私のさっきの発言がまずかった?これが巷で言う伏線?」
「ふ、普通にまずいですね。こんなにすぐ順応するとは……」
障壁の向こうで、狐が牙を見せて獰猛に嗤う。
万事休すの私たちを、嘲笑う。
「これは……死にましたね」
「諦めが早くないっ!?」
「倭村でもあったでしょう?来世に託すやつ」
「いやまだ今世を見捨てないで!」
突進してくる狐。欠片を散らす障壁。ミタマはどこか達観した面持ちで呟く。
「……無駄だったんですよ。今まで、自分を奮い立たせて、なんとか騙して、ここまでやって来た。それでも、村には勝てなかった。今もほら、わたくしたちの反抗は村長に握り潰されようとしている……」
だから諦めるんです、とミタマは消え入るような声で言った。
私は――その時、頭のどこかが切れる感覚がした。
「じゃあ!私は……何のために楼閣に呼ばれたのよ!?村長に勝って、自由を得るために、祈って欲しいじゃなかったの!?私は祈る、祈るわ!貴方がどうとか知ったこっちゃない!」
ヤケクソ気味になりながら、私はまくし立てる。
「だから諦めるな!投げ出すな!私が祈ってやるんだから!」
ミタマは、笠に隠れていた目を、大きく見開いた。
私に、彼女が歩んできた人生も、ツバキが歩んできた人生も、理解することはできない。
でも、投げやりになるその気持ちは知っている。自分なんかじゃ無理だと、無言のうちに自分の心を殺してしまう、その感覚も。
だから、私は祈りを届けなくちゃならない。
――終末が、私をかみ殺す。
前は、それでもいいと思っていた。
でも、今は違う。
支えなくちゃいけない誰かがいるのに、死んでたまるか、なんて思ってしまった。
そして、最期の前に。
私の想いに応えるように、一つの大火が灯った。




