終末と妖狐のデュエット 前編
終末は、一匹の巨大な狐の姿をしていた。
鋭い歯はむき出しで、目は墨でなぞったように太く弧を描いている。
私は至近距離で鼻息をかけられ――やっと金縛りから解けた。
「あ、ははは……村長さんですよね?イメチェンにもほどが……」
「グルアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
「駄目だこれ、完全に理性がどっかいってるうぅ!?」
竜の次は蛇、その次は狐か。
乾いた笑いが漏れる。眼前には私の頭より大きな顎。私はぎこちない動きで傍らのツバキを見やる。きちんと解呪はできたようで、穏やかな寝息を立てている。……起きた時には狐の腹の中だった、なんてオチになりかねない。
「長が顕現してしまった……」「どうしよう、巻き込まれれば俺たちも食われる……」「いや、ここは村長に任せろってことだよ」「退散退散」
村長の部下は一目散に逃げだして行く。私と、気絶したツバキを二人残して。
「やめてよ私非力なんだから!このっ、血も涙もないわね!」
自身が持っている技能を思い返してみる。
『浄化』。『卜占』。『霊石建立』。『巫女舞』。
一応五つ目があるが……あれは極力使いたくない。例えるなら、世界樹が銃火器を持って森に殴り込みに行くようなものだ。
つまり、私になす術は……ない。
「グルゥウウウウ……」
狐は眼を爛々と輝かせて、尾を千切れんばかりに振っている。
いつもなら愛でたくなるけれど、今この場では恐怖の対象でしかない。
――終末が、私に牙を剥く。
このまま、大人しく食われた方が良いのかも知れない。
せめて、ツバキだけは逃がせれば――そう思った、瞬間だった。
「七宝、麻の葉、鮫小紋。芒に宿るはオオクチノマカミ」
軽快な旋律が耳を突いた。
この、技能の発動にも似た唄は。
「歌えや踊れや、この大地を崇め奉れ。—―『防護魔法』」
正真正銘の、魔法。
私に襲いかかろうとした狐は、透明な障壁に阻まれ、弾き飛ばされた。
「無事ですか?楼閣の皆を避難させていたらかなり時間を食ってしまいました」
魔法の主は、鈴を鳴らしながら歩み寄ってくる。
それは九尾の狐、尼さんのような身なりをしたミタマだった。
「おや、タガが外れた狐人ではないですか。何か凶暴化する魔法でもかけました?」
「違うわよ、私は何もしていない」
何もしていない……はずだと思う。多分。
ミタマは十尾の狐を見上げながら感嘆の声をもらす。
「じゃあ自分で獣に成り下がったわけですか……。わたくしなら顕現した次の日には羞恥で死んでいますね」
「どういうこと!?」
「まあ、かなり非常事態ってことです」
あっけらかんと言われ、私は言葉を詰まらせる。いや、その前に。
「貴方、さっき魔法を使っていたわよね?村長の言っていた通り……霊石が復活したってこと?」
「そうなりますね。本当は、こんな事態になる前に片を付けたかったのですが……仕方ありません。そちらにはお話しておきましょう」
ミタマは私とツバキを囲むように、更に障壁を重ね張りする。障壁自体は透明なので、狐が爪で引っかいてくるのが地味に怖い。
「率直に言います。この村全体は、村長によって『幻術』をかけられているのですよ」
ミタマはそう、いきなり核心に迫ってきた。
「……幻術をかけられている?……はい?」
「そういう反応になって当然でしょう。村長は、稲荷村を自身の意のままに治めたいため、精神操作を行っているのです。そして、わたくしたを従順な村人に仕立て上げようとしている」
「ちょ、頭が追いつかない……精神操作?幻で?村人全員に?そんな無茶苦茶な……」
「それが可能なのですよ。
霊石は、土地の魔力を吸い上げ、結界内に発散させる役割を持つ。
その、村を満たす魔力に『幻術』を混ぜれば、全員を幻の支配下に置くことができる」
確かに、魔力は空気みたく結界内に薄く広がっているけれど……技能を混ぜるなんてできるのか?
そもそも。
「なんで貴方たちは幻に支配されてないのよ?村に抗っているんでしょう?」
「楼閣にいる狐は幻に強い耐性がある者ばかりです。村長ごときに惑わされません。……と、信じていましたが」
ミタマは、狐と防護魔法で押し合いをしながら淡々と告げる。
「最近では村長の『幻術』が練度を上げてきている……。早く村長を倒さなければ、私たちの明日はないでしょう」
狐は、爪では障壁を破れないと考えたのか、今度は巨大な図体で体当たりをしてくる。障壁に小さくひびが入る。
――悠長に話してはいられない。
「前衛は貴方に任せていい?私あまり魔法には精通していなくて」
「大丈夫ですよ。……そういえば、村長はどこですか?どこにも姿が見えないのですが」
「目の前にいるわよ」
「……え?」
ここには、世界樹はいない。
私が自力で終末を覆すしかない。
なら、喜んでそうしてやる。
もう二度と、自分のせいで故郷を滅ぼしたくないから。
読んでいただきありがとうございます。
幻術関連のことが分かりづらくてすみません。
つまり、霊石で村全体を魔力で満たし、その上から技能を重ね、村全体に幻をかけているということです。
例えるなら、
魔法は市販の味が濃いマヨネーズで、技能は味に癖のあるオリジナル調味料です。
マヨネーズが下地にあることで一癖ある調味料が上手く溶け合う……的な感じです。




