化かし合い
狐火。
狼煙代わりに、『半化け』の少女が炎に化ける。勢いよく燃え盛る緋の刃と、尻尾の柄。
私は、そんな剣を――力いっぱい振るう。
「があああああっ!?」
同時に、炎は細長く伸長して辺り一帯を薙ぎ払う。巻き込まれた狐が叫びを散らし、後方に吹っ飛んでいった。綺麗な放物線だなぁ。
「思ったより凄まじい威力……!ま、まる焦げになってないわよね?」
「大丈夫や!奴らは幻への耐性があるんや、この程度じゃ屁でもない!」
……しかし小さな子が見たら泣きそうな絵面だ。炎に包まれた狐が目を吊り上げて睨み付けてくるのだから。
「くそ、虚仮にして……!お前ら、村長の手を煩わせる前に片を付けるぞ」
言うなり、面を被った狐は仲間の手を取り、唱える。
「『分身』」
一瞬で、短刀を構えた狐が何十人も現れた。庭園を埋め尽くすほどの大勢の狐が周りを取り囲む。
あちらを見ても狐、こちらを見ても狐。四面狐歌とは、このこと。
「くっ……これも幻術ね!?ああもう、鬱陶しい!」
幻は仮にも実体を持つ。つまり、目の前の狐たちは全員が命を奪う脅威足りえる。
それなら。
「手は抜かないわ」
舞を踊るように、軽やかに一回転する。すると、炎が輪っか状に広がり、翻り、狐たちを襲う。
「っ……!何だこれ、滅茶苦茶だ!俺たちの幻が競り負けるなんて……!」
分身たちの半数は、今の攻撃で霧散していた。面を着けた狐の青年は舌打ちする。
だが、油断はできない。私は、手を緩めずに業火をもたらし続ける。
イメージは繁栄を願う巫女の踊り、神楽。
今まで、何回も、何回も舞ってきたそれは、私が巫女であることを示すもの。
目を瞑ったって寸分も間違えず舞える自信がある。
「早く捕らえろ、お前ら!」「そうは言ったって、相手の間合いが全然読めないだろう。あの巫女め」「見たことないステップ……ああでも、美しい……」「巫女さんって、口説けるかな」
「おいお前らちゃんと仕事するんだ!狐が美女に化かされてどうすんだ!」
……何かを騒いでいる彼らの声など、取るに足らない。
舞い続けていると、静かに内に潜っていく感じがする。一本の糸を紡ぐように、丁寧に剣を振るう。炎がますます暴れ狂う。
「み、巫女さん……?なんかゾーンに入ってへん……?」
確かに、私はかつてないほど冴えていた。開花しかけているのだろう。
私の四つ目の技能、『巫女舞』が。
狐たちは私が舞うのに合わせて吹き飛び、時には煙となって消えていく。
――あと少し。
あと少しで、型が完成する。狐たちを一網打尽にできる。
残る分身はあとわずか。
しかし――その時だった。
「『幻断ち』」
冷淡な声音が、突如場に投じられた。
同時に、手元の尾が飛び上がった。そして、痙攣しながら尻尾は手から滑り落ちた。私が唖然としているうちに、地面に転がった剣は少女へと戻る。
「く、ふ……?」
ツバキは、口から青い血を流していた。
本人も、理解が追い付かないといった表情で。
私は、呆然と、彼女の名前を繰り返し呼ぶ。
――この光景は。
――見覚えがある。痛いくらいに。
――数えきれないほどに、立ち会ってきた。
『浄化』の技能を持つ巫女として。
「呪い……?」
青い血は、呪いへの拒絶反応。体が壊れかけている証。ツバキは――呪いをかけられている?
誰に?
そんなの、決まっている。村長にだ。
「幻は、幻で上書きするのが鉄則」
十本の尾を孔雀みたく広げながら、村長は邪悪に嗤う。
「『幻断ち』は、呪いにかかったという幻を見せる技。私の呪いは悪性だ。いつか消えるものでもない。死ぬまで、その娘を蝕み続けるだろう」
それは、死刑宣告にも近かった。
苦し気に呻くツバキを見て、私は――絶句する。
「霊石ももう復活済みだ。お前らの些細な反抗が潰されるのはもうすぐ……本当に長かった。私が惑わし忘れたお前たちが、どんなに厄介だったか。お前らはこれから、ただの操り人形と化す。安心しろ、私が一生、可愛がってやる」
村長は、楼閣中の狐に呼びかけるように、大音声でそう言い放つ。
一方、私の頭の中は焦燥と困惑で埋め尽くされていた。
死ぬ?ツバキが?本当に?呪いに、蝕まれて?
――そんなこと、させるわけない。
故郷を嫌ったまま、自由を知らないまま死ぬなんて……そんなの、終末巫女が許さない。
「堰き止められし沢、夢の見ない狐、輝き失いし大社、花のない簪。そして力は満ち巡る」
早く唱えろ。意識の全てを、この詠唱にかけろ。
「—―浄化」
光の粒が立ち昇る。羽ばたく鳥のように。
ツバキの体の震えが、徐々に収まっていく。
――が、悠長に安堵してもいられなかった。
次は、どんな終末が来るか。
どんな、古代の魔物が襲い掛かって来るか。
身構える私は――そこで、気付いた。
今度は、村長が不気味に痙攣し始めていることに。
「あ、ああ……?そんな、なんで、呑まれる……」
十本の尾が、不自然に膨れ上がっていく。
「が、アアアッ……」
毛が天に向かって逆立つ。紫の月に祈りを捧げる、その者の正体は。
十本の尾を持つ、巨大な狐だった。
読んでいただきありがとうございます。
狐という種族を深堀りする章となります。
ちなみに、獣人の中で権力を持つのは、狐、鳥、鬼、狼、そして蜘蛛です。
なんか獣じゃないのも混じってますが、彼らは一応位の高い種族です。




