終末カウントダウン
楼閣は、混乱に満ちていた。
「早く逃げろー!村の狐たちが来るぞ!」
「ああ、そんな、ここを嗅ぎ付けるなんて……安息の地はないのかしら」
「村を逃げ出したら、どこに行けばいいんだ……」
狐たちのどよめきが膨らんでいく。全員が諦念を含んだ暗い表情で逃げ惑っている。私とツバキは、群衆に呑み込まれそうになりながら庭園の端を目指す。
「早く、エイデン達と合流しなきゃ……。あの人たちはどうやって幻から脱出するの?」
「大抵の場合、幻には何かしら綻びがあるもんやけど……ここは完璧に作られ過ぎてるんや。出口は一つくらいしかない」
「一つだけ?それじゃ――」
そこが塞がれたらお終いではないか。
――と、その時、庭園の中央から爆発のような音が聞こえた。
同時に、耳をつんざくような悲鳴も上がる。
「っ!?この気配は……そんな、ありえへん、ありえへん」
顔を真っ青にしたツバキはうわ言のように呟く。……嫌な予感がする。この、悪寒が這い上がってくるような感じは。
故郷の村が滅んだ時にも、味わった。
「やあ、狐諸君」
松の木の上には、十本の尾をうねらせる狐の姿があった。
紫の月を背に佇むその狐の姿は、まるで御伽噺に出てくるようで――
「村に抗うことなど決して許されない。村の歯車であることが、お前たちの価値なのに。永遠に化かされたままでいろ、出来損ない」
どこまでも、冷酷。
彼の頭上にある空間の裂け目から、次々と狐たちが姿を現す。
これは、逃げられない。
私はツバキを見やる。ツバキは悲愴な面持ちをしていたが、それでも強く見つめ返してきた。
十尾の狐はおもむろに松の木から下りてくる。周りには、面を着けた狐たちが控えている。
私とツバキは、前進してくる狐たちの前に立ちはだかる。
「……巫女?それと、半化けか。そこを退け、邪魔だ」
「どかない……っ!」
ツバキは怒りか恐れか、体を震わせる。
「どかない!あんたっ、村長やろ!うちはあんたが憎い!憎くて、しょうがない!あんたのせいで、うちのお母はんとお父はんはのうなった!村に少し反発しただけで、死ぬまで酷使され続けるようになった!なんで、なんでや!?なんでお母はんとお父はんはあんたたちに潰された、なんでうちは半化けってだけで迫害されなきゃいけないんや!?」
狐の少女は、一息にそう言い放った。
有り余る激情をぶつけるように。
「うちは……あんたらが憎い!村が憎い!」
ツバキは、涙の粒を散らし、村長へと飛びかかる。火の玉に変化しながら。
――が。
「ツバキ、避けて!!」
村長とツバキを結ぶ一直線上に。
どう見てもそこにはなかった、大きなさざれ石が座していた。
毛を逆立て激昂するツバキは気付かない。
くそっ、霊石がないここでは、防護魔法も使えない!
「ツバキっ!!!!」
石が狐人へと姿を変える。
短刀を持った狐は、ツバキに肉薄し――彼女の尾を斬る。
「うあっ!?」
宙を舞う火の球は、短い叫び声と共に少女へと戻る。地べたに虚しく転がるツバキ。
気付けば、私は駆け出していた。
「大丈夫!?返事して、ツバキ!」
「うぅ……女の子の尾っぽ切るとか、デリカシー全くないやん……。非道ども……」
深手に見えたが、予想よりも軽傷なようだ。私はとりあえず胸を撫で下ろす。
「ふむ、『空間ずらし』か。わずかではあるが、幻で実際の位置とはずらして見せたのか……。侮っていたが、まぁまぁやるな」
どうやら、変化によって敵の攻撃を逸らしたようだった。当のツバキは、肩で息をしながら再び変化の構えを取る。
「次は、外さない……。うちは、あんたを倒すまで化け続ける!」
彼女はきっと、今まで背負ってきた苦痛に自ら決着をつけようとしている。
それは、私に止められるものではない。けれど、流石にこれ以上は傍観していられない。
「ツバキ、待ちなさい」
「わひゃぁ!?尾、尾ー!?」
いきなり自身の尾を掴まれたツバキは、魚のようにのたうち回る。鮮度の良い魚だこと……。でも、放すつもりはない。
「変化ってのは、正面から挑むための力じゃないでしょう?一人で突っ込んでどうするのよ」
「ど、どさくさに紛れて尻尾くすぐらないで!?うひゃ、そ、その通りやけど……」
「私に任せなさい」
私は少女の尾を強く握る。ツバキは戸惑いながらも火の玉に化ける。
特訓の成果は、こういうところで発揮されて然るべきだ。
「—―狐火」
炎の剣を、振るう。
それだけで、足元の砂利が蒸発した。狐たちは飛びのきながら驚きの色を露わにする。
「ちょっとくらい火傷しても……仕方ないわよね?この子たちが受けてきた苦しみに比べれば、かすり傷でしょう?」
この時の私は、まだ知らなかった。
終末が、限りなく近づいていることに。




