半化けの狐火は、覚醒と共に
六話目を投稿し忘れていました。ここまで読んで首を傾げる読者様もいたでしょう。申し訳ありません。
そこは、広大な庭園だった。
「巫女さん、うちの変化の特訓に付き合ってくれへん?」
耳は猫、尾は狐の『半化け』の少女は、結わえた桃髪を跳ねさせてそう言った。
遠くで鹿威しがカコンと鳴る。
「良いけど……急にどうしたの?」
「昨日の宴会で、ミタマさんがやかんに化けるのを見て……正直、悔しかったんや。うちも、あんな風に完璧化けられたらなって」
見た目は尼さんのミタマは、泥酔すると所かまわず化けまくる癖があるらしい。ツバキはその時の変化の精度に衝撃を受けたらしく、
「うちっ、今から木に化けるから見つけてほしいんよ!」
「かくれんぼってこと?へぇ、それなら私、村ではかくれんぼマスターって呼ばれて……」
そこで、煙が雲海のように広がった。突然のことに慌てて顔を覆う。再び目を開けると、そこにはもうツバキの姿はなかった。
庭園の中を見回してみる。すぐ傍にはさざれ石があり、水の流れを模した砂利が敷き詰められている。その周りを取り囲むのは低木。モスアトマみたいな丸い形の木だ。あぁ、モスアトマに会いたい、モフモフしたい……と若干ホームシックになりかけたところで。
「……あら?こんなところに木なんてあったっけ?」
隣には見慣れない松の木が生えていた。木の幹を叩いてみる。硬い上に、本物のような手触りだ。けれど……と私は松の木の後ろに回る。
「やっぱり尻尾……。ツバキ、みーつけた」
「うひゃあ!?触られても声上げないようにしてたのにぃ!?」
ポン、という小さな煙と共に、ツバキが姿を現した。
「うぅ、やっぱり無理や!尾だけ上手く化けられへんよ!」
「うーん、本物みたいだったけど……本物……本物?」
その時、何かが心のうちに引っかかった。
「あれ、待って、『幻術』って……完全に幻なわけではない?」
鹿威しは相変わらず乾いた音を鳴らしている。庭園は確かに存在している。
この楼閣もそう。ミタマは、この楼閣を『幻術』で作り上げたと言っていた。
「そうやで?実体があるんや。とは言っても幻だからずっとは存在していられへんし、自分以外は化かすのは労力が……」
「それよ!」
私は叫んでいた。
彼女の『半化け』を生かすには。
「ツバキ、火に化けてみて!」
ツバキは、豆鉄砲を食らったような顔をした。
「ひ、火?できへんこともないけど……」
「早く、やってみて!」
当惑した様子のまま、ツバキは体から煙を立ち昇らせる。
煙が晴れた時、そこにいたのは――狐の尾の根元に火が点いたような、妙ちくりんなものだった。
『化けたけどっ、どうするつもりなん!?』
そう悲鳴を上げるツバキの変化は、完璧だった。火の色、温度、形。どれをとっても本物と見間違うほどに正確。
おそらくは、彼女にしか再現できないほどに。
「ツバキ、今からやることは不問にしてね」
私は、唯一残った狐の要素である尾を握る。ツバキが「わ?」と呟くのも構わず、剣の柄にそうするように。
「名付けて――『狐火』」
尾を水平に振るう。
変幻自在の炎が――傍らの低木を薙ぎ払う。
すると、寸断された低木は一瞬で燃え、灰に変わった。
まるで、身を焦がす炎に耐えられなかったかのように。
「わっ、わあああああ!?」
ものの見事に木を蒸発させた炎は――元の少女の姿に戻る。
「わああ!?うち、武器にされた!?うそっ!?」
「予想以上ね……。やっぱりすごいわよ、貴方。剣みたい」
「いや頭突きで木切った感じなんやけどぉ!?あんたかなりぶっ飛んでる!」
世紀のたわけ者を見るような目をしながらツバキは後退る。少し傷つくけれど、何も言い返せない。
「ごめんなさいね、でもこの方法なら貴方の強みが生かせると思ったの」
すると、ツバキは目をパチクリさせた。
「うちの……強み?」
「そう、半化けって強みをね。尾だけが狐のままだから、こういうことだってできるの」
優しく笑いかけても、ツバキは依然呆けたままだった。
「半化けって……強み、なんか……?」
ツバキは、自身の尻尾を掴み、手繰り寄せる。それから、私に向き直り、口を開こうとする。
――が、その時だった。
『警告、警告!』
その時、鬼気迫った声が楼閣中に響き渡った。
『何者かに、私たちの幻が破られようとしています!皆さん直ちに避難してください!繰り返します、何者かに……』
少しの間、私は立ち尽くしていた。
幻が破られる?誰に?狐?それとも――終末?
一足先に事態を理解したらしいツバキが、血の気のない顔で呻き声を零した。
「あぁ、ここも……幻を上回る幻で塗りつぶされてしまうんや」
――稲荷村は、村長の幻で作られている。
――そして、目覚めも、幸福も、光も、願いも、心も……全てを掌握されてしまう。
――狐は、今日も、明日も……そんな狐につままれた世界で生きていく。
……『世界現身鏡』より
読んでいただきありがとうございます。
まさかの ヒロインを武器にするヒロイン




