第26話 水が出てきて焦ったわ
「ここ数日、誰もハイ=ルミナをガードしなかったのかね?」
「ううん、していたわ。ハイ=ルミナ氏が素顔を見せたことで純粋なファンも危ないファンも彼女に近づこうとしていたから。
ただ、家の中には入れなかったのよね。プライバシーがあるから、そこまでは踏み込めないの」
「そして家から忽然と姿を消した、か」
声のトーンをいくらか落とす、ヴォワ。
「そう。家にいる間も定期的にあたしに連絡が来るようになっていたんだけど、それが途切れたから中に突入、もぬけの殻だった」
「あのお家には地下にアトリエがあったのですが」
「勿論、貴女たちがいれてもらったって言うアトリエも捜索済み。二階も天井裏も、シャワールームにおし入れにトイレも。それにアトリエにあった冷凍庫の中も。水が出てきて焦ったわ」
軽く笑うエアラリス。水びたしのトーハを想像したのだろう。しかし笑っている場合ではないとすぐにひっこめた。
「文字通り姿を消したわけか」
「あれ? でもそれだけじゃ攫われた証拠ってないですよね?」
「そうなるね。
トーハ、キミたちが拉致だと断定した根拠は?」
依頼書をテーブルに置きながら、ヴォワ。残念ながらそれに詳細は記されていなかった。
「男から電話があったの」
「電話」
「そう。月並みなものだったわ。【これからあげる美術品を全て持って来い、でなければハイ=ルミナの命は保証しない】」
「嘘だね」
きっぱり、ヴォワはそう言いきった。
「え? あたし嘘なんて言ってないわよ? 色でわからない?」
「どうして?」と小首を傾げるトーハ。
「キミではないよ。その男の語った内容がだよ」
「……理由は?」
身を乗り出すトーハ。
色ではないだろう。音声を聴かせたのではないから。
それではどうしてわかったのだろう?
「その男は列した美術品を自力で手に入れられなかった。
ハイ=ルミナを攫ったのは美術品が揃わなかった場合彼女にレプリカを造らせるためだ。そうでないなら人質がハイ=ルミナである必要がない。
ゆえに、ハイ=ルミナに危害を加えたりはしない」
「むしろ機嫌をとっている?」
言われて見たらその通りか? とトーハは過去の事件を脳で探ってみる。
確かに被害者に危害を加える犯罪者ばかりではないが……。
「そうだね。ハイ=ルミナにへそを曲げられたらそれこそ目的を達成出来ない」
「……ふむ」
顎に手をあてて考え込むトーハ。
「音声の分析をしてもらったんだけど」
これもこれでまだ外部に話してはダメな話だが、トーハは怒られるのを覚悟して話し出した。
「うん」
「まず発信元は公衆電話。駅だった。声は加工されていたけれど男――十代後半から二十代前半だと推測。誰かの指示に従っている乱れはなし。呼吸も正常抑揚も正常。落ち着いていて、とてもじゃないけれど誰かを攫った犯人とは思えないって。
だから警察はハイ=ルミナ氏との狂言誘拐を疑った。彼女には悪い前例があるからね。
けどねぇ、それはハイ=ルミナ氏と接触した経験のない人たちの意見。あたし含めハイ=ルミナ氏を護衛していた人は否定的。以前はともかくこの二週間の彼女はそんなのする人じゃないわ」
「なるほど。
では、男が要求した美術品とは?」
「ハイ=ルミナ氏の作品よ。
『涙に吹く礼賛』――通称『神赦婚姻』」




