第24話 失うのが怖いです
「秒針は……ハイたちがつけてしまったんです」
主人格はとけない魔法を望み、しかし別人格は魔法がとけるのを望んでいた。
「ハイたちは……この体をルミナ一人だけのものにした方が……いいって」
語尾が歪んだ。
ハイ=ルミナの目から涙が落ちて言葉をにじませたから。
「消えた方がいいって……」
「……うん。キミとハイたちでは望む未来が違った。けれどもどちらもまぎれもない愛情だ。
愛とは時に優しく、時に憎々しいものだよ。すれ違ってしまった時なんかは特にね」
「ルミナは……どうしたら……」
静かに再び目元に雫がたまる。
「キミは一つ見逃しているね」
「え?」
「どうしてキミは自らの作品に『名』をつけない?」
「……あ――」
「――と、キミと逢うまでは思っていたのだけれど答えはわかった。
キミは、名前をつけて明確に自分の子供にしてしまうのに抵抗があった」
ハイ=ルミナの顔があがる。
「思うにキミはことの始まり、初めて別の人格が産まれた時に名前をつけてあげたのではないかな?」
目を見開くハイ=ルミナ。どうしてこの子はそんな細部までわかるのだろう? そんな表情だ。
隠しごとはヴォワの眼に全て映ってしまう。だからこそのヴォワ。ヴォワ=デートと言う宝。
「……そう……です。
もう二度と……あの子に向かって名前を呼んであげられない……そうしってしまった時……すごく……あの、暗闇にでも落ちたみたいで……」
世の中、子を失う体験ほど親にとって辛いことはない。それをこのハイ=ルミナは幼いころにしってしまったのだ。いったいどれほどの恐怖と喪失感だっただろうか。
「だからハイたちには名がないのだね」
「……」
無言で降ろされるあご。
「だがそれはハイたちにとって逆効果だ」
「え?」
「名を与えられないことでハイたちはずっと自分たちをゴーストかのように感じて来ただろう」
「……!」
「だから、自分たちは消えた方がいい、そう思い続け、黄金時計に形となって現れてしまった」
ゴーストはあの世へ。ここは自分たちのいるべき場所ではない。
「全てをしって、キミはどうする? 名を与えるかい? それともハイたちの願いを聞き届けるかい?」
「え……あ……」
言葉につまる、ハイ=ルミナ。
「……かつて、私に『名を与えることは特別だ』と言ったくそ聖人がいる」
忌々しそうに。けれどこれも大切な思い出の一つだ。
「とく……べつ」
「名を持つことでようやっとこの世界に固定される。けれどキミはずっとそうしてこなかった。
であるならば――」
「名前を……つけた方がいい」
ハイ=ルミナ自身が答えを出す。
「うん」
「でもルミナは……失うのが怖いです……」
震える体。その体がこれまでより小さく見える。
「名すらもらえずに消えていく命の方がよっぽど怖いさ」
「あ――」
「つけてあげたまえ。名を」
「……」
「そうして精一杯愛し、愛され、送り出してあげたまえ」
体はまだ震えている。それでもハイ=ルミナはゆっくり顔を上げて、こう言った。
「……はい」
「最後のルミナさんの表情、どんな意味があったのでしょう?」
「うん?」
その日の夜、ハイ=ルミナの家の客間にて。ベッドが一つしかなかったから二人並んで横になっている。もう時刻は0時を回っていた。
「泣き笑いしてました」
「そうだね。なにはともあれ一つの答えが出たのだ。これでよいのだよ」
「……ですね」
「あ、警察の方にはキミから説明しておくれ。私はめんどい」
「え~? わたしだってめんどいですよ~」
「キミ助手だろう」
「あ、そうだ! ここでチューさせていただけたらお望みを叶えましょう! あれ? それって部屋に飾られている観葉植物のサボテンですよ? どうして構えられているのでしょう? 投げないで! 痛い!」
その後、黄金時計には秒針が戻された。
針は進み0時を回り、魔法がとける時が訪れたのだ。
夢の魔法は永遠には続かない。夢とはいずれさめてしまうものだから。
けれどそれでいいのだとヴォワは思う。
だって永遠に闇だと色は姿を隠したままだろう?
――そう思う。




