第22話 どっせい!
「ハイはね――『ハイ=ルミナ』はね、とっっっっても臆病な子なの」
「ほう」
地下のアトリエから出てリビングのソファ。出された紅茶をいただきながら。
「初めて別の人格が出て来たのは六歳の頃。ひどい親でね、母親に怒鳴られて、おし入れに閉じこもった時だった。
父親は子供を叱ることの出来ない人だったからその分母親が怒ってたんだけど、それだけに怖かった。
だからなだめる人が必要だったの。それがハイの一人」
懐かしそうに目を細める。悲しい記憶だけれど深い思い出だから。
「それから『ハイ=ルミナ』は新しく人と出会うたびに別の人格を造り続けたの。まるで美術品を造り出すように。
ハイを含めてどれだけの人格がいると思う? 実のところハイも把握してないんだけどもう何千といるんじゃないかな?」
「そりゃまたすごいですねぇ……って、そのわりには他の人格さん出て来ませんね? 怖い人は一回出てきましたけど」
「人との関係はこのハイに任されているから。他の子たちは中でのんびりしてる。けど――」
けど。
「二人とは話せてよかった」
「……そうか」
どこか温かい気持ちがヴォワの胸に広がる。
「だから、出してあげる」
「うん」
「え? え? なにをです?」
「『ハイ=ルミナ』よ」
主人格。一人目にしてこの体の本来の持ち主。
「おいで、『ハイ=ルミナ』」
紅茶のカップをテーブルに置いて、目を閉じる。
やがてその瞼が持ち上げられ――目の色が違った。ホーリーグリーンに近かったこれまでのハイ=ルミナのそれから黄系・ミモザ色のそれへと変わっていた。
「――初めまして、『ハイ=ルミナ』」
「どうもです、エアラリスです」
改めて挨拶を。
ところがハイ=ルミナは。
「……」
無言。
「――って、なぜソファの背に隠れる?」
ハイ=ルミナはしばらく二人の目を見ていた。けれどすぐに隠れてしまった。俊敏な動きだった。
「は……初めまして……ハイ=ルミナです」
頬どころか顔全体が紅潮している。赤面症と言うわけではないだろうけれど、よっぽど他人との面会が恥ずかしいようだ。
「……エアラリス」
「は~い。どっせい!」
「うひゃあああ⁉」
エアラリスに背後を取られたハイ=ルミナ。脇に両腕を突っ込まれて子供のように持ち上げられて奇声を一つ。
「お……おろし……」
「お話しましょ、ルミナさん」
「する……するから」
「了解です。ではこちらに」
これまで座っていた位置に着席。しかし先程とはうってかわって大人しく、顔はふせられて両膝はぴったりとつけられてその上に震える拳が乗っている。
「私たちが怖いかね?」
「い……いいえ」
激しく左右にフラれる顔。
「ハイが……大丈夫って言うので」
「ふむ、ではこれからよろしく」
手を差し出すヴォワ。握手を求めたのだ。
ハイ=ルミナは意図に気づいてゆっくりと手を出して、強くヴォワに掴まれた。
「よろしく」
「よ……よろしく……おねがい……します」
「こちらもよろしくです」
ヴォワの後を継いでエアラリスも握手。
「よ……よろしく」
エアラリスが手を離すとハイ=ルミナは素早く自身の手を引き寄せる。
「色々と縁を深めたいところだが、まずはキミに逢いに来た目的を果たさせてくれるかな。
時の秒針を盗んだのは、いや回収したのは――キミだね」
いきなりの核心。
てっきりあわてふためくと思われたハイ=ルミナは意外や意外。ただ顔をふせるだけで心乱す様子はない。いや、膝に置かれた手がパンツを握りしめているのを見るに必死に心を落ちつかせているのかも。
「……あの」
「なんだい?」
「ルミナは……どうなってもいいので……」
「おっと、それは誤解だ。私たちはキミを捕らえに来たわけではないよ。
ただ事実確認をしたかったのだ。警察機関に明確な答えをもっていかなければならないのでね」
言いながら紅茶を一口。口元は微笑んでいて、本当にどこかにつき出そうとする雰囲気はない。それにハイ=ルミナは気づき、落ちつき、握りしめていた手をゆっくりと開いた。
「……ちょっと……待っててください」
「うん」




