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Ex.【たとえ世界が空から落ちても】 壱

 その痛みに、思わず首を押さえた。


 かすかに焦げたような臭いが鼻をつく。首に巻いていた『監視のチョーカー』を外して確認すると、そこから細い煙が立ち上っていた。

 異常な熱を感じるわけでもないが、確実に何かが内部で壊れている。


 異世界探索が終わったのを見て、元の世界のあの科学者が遠隔で何かをしたのか?でも、それにしてはタイミングが悪すぎる。調査の結果を見て破壊するなんて、そんな意味のないことをするだろうか。

 調査が終わったなら、回収すればいい。何も壊す必要なんてないはずだ。


 ――だったら、このタイミングで、なぜ壊れた?


 疑念が頭をよぎったその瞬間――


「うわっ!」


 胸元のペンダントが突然、強烈に輝き始めた。眩い光があたりを照らし出す。その光に反射するように、目の前の壁が震え始めた。揺れは次第に強くなり、壁にひびが入ったかと思うと、突然――



 ゴゴォォォン、と。大きな音を立てて壁が割れ、目の前に瓦礫が崩れ落ちる。私は咄嗟に後ろに跳び退き、何とか瓦礫の直撃を避けたが、目の前に広がる光景に息を飲んだ。壁の向こうには、これまで見たことのない空間が広がっていた。


 背後から仲間たちが駆け寄ってくる。ミカが目を見開きながら、驚きの声を上げた。


「隠し部屋か!?」


 石壁が不自然なほどに整然と整備されている。

 下をのぞくと、終わりの見えない階段はまるで、ずっと誰にも見られることなく隠されていたかのように、異様な静けさを持ってどこまでも続いていた。


「すごいです、こんな空間があったなんて……」


 エレシアが息を呑みながら呟く。私たち全員が見たこともない空間に立たされたことで、言葉を失っていた。


「何かわかる?シエル」


「いや、わからない。でも……もしかしたら、だけど。……パパが何かを隠していたのかもしれない。まだ未知の、私の知らない何かがあるのかも」


 シエルですら知らない何か。それが、この先にある。

 きっと、――それは。


「お嬢様?」


 エレシアが心配そうに私の顔を覗き込む。


「大丈夫ですか?お顔が真っ青です」


「え、ええ……」


 とっさに答えたが、動揺を隠すことはできなかった。胸の高鳴りも、興奮も、隠せるはずがない。何かがある――この先に、私がずっと追い求めていたものが。帰還の手がかりが――


 気がつけば、自然と足が動き出していた。

 まるで無意識に導かれるように、目の前に続く階段を降り進む。


「お嬢様!?」


 階段を降りるたび、カツン、カツンとブーツの硬い音が空間に響く。音が広がるたびに、周囲の静寂が際立ち、全身を張り詰めるような緊張感が染み込んでいく。


 ――『相棒!』


 ――『危険だ!戻れ相棒!』


 何か、ユウリの声が聞こえる気がする。それでも、関係ない。私は進まなければならない。

 ペンダント(母さん)が、呼んでいる。


 ――『おい!』


 その瞬間、ガシッと誰かが肩を後ろから掴んだ。振り向くと、そこにはフェンが立っていた。彼が鼻をすんすんと鳴らしながら、険しい顔をしている。


「異常だ」


 彼の低い声が響く。周囲を見回しながら、さらに続けた。


「匂いがしない」


 その言葉に、少し遅れて追いついてきたミカが不思議そうに眉をひそめた。


「匂い?」


「あぁ。どんな空間でも、何かしらの匂いがあるはずだ。さっきの戦闘区域なら獣の匂いや焦げた魔力の残り香……普段でも生活の匂いとか、空気が動けば何かが混じってくるはずだ。だが――」


 フェンの言葉が、じわじわと私たちの心に冷ややかな恐怖を運んできた。空気そのものが無機質で張り詰めていて、まるで……


「――この空間には何も匂いがしない。まるで、生きている痕跡すら存在しないような感覚だ。こんなの、初めてだ……」


「おいおい、びびってるのか?」


 ミカが挑発するように笑った。


「ちょっとミカちゃん――」


 エレシアが焦ったようにミカを制しようとしたが、彼女は続けた。


「そんなの気にせず行こうぜ!――って、言いたいとこだけど」


 そういうと、ミカが笑って肩をすくめながら言った。


「口が裂けても言えないよな」


 その言葉にエレシアがふっと頬を膨らませた。


「もう」


 緊張感が一層強まる中、ミカが私を真剣な目で見つめた。


「一度戻るぞユリアーナ。こういう慢心が一番危険だ。知り合いの冒険者は、何人も亀裂で命を落としてる」


「お嬢様、私もそれがいいと思います」


 皆の言葉を聞き、私の心にも少し冷静さが戻ってきたような気がした。

 ミカは私を諭すように言った。


「別に行くのを諦めたわけじゃない。幸いここは安全だ。まずは一旦、落ち着ついて身の回りの整理から。だな」



 ♢ ♢ ♢



 *********************************************

 職業【セレスティアル・エンチャンター】

 レベル:22

 HP:1108 / 1108

 MP:649 / 649

 筋力:81 体力:75 敏捷:46 運:48 魔力:379


 アクティブスキル:

『紅焔の加護』:

 蜈ィ縺ヲ縺ョ閭ス蜉帛?、縺?0%荳頑?縺吶k

『魔力吸収』:

 戦闘中、敵の魔力と接触するたびに一定の魔力と【魔素】を永続的に獲得する


 エンチャントスキル:

『看破共鳴』:

 他者が口にした真実を「真実である」と察知できるようになる。また、自身が口にした真実を「真実である」と察知させることができる。戦闘中に成功すると、その戦闘中一度だけ全ステータスが20%向上する


 パッシブスキル:

『超越者』:

 HP/MP自然回復にかかる時間が80%短縮

『無想の境地』:

 致命傷を負っても、戦闘中一度だけ体力が1残る

『脆弱な肉体』:

 状態異常にかかりやすくなる。また、状態異常の継続時間が50%増加

『油断』:

 受けるデバフが80%増加しバフは80%減少

『欠損した魔力回路』:

 常に魔力が全身から漏出し、一定時間でMPが減少する。また、魔力の減衰率が80%上昇

 *********************************************


 落ち着いた場所で、目の前に映し出された最新のステータスを確認する。息を整え、何度も目を滑らせるが、どこにも異常は見当たらない。


 一つだけ、レベルが上がった影響で『無想の境地』というスキルを獲得しているが、それ以外は何も変わっていない。いつも通りのステータスだ。ひとつだけ文字化けしているスキルがあるのも、以前と変わらない。


「先走るなよ」


 ユウリがフェレットの姿で私の肩に乗り、冷静な声で注意してくる。彼女も同じく、私と一緒にステータス画面をじっと見つめている。そういえば、もうチョーカーも壊れているし、魔力が外部に感知される心配もなくなった。ユウリがこうやって姿を現していても問題はない。


「ごめん。でも――」


 言いかけた瞬間、ユウリがぺしっと軽く頭を叩いてきた。


「わかってるよ。いくんだろ?」


 ユウリの鋭い視線に少し驚きつつ、私は無言でうなずいた。次の一歩を踏み出す準備はできている。もう迷う理由はない。


 *********

 保有アイテム:

「母のペンダント」

「帰還のスクロール」

 バトルグローブ:「影炎拳グラヴィス」

「一振りのショートソード」

「魔力格納カートリッジ」

 *********


 手持ちのアイテムも確認する。

 剣もグローブも、確かに若干傷んできているが、まだ十分に戦える。そして何より、もしものときは帰還のスクロールがある。最悪の状況でも、これで戻れるという安心感が背中を支えている。


 そうだ。


 ――何も問題はない。


「さて、各自、状況整理は終わったか?」


 ミカが私たちに問いかけ全員がうなずいた。

 それを見て、彼女が続けて口を開いた。


「亀裂が閉じるまで一週間。ここまで来るのに三日かかった。もし今ここで帰って、もう一度来るとなったらその時には亀裂は閉じちまう。だからここで持てるものは全て持ってから向かうべきだと思う。それに……」


 彼女は少し間を置いて、視線を遠くに向ける。


「私も、この先に何があるのか気になる」


 その言葉に、私たちは静かに頷いた。


「やれるさ。今までもそうしてきたんだしな」


 フェンが自信を込めて言った。


「ええ。いきましょう」


 私が言うと、エレシアも隣で静かにうなずいた。


「シエルはどうする?」


 ミカはシエルに視線を向けた。

 彼女はじっと何かを考え込むようにしていたが、すぐに強い決意を込めた目で、右腕を掲げて言った。


「もちろん、行くよ。父さんがまだ何か残しているかもしれないし……それに、もし何かあれば、私がこの(デルタレイ)(オメガバスター)をぶっ放す。まだ一回、使えるからね」


 ミカがよし、とうなずき言った。


「ここの調査が終われば正真正銘、亀裂探索も終わりだ。帰ったらうまいものでも食おうぜ」


 そう言うと、シエルが微笑んで応じた。


「私も食べたい」


「ここに残るんじゃないのか?」


 少し意外そうに尋ねたが、彼女は首を振った。


「残るけど――ちょっとだけ覗いていこうかなって。そっちの世界にも興味あるし」


「OK。それじゃあ――」


 皆で拳を突き合せた。


「何もなければそれでよし。何かあればシエルのデルタレイなんちゃら。ヤバくなったらスクロール。そんじゃあ、みんな揃って帰還できるように!」



 ♢ ♢ ♢



 フェンが無言で先頭に立ち、私たちは彼に続く。暗闇の中、先の見えない階段を下りていく。カツン、カツンと、階段を踏みしめる足音が不気味なほど静かに響き渡る。


 左目の鈍い痛みが、増していく。まるで何かが私に警告を発しているかのように。


 どれくらい歩いただろうか。気がつけば、目の前に広がる異様な空間に足を踏み入れていた。暗闇の中に、広がる広場のようなスペースがあった。その中央には、奇妙な模様――魔法陣のようなものが描かれている。


「乗るぞ」


 フェンの声が低く響く。私たちは無言のまま、その魔法陣の上に立った。だが――何も起きなかった。時間が止まったかのような静けさが再び訪れる。


「何も起きないな」


 ミカが不満そうに呟くが、私たちは慎重に周囲を見渡す。そして、目の前に新たな階段を発見した。慎重にその階段を上り始める。薄暗い空間から、光が見え始め、やがて――

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