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46.たとえ世界が空から落ちても ㉑

 ミカがすぐさま飛び込む。

 重星螺旋の巨人槌(ヴェルトアトラス)が横っ面に炸裂し、巨獣は吹き飛ばされ瓦礫の山に叩き込まれた。


「おいおい!すげぇなユリアーナ!」


 ミカの言葉に、私はVサインを返した。

 だが、安堵する暇などない。獣の口元には再び圧倒的な魔力が集まり、あの強力な砲撃を準備しているのが見える。


「まずい!」


 しかし、そう叫んだ直後、獣の体が突然押さえつけられ地面にめり込むように動きを止めた。ミカがヴェルトアトラスを地面に突き刺し、重力の魔法を発動させたのだ。


「縛るぞ!」


 空気中に漂う魔力の濃霧が急激に歪み、獣の動きは完全に封じられた。身動き一つ取れないまま、呻くように鳴き声を上げている。


「シエル!今だ!やっちまえ!」


「うん!」


 シエルがゆっくりと前に進み、手をかざした。


「パパ……」


 彼女の動きが一瞬、止まる。右腕がカタカタと震えている。

 やれるかと、少し不安に思ったがその迷いはすぐに払拭された。


 彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「デルタレイ……」


 その声とともに、とんでもないくらいの光が彼女の右腕に集まっていく。まるで空間中のすべての魔力が彼女に引き寄せられているかのようだ。私たちがその光に吸い込まれそうな錯覚に陥るほどに。


「オメガ……」


 眩しさにくらみ、目を覆った。その隙間からエレシアが私たちの周りにシールドを展開しているのが見えた。


「バスター!」


 シエルが叫び、彼女の手から放たれた閃光が空間を切り裂いた。閃光は空を覆うほどの強烈な力で獣の巨体に直撃し、そのまばゆさに視界が白く塗りつぶされた。獣の咆哮が轟き、光の奔流がその体を焼き尽くす。魔力の激しい膨張が、空間を揺るがすように周囲を巻き込み、獣もエーテルコアも同時に飲み込んでいった。


 ******************************

 スキル『魔力吸収』が発動します

 魔力と【魔素】を一定量獲得します

 ******************************

 ******************************

 レベルアップしました

 ******************************



 空中に、霧散した魔力が塵のようにきらきらと輝きながら漂っていた。

 シエルの魔力砲は天を貫いた。

 崩れた壁の向こう、いつの間にか空は青く澄み渡り、あの重苦しい暗雲は跡形もなかった。


 シエルの震える声が、小さく漏れる。


「……終わったよ……パパ……」


 彼女の腕の中に、かつて記憶の中で見たシエルの父の姿があった。魔獣と化す前の――人間だった頃の姿がまるで幻のように浮かび上がり、彼女の腕の中で消えかかっていた。


「……シエル……よかった……」


 その言葉に応えるようにシエルは涙を拭い、微笑みながら静かに微笑んだ。


「パパ、ありがとう……」


 その声が静かに空間を満たした瞬間、父の姿はまるで霧が晴れるようにそっと消えていった。


 私はそっとシエルの肩に手を置いた。震える彼女の肩越しに、その小さな体が重く沈んでいるのを感じる。視線を落としたまま、シエルはぽつりと言葉を漏らした。


「私が……パパをもっと早く止めてたら……こんなことにはならなかったのかな……」


 その声は哀しみに満ちていた。自責の念が、彼女の中で重くのしかかっているのだろう。


「シエル、遅いことなんてないよ」


 私は静かに声をかける。彼女の痛みを少しでも和らげるために。


「生きてさえいれば、きっと何かできることがある。だから、諦めずに進んできたんでしょ?あなたの父も、きっとそれを望んでた」


 シエルは涙を抑えきれずに号泣し始めた。私は何も言わず、ただ彼女のそばに寄り添い、その肩を抱きしめた。


「生きよう。いや、生きていかないといけないの。たとえ世界に一人だったとしても、これからも……」


 それは、無意識に自分自身に向けていた言葉でもあった。


 シエルは涙の中で、ただ静かに頷いた。



 ♢ ♢ ♢



「ヤバすぎる!!」


 ミカが驚いた声を上げた。


「どういう原理だ!?魔力の結晶だぞ!」


 私もその結晶を手に取ってみた。指先に触れると、微かに温かく、ほんのりと魔力が宿っているのが感じられる。


「霧散した魔力が行き場をなくして、この動力源の近くに固まってたんだろうな。もしくは、長年暴走していた魔力が消えずにこびりついて、さっきの消滅で洗練されて結晶になったとか、そんな感じかもな」


 フェンが言った。

 実際、私もこれには驚きを隠せない。見た目は宝石のように美しく、とんでもなく透き通っている。観賞用として家に一つ置いておくだけでもまるで心が洗われるかのようだ。確実に価値があるだろう。

 そんな結晶が辺り一面に群生していた。


「持ち帰ろうぜ、これ!鉱脈みたいにバッキバキに生え散らかってるじゃん!」


 興奮した様子で、瓦礫の隙間から次々と結晶を掘り出している。フェンも、これには笑顔を浮かべている。


「これがあれば当分金には困らないな」


 二人のはしゃぐ声が、戦いの後の静寂に響き渡る。彼らの無邪気な喜びに、私たちはどこか安堵の笑みを浮かべた。戦いの緊張が解けたことで、探すべきものは報酬に変わり、戦いの疲れが少しずつ癒されていく。


 そんな中、私はシエルのそばに立ち、そっと問いかけた。


「シエル、私たちはこれから元の世界に帰ろうと思う。あなたはどうする?」


 彼女は一瞬、考え込むように沈黙した。彼女にとって、この異世界での戦いは重く、そして父との別れは大きな意味を持っていた。そんな彼女に私は静かに提案する。


「よかったら、私たちと一緒に来ない?私たちの世界にはね、魔力も普通に存在するしそこでいろんな種族が生きてるの。きっとあなたにとっても生きやすいと思うわ」


 シエルは私を見つめ、微かに口を開いた。


「私は……」


 続けて言った。


「私は……ここに残るよ。父さんが残したこの世界を、見守りたいんだ」


「そっか……」


「うん、……でも、ありがとね。ユリアーナ」


 彼女は微笑んで答え、私も頷いた。



 ♢ ♢ ♢



 あらかた探索を終えた。

 皆はまだ周囲を慎重に調べているが、どこか解放感が漂っているのが感じ取れる。シエルもようやく気持ちが落ち着いたようで、ミカと一緒に周辺を見て回っている。


 私はシエルが魔力砲を打った時に排出されたカートリッジを手に取り、眺めた。

 シエル曰く、「私にはもう必要ないので、あげる」だそうだ。


 おそらく、この技術を元の世界に持ち帰り研究すれば、もっと魔力を効率的に運用することができるのだろうな。そう考えながら、そのバネのようなものが複雑に絡み合った精巧さに目を奪われていると、近寄ってきたフェンが口を開いた。


失われた異世界の断片(ロストテクノロジー)……俺たちはそれを必死に探していたけど、シエルがそうなのかもな」


 彼は微笑みながら私に向かって呟いた。続けて言葉を紡ぐ。


「あいつは、なんて言ってた?」


「ここに残るってさ」


 フェンは少し残念そうに目を細めた。


「そうか……少し残念だな」


「ほんとにね」


「異世界で作られた存在……それに、この魔力カートリッジや武装。もしこれらを俺たちの世界で解析して応用できたら、どれだけの変革をもたらすことか……」


 フェンが少しニヤリと笑って冗談めかす。


「ちょっと」


 私は問い詰めるようにフェンを睨む。すると、彼は手を振りながら笑って答えた。


「わかってるさ。冗談だよ。それじゃあこっちの世界のクズどもと変わらねぇ。生きる失われた異世界の断片(ロストテクノロジー)。シエルはそれだけ貴重な存在ってことだ」


「もう、冗談やめてよ」


 フェンは悪戯っぽく肩をすくめると、ポケットから取り出した結晶を手の上で放りながら言った。


「さて、持てるものを持って帰ろうか。今回の調査で金も入るし、冒険ランクの査定にも影響するだろうな」


 そう言って、皆の元に戻っていった。

 皆が結晶や貴重品を抱えながら笑っているのを見て、私は一息つき改めて周囲を見渡した。


 ――これで終わりか。結局、何もなかったようで、たくさん得るものがあったな。と。


 それじゃあ、元の世界に帰ろうか。



 ……そう思ったその時だった。



 ボンッ。



「――痛っ!」



 突然、首に鋭い痛みが走った――。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます!

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