四夫人と長兄
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「皆さま、お久しぶりです!」
「「お久しぶりです、陽花さま」」
今日のわたしは、約二か月ぶりに来賓扱いで後宮を訪れていた。
四夫人は主上からの発表通り、わたしが純妃を捕まえるための囮として仮初皇后になったと聞いている。
「陽花さまがいなくなって本当に寂しかったですわ!でも陽花さまがわたくしに小説家という新しい生き方を教えて下さったおかげで、元気にやっております」
「わ、私も、刺繍は今でも続けていて、主上や妃の皆さんにも作品を贈っているんですよ!」
「私も舞を続けています。来年の園遊会でも舞台に立つつもりです。何もかも陽花さまのおかげです」
「ふふ、夏姫さまは後宮での人気もすごいですものね?何人もの妃たちに告白されてるんですよ」
と、秋明さま、春蘭さま、夏姫さま、雪麗さまが近況を教えてくれた。
良かった、皆さん変わらずお元気みたいね……!わたしも仮初皇后になった甲斐があったわ。
そうしてしばらくはたわいのない話題で盛り上がっていると、秋明さまが急にわくわくした顔でわたしに声をかけた。
「そういえば、肝心なことをまだ聞いてないわ!陽花さま、恋人がいらっしゃるって本当ですの?」
うっ!わたしはお茶を吹き出すところだった。
「し、秋明さま。誰からその話を」
そう言うと、他の三人も目を丸くしていた。やっぱりそうなんだという顔をしている。
「じゃあ本当なんですね?誰に聞いたか忘れましたが、陽花さまが街で親しげに男性と歩いていたっていう噂を聞きましたの」
こ、後宮の情報網、早すぎる。塀に囲まれているのになんで市井の話がそんなに早く手に入るのよ!
どう話そうか迷ったが、今更隠すことでもないと思い、誰とは言えないが恋人がいると話した。
結婚する話は結婚式の日取りが決まるまで、公式発表をさけている。周家の結婚は多方面に影響があるので、日取りまで決まってからとお父さまに言われていた。
「そうだったんですね。私は陽花さまこそ主上と似合いの皇后だと思っていたので、ちょっと驚きました。仮初皇后でいらしてたとしても、いつかは本物の皇后になってくれるんじゃないかと期待していたのです」
と、寂しげに雪麗さまが言った。他の三人も俯いてそれについては同意しているみたい。
「ごめんなさい、雪麗さま。でもわたし、彼のことがずっとずっと、本当にずっと大好きで、かけがえのない人で、例え何があってもわたしの気持ちは変わらない。そう思える人なんです」
茶会の場が、しんと静まりかえった。四夫人が目を丸くして、互いに目線を交わしている。
わ、わたし、ちょっと正直すぎたかしら?
みんながわたしを皇后として認めてくれてたのに、わたしはその期待を裏切っちゃったのよね……。
なんだか肩身が狭い気持ちになって恐る恐る四人を伺うと、夏姫さまがぷっと吹き出したのを皮切りに全員がくすくすと笑い始めた。
「もう、陽花さまなに言ってるんですか!陽花さまに恋人がいるなら仕方ありませんよ!ねえ?」
「本当ですわ!わたくしとしてはその殿方との馴れ初めを暴露して頂いて、いつか作品として世に出したいですわねえ」
「わ、わたしも、完璧な陽花さまが愛される殿方って、一体どんなにすごいのか見てみたいです……!」
「意地悪なことを言ってごめんなさいね。でもそのくらい、私も他の夫人たちも陽花さまのことが大好きだったんです。ずっと一緒に後宮で、主上と皇后さまを支えていこうと思っていましたが、仕方がありませんわね」
と、みんなわたしを応援してくれることがわかり、安心したのも束の間。恋人はどんな人なのか、主上には全く惹かれなかったのか、と根掘り葉掘り聞かれた。
少々たじたじになったものの、女の子同士の恋愛話ってこんな感じなのね、と新しい発見だった。
***
雨月は宮廷の廊下を歩いていた。
今日は陽花が後宮に来ている。少しだけ立ち止まり、後宮がある方角を見て、どうか彼女が辛い目にあっていませんようにと雨月は心の中で祈った。
陽花は皇后として四夫人に認められ、好かれすぎていた。だから彼女が本物の皇后でなかったと知って、四夫人たちは間違いなく落胆しただろう。それに、いずれ必ず皇后位を巡る争いがまた始まる。
陽花を帝の皇后に推薦したのも、彼女を欲しいと思ったのも雨月だ。あの陽花なら大丈夫だと思いたいが、もし四夫人から責められたりしていたら可哀想で、自分が悪者になってでも守ってやりたい。
例えこの先何があっても、もう雨月に陽花は絶対に手放せないことはわかっていた。
***
「この度は茶会にお招き頂き、誠にありがとうございました、主上」
わたしは四夫人との茶会を終えて、雲海帝の執務室に挨拶に来ていた。主上は定位置の真ん中の椅子に、雨月さまはその横に控えていて、この構図がなんだかとても懐かしい。
あの頃と大きく違っているのは雨月さまの表情で、皇后をしていた頃はにこにこと穏やかな笑みを浮かべるか、体調が悪そうにしているかのどちらかだったのだが、今はまったく違う顔をしている。
……わたしのこと、心配してくれてたのね。
「周陽花、どうだった?久しぶりの四夫人との会は」
「皆さま特にお変わりなく、元気そうで安心しました」
「そうか、ならいい。これからもたまに顔を出してやってくれ」
主上が心配しているのは、やっぱり空位の皇后位なのだろう。わたしは主上がそばにいたいと望む人を皇后に、と進言したが、簡単に決まるものではない。
雨月さまに家まで送ってもらうことになり、帰りの馬車で茶会は大丈夫だったかと聞かれた。
わたしは、もちろん大丈夫だったと答えた。
四夫人はわたしが皇后でなくなったことを残念がっていたけど、わかってくれたと。……ん?そういえば。
こ、恋人って認めるの初めてだったわね……。
今さら秋明さまが発した「恋人」と言う言葉に顔が赤くなる。「結婚」は簡単に口にできるのに、恋人っていう言い方は、なんとなく生々しい感じがして。
「陽花、どうしたんですか?顔が赤いですよ?」
「あ!な、なんでもないわ!」
馬車が周家に着いた。
雨月さまはまだ仕事が残っているので、このままとんぼ返りだ。寂しいが、忙しい彼に門まで送ってもらえただけでも嬉しい。
「……陽花、飛龍さまはまだお戻りになりませんか?」
雨月さまがわたしに聞いた。
「あ、うん、そうなの……。でもきっともうすぐ帰ってくるわ、間違いなく」
「間違いなく?」
「この前手紙に、早く帰って来ないと結婚しちゃうわよって書いたの。だから絶対すっとんでくると思う」
雨月さまは目を丸くした。
「もしかして、俺が急かしちゃいましたか?」
「ううん!違うの、わたしだって早く結婚したいもの。それに、久しぶりにお兄さまにも会いたいしね」
と笑ったら、雨月さまは少しほっとしていた。
「あなたと早く結婚したいですけど、飛龍さまがお忙しい方だとよくわかってますから、俺は待てますよ」
「……それ、本当に?」
「……」
雨月さまったら、自信ないんじゃない。
「……今日ね、秋明さまに恋人がいるんですよね?って聞かれたの。街でわたしが男の人といるのを見たって聞いたって。別に隠してないからそれはいいんだけど」
わたしはちらっと雨月さまを見て、ささっと視線を横にずらした。
「わ、わたし、そうですって、恋人がいますって言ったの。恋人って言うの初めてで、ちょっとどきどきしちゃうわね……」
そう言ったら、雨月さまがすっと距離を詰めてきて。
え、道の往来で抱きしめるの!?と思わず目をつむったら、耳元にくすぐるような風が届いた。
「俺にとってはただの恋人じゃなくて、一生にただひとりの最愛の恋人ですよ」
それだけ言って機嫌良く去って行く雨月さまが恨めしい。
わたしは力が抜けて、門番が助けてくれるまで道端に座り込んだ。
***
あ、朝だわ。
鳥の声が聞こえて、うっすらと明るい部屋の様子が目に入ってくる。わたしはいつものように伸びをして起きようと思って、ぐーっと両手を伸ばしたら、左手がむにゅっと何かあたたかいものに当たった。
え、な、なに!?
急いで隣を確認して、わたしは目を剥いた。
「き、きゃあああああああああ!!!!!ひ、飛龍おにいさま!??こ、こんなところで何してるのーーー!!!!!」
ずっと待っていた飛龍お兄さまとは、朝目覚めたらわたしの寝台にいるという、どんでもない再会を果たした。
「いやあ、おはよう陽花。実は昨日の夜中にうちに帰ってきてね。真っ先に可愛い妹の顔が見たいと思っておまえの部屋に行ったらもう寝てて、僕も眠かったから一緒に寝かせてもらったんだ」
全く悪びれずににっこり笑う飛龍お兄さまは、相変わらず妹のわたしでさえ「うっ」と声をもらしてしまうほどの、卑猥な色気をしたたらせていた。すると、ばだばたばたっと足音がして扉が開く。
「失礼します!陽花さま、悲鳴が聞こえましたが一体……」
あ、だめよ、翠玉!と、言おうとしたがもう手遅れで、翠玉はお兄さまを見て卒倒した。
同様に鈴玉も来たが同じように倒れた。わたしのこの日の朝の仕事は、ふたりの侍女の介抱になってしまった。
「ねえ、飛龍お兄さまは、宇航お兄さまにはもう会ったの?」
久しぶりの兄妹水入らずの朝食を取りながら、わたしはお兄さまに尋ねた。お父さまは数日前から出張で出ている。
「いや、宇航はまだだ。昨夜はあいつの顔を見る前に陽花の部屋に行ってそのまま寝てしまったからね」
お兄さまはとにかくわたしのことが好きだ。お父さまも宇航お兄さまもわたしのことが大好きだけど、ちょっと違う。飛龍お兄さまは全身全霊でわたしを好きですオーラが出ていて、全く隠さない。
「……お兄さま、悪いけどその色気しまってくれない?特にわたしと会ってるとき無駄に発動させるから、慣れてるはずの翠玉や鈴玉でも倒れたのよ?ちょっとは反省してもらわなきゃ」
「反省するのはおまえだよ、陽花。一体なに僕がいない間に結婚を決めてるんだい?ずっと僕や家族と暮らしたいって言ってたよね。それを信じて、僕は長期の出張にも泣く泣く行ったんだよ」
周家の長男で天才的な商いの才があるお兄さまは、今は西国に目をつけていた。西は遠いので、どうしても長期になる。
「しょうがないじゃない。まさか主上から皇后になれなんて勅命が下るなんて思わなかったし。もう知ってるんでしょ?わたしが一時的に後宮に入ってたこと」
「で、後宮にいたのになんで主上以外の男を見つけてくるんだ!?」
それは……。てへっ、て感じだけど。
「でも、わたしと雨月さまの馴れ初めについてはもうお父さまに聞いたんでしょ?」
「ああ、聞いたよ。曽雨月が十年前におまえを助けた少年だってことも、記憶を失っていたことも、今は主上の側近をやってるいることもね。……でも、ちょっと都合が良すぎないか?」
「……お兄さま?」
飛龍お兄さまの顔色に胸騒ぎを覚える。
「父上と宇航、それに亡くなったおじいさまが彼を認めていたとしても僕は認めないよ。……陽花、実はおまえに大事な話があるんだ」




