曹家、ご挨拶②
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次回は四夫人との再会編。それと、ついにあの人登場?
俺の名前は曹天佑。今日は叔父の婚約者と顔合わせをしている。
女性陣が夕食の支度をしている間、俺と父さんと伯父貴は一室に集まっていた。
「いやー、それにしても陽花さん、美人すぎるだろ!?いや、伯父貴も相当かっこいいけどさ、あんな女の人見たことないよ!天女なの?めちゃくちゃ顔小さいし、細いし!」
「こらこら天佑。あんまり女性の容姿をそんなあけすけに言うもんじゃないよ」
それにしたって天佑にはまだ信じられないのだ。あんなに美しい女性がこの世にいるなんて。しかも自分たちの家族になるなんて。
「……天佑。陽花を褒めてくれるのは嬉しいけど、あんまり好意を持たないでくれよ。俺の陽花なんだから」
と、俺にさえ軽い嫉妬をあらわにする伯父貴にもびっくりだ。これには父さんも目を丸くしていた。
「でもよかったね、雨月」
父さんが、伯父貴に向かって笑いかけた。
「おまえのことを、死んだと思いながら十年も想ってくれていたんだ。あんなに素敵で、しかも周家のご令嬢ならいくらでも良い縁談はあっただろう。それでもおまえを選んでくれたんだから、大切にするんだよ」
「もちろんだよ、兄さん。俺には陽花より大切なものなんてないんだから、昔も今も」
伯父貴はとろけるような笑みを浮かべている。……また塩が欲しくなってきた。
ふと、天佑は疑問を持った。
「でも、なんで伯父貴は陽花さんのことだけ思い出せなかったんだろうね。一番大切なことなのに」
その言葉に、伯父貴の顔がふっと無表情になった。やばい、なにか地雷を踏んだだろうか。
「……俺も、そのことだけが悔やまれるんだ。陽花との日々を十年も無駄にした。彼女を傷つけることにもなった。あの頃に戻れるなら、過去の俺の頭を殴ってでも思い出してやりたいな」
伯父貴は本当に悔しそうな顔をしている。その顔があまりにも思い詰めていて、俺は自分の発言を悔いて下を向いた。
「……一番大事な人だったからじゃないかい?」
父さんが急に言い出して、俺と伯父貴は顔をあげた。
「一番大事な人だから、あまりに大事すぎて、自然と体が陽花さんとの記憶を守るために、頭の奥底に閉じ込めたのかもしれないよ。いつかちゃんと、しかるべき時に出てこられるようにね」
「……なんだそれ。父さんってばすごいこと考えるね」
俺はあっけにとられた。
「だって雨月は、本当の意味では陽花さんのこと忘れてなかっただろう?官吏になって強くなって立派になるんだって想いを、昔からすごく強く持ってた。それは心の中で陽花さんとの約束を覚えてたってことだ」
「でもそれで、陽花さんがいつの間にか他の男に奪われてたら本末転倒だろ?」
「でも間に合ったじゃないか。しかも、帝のお后候補には雨月が選んだんだろう。自分でも何か、彼女のことが気になったんじゃないかな」
父さんは意味不明な論理で伯父貴を励ましたけど、俺から言わせれば伯父貴はただ幸運だった。結果論というやつだ。
だけど伯父貴は父さんの言葉を聞いて、少しだけ表情をやわらげた。
***
曹家の夕食は、普段の献立からすればとても豪華だった。
陽花も材料を切るのを手伝ったと聞いて、雨月は慌てて陽花の手を確認した。どこか傷つけてないかと、とにかく心配でたまらない。
その様子を見て兄嫁と瑞英は笑い、兄と天佑は呆れていた。天佑は辛党になったのか、今日はよく塩を摂取している。
その夜、雨月は陽花を誘って川辺を歩いた。足元が暗く砂利道なので彼女の手を繋ぐ。天気も良かったので満月が綺麗に見えた。
「雨月さまの家族、みんないい人ね。杏さんはちょっと天然で面白いし、瑞英義姉さんはしっかりものって感じ。お義兄さんは穏やかで、天佑さんは末っ子気質ね。わたしも末っ子だから人のこと言えないけど」
そう話して笑う陽花は、さっき天佑が言っていたようにまるで天女のような美しさだ。この家に陽花を連れてきた時の家族の反応が凄かった。全員陽花の美しさに見惚れ、呆然としていた。人の美醜に疎い兄でさえ、顔を赤らめていたほどだ。
雨月はぎゅっと陽花の手を握る。十年も陽花を忘れ、この地で全て思い出した時の切なさが込み上げる。
雨月は、繋いでいた陽花の手を引き寄せて、抱きしめた。
「……雨月さま?」
「記憶を思い出してからずっと、なんで俺はこの世で一番大切なあなたのことだけ忘れていたんだろうと思ってました。他の記憶を忘れても、あなたのことだけは覚えていたかった」
雨月は腕の中にいる陽花の髪に顔をうずめる。優しく香る陽花の匂いに、胸が満たされる。
「そうしたら兄に言われました。一番大事だったから、自然と体があなたとの記憶を守るために、頭の奥底に閉じ込めたんじゃないかって」
「……いいお兄さんね」
陽花が笑った。雨月もそう思う。
「頭痛がした時、いつも何かが頭の奥に引っかかって、出てこれないような気がしてました。ようやく出てきた時、俺は雷に打たれたみたいに、本当の自分を取り戻した。……間に合って良かった、本当にそう思います。でも、やっぱりあなたを忘れていた自分が許せないんです」
もっと早くに思い出せていれば、自分を救えただけじゃなく、陽花のことも早くに救ってあげられた。自分が落ちた崖に、墓を立ててもらわなくて済んだ。
雨月が唇を噛むと、腕の中の陽花が顔を上げた。大きな丸い瞳でじっと雨月を見つめ、かすかに微笑む。
「ねぇ、雨月さま。こう考えない?わたしたちは、あんなにも早く知り合えて幸運だったって。だってわたしの家には、今でも縁談が来てるのよ?これから運命の人に出会ったっておかしくない歳だけど、あなたにずっと前に会うことができたから、今こうして一緒にいられる。……ね?」
ああ、本当に。自分は一生、この人には敵わない。
こんな自分を、十年も思い続けてくれた彼女こそが奇跡だ。
込み上げる愛しさが止まらなくて、雨月は腕の中の陽花に引き寄せられる。
「ふ……」
陽花の赤く小さな唇は、食んでも食んでも柔らかくて。こじ開けて中に入ったらもう止まらず、どんどん欲しくなる。
自分の中の欲望が、十年分の欲が、一気に溢れ出るのがわかる。ずっと飢えていた雨月の中の獣が、やっと喉から手が出るほど欲しいものを見つけた。ああ、早く、全部欲しい。
唇を離した陽花はいつもの如く赤くなっていて、その顔も可愛らしかった。
「わ、わたし、なんか自信なくなってきたわ……」
「自信?」
「今からこんな、こ、腰が砕けそうになってて、結婚なんかしたらどうしよう……。わたし、立っていられるかしら」
本当にこの人は、なんて可愛いんだろう。やっぱりこの十年を無駄にしたことは後悔しかないな、と雨月は思った。
雨月は不敵な笑みを浮かべて、息も絶え絶えの陽花の耳元に唇を寄せた。
「結婚したら、毎日たっぷりあなたを愛して、愛しまくりますよ。立てなくなっても俺があなたを抱えるから大丈夫」
顔を真っ赤にしながら「それ、全然大丈夫じゃないじゃない!」という陽花の手を取って、雨月は上機嫌で家に戻ったのだった。
***
翌朝、わたしと雨月さまは亡くなった雨月さまのお父さまのお墓参りをして、曹家の皆さんに挨拶した後、出発した。
わたしと彼は別の馬に乗ってきた。わたしの趣味が乗馬なので、遠乗りを楽しめるようにしたのだ。
わたしが乗りまわしたせいで帰りが遅くなり、馬で駆ければ都まで一日で着くところ、中継地の村で一泊することになった。
まだ結婚前なので部屋は別々にとる。小さいが、ちゃんとした食事処もある宿だった。
「荷物を置いて身支度したら、俺たちも食事にしましょうか」
「ええ」
馬で駆けたので砂埃が服についている。少し汗もかいたので、夕食前に着替えをしたい。雨月さまとわたしの部屋は同じ階にあるが、少し離れていた。
それから一緒に食事を取り、お茶を飲みながら雨月さまが曹家で過ごした時の話をしてもらった。亡くなったお父さまはとても博識な方だったらしい。
雨月さまを助けた方がたまたまそんな人物だったのも、神様がわたしたちを引き合わせる為だったのかもね、とわたしが言ったら、雨月さまは「そうですね」と言って笑った。
明日も早いので早めに寝ましょうということになり、わたしたちはそれぞれ部屋に引き上げた。
「んー……」
眠れない。体は疲れているのに、なぜだか寝付けなかった。たぶん興奮しているのだと思う。雨月さまの家族に会ったことで、彼と家族になるのだと実感したのだ。
そして、彼の新しい家族がとても素敵な人たちで本当に良かったと思った。
ー 良かったわね、雨。
彼の昔の呼び名で、頭の中の子供の彼に呟く。
目の端から一筋の涙が落ちていた。
ちっとも眠れないので、温かいお茶でももらいに行こう。こういう時は何か口に入れるのがいいわね!
寝台を降りて、扉に手をかけると。
「え……?」
なぜか雨月さまが廊下の壁にもたれて立っていた。わたしが急に扉を開いたので驚いている。
「陽花。どうしたんですか?何かありましたか?」
「え?いや、それはこっちの台詞よ!ど、どうしたの雨月さま。わたしは眠れなくて、何か飲み物をもらいに行こうと」
すると、雨月さまがすっとわたしに向かって手を伸ばした。そのままゆっくりと目尻から頬を撫でる。
「涙の跡がある。どうしたんですか、悪い夢でも?」
雨月さまは心配そうにわたしに尋ねた。……って、じゃなくて!
「聞きたいのはわたしのほうよ!雨月さま、一体何してるの?」
「護衛ですよ。あなたに何かあってはいけないから」
わたしは驚愕に目を開いた。……まさか、ずっと?
「ず、ずっとここに立ってたの?」
「今回は俺が一緒なので他に護衛もつけてません。まあ、護衛がいても俺はここに立ってたでしょうが」
わたしはあんぐりと口を開いてしまった。こんな田舎の村で、一体どんな危険があるというのだろうか。けれど、もともと宿泊予定じゃなかったところ、わたしが昼間に乗馬を楽しみすぎて遅くなってしまったことが原因だったと思い至る。
「ご、ごめんなさい!わたしが昼間はしゃぎすぎて」
「陽花のせいじゃないですよ。俺もゆっくりできてよかった。でも万が一があってはいけないから、俺がいるんです。飲み物でしたね、一緒に行きましょうか」
雨月さまはにこりと笑って、わたしと一緒に階下に降りた。
温かいお茶をもらい、二人でわたしの部屋に入る。寝台に並んで腰掛け、横の台にお茶を置いた。
「雨月さまだって疲れてるでしょ?こんな田舎じゃ危険なことなんてないわ。ちゃんと寝てちょうだい」
「俺が好きでやってることですから。それに鍛えてるから、こんなの疲労にも入りませんよ」
わたしはこの日、雨月さまの過保護さを思い知った。もうわたしが何を言っても、この人は寝るつもりがないんだろう。
こうなったら、わたしも朝まで付き合ってやる!
「じゃあ、わたしも寝ない」
「いや、陽花はこれを飲んだら寝て下さい。馬に乗りっぱなしだったんだから、疲れたに決まってます」
「大丈夫よ。どうせ考え事してたら寝付けなかったんだから」
ふんっとわたしが横を向くと、雨月さまは静かな目をして「何を考えていたんですか?」と聞いた。
それを聞いて、くすっと笑みがこぼれる。
「あのね……、あなたが、あの素敵な家族に拾われて本当に良かったなって思って。昔はあなたを、あなたに酷いことをする家族のところに帰すのがとても嫌だった。だからあなたにお嫁さんになって欲しいって言われた時、思ったの。わたしがあなたの家族になれば、今度は自分があなたを家で待ってあげられるんだって」
雨月さまは、ゆっくりと瞠目した。
「でも曹家に拾われて本当に良かった。だから、昔の「雨」に、頭の中で良かったねって伝えてたのよ」
小さく笑うと、雨月さまはふわりとわたしの肩を抱き寄せた。
「ありがとう。……俺は確かに幸運だったけど、一番の幸運は陽花に出会えたことですよ」
「うん……。知ってるわ」
わかってる。
わたしはぽんぽん、と彼の背中を叩いた。
結局、わたしたちは話しながら夜を明かした。
翌朝馬は一頭ここに置いていくことにして、わたしは雨月さまの馬に乗せてもらうことになった。大丈夫だと言ったのたが寝不足で馬に乗るのは危険だと説得されて、今に至る。
過保護すぎると思ったけれど、馬上で彼の幸せそうな顔を見たら何も言えなくなった。
顔合わせに周家の家族は来ませんでした。お父さんも次男も忙しすぎて……。長男は出張中ですね。
普通は婿さん家族のほうが挨拶に行くところですが、都から離れているし、そういうのは不要だと周家も遠慮しました。周家総出との顔合わせだったら、曹家の誰か気を失っていたかもしれません。




