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43. 最後の献花

 速く、もっと速く。頼む、間に合ってくれ。


 雨月はとんでもない馬の速さで、都を駆けていた。

 時折道行く人から怒られ、申し訳ないと思いつつ、止めることはできない。


 陽花に会ったら何を話そうか。どうして命が助かったのか。情けないことにこの十年、誰よりも大切な陽花のことを忘れていたこと。何も知らずに陽花を雲海帝に勧めてしまったこと。記憶を思い出すために頭痛が起こっていたこと。


 でも一番伝えたいのは、彼女を誰よりも愛しているということだ。記憶が戻ったからだけじゃない。陽花のことを思い出せない時から、後宮に迎えたときから、惹かれていた。


 雨月は、陽花が四夫人におこなっている企みに気づいていた。後宮の秩序を正すために皇后の威厳を使っても良いものを、妃たちが幸せになれるように心を砕く人だった。


 家柄、知識、教養、品格、容姿、どれをとっても素晴らしい人であるにも関わらず、誰に対しても分け隔てなく接する様から、彼女という人が、身分違いの「雨」にも優しくしてくれた時から変わっていないのだと思い知る。


 もう、自分のことなど切り捨ててしまっただろうか。心から恨まれ、憎まれているかもしれない。今までひどい仕打ちをしてきた雨月に、陽花を止める資格はない。


 それでももう一度、自分の気持ちを知って欲しかった。愛しているのだと、そばにいたいのだと、伝えたい。その一心で走った。


 ここか。


 あの時の崖だ。雨月と陽花が閉じ込められていた小屋はなくなったようだ。馬を降り、陽花の名前を呼ぼうとする。


「……っ!」


 なんて呼べばいいのかわからない。周皇后?陽花さま?陽花?


 迷っているうちに、以前小屋があった近くに小さな墓があるのを見つけた。そこにまだ新しい花が供えられてある。

 

 それを見て、もう彼女はここにはいないのだと直感した。


「おや?あんた、その人の知り合いかい?」


 振り向くと、頭の剥げた老人が立っていた。


「それとも、周家のお嬢さまの知り合いかい?」

「!?ご老人、周陽花さまをご存知か!?」

「ご存知もなにも、さっきまでここに来ていたよ。もう行ってしまわれたがね」


 老人は不思議そうな顔で雨月を見て、今度は墓を見た。


「その墓はね、昔ここで亡くなったお嬢さまのご友人のものだ。お嬢さまはここにお墓を建てられてね。崖から転落したってんで骨はないんだが、近所に住むわたしに世話を任されたんだよ。それ以来、そのご友人の命日や、なんでもない日にも、時々ふらりとお参りに来ていらっしゃるんだ」


 老人は悲しそうに事情を話した。


 胸が苦しい。彼女はそんなことまでしてくれていたのか。雨月は行き場のない後悔に襲われる。


「けどさっきお嬢さまが来られてね。もう墓の世話はしなくていいとおっしゃるんだよ。急になんでだって理由を聞いたんだけど、寂しそうに笑っておられたなぁ」

「……陽花さまは、その後どちらに?」

「さあなぁ、わからん。だがしばらくは帰ってこんと言ってたな。わしに別れの挨拶をされる時は、またいつもみたいに美しい笑顔をされておった。眼福じゃ」


 そう言って老人は、ゆっくりと去っていく。


 陽花の足取りが、わからなくなった。さっきの翠玉の話が本当なら、旅の目的地が決まっていない可能性がある。


 ここから旅に出るならどこへいく?北か、東か?


 陽花ならどこへいく?


 

 


 


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