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42. さいごの場所

「あなたは、翠玉殿」


 陽花の侍女がどうしてここに。いや、まずは彼女から陽花の居場所を聞き出せるか。


「雨月殿、どこへいかれるのですか」


 翠玉は怒気を孕んだ目で聞いた。その瞬間、理解した。彼女も雨月が、陽花を追い詰めた人間だと知っていることを。


「陽花のところです」


 翠玉は、帝の側近に過ぎない雨月が彼女の主人を呼び捨てにしたことに驚いたようだが、ぐっと唇をひき結んで、なにも言わなかった。


「今更なにをするつもりです?これ以上、陽花さまを傷つけないで下さい」

「あなたのおっしゃることはもっともです。けど、どうしても彼女に会わなければならない。会って、話がしたい」

「なにをいまさら!陽花さまはずっとあなたを想ってましたわ!ずっと、ずっと……!十年前は可哀想なくらいに衰弱して、お食事も喉を通りませんでした。どんなにいいご縁談もお断りして、いつまでもあなたの話をしていました。あなたが描いた絵を、大切に持っていました……」

  

 翠玉は涙を流して訴えていた。彼女の言葉が、剣のように胸に刺さる。


「それなのに、生きていたなんて!こんな形で再会するなら、十年前にちゃんと死んでいて下さればよかった!……どうして陽花さまを後宮になんて呼ばれたんです?主上に陽花さまを皇后に推薦したのはあなたでしょう?」

「……弁解はしません。けど、お願いです。俺を、陽花のもとへ行かせて下さい」

「いいえ、行かせませんわ!」


 翠玉は短剣を取り出して、すらりと構えた。


「絶対に行かせません。やっとあなたのことを吹っ切って、陽花さまが前を向かれる時が来たんです。二度とあなたに、陽花さまを不幸になんてさせません」


 彼女の言う通りだ。この十年、雨月が陽花を不幸にしてきた。彼女がくれた機会があったから今の雨月があるというのに、ずっと忘れていた。

 

『どこにもいかないよ、約束する』

『いつか僕が立派な大人になったら、僕のお嫁さんになってくれますか?』


 後悔ならもうさんざんしている。馬で都まで駆けてきた時も、今も、自分を殺したいくらいに。陽花のためなら命だって惜しくはない。あのまま崖から落ちて死んだとしても、彼女を守れたなら後悔はなかった。


 でも生きている。もう一度、会えた。


 雨月は剣を構える翠玉に近づいた。彼女は距離を取りながら、片時も雨月から目を離さなかった。


「……お願いします。陽花のところへ行かせて下さい」

「……っ!」

「今度こそ、約束を守りたいんです」


 雨月は翠玉の剣を取った。「あっ!」と彼女が驚いて手を離したが、雨月の手の平からは血が流れている。このくらいの痛み、なんてことない。


「彼女を、陽花を、愛しているんです」


 翠玉は雨月の手の平から、茫然と視線を上げた。


「陽花は今どこにいますか?周家ですか?」


 きっとこの侍女は自分を止めるために残ったのだ。それならば、陽花の居場所も知っているに違いない。


「お願いします。教えて下さい、翠玉殿」

「……っ!」

「お願いします」


 うっと呻き、翠玉は手を口に当てて涙を流した。悔しさを噛み殺すような泣き方だった。


「……もう、周家にはおりません。旅支度も、とうに済んでおりました」

「……彼女はどこへ?」

「それはわたしにもわかりません。陽花さまも、決めてないのかもしれません。でも」


 翠玉は泣きはらした目を持ち上げた。


「出発される前に、あの崖に寄られると思います」

「……俺が、転落した崖ですか」

「はい」


 あの崖は都の外れにあるはずだ。おおよそ場所の検討はつくが、具体的な位置まではわからない。なにしろ、崖への移動中は目隠しされていた。


「すみません、俺はあの時目隠しをされてたので、具体的な場所までわからないんです。どこかわかりますか?」

「……橋の近くです」


 それなら崖の位置もわかる。ちょうど馬の用意も出来たので、出発しようと馬に跨ったその時。


「雨月殿!」


 翠玉が呼び止めた。


「もし、あなたがまた陽花さまを傷つけるようなまねをしたら……今度こそ私があなたを殺しますよ」


 もちろんわかっている。けれど翠玉が殺すまでもない。

 陽花を逃したら、生きていられないのは自分のほうだ。


 雨月は馬の腹を蹴り、一目散に駆け出した。








   

 

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