40. いやな予感
あと十話、そろそろクライマックスです……!
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雨月は曹家から休まず馬を走らせ、二日で都に戻った。
途中、使い物にならなくなった馬を二回も変えたが、それでも早く戻りたかった。
一度自宅で雨でぼろぼろになった服を着替え、宮廷に行く準備をする。この時間なら雲海帝は執務室にいるはずだ。
宮廷に着くと、いつものように静かに廊下を歩く。本当は走り出したい。できれば執務室ではなく、すぐにでも皇后宮に向かいたかった。しかし雲海帝の許可もなく、宦官でもない自分が後宮に足を踏み入れることは許されない。
……もしかしたら自分のいない間に、雲海帝が彼女をものにしてしまったかもしれない。そんな不安も頭によぎる。それを希望し、推薦していたのは自分だというのに、自分勝手にもほどがある。
「失礼致します」
はやる呼吸を落ち着けて雨月が執務室に入ると、雲海帝は定位置におり、雨月を見た彼は驚いた顔をした。
「雨月。どうした、やけに早いじゃないか。……もしかしてもう聞きつけたのか」
ため息まじりにそう言って、雲海帝は苦笑した。彼はその手に、何枚もの手紙らしき紙を持っていた。
「四夫人からの抗議文だ。俺だって抗議したいが、仕方があるまい。約束だったからな」
何の話だろうか。雨月には心あたりがない。
「あの、失礼ながら主上。何のお話ですか?」
「なに……?周陽花が皇后をやめた件で、急ぎ戻ったのではないのか」
今度は雨月が目を丸くする番だった。
「皇后を、やめた……?どうして」
「約束通り、皇后に誰がふさわしいかを示したからだ。その前に四夫人の仲をとりまとめ、純妃の件で危険分子は排除できたからな。残りは皇后の推薦だけだった。俺はおまえも言うように周陽花しかいないと思って説得し続けてきたのだが」
その言葉に、胸が痛む。最初に雲海帝に周家の娘はどうかと推薦し、彼女の人柄や才に気づいてからも帝をたきつけてきたのは自分だった。
「おまえは、誰を推薦したと思う?あの周陽花は」
わからない。いるわけない。彼女より素晴らしい女性などどこにもいない。
ふっと雲海帝は寂しげに笑った。
「答えは、ないそうだ」
「……今の四夫人の中にふさわしいものはいないと?」
「いや、そうじゃない。そうではなく、俺という人間が心から望む者でなくては何の意味もないそうだ」
「……」
「皇后は俺の妻だ。側室とは立場も役割も違う。条件も大事だが、俺が自分の心で誰よりもそばにいたい、いてほしいと望む者でなければ妻は駄目だと言われた。そして相手も俺のそばにいたいと望むなら、きっとどんな困難があってもその人は俺の隣に並び立つために努力するだろう、と。それが周陽花の答えだ」
「そばにいたいと望む者……」
陽花は昔、「雨」に言ったのだ。そばにいたいと。「雨」も心から望んでいた、陽花のそばにいたいと。そのために立派な官吏になると誓った。彼女を守るために強くなるとも。
「だから自分は皇后にはなれないのだと言われた。俺のことは帝として尊敬するが、そばにいたいとは思えないと。俺もまた、彼女を心から望んでいるわけではないとも言っていたな。わからん。こっちは本気であいつを皇后にしたいと思っていたんだが……」
雨月は忠誠を誓う己の主人を見た。家柄や後ろ盾に関係なく、使えるからという理由で雨月を側近にした男。この男に手に入らないものはない。
雨月もまた、自分を引き立ててくれた雲海帝のためなら、欲しいものはなんだって用意しようと思っていた。
けれど、雨月には陽花の言葉が痛いほどわかる。心から誰かのそばにいたいと望むことは、雲海帝の今の気持ちごときではないのだ。
「だがこんなに早く出て行かなくてもいいと思わないか?周家のせいだ。あいつらの手回しは早すぎる」
「周皇后……いえ、周陽花さまはどちらに?ご実家ですか」
「旅に出るそうだ」
「旅!?」
旅とは一体どういうことだ。
「どういう理由かと聞いたんだが、あいつは何も言わなかった。……だが、最後はいつものあいつじゃなかったな」
どくん、と胸の鼓動がした。やめてくれ、と叫び出したい気持ちが雨月の中で膨らんでいく。びりびりと体がひりつき、とんでもないことを聞いてしまう予感がする。
「最後に、やっぱり死んでも忘れられない初恋の男が好きなのかと聞いたんだ。……あいつは、初めて見るような寂しそうな顔をして、こう言っていたな」




