26. 書庫の弁解
「あ……、おはようございます」
書庫で周皇后に会った。彼女は雨月に挨拶すると、そそくさと立ち去っていく。しばらく前から避けられていた。
原因は自分にある。
自分に会うたびに体調を崩すとなれば、周皇后とて気分が良いはずはない。焦って手を振り払ってしまったこともあり、その時の彼女は傷ついた顔をしていた。
毒殺事件の犯人を知らせた時も、まるで彼女を避けるような失礼な態度を取ってしまった。
実際、頭痛も治っていなかった。特にこの前、周浩然の話を聞いてから、やたら昔の古傷が痛む。
ばさばさばさっと音が聞こえた。振り向くと、皇后が本を落としたところだった。それも尋常じゃない数の本が。
ひとつ息を吸って、雨月は皇后のもとへ駆け寄った。
「あ……大丈夫です!一人で拾えます」
「いえ、周皇后こそ何もしないで下さい。腰をかがめては服が汚れます」
「いや、ほんとに、一人で大丈夫ですから……!」
そう言って彼女は雨月が拾おうとした本に手を伸ばした。そして雨月は自分でも無意識に、思わず皇后の手を掴んでいた。皇后は、はっとして雨月を振り返る。
彼女の顔を見ると、最近は頭だけでなく胸も苦しい。けれど。
「……私を、避けないで下さい。あなたに避けられると、どうしていいかわからなくなる」
「……先に避けてたのはあなただわ。それに、わたしに会うと頭痛がするんでしょう?今だって顔色が悪いわ」
「そんなことありません」
「そんなことあるわよ」
確かに雨月の頭の奥には気が遠くなるような痛みが発生し始め、めまいもしてきた。いつもこの感覚だ。喉元につっかかって言いたい言葉が出てこないように、頭の奥にある何かがつっかかって苦しい感じ。それでも。
雨月はぎゅっと手の中にある細い腕を握り、皇后を見た。
「……私はあなたの顔が見たい」
「……え?」
「先日は、泣かせてしまって、申し訳ありませんでした。危険な目に合わせてしまったことも」
「……」
「だからどうか、俺を避けないで下さい」
「でも、私に会うと頭が痛くなるんでしょう……?ごめんなさい、悪いけどわたしにも原因はわからないわ」
皇后は謝り、泣きそうな顔をしていた。雨月は地面についた足に力を込めながら、精一杯笑顔を作る。
「いいえ、頭痛はもう治りました。あなたといてもなんともありません」
「でも」
「寝不足なだけですよ。今度また皇后宮で体調を崩したら、遠慮せずその場で休ませてもらいますね。主上には殺されそうですが」
冗談っぽく言って、前回傷つけた時の弁解をしたつもりだった。
「……大丈夫よ。わたしは仮初皇后だから、殺されないわ」
「……私は、あなたほど皇后にふさわしい人はいないと確信しています」
頭と胸の痛みを堪えて、にこりと微笑んだつもりだ。
皇后は何も言わなかった。
「さぁ、本を拾いますから少し待っていて下さい」
***
皇后を見送って、雨月は仮眠室に駆け込んだ。
やはり医者に見せたほうがよいだろうか。しかし雨月には、謎の頭痛の答えはどうしても自分の中にある気がしてならなかった。
髪の毛に隠れた頭の傷は、子供の頃事故に遭った時にできたものだ。最近頭痛と共に、その傷が痛む。
昔の自分は痩せて貧相な子供だった。本当の親には恵まれなかったが、自分を育ててくれた父には感謝している。事故に遭った自分を助けてくれたのは父だった。父の家に行けば、頭痛の原因がわかるだろうか。
父の家は都から少し離れたところにあるので、行くなら数日休みを取らなければならない。今は仕事が立て込んでいるが、早めに行ってみよう。早く頭痛の原因を確かめなければ。
もうあの人に、あんな顔をさせたくない。鋭い人だから、頭痛なんてないと言ってもきっと信じてもらえなかった。本を渡した時も、最後まで申し訳なさそうな、傷ついた顔をしていた。
きっと敬愛する主人の正妻になる人。人を判断するのに厳しい自分でさえ、あの人以上に皇后にふさわしい人はいないと思える。知識、教養、容姿、何をとっても素晴らしいけれど、彼女の一番の魅力は満面の笑顔だと思う。
……満面の笑顔?
そんなもの、彼女が後宮に入ってから、自分はいつ見たのだろうか。




