25. 周浩然
「……と、いうわけなのよ」
わたしは昨日の出来事を翠玉と鈴玉に聞いてもらった。
「まぁ主上のおっしゃることも真理ですわね。この国で圧倒的な力を持つ周家のご令嬢である陽花さまが皇后になればこそ、余計な抗争を起こす気もなくなったというか」
「もー、それ言わないでよ翠玉」
「でも、陽花さま以上に皇后にふさわしい人なんていますー?この前も、主上は思いっきり陽花さまを正式に皇后にしたいとおっしゃってたじゃないですかー。本気で狙ってますよー」
と、鈴玉も言うが。
「嫌よ!絶対に実家に帰らせてもらいます!」
とは言うものの、わたしから皇后選びについてなんらかの結論は出さないと帰してくれないわね。
誰がよいだろうか、と再び脳内検討に入ると。
「あの、陽花さま……?」
「なあに?」
「どうして先日の主上の問いに、答えなかったのですか?」
ああ、それね。
わたしは翠玉の質問をはぐらかすように、お菓子をぽりぽりと食み始めた。翠玉と鈴玉は顔を見合わせている。
『……わかりません』
彼もわたしを愛していたのかという主上の問いに、わたしはそれしか答えられなかった。二人は驚いたに違いない。
後宮に来るまで、彼の愛を疑ったことはなかった。わたしのために命を落としたのだから、それ以上の愛はないと思っていた。けれど、少し前から湧き上がっている疑念が頭を離れない。
彼は、本当にわたしのことを愛していたのだろうか?むしろ憎んでいたのではないだろうか?
***
「久しいな、周浩然」
「はい。お久しぶりですね、主上」
執務室には周浩然が来ていた。朝儀では見かけるが直接の呼び出しは珍しい。この場には他に雨月しかいない。
「息子の宇航とはよく顔を合わせるが、まったくおまえに似てあいつも食えんな。ずば抜けて優秀なのは認めるが」
「ははは、あいつもまだまだですよ」
「宇航でまだまだなら、他の官吏たちはおまえにとって役に立たん猫か何かか?」
「ふふ、猫の手も借りたいと言うでしょう」
周浩然は穏やかな顔で席についた。
「それで主上、話とは?」
「うむ。おまえの娘の周陽花だが、四夫人をまとめあげ、皇后として実によくやってくれている」
「それはよろしゅうございました。まあ園遊会の毒殺事件で娘を失いかけたわたしとしては、何もかも上手くいったとは言いたくありませんがね」
笑っているが、目は笑っていない。愛娘を殺されかけたのだから当然だろう。
「その件については俺から詫びる。しかし毒を盛られても冷静に対処できるとは、一体娘にどういう教育をしたんだ?」
「……周家に生まれれば、人の恨みも買うものです。あの子も何度襲われたことか。私は何があってもあの子を守るつもりでしたが、一度だけあの子が本当に殺されかけたことがあるんですよ。それをきっかけに、あの子のほうから身を守る術を教えて欲しいと言われたんです」
この答えには少々驚いた。周家ほどの家ならば護衛の強化などいくらでもできるだろうに、女の身でありながら護衛術を学ぼうとするとは。その心意気、ますます欲しい。
「そうか。俺もおまえの娘を見てわかった。彼女を正式に俺の皇后に迎えたい」
周浩然は、ずずっと目の前の茶をすすった。
「あの子はなんと?」
「……了承していない」
「それならこの話は」
「だからおまえからも説得してもらえないか?死んだ初恋の男は忘れろと」
そこで、周浩然は持っていた湯飲みを置いた。
「初恋、ですか」
「知っているのか?」
「想像するくらいは。もう随分前のことですから」
ふっと口元を緩めて、周浩然は目を閉じた。
「先程、娘が一度殺されかけたと言いましたでしょう?その時に娘を助けて亡くなったのが、おそらく初恋の相手です」
その事実には、さすがに驚いた。
「……事故で死んだと聞いていたが」
「そこまでは言わなかったんでしょう。私も顔は知らないのですよ。ただ、娘より少し年上の男の子だったとしか」
「では、自分を助けて亡くなったそいつに情を?」
「あの子は優しい子ですからね。でも、私はどのみちあの子が望まない結婚を強いるつもりはないんです。残念ながら陽花には、後宮は望む場所ではないでしょう。私も妻ひとりを生涯愛した男ですから」
そういえば、昔の周浩然は会うたびに妻や子供たちの話を嬉しそうに話す男だった。政治では優しい面をかぶった鬼のように怖いこの男も、家族には優しいのだと思った。
「周浩然」
「なんです?」
「愛とは、そんなによいものか」
うーん、と腕を組んで周浩然はじっと考え込む。
「どうでしょうねぇ。わかりませんね」
「……おまえまでわからないと言うのか」
「おや、おまえまでとは?」
「おまえの娘にも、雨月にも、最近俺の問いにわからないと言われたぞ」
「ほう、雨月殿にも」
雲海帝はぐいっと後ろに控える側近を指差す。若手の中で唯一、実力で周宇航に渡り合える男。そしてあまり知られていないが、剣の腕は雲海帝ほどに強い。
周浩然の楽しそうな視線が雨月に向かう。
「いやはや、若いというのはいいですなー」
「……」
「ま、主上。娘のことは娘に任せてますから、この件だけは私に言っても無駄ですよ」
そう言って、周浩然はにこりと笑った。




