18. 皇后の姿勢
「みなのもの、今日はよく集まってくれた。随所に趣向を凝らした、素晴らしい園遊会であった!……、……、」
やばいわ、主上。お願いだから話は短くお願いね。心の中でつぶやきながら、わたしは顔の筋肉を全力で使い、笑みを絶やさないように気をつけながら皇后席に座っていた。
わたしに毒を盛った誰かさんは、まさかわたしがはぴんぴんして閉会の挨拶に参加してるなんて思わなかったでしょうね。さーて、誰が驚いた顔をしてるかしら?
ぼんやりした頭で四夫人を見てみたが、全員穏やかな顔で主上の言葉を聞いている。演舞が終わった夏姫さまも自分の席についていた。
わたしは笑みを浮かべながら、貴族たちの席や他の妃たちの席にも目を向けてみた。残念ながらこの席からでは彼らの顔はよく見えない。しかし何人かの妃がわたしを睨んでいる気がする。
まあぽっと出の皇后なんて、思いっきり嫉妬の対象よね。
「そろそろ主上の挨拶が終わりますわ。あともう少しです」
後ろに控える翠玉の声が聞こえる。やばい、そろそろ本当にもう限界だ。あと少し、頑張れわたし!
どっと大きな歓声が聞こえた。どうやら園遊会は無事に閉会したらしい。良かったわ、無事に閉会して。
そこからの記憶は、もうなかった。
***
重いまぶたを開けると、見慣れた天井が見えた。実家の天井ではなく皇后宮の自室の天井だ。
「気がついたか」
低い声が近くから聞こえて、ゆるゆるとそちらを振り向くと、主上がいた。
「主上」
「そのままで良い。医者には見せた。そなたの処置が早かったおかげで大事には至らなかったようだが、しばらくは絶対安静ということだ」
「わたしは、どうなったんでしょうか。園遊会は」
「園遊会はそなたのおかげで盛況に終わったぞ。そなたは俺の挨拶が済むと侍女に連れられて別室に移動し、そのまま倒れた」
なるほど、それで今この状態か。ぐるりと周囲を見れば、少し離れて翠玉と鈴玉が心配そうに控えている。
「あの、わたしはなぜこんなことに」
「甘味の羹に毒が混ざっていた。雨月が調査中だ」
「そう、ですか」
どうやらわたしは後宮を甘くみていたようだ。毒味役もつけているし、この国いちの名家である周家出身の皇后に、こんなに早く何かしようと思うような馬鹿者はいないと思っていた。少なくともしばらくは様子を見るだろうと。
刺客が送られた場合はこちらにも対処の余地がある。そもそも皇后には雲海帝がつけた護衛が多くついているが、翠玉と鈴玉もかなりの手練れだ。
「すまぬ。毒味もしていたので、こんな形でそなたが狙われると思わなかった。羹を口にした毒味役に毒の症状はない。毒味の後に毒が混入された可能性が高い」
「そんなこと可能なんですか?」
「まだ推測の域だ。なんとも言えないが、まぁ雨月が見つけてくるだろうな」
主上は難しい顔をしていた。
皇后を殺す動機があり、一番の容疑者になり得るのは四夫人だろうか。けれどわたしにはあの四人に犯人がいるとは思えなかった。しかし彼女たちの家や、それぞれを支持する派閥が動く可能性はある。
「皇后よ、俺は感心したぞ」
「感心……?何にでございますか?」
「そなたの振る舞いだ。自分の身が危険にさらされたにも関わらず、俺や後宮を守るべく苦痛に耐えた。閉会の辞は準備していたものより半分近く短くしたが、そなたが今にも倒れるんじゃないかと心配だった」
そっか、あれでも十分短かったのね。
「さすがは周浩然の娘。やはり、欲しいな」
最後の言葉がやけに色を帯びている。わたしはゆっくりと主上を見やった。
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
「それだけの意味でないことくらい、わかっているだろう?」
「それ以上をお望みなら、わたしには無理です」
「まぁ答えを急ぐな」
「急ぐも何も、わたしにはその答えしかございません」
主上が望もうともこのまま皇后になるつもりはない。後宮なんてめんどくさいものを抱える、好きでもない帝に嫁ぐより、実家に帰ってお気楽生活が本望だ。
そして、今でも目を閉じれば大好きだった彼の最期が目に浮かぶ。もう顔と声もはっきり思い出せるわけではないけれど、いつまで経っても思い出は色褪せない。
彼を思い出すと同時に、ちくりと胸の痛みがわたしを襲った。うっと声を上げると、主上が「皇后!」と言って枕元に近づいてくる。
主上が無骨な手をわたしの方に伸ばしてきた。その手がわたしに触れる前に、わたしの方から彼の手を掴む。……今は男の人に触られたくない。
「主上の憂いは晴らして見せます。もう少しだけわたしに時間を下さい。今日の園遊会は、その足ががりのようなものなんですから」




