17. 事態急変
「はあ、夏姫さまたちの舞、本当に見事だったわね!」
「そうですね。あ、次のお料理が参りましたわ」
翠玉が後ろに料理を取りに行く。そろそろ甘味だろうか。甘味が終わる頃に閉会の挨拶の予定だ。
園遊会は終わりに差し掛かっているが、先程の舞の余韻がまだ残っているのだろう、宴は相変わらず盛況だった。主上は雨月さまを連れて、舞を終えた夏姫さまの労いに行っていた。
「これって羹?」
「なんでも甘い羹だそうですよ」
「へえ、珍しいわね」
甘い羹を口に含む。甘いが、漢方らしきものがたくさん入っており、体に良さそうな味だった。
……あれ?
胸が苦しい。悪寒がする。体に異変が起きているのがわかる。もしかしてわたし、毒を盛られた?
皇后の毒殺事件となれば大事だ。園遊会はもう終わりに近づいている、どうしよう。料理を持ってきた翠玉もわたしの異変に気がついた。
「…っ翠玉!」
「は、はい!鈴玉、急いで別室に陽花さまを!」
「わ、わかりました!」
今この場には信頼のおける翠玉と鈴玉しかいない。異変に気づいた翠玉なら上手くやってくれる。意識が朦朧としてきた。とにかく、胃の中に入ったものを急いで吐き出さなければ。
翠玉に別室に連れ出されると、わたしは自分の喉に指を突っ込んで胃をひっくり返した。
***
ふぅ、ふぅと自分の荒い息遣いが聞こえる。背中を鈴玉がさすってくれていたが、相変わらず気分が悪い。即効性はあるものの、死には至らない毒だったのか、飲んだ量が少なかったのか。もう胃の中のものも出し切ったので、鈴玉に汚物を片付けてもらい少し横になる。すると、扉が勢いよく開く音がした。
「周皇后!」
雨月さまが真っ青な顔で現れた。後ろには翠玉が控えている。彼を呼びに行ってくれたらしい。
「……う、雨月さま」
「すぐ宮廷医を呼びましょう」
「そ、それは、もう少し後にして下さい」
今日の園遊会はわたしのお披露目でもある。そんなめでたい席で皇后に毒が盛られたと知られれば、雲海帝の御世に影が差す。今わたしが進めている後宮での取り組みも、無駄になる可能性が高い。毒殺の容疑者に四夫人が疑われ、溝ができる。とにかく今は全てを秘密裏に処理したほうがいい。
わたしは途切れ途切れに、乱れた呼吸で説明する。
「わたしなら、もう大丈夫です。胃の中の物は、とりあえず、出しました。この後すぐ、主上の閉会の辞が、ありますよね?その時はわたしも、一緒に居ないと。わたしが不在のために、余計な詮索をされて、万が一にも事態が漏れれば、わたしを皇后にした、主上の威信にも、関わります。今進めている計画も、続けられなくなります……っ」
「計画なんて言っている場合では!あなたの命が危ないんですよ!今すぐ医者を」
「大丈夫、危険はもう、去ったと思います。少しここで休むので、閉会の辞の直前に呼んで頂けますか?お願いします、ちょっと食べすぎたってね……」
そう言ってわたしは力なく笑って見せたが、雨月さまの顔に血の気は戻らなかった。呆然と立ちすくんでいる。
わたしはちょいちょいと雨月さまを手招きした。彼ははっと気がついて、こちらにやって来る。彼が長椅子に横になっていたわたしに腰を屈めて近づいた所で、そのほっぺをつねってやった。
「雨月さま、ほら。わたしは、このくらいの元気は、ありますよ?胃の中の物も出して、さっきよりは、気分もましですし。命の危機は、もう大丈夫です。あとは、お願いします」
「……」
雨月さまはそれでも迷っていた。
わたしはもう一度、雨月さまの目を見て「お願いします」と呟いた。雨月さまにだって色々と協力してもらったのだ。この園遊会を台無しにしたくない。
「……わかりました」
ようやくそう言って、雨月さまはすっとわたしに向かって手を伸ばした。虚な視線のままわたしの頬を優しく撫で、生きていることを確かめるような彼の仕草に、わたしは思わず息を止めた。
わたしを触るのも嫌なほど嫌いなくせに、今は心底心配した顔をするのね……。
わたしは頬を撫でられながら、ぼんやりとそんなことを思った。
数秒の後、雨月さまは何も言わずに部屋を後にした。
雨月さまの後ろ姿に、やっぱり何かが引っかかったが、とにかく体調が悪すぎる。わたしはふっと意識を手放した。
翠玉、あとで必ず起こしてね。




