16. 胡蝶の舞
始まった『胡蝶』の舞台は、まるで本当に蝶が舞っているような美しさだった。
まだ、夏姫さまはいない。それでも十分に実力と美貌を兼ね備えた舞姫たちに、貴族たちはぽうっと頬を染めて見入っていた。
次の演目でようやく夏姫さまが登場した。夏姫さまがこの演舞に参加することは貴族たちも知っていたが、少し会場がざわついた。それも想定の範囲内である。
なぜなら、てっきり夏姫さまが主役を務めると思っていたその演目は、主役のいない隊列演舞。つまり、総勢三十名程の舞姫が縦横に並び、一糸乱れず踊っていたのだ。夏姫さまはその端にいた。
それでも夏姫さまの美貌はとりわけ目立っていた。ちらりと主上を見れば、満足そうに見守っている。
さあ、次が本番よ!
華やかな舞姫たちが一斉に舞台袖に戻る。ふっと急に夢から覚めたような感覚に誰もが一息ついたその時、「ドンッ」という大きな音と「ハッ」と大きな声がした。
舞台袖から剣を手にするすると現れる黒服の男たち。一体何事かとどよめく貴族たちの声が聞こえたが、その声は一瞬にして掻き消えた。現れた黒服たちの紅顔は、まさしく先程の舞姫たちのものだった。
男装の舞姫たちは剣舞を始める。勇ましく、しなやかに、軽やかに躍る。その中央には、明らかに主役とわかる赤い生地に金色の刺繍を施した衣装を着た、男装の麗人がいた。夏姫さまだ。
夏姫さまは舞姫たちの中でもとりわけ凛々しい顔をしているので、男装すれば流し目の美しい男にも見える。予想通り、参列する妃たちの目が夏姫さまに釘付けになっているのがわかった。
春蘭さまはぽーっと見入っており、秋明さまはこれでもかと目を開いて凝視している。……たぶん、小説のネタにする気ね。雪麗さまも興奮顔で見ていた。
時折タイミングを合わせて「ハッ」と声を合わせる舞姫たち。かっこよさは、折り紙つきだった。
舞姫たちが一斉に地面に足をつくと、ふわりと雲海帝に向かって頭を下げる。夢のような時間が終わった。わっと歓声が上がり、これまでで一番の拍手が送られた。妃や女官たちはきゃーきゃーと騒いでいる。
よかったー!夏姫さま、最高にかっこよかったわよ!
わたしが提案した演目は、この男装の剣舞だった。夏姫さまを初めて見た時、とても凛々しいお顔立ちだと思ったので、男装が映えると思ったのである。
以前読んだ小説に、男装の女性が周囲の女性たちに愛でられる物語があり、やってみたかったという個人的興味も含まれていたけれど。
夏姫さまの男装姿が受ければ、後宮の女性たちに主上以外に身近な憧れの対象ができると思った。そうすることで後宮に微笑ましい「流行り」を作ることが狙いだ。流行りは人を熱中させ、楽しむ心を呼び起こす。
……ついでに欲求不満の妃たちに疑似恋愛を楽しんでもらえるかもしれない。
主上が立ち上がって拍手を送る。わたしも立ち上がり、ここまで頑張った夏姫さまに盛大な拍手を送った。
夏姫さまは主上に一礼した後、わたしを見た。彼女の顔は汗と達成感で晴れやかに輝いており、わたしに向かって深々と礼をした。ちょっと夏姫さま、主上以上にわたしに長い時間頭を下げるなんて、わたしがまた主上に嫌味を言われるわよ!
園遊会はここ数年で一番の成功に終わると誰もが思ったことだろう。
わたしもこれまで準備してきたことが実を結び、とても晴れやかな気分だった。
***
「ほら。次のお食事を主上と皇后さまにお持ちしなくては」
「毒見役は?」
「はい、ここに」
毒見役が前に進み出る。既に出されたいくつもの食事と同じように口に含む。特に異常はない。
「それじゃ、お食事を運びますわ」
「ええ、お願いします」
すると、裏方で料理を準備をしていた彼らに、どっと歓声が聞こえた。
「まあ、一体なあに?」
「なんか演舞がとても見事だったらしいわよ」
「へえ!確か夏姫妃がお出になっているとか。それでかしらね?」
配膳係は、思わず足を止めて少しの間舞台に目をやった。なぜか男の恰好をしている舞姫たちが歓声を浴びている。一人だけ赤い服を着ているのが夏姫妃だろうか。
「あ、いけない!温かいうちにお出ししなくちゃ」
配膳係は慌てて食事を雲海帝と周皇后のところへ持って行った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
今日はもう少し更新します。早く中盤以降をお出ししたい……!
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