13. 秋明の小説
「頂いた小説、読ませて頂きましたわ秋明さま。あの続きは一体どうなりますの!?あそこで止めるなんて卑怯ですわよー!」
「ふふふ、そう言って頂けると作者冥利に尽きますわ!わたくしもとにかく筆が止まらないと申しますか、毎日妄想が止まらないんですの。陽花さまがおっしゃるように、わたくしにこんな隠れた部分があったなんて思いもしませんでした」
秋明さまはわたしの依頼を受けたあと、早速小説の執筆に取り掛かった。途中まで出来上がったというので読ませてもらったが、正直予想以上の出来栄えだった。
というか、わたしもすっかりはまってしまったわ!ちょっとお父さま、わたし間違いなくお父さまの子よ。お父さまに似て、人を見る目がありすぎるんじゃない!?
「実はあの後の展開、二十通りくらい考えてるんですけど、また決めてないんですよねぇ。毎晩悩みすぎて、それがもう楽しくって、先日は主上がいらしたにも関らず上の空で接してしまいましたわ」
秋明さまとはこんな事まであっけらかんと打ち明けてくれる仲になった。彼女は執筆に没頭するあまり、後宮争いも二の次になっているようだ。
以前は他の妃たち、特に因縁の相手である春蘭さまには、侍女を使って軽いいじめをしたりしていたようだが、そういう毒気も抜けてきている。
わたしも彼女も読書が趣味なので、これまでに読んだ本の事などでも話に花を咲かせていた。すると、秋明さまがふっとため息をついた。
「わたくしね。小説に悪役の女を登場させますでしょ?」
「そうですわねー。あの悪役のいじめっぷりがものすごく腹立たしくて、でもやってることは幼稚というか詰めが甘いというか、いい味出してますよね!」
「ええ。実は彼女たちがしている悪事、これまでわたくしが他の妃たちにしてきた事なんです」
「まあ、秋明さま……」
いきなりの暴露に、さすがに少し驚く。
「陽花さまはご存知と思いますけど、わたくしの家は春蘭妃の親戚で、父同士が従兄弟なんです。昔から彼女と色々比較されて、卑屈になっていたのですわ。その……皇后の地位に固執していた頃もありました」
秋明さまは恥ずかしそうに俯いたが、わたしは高みを目指すことが悪いことだとは思わない。秋明さまは幼少期からの精神的な問題で極端に春蘭さまを嫌う所はあったが、努力家で、頭の良い人だ。
女の戦いに満ちた後宮では、彼女のように競争相手を蹴落とそうという程強い人間が生き残るともいえる。弱い精神ではやっていけない。
「でも今はなんというか不思議と、心が浄化されていくような気がするんです。筆を取って物を書くと、わたくしの中のどろどろした感情も全て、昇華させられるような感じで」
「そうですわねぇ。わたしも嫌なことがあった時は紙に書くことがありますわ。真っ黒な負の感情も全部曝け出すんです。それで燃やしてしまえば、不思議とすっきりします」
秋明さまは目を丸くした。
「陽花さまでもそんな事あるんですか?」
「ありますよ、わたしも人間ですもの。完璧な人間なんてこの世に居ませんわ。皆それぞれ悩みを抱えて、暮らしているものです」
わたしの言葉を神妙に聞いていた秋明さまは、少し涙目になって「ありがとうございます」と言った。
「過去の事はもう変えられませんけど、幸い大事にはなってませんわ。秋明さまにはこんな素晴らしい才能があるんですもの、きっともう大丈夫ですわね」
***
「それで、これが秋明妃が書いた小説ですか?」
「ええ、途中なんだけどね。雪麗さまも呼んでみて!すっごく面白いんだから!」
雪麗さまが作ってくれた北国の菓子を頬張りながら、わたしはずいっと小説の写しを彼女に渡した。今日は雪麗さまがわたしの部屋に遊びに来ている。
「そういえば秋明妃は最近部屋に籠って謎の奇声を発しているとか。医者が呼ばれたと聞きましたけど」
「あ、それなら大丈夫よ。たぶん色々妄想のしすぎで叫んじゃったのね。わたしもたまにやるから」
雪麗さまは驚き、わたしの後ろに控えていた翠玉と鈴玉に目をやった。
わたしの後ろに目はついてないけど、あんたたちがこっそり頷いてることくらいわかってるわよ!
「陽花さまのご推薦とあらば、ぜひ読んでみますわ。ありがとうございます」
「それはそうと、雪麗さまが作ってくれる料理大評判よ!北国の料理がこんなに美味しいだなんて、わたしも人生かなり損してたわねー」
「ふふふ、陽花さまはまだまだお若いのですから、これからいくらでも召し上がれますわ」
雪麗さまはすっかりわたしのお姉さま、もしくはお母さまみたいな人になっていた。わたしは幼い頃にお母さまを亡くし、姉妹もいないので、こういう関係は新鮮である。
今は夏姫さまが稽古に明け暮れているので、雪麗さまへの主上のお通りが多いそうだが、納得だ。雪麗さまは他の妃たちに比べれば歳を取っているものの、美しさは全く負けていない。北国特有の白い肌は輝くようだ。
「もうすぐ園遊会ね、色々楽しみだわー」
「そうですね。園遊会は立后された陽花さまのお披露目会でもあるでしょう?私も陽花さまのいつも以上に着飾ってお美しい姿がとても楽しみですわ」
そうなのだ。この園遊会はわたしのお披露目会という意味が含まれている。これまで空席だった皇后位にわたしが座り、四夫人がその下に並ぶ。数多の妃たちはさらに下だ。そして普段は妃の親兄弟でも入れない後宮の園に大勢の貴族たちがやって来る。
何事もなく成功してくれるといいんだけどね。
わたしは雪麗さまの菓子に手を伸ばすと、もうすぐそこまで迫った園遊会に思いをはせた。




