真実①
『ヒロさん、二人をよろしくね。では、また。わたくしの完敗ですわ。』
真理子は、俺のおデコにキスをして微笑んだ。そして、船から離れ、どこかへと向かった。松田と大谷は、俺に謝罪をし、そしてMr.Tの元で修行することを誓った。彼らは、まだ若い。いずれその才能を開花するときが来るであろう。
俺はクルーザーのエンジンをかけた。横浜の港まで、船を走らせ、Mr.Tに連絡し、クルーザーを取り戻したことを伝え、、感謝をした。そして、葉山に置いた車の回収を依頼した。さあ、これで週末のクルージングは大丈夫だ。かすみも、レイも喜んでくれることだろう。俺は、彼女らの笑顔を想像しながら、船を運転した。今回の件は、明らかに俺のミスである。釜山にクルーザーを置いたままにしたのは、俺の責任だ。まあ、それはそれで終わったことだ。今は、かすみとの幸せな時間を大切にしたい。早く、大宮に戻りたい。
大宮の部屋に戻ると、かすみが来ていた。俺は、気持ちが昂ぶるのが分かった。
『かすみ、来てたんだあ。嬉しいなあ。』
俺は本当に、そう思った。
『ヒ、ロ、君』
こちらを見て、笑ってる。なんて素敵な笑顔なんだあ。ん?いや、違う。瞳の奥が笑っていない。何かある。俺は本能的に、そう思った。
隣の部屋で、レイが誰かと電話をしている。
『うん、分かった。なんか、ワクワクする。彩ねえちゃん、今度また、ぼくちゃんに会わせてね。バイバイ。』
レイが電話で話をしていたのは、彩であった。
『最近、うちの娘、コソコソと電話してるの。相手は、あの彩さん。なぜだか、あの二人、気が合うみたい。』
俺は、はめられたと思った。彩先生のいたずら心に火がついてしまったようだ。さっきまで、俺が相手していた北村真理子、あれは真理子ではない。彩が変装していたのだ。北京で、俺の心を読み取り、クルーザーが釜山の港に置かれているのを知ったのだ。そして、俺にクルーザーを届けに来たのだ。ただ、届けるだけでは面白くない。罠を仕掛けているはずだ。俺は、体が熱くなった。
『ところで、ヒロ君。今日はどこに行ってたの?』
かすみが尋ねた。
『葉山に行ってたよ。いろいろあって、クルーザーを見に行ってた。』
俺は、素直に全てを話した。なんだか、かすみだけには、素直に話すのが苦にならない。北村真理子に出会ったが、おそらく、彩の変装だと後から気がついたことも話した。そして、彩のことだから、何かイタズラをしてあると疑念を抱いてることも伝えた。
『ふーん。いろいろ大変ね。お忙しいのは分かるけど、ヒロ君は鏡を見たりしないの?私なら、恥ずかしくて歩けないは。』
俺は慌てて、洗面所に駆け込んだ。鏡を覗き込むと、俺の額に、文字が刻まれていた。
『ヒロ君、かわいい、彩。』
慌てて、石けんで、こすったが、文字は消えなかった。
『ヒロ君、あなた、バカじゃないの。どうして、そんなにスキがあるの。どうして、彩さんに甘いの?』
俺は、何も答えられなかった。
『さて、どうしましょう。この前のお尻みたく、叩いて消しましょうか。まさか、またお尻にもメッセージがあったりしないでしょうね。確かめます。裸になって。』
ああ、なんでこんなことになるんだ。何か悪いことしたかな、俺は。かすみが言うように、彩先生の前では、脇が甘くなってしまうのかもしれない。参ったなあ。俺は仕方なく服を全て脱いだ。
『どうやら、額以外は大丈夫のようね。さてさて、どうしようかしら。』
かすみの瞳の奥がキラリと光った。な、なんだ!この光。どこかで見たことがある。そうだ、彩先生の瞳と同じだ。何か企んでいるときの目だ。
『どうかしら、このままにしておくというのは。こんな恥さらしな顔では、どこも行けないでしょ。少しは反省もするでしょ。』
自分で、文字は消せるから大したことはない。
『ヒロ君、今、自分で消すって考えたでしょ。ダメよ。これは、罰だから、私の気がすむまでは、このままよ。でも、この「彩」という文字は邪魔ね。ここにはハートのシールでも貼りましょうね。』
大の男が裸で仁王立ちしている。そして、その額には『ヒロ君、かわいい❤️』と書かれている。なんて、格好悪いんだあ。ふと見ると、扉の隙間からレイが、こちらを見ながら電話をしている。そして、携帯電話をこちらに向けた。カシャ!写真を撮られた。ケタケタと笑っている。
こうなった責任はもちろん俺にあるが、よくよく考えれば、彩先生のイタズラが原因だ。彩先生に責任を取ってもらうのが筋だ。俺は気を集中して、彩先生にコンタクトを取った。
レイは電話を切り、部屋に入ってきた。俺はかすみの顔を見て、すぐに服を着た。
『ママ、おじちゃんと喧嘩したの?』
『レイちゃん、違うは。ちょっと、怒っただけ。ほら、おじちゃん、笑ってるから、大丈夫よ。』
『おじちゃん、何で顔に字を書いてるの。何で?』
『ん。これか。さて、おじちゃんからは、よく見えないから、分かんないなあ。』
『じゃあ、レイが読んであげる。かわいいって、書いてあるよ。』
そういって、レイは微笑んだ。かわいいのはレイ、君の方だよ。
『ママ、さっきレイ、彩さんと電話してたんだけど、彩さん、今から来るって。』
テレパシーが通じたようだ。事態の収拾は、彩先生に任せよう。余計、面倒なことになる心配もあるが、リスクは承知だ。
『えっ、今から来るの。』
かすみが、こっちを見た。
『ヒロ君、呼んだでしょ。直接対決させるつもりね。いいは。受けて立ちましょう。』
やばい、心配が当たってしまうかもしれない。
ピンポーン。来るのが早い。テレポーテーションで、来たに違いない。
ドアを開けると、彩先生が立っていた。いつ見ても美しい。ダメだ、ダメだ。見とれてはダメだ。
『あははは。ヒロ君、面白い顔。』
いきなり、笑われた。あなたが書いたんでしょう。
『ああ、面白い。傑作だは。かすみさん、こんばんは。レイちゃん、また会えたね。』
彩は、屈託のない笑顔で話した。
『彩さん、こんな時間に何ですか。』
かすみは、すでに臨戦態勢に入ってるようだ。
『ヒロ君に呼ばれたのでね。ちょっとだけ、お邪魔しますは。ここに、座っていいかしら。』
『どうぞ、お掛けください。』
かすみからは、笑顔が消えている。
『ヒロ君、レイちゃんと向こうで遊んできて。わたくしは、かすみさんと話しをしますので。』
『おじちゃん、向こうで、一緒に遊ぼう。』
レイ、なんて無邪気な子なんだろう。幸い隣の部屋なら、心が読み取れる距離だ。二人の会話が分かる。
『レイちゃん、レイちゃんのお部屋で遊んでね。』
俺の心は筒抜けのようだ。彩先生には、かなわない。レイの部屋では、距離があり過ぎる。もう、二人に任せるしかない。




