焦り
3人の神が降臨してから、1ヶ月が過ぎた。彩は、朴正恩と3人の若き弟子とともに北朝鮮に戻った。俺は、新宿のアジトを閉め、今は大宮に移り住んでいる。かすみとレイを守るには、こちらの方が都合がいいからだ。大宮は、いい街だ。かすみが住んでいる。それだけで、街の匂いや景色が違って感じられる。今夜、かすみがやってくる。気持ちが高揚するのが分かる。待ち遠しくてたまらない。
かすみとの食事は、いつでも楽しい。そして、何を食べても美味しく感じる。とくに今夜の食事は格別だ。かすみを神として迎える食事だからである。
『ヒロ君、約束覚えてる?。』
『ああ、覚えてるよ。』
と答えたものの、何のことか分からない。やばいぞ。こういうことが重なると、女性はイライラして、そして、最終的に怒り出す。うーん、なんか約束したかなあ。記憶を遡ってみるが、全く分からない。焦る。会話の中で、探るしかないか。
『良かったあ。てっきり忘れてるのかと思った。週末、晴れるといいね。天気悪くて波があったら、船酔いしちゃいそうだから。』
ああああ、思い出した。そうだ、クルーザーで出かける約束をしていたんだ。ふうー、ヤバかった。思い出して安心した。おや、待てよ。クルーザー?しまったあ〜。思い出した。最悪だ。どうしよう。焦る、焦る。裏世界大運動会で、釜山の港に係留したままだ。あれから、1ヶ月も経っている。
今日は火曜日。週末までに取りに行けるか。いずれにせよ何とかしなければならない。
『あれ?ヒロ君、汗かいてるよ。どうかしたの?』
『えっ、何でもないよ。なんか、かすみに会えたら、興奮してきちゃった。だから、熱くなってきちゃった。』
見え透いた嘘で、果たして、ごまかせるか。
『そう。やだあ、ヒロ君たら、もう興奮してるの。エッチなんだから。』
やったあ、ごまかせた。心を読まれたらアウトだった。
神となったかすみをガッカリさせるわけにはいかない。なんとしても、クルーザーを用意しないと。
今夜の食事、味がわからなかった。
俺は、すぐにMr.Tに電話した。釜山の港に俺のクルーザーが係留されているかを調べてもらうためだ。Mr.Tは頼りになる。CIAを通じて、スパイ衛星を使い、釜山の港を調べてもらった。結果は、俺のクルーザーは係留されていないというものであった。
俺は、つぎの手を考えた。新たに、クルーザーを買うしかない。しかし、時間がない。バッグに金を詰めるだけ詰め込んで、葉山に向かった。葉山マリーナなら、適当なクルーザーがあるだろうと思った。葉山までは、大宮からなら、2時間もあれは着くだろう。クルーザーを黙って拝借することも可能だが、盗んだ船に神を乗せるわけにはいかない。
葉山マリーナに到着した俺は、港を散策した。なかなかの眺めである。ヨットや小型船舶、そしてクルーザーも係留してある。適当なこと船を見つけて、買取の交渉をするつもりだったでいた。ところが、見たことのある人物に出くわした。俺は、その後をついていった。その人物は、女だ。名前は北村真理子。喜多川会長の娘で、次期後継者と噂されていた女史だ。だが、俺がAGUから追い出したのだ。後をつけると、見覚えのあるクルーザーが見えてきた。なるほど、そういうことか。
『北村さん、どうしたんですか、こんなところで。』
俺は声をかけた。北村は、驚いたような顔をし、そして、何やら合図をした。ぞろぞろと目つきの鋭い黒ずくめの男たちが現れた。ボディーガードってところか。
『北村さん、いいクルーザーをお持ちですね。どこで手に入れたのです?』
俺は真理子に近づいた。男どもがガードをする。
『無駄なことは、およしなさい。北村会長や、櫻井から俺のことを聞いていないのか。悪いことは言わない。ここから黙って立ち去れ。』
真理子が動揺しているのが分かる。何か考えているようだが、体が震えている。一人の男が上着の内ポケットから拳銃を取り出した。そして、俺に照準を合わせた。
『だから、無駄なことはやめろと言ってるんだよ。』俺は声を張り上げた。
男が拳銃を発射した。銃弾が俺の左肩を貫いた。だか、すぐに怪我をした肩が再生されていく。俺はその男に向かい『氣』を送った。男はその場に倒れた。他のボディーガードが慌てふためいている。
『命が惜しくば、ここから立ち去れ。お前らに俺は倒せない。そして、船の中で隠れてる二人。隠れてないで、さっさと出てこい。』
真理子が、船の中の男と話しているのが分かる。
『聞こえないのか。松田、大谷!さっさと姿を見せい!』
船の中から、バツの悪そうな顔をして、松田と大谷が現れた。
『松田、大谷、何とかして。』
真理子が叫んできる。仕方なさそうに、二人は俺の前に立ちふさがった。
『ヒロさん、あなたの身勝手な改革など、我々は聞き入れませんよ。我々にとって、あなたは邪魔な存在でしかないのです。』
大谷が、小さな声で話した。大谷は、太極拳の使い手だ。松田は、もとプロボクサーだ。二人は、それぞれ格闘の構えをした。
『何度も言わせるな。世界で俺を倒せる者は、一人もいない。お前らなど、眠っていても葬れるぞ。
北村さん、何故あなたをAGUから追い出したか分かるか?あなたには幹部としての資質がない。判断力が欠如している。この部下たちを見れば、一目瞭然だ。無謀な戦いに挑んでいる。あの櫻井も同じであった。だか、あいつは頭が切れる。故に、その才能を見越して、宗彩聖に預けた。うちの新垣、青木も組織を裏切ったが、だが判断力はある。同じく宗彩聖の元で修行させることにしたのだ。だか、こいつらはダメだ。ただ、あなたの命令に従うだけの腰抜けだ。自分で考えることを忘れている。全ては、北村さん、あなたの責任ですよ。おまけに、窃盗など働きやがって。父親が見捨てるのも、分かる。あなたの父である北村会長を追い出さなかったのは、周りに流されることなく、自ら正しい判断が出来るからだ。中川総帥は、若い。いざというときに、会長の助言が役立つと、俺は判断した。』
真理子は、腰から崩れ落ちた。俺は前に歩き始めた。金色のオーラが光っている。松田と大谷は、戦うことを放棄し俯いた。松田が話し始めた。
『俺たちは、どうすればいいんですか。』
『素直に俺の指示に従うこと。それしか、お前らの道はないと思え。Mr.Tの元で、働くのだ。お前らの格闘技など、世界では全く通じない。
今の世の中、俺のような男は必要ないのだ。何か重要か分かるか?一番重要なのは、情報だ。誰よりもいち早く、新しい情報を集めたものか勝者となる。だから、Mr.Tの元で働くのだ。彼の仕事を見て、学べ。力を身につけろ。』
松田は、小さく頷いた。大谷は、まだ納得していないようだ。迷っている。焦りが分かる。
大谷は自信過剰な所があるようだ。ひょっとすると俺に勝てるのではと思ってるのだ。
『大谷、かかって来い。ハンデをくれてやろう。俺は何もしない。指一本さえ、動かさない。さあ、俺を倒してみろ。』
大谷が再び太極拳の構えをした。俺に近づこうとした時、真理子が叫んだ。
『おやめなさい。大谷、あなたが勝てる相手ではなくてよ。ヒロさんが言っていることは、事実です。もし、あなたが信じられないのであれば、ヒロさんの目を見なさいふ。それで分からなければ、あなたは、そこまでの人です。』
大谷は体が強張っている。松田が大谷を抱きしめた。
『大谷、諦めろ。俺たちが思っている以上に、ヒロさんは大きい人だ。俺たちの目指すところは何だ。日本の平和、世界の平和だろ。その目標、夢をヒロさんに預けようではないか。』
大谷はうなだれて、涙を流した。




