第9話 パッチ解析
対策本部に戻った祐太郎と仙台が挨拶する前に、十和田が声をかけてきた。
「おかえりなさい。どうでした?」
仙台が嘆息する。
「郡山さんは、被害者かもしれません」
十和田が声を低くした。
「……被害者? 外部から仕込まれた可能性があるってことですか?」
「おそらく……」
言葉を濁した仙台が祐太郎に目配せする。
「問題のサーバー03に負荷をかけているシミュレーターが、外部のバグハンターから提供されたものだったんです」
「それだと、郡山さんの不注意では?」
十和田が眉根を寄せる。
「シミュレーターは二年前から使っているそうなんです。安全性は導入時に確認したとのことでした。……それで、これが一ヶ月前にそのバグハンターから提供された、バグの修正パッチと、シミュレーターの更新パッチです」
メールごとパッチを保存してきたフラッシュメモリを目線の高さにかざして祐太郎が言うと、十和田の体が緊張したようだった。
「これから解析します」
祐太郎は端末の前に座り、フラッシュメモリを差し込んだ。
「まずはバグの修正パッチでいいですよね?」
「……そうですね」
仙台が端末の乗ったデスクに左手をつき体重をかけた。
十和田が祐太郎の背後に立つ。
祐太郎は解析を開始した。
画面が流れる。
しばらくして、仙台が体を引いた。
「時間がかかりますね。十和田さん、安全性の検証はどうなっていますか?」
「まだ終わっていません。時間が、伸びてます」
「……そうですか……」
仙台が検証している端末の方へ移動した。
「待ってばっかり」
そう肩を落とした仙台のおかげで、空気が和んだ。
◇
バグの修正パッチの検証はそれほど時間がかからなかった。
「怪しいところはないですね。問題なし、ですか……」
結果を見た仙台の顔は暗い。
「次はシミュレーター用ですね」
「はい。お願いします」
祐太郎は続いてシミュレーターの更新パッチの解析を始めた。
解析を始めて間もなく、問題が表示された。
「緊急度『高』への仕分けと、署名の自動付与、ですか……」
対策本部の三人の間に重い沈黙が流れた。
「とりあえず、最後まで解析を進めましょうか」
重苦しさに耐えきれず、祐太郎は言った。
その間にも画面が流れ続ける。
その画面が一瞬止まる。
「なんだ?」
祐太郎は思わず声を上げた。
「……ユーザー端末への計算要求?」
仙台が息を呑んだ。
「これだ……」
祐太郎は大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
◇
「では、障害対策部の青森さんに報告してきますね」
パッチ解析のまとめレポートが完成したタイミングで仙台が言った。
時計はそろそろ昼休みというところだ。
問題のシミュレーターの強制終了で懸念される事項の検証はまだ続いていた。
「もしかすると、シミュレーターは強制終了しなくてもいいかもしれませんね」
立ち上がった仙台は言った。
祐太郎が応じる。
「そうですね。大元のシミュレーションデータの送信を止めたらよさそうです」
「僕、運用チームにシミュレーションデータの送信元が特定できないか聞いてきます」
十和田が軽く手を挙げて言った。
「それは私が行きましょう。私の所属しているチームですから。十和田さんは、青森さんところに行ってもらっていいですか?」
「分かりました」
十和田が立ち上がった。
仙台がまとめレポートの入った端末を渡す。
十和田が思い詰めたように口を開いた。
「警察に協力してもらいたいですよね?」
「……そうですね」
仙台の声は疲れていた。
◇
仙台と十和田が部屋を出て行ったあと、祐太郎は目を瞑り、頭を空っぽにしていた。
空調が風を送る音がする。
程なく仙台が戻ってきた。
「山形さん、大丈夫ですか?」
ドアを開けた音で身を起こした祐太郎を仙台は気遣った。
「はい。ありがとうございます」
「いいえ。待つばかりですね」
仙台が表情を和らげた。
祐太郎は小さく笑った。
場はすぐに引き締まった。
仙台が口を開く。
「データの送信元ですが、通信ログを見たら分かったんです。テレパシーのユーザーでした。登録情報は運営チームに照会しています」
祐太郎は目を見開いた。
「まさかそんな……犯人は隠れる気がないということですか?」
「分かりません。プレミアムユーザーでした」
「そんな……」
祐太郎は絶句した。
「……十和田さん、遅いですね」
仙台が扉を振り返りながら言った。
祐太郎は我に帰った。
「警察への相談を打診しているのかもしれませんね」
データの送信元のことは頭の奥に押し込んで祐太郎は言った。
「今のうちにお昼を摂っておきましょう。山形さん、先にどうぞ」
「分かりました。行ってきます。その前にコーヒーを持ってきますよ。仙台さんは砂糖とミルクは?」
「ありがとうございます。じゃあ、ミルクだけ」
「分かりました」
祐太郎はエレベーターホールのそばの自動販売機に向かった。
戻ってくると、十和田がいた。
十和田の表情が硬い。
仙台にコーヒーを渡す。
「山形さん、ユーザーの登録情報がわかりました。見てもらえますか?」
仙台から端末を渡される。
祐太郎は浮かぶ文字に目を見張った。
崎村千晴
「これ、シミュレーター提供者のバグハンターですか?」
「おそらく」
仙台が頷く。
祐太郎は底知れぬ恐ろしさを感じた。




