第7話 ユタ
『テレパシー』にログインしたユタは、オープンスペースで固まっているアバターがいるかと見渡した。
スマホの画面ではある程度近寄らないとアバターが表示されないので探すのにも苦労しそうだった。
しかし、予想に反して、それらしきアバターはすぐに見つかった。
そのアバターは道の真ん中で右足を踏み出そうとして固まっていた。
奥から湧き出るアバターが避けて通っている。
ステータスにBusy の文字。
これか。
一つ確認すれば充分だった。
ユタはお気に入りの登録から鐵太郎の部屋に飛んだ。
「ユタ が入室しました。」
通知音と共にチャットログに文字が表示された。
ソファーに座る先客のシアンがUIから顔を上げた。
「ユタやっほー」
「ユタ : おつかれ」
シアンの目が心なしかきらきらしている。
「ねね、ユタは大量ビジーさん知ってる?」
「ユタ : ?」
もちろん、ビジー状態で固まっている脳端末ユーザーのことだとは分かった。
「Not Dive Member だと見えないのかな? ビジーで固まってる人がいっぱいいるんだよ」
「ユタ : 一人見かけた。 そんなにいっぱいいるんだ?」
シアンはソファーの背もたれに体を預けた。
「視界に入るだけで二、三人ってところかな。 歩くたびに目に入るよ。 ビジーが解けたら地面にぶつかっちゃうんじゃないかって子もいてさ」
ユタはサンドイッチを食べ終えた。
カフェオレに口をつける。
「何なんだろうって。 話たくてウズウズしてたんだ」
「ユタ : 他の人は?」
「まだ来てないの。 ねね、調べない?」
「ユタ : 運営から発表があるんじゃないかな?」
「えー? 深いところまではわかんないじゃん」
ユタ—山形祐太郎はスマホを伏せた。
カフェオレを啜る。
食堂の中程に作られたグリーンをぼんやりと眺めて頭の中を空っぽにする。
頭が軽くなってきたところでスマホをひっくり返した。
チャットログにはシアンの発言が並んでいた。
「シアン : 大前が情報収集の部屋をきっと作ってくれるよ」
「シアン : タケモトちゃんにさ、未成年部屋作ってもらってさ、そっちからも情報集められるよ」
「シアン : もー聞いてる?」
その発言を最後にシアンはユタに話しかけることを諦めたようだ。
今はソファーの上で伸び、目を閉じている。
そろそろ戻るか。
祐太郎は文字を打ち込んだ。
「ユタ : 落ちる」
「ふぁっ じゃあね」
シアンが慌てた様子で体を起こした。
ログアウト。
おかえりなさい
ユタ
◇
集団ビジー対策本部に戻った祐太郎は、検証シミュレーションを眺めている仙台に声をかけた。
「戻りました。変わりますので、仙台さんも食事に行ってきてください」
「了解。今晩泊まりになりそうです。仮眠室も取ってきます」
「そうですか。お願いします」
「長くなりそうですよ。こんな規模の障害、今までなかったですから」
祐太郎は渇いた笑いで返した。
「そうなりますよね。じゃ、行ってきます」
仙台は眉尾を下げて口を歪めて言い、社内端末を手に取り出て行った。
無造作に髪を一本に縛った小柄な後ろ姿を見送る。
予測残り時間に1日とあり、鼻からため息が漏れた。
今やれることは仙台によってリストアップされていた。
シミュレーションデータの配布先の特定は進んでいるので、プレスリリースの内容を考える。
目覚めないダイバーたちをどうすればいいかの問い合わせが多いので、まずはそれに対応するのがいいだろう。
ビジーなら、目覚めるまで待つ。
それしかなかった。
外部ユニットは外さない方が無難だろう。
いや、外していいのか?
それも分からなかった。
危険性がわからないなら、わかるまでそっとしておく。
今の状況では、おそらくそれがベストな選択だろう。
祐太郎はプレスリリースの草稿を書き始めた。
◇
プレスリリースの草稿を書き終えた頃、十和田が戻ってきた。
背が高く筋肉質な彼に社内端末を渡し、書き上げた草稿を確認してもらう。
「脳端末者については経過観察……いいんじゃないですか? ユーザーにできることってないですもんね。外部ユニットも外さない。それでいいと思います」
「うん。広報に送るね」
「はい。そうだ、負荷をかけてるシミュレーターの情報を見ておきましょう」
「そうだね」
祐太郎は十和田と一つのモニターのまえに並んで座った。
問題のシミュレーターを仕込んだ人物は何の目的でこの異様な状況を作り出したのだろうか。
祐太郎はサーバーに負荷をかけているシミュレーターの情報を確認した。
シミュレーターの署名はバグ対策部のFuji Koriyama となっていた。見知った顔が浮かんだ。いつも髪がセットしてあるノリのいい男だった。業務報告で顔を合わせるたび、キャンディをくれる。
バグ対策部はシミュレーターを使っている部署だが、シミュレーションデータをユーザーに流す理由はない。
更新日時を見る。
「一ヶ月前だって?」
祐太郎は目を疑った。
何か理由があって入れたプログラムなのだろうか。
署名の主、郡山に聞く必要がある。
「どうやって聞きます?」
十和田が困ったような顔で祐太郎の顔を伺ってくる。
「……仙台さんを待とうか」
「……そうですね」
十和田が画面をじっと見つめる。
祐太郎も画面に視線を注いだ。
そのうちに仙台が戻ってきた。




