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同居人は異世界人  作者: 紫芋
1章

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9/18

8話 フォルグッド・カーマルバイン

前回、最終回って言いましたね?あれは嘘です。


あと一話続きます。

 リディナさんが出て行ってから二十分という時間を掛けてようやくスマホの初期設定を終わらせて、腹部を抑えながら、キョロキョロと不審者のような振る舞いで、扉に手を掛けた。


「ん〜〜〜!っくぅ。はぁ、あれ?重い⋯⋯?リディナさん、散々シルティアの事を怪力だの筋肉だの言ってたけど、あの人も大概だろ」


 錆びた扉の取っ手から手を離した僕の手には錆びて捲れた赤茶色の粉末が付着してしまい、微妙に嫌な思いをする羽目になる。

 腹部の痛みがあればもう少し容易に開けられるのだろうが、それでもかなりの強固さを持っているこの扉は、現時点で僕の最大の難所になると誰が予想出来たか。


 大きく息を吸い、重心を右にやりつつ両手で引っ張るようにして、息を吐きながら扉を開けて行く僕。


 誰か人が居なくて良かったと心の底から思うほどに、血管がはち切れそうな程に力んだ僕の顔は多分、今世紀最大の不細工顔であろう事は脳裏に過ぎるが、目の前の強固かつ障害として立ち塞がるこの扉程、不細工な物は無いと勝手に決め付けて引っ張っていく。


 手が千切れそうになるのを耐えて、何とか扉の間から光が差し込む。

 五センチ程度に開いたその扉に指を掛けて、更に引っ張り続けて、ようやく人が一人分通れるぐらいの大きさに広がったその扉の間に身体を入り込ませて外へと脱出するのであった。


「何処?ここ?待て、待て。僕、こんな所行った記憶無いぞ?」


 視界一面に広がるのは砂利と大きな工事跡地であり、殺風景極まりない場所であり、ショベルカーがある訳でもなく、手押し車やスコップといった工事用品は一切存在せず、見える景色全てが石ころと工事をする為に立ち入り禁止として設置された仮囲いのみが見えるという悲しい現場であった。


 近くにある千切れたホースと、小さなクレーターが数個程あり、異様な空間が広がっていた事は肌で伝わり、呆気に取られてしまう中、風は隙間風となって、僕が出た倉庫の出入口から音を立てて僕の意識を呼び戻す。


「⋯⋯行かないと。シルティアが待ってる」


 そう思いたいから口にしただけの簡単な事であり、本当に待ってくれているかは、はなはだ疑問が付き纏うものの、期待だけはしたい僕は脚を動かして行く。


 砂利が重い足取りをよく鳴らし、出入口を目指して歩き出した目の前で、勢いよく壁として機能していた仮囲いが吹き飛ぶ。

 僕の後方に騒音のように囲っていた物は散らばっていき、大量の土煙が辺りに充満していく。


「⋯⋯⋯⋯」


 唖然だった。まさかシルティアがしたのか?最初はそう思っていた僕だったが、そうでは無い事は、高らかな濁声にも似た男の声量で理解した。


「ハァ〜〜ハッハッハッハッハ。なんだなんだなんですかァァァ?弾けて愉快に飛んできやがってェェ〜、貧弱な壁だなァァァ?!⋯⋯あァ?テメェ、昨日の奴じャねェよな?」


「アンタ、昨日の!」


 見覚えがある。とは言え、名前も知らなければ、顔も薄らとしか覚えていないが、服装だけは確かに印象に残っていた。

 黒のバンダナで髪を逆立たせて、頬に赤のペイントを入れており、素肌に黒のジャケットを着て、ジーンズを履いており、特徴的な赤の布を腰に巻いている。


 こんな姿を一日二日で忘れられる程、僕の記憶力は衰えてもいない為、すぐにピンときてしまう。


 そんな僕のリアクションと言葉で察したような顔付きをする男。


 濃い緑色の髪はバンダナによって前髪も含めて上げられており、セットしているのか硬い髪質なのかは兎も角、かなり異質な様相をしており、一昔前のバンドグループに一人は居そうで、少し笑いそうになるのを耐える僕。


「昨日の〜?ッて事はあの店に居た奴らに紛れていた奴かァ?」


 けれど、そんな舐めた態度を取りそうになった僕は破顔する事はなかった。

 その眼光があまりにも鋭く、思わず後退りをしてしまうほどであり、身体は自然と拒否反応を示しているのが解る。


「オイ?その中によォ〜、白い服着た奴居なかったか?ちょっと探しててよォ?」


 男は僕のそんな縮こまった態度を見抜いているのだろう。

 興味を無くしましたとばかりに、僕からは視線を外して、倉庫へと指を差した。


(白い服⋯⋯リディナさん?!なんで?)


 僕が店内で聞いたのは『シルティアの命』だった筈だが、どういう訳か『リディナさんの命』に標的が変わっている。


 けれど、彼女は現在居ない。恐らく、シルティアを探しに行ったのだろう。


「⋯⋯知らな──うッッ。あぁぁぁぁ〜〜ッッ!」


 男へ自身の旨を伝えようとした途端、左肩が急激に痛み出したと思えば、腹部と胸の間ら辺に急激な痛みに襲われてしまい、唇を噛んでその痛みに耐えるように、堪えるように、大きな声を漏らさないようにするも、耐える事は敵わなかった。


 この感覚は覚えがある。


 シルティアの受けた傷がダイレクトに僕の方へと流れた時のものでおり、昨日にも体感したものだ。


「なんだ?テメェ?何やッてんだァ〜?さては、アハハハハ〜。頭イッたんかァ〜、どーなんだよ?」


 次に来たのは、両腕が溶けてしまいそうな程の熱と左胸に強烈な衝撃と、ハンマーで背中を思い切り叩き付けられたような圧迫感、太腿辺りに大きな岩を投げられて骨が軋んだような痛烈な感覚が僕の身体を自然と藻掻くようにジタバタとさせて、頭を強く打ち付けられて、脳が揺れた感覚が発生すると、ようやく僕はその痛みを起こした人物を察した。


(リディナさんだなッ?!あ゛痛いッ!痛過ぎる!なんだよこれ?!前の比じゃない!)


 涙目になって蹲る僕は、特に痛んだ脚と背中に奥歯を噛みながら目の前でヘラヘラ笑っている男を見る。

 恥ずかしいとか、助けてなんて声を上げる余裕がない。


 どうにかなってしまうのではないのか、そんな考えが僕の脳を制圧して離れてくれないのだ。


 その時、僕は更に叫んでしまう。


「あぁがっ!あぁぁぁ⋯⋯あぁぁぁ。痛い!痛いッ!痛いッ、いだいッ!あァァァァァァァァァァァァ〜〜ッッ!!」


「マジでイッちまッてんだな。可哀想によォ〜」


 腹部に再度やってきた痛みは先程の比にならない程の衝撃と痛みを身体全身に伝わり、鼻っ柱を骨ごとへし折られたような痛みで、手を顔の方に思わず持って行ってしまう。

 だが、そんな事はお構いなしに頭部から来た激しい痛みは、頭から脚まで一気に駆け巡り、ぺしゃんこになってしまうのではないかという体感が神経を支配する。

 駄目押しとばかりに昨日から痛んだ脇腹は臓器ごと握られているのではないかと錯覚する程に激しい嗚咽感と激痛が訪れてしまい、絶叫に絶叫を重ねて、声が枯れてしまう程に叫んでしまう。


 身体自体にどこも異常がないように見えるのがタチの悪い事この上なく、僕自身にもシルティアがやられている姿を視認出来ない為、唐突にやってくる痛みに身構える準備が全く出来ない。


「ハッハッハッハッハッハ〜〜!なんだそれ?何処の踊りだよ?ほれほれ、もッと見せてみろよ?どうした〜?」


 他人事のように振る舞っているが、コイツの与えた傷のせいで昨日から腹を抑えて移動する『万年腹痛坊や』にさせられた恨みはちゃんとある僕は、睨み付けるように男を見る。


 決して、助けてくれだなどとは言わない。


 そもそもの話、コイツが余計なちょっかいを出さなければ何事も無く済んだ話であり、人が居ると知っていて、当たり前のように建物を破壊して人が倒れているのを一瞥すらしなかったコイツを僕は許せないのだ。


 戦える訳ではなく、非力なのを承知で、僕はコイツを睨み付ける。


「ハッハッハ──。⋯⋯テメェ、さッきから何、睨んでんだ?」


「うぅ、ぁぁぁがぁぁぁぁ。ダセェ⋯⋯、ファッションだな。何年前のだよ。趣味、悪いんじゃない?」


 目が点となった男は下を向いて、近くにあったドラム缶に座り込む。


 近くにある扉には目もくれずに、僕に興味でも示したかのように。


「フフフフ、フフハハハハハァァァ〜〜、言うねェ?テメェみたいに、自分の行動を顧みないで、人様にとやかく言う奴、嫌いじャねェーぞ?ファッションかァァ。どうりで人にチラチラ見られた訳だなァ」


「当たり、前だ。そんなの⋯⋯流行ってねぇよ」


 腹部をグリグリと押さえ付けられている感覚が嫌に残る中、僕は立ち上がる事も、起き上がる事も出来ないまま、うつ伏せで男を睨み続けるが、そんな様子の僕にケタケタと笑いながら手を叩いて更に笑いだした。


 そして、ドラム缶を数度踵で叩いた男は勢いよく僕の方まで飛ぶと、ドラム缶が倒れると同時に、着地したのだった。


「テメェはちゃんと物ォ言うんだなァ?いいぜ、気に入ッた。散々チラチラと見られて、()()()ッて正直、鬱屈してたんだァ。テメェは合格だ」


 骨が砕けてしまったのではないかと思うほどの痛みが伝わる脚を引き摺るように、立ち上がろうとする僕。

 あくまでもあるのは痛みのみで、直接的なダメージを負っている訳ではないとは解っているのだが、いよいよと言うべきか、脳の痛覚を教える神経がバグり始めているのか、ダンプカーで踏み潰されているように、全身の骨と肉がミックスされていそうな程に、僅かな動作一つで身体全部が金切り声を上げていく。


 幸いなのは、口と眼球と瞼を動かしても痛みが起きない事ぐらいだろうか。


 ただでさえ悪いコンディションは急降下してしまい、史上最悪な仕上がりとなってしまって、結果、起き上がる事も困難な状態へと陥ってしまった。


「そんな、格好してたら、⋯⋯見ない方が変って、もんだろ。うぅ、吐き気が⋯⋯」


「あァァ?ゲロるなよ?ダリィかんな。テメェの血吹雪見てェッてんなら俺は構わねェけどよォ?」


「アンタ、そんな態度だ、と⋯⋯因縁付けられるだろ?」


「あァ?当然だな。でもよォ〜、そういうのは、最終的に立ッてたもんが勝者だ。この世界の奴らは脆弱過ぎてなァ〜、正直、あの女殺した後、どうしようか悩んじまッてなァ」


「女?シル⋯⋯ティアか。なんで、アイツを狙うぅ?!」


 思えば、こいつの動機が分からない。


 もしかしたら、快楽的という線捨てきれないが、それでも何故か聞きたかった。


 耳鳴りがつんざくように煩いが、それも仕方ないと思っている。

 きっと、今もシルティアは本人なりに頑張っているかもしれない。


 ならば、僕も頑張らないでどうするって話だ。


 そう思って意気込んだ僕とはまた違った方向ベクトルでやる気が出たのだろうか。

 男は、目を見開いて、愉快な笑みを浮かべながら僕の頭を一発、軽く叩いてから声を張った。


「⋯⋯オメェ、【紅閃姫】ん事知ッてんのか?!」


「あ、あぁ。だったらなんだ」


「教えろ。あの女と白い服着た奴の事をよォ〜」


「⋯⋯シルティアは知らない。リディナさんが探しに行ったと思う」


「リディナ?あァ〜、同業者にそんな名前の奴、居たなぁ⋯⋯」


 リディナさんもコイツと同じ職だったと知れたが、正直に思えば、どうでもいい。


 むしろ、コイツと同じと思われるのは、可哀想以外の何者でもないまである。


「んで?何処居るんだ?」


「知らない」


「はァ〜ん。使えねぇな」


 ウロウロと落ち着かない様子で脚を動かして、僕の周りを歩き出す男。


 腰に巻いている赤の布を触っていたり、サイズが合わないのか履いている靴の先を地面で小突いては、脚と合わせるような動作が目立つ。


「⋯⋯お前、なんでシルティアを狙う。何か、恨みでもあるのか?」


「まァ〜、昔な。アイツの国落としてやろうと傭兵してたんだけどよォ。アイツが強すぎるせいで、金にならなかッただけじゃなくて、作戦は全部俺達が悪ィッて扱われてなァ〜。ッたく、今でも腹立たしいぜェ」


 環境によって人の人格が形成される場合と、生まれ持った気質や性質によって人格が形成されるという話を聞いた事がある僕は、唐突にそれを思い出した。


 コイツはどっちなのだろうかと。


 どっちにしても、コイツが家電量販店で暴れた結果、人が怪我したという事実は変わらない。


 シルティアとの因縁があるようにも感じるが、もしかしたら、やらされてる可能性だってある訳で、この男の昔話自体には一向に興味は湧かないが、それでも中々に悲惨そうなのは何故か思い浮かんでしまうのだ。


「僕はその作戦を知らないが、全部が上手くいく事なんて無いだろ?⋯⋯そりゃ、全部悪いって思われたのは同意するけど」


「あァ?違ェよ。ガキが」


「え?⋯⋯何がだ?何が違うんだ?」


「俺が腹たッてんのは、あの可愛らしい姫君様が本当に強かッた事だ」


 何がいけないのか僕には掴めなかった。


 作戦が失敗した原因がシルティアなのは兎も角、敵対していて自分と同じ位の強さで合わせてくれ、とは言える状況だった訳ではない筈で、それなのに、この男は本当に腹の虫がおさまらないといった様子で貧乏揺すりのように脚を揺らしていく。


「良いかァ?俺があの女の殺害に手ェ貸そうと思ッた理由はなァ、あの女を売れると思ッたからだ」


「⋯⋯正気か?アンタ?」


 正気を疑った。『強かったから売る』というよりも、『売ろうとした人が本当に強かった』という風に聞こえなくもない。


 仮にあっているのならば、逆恨み以外のなんだと言うのだろうか。


「正気ィィィ?正気なァ、訳ねェェェだろォォォ?あの女の麗しさったらよォ〜。ひィィィ上がるぜェェ。あの身体を自由に遊ぶだけ遊んで、臓器も眼球も子宮も脳みそも全ッッッッッッ部!!金に換える。あんな上玉だァ。アッチよりもコッチの方が高く売ッてくれる可能性だッてある!」


 環境がどうやら、生まれたばかりがこうやらと思っていたが、どうやらこのおとこはそれ以前の問題らしい。


 昆虫が知能を得てしまったようなものだと、僕はそう改めた。


 現に今も、蟷螂かまきりのように目が点となって、涎を垂らしながら、上空を向いて理想に浸って高笑いしている。


「⋯⋯お前、真性の屑だな」


「屑ゥ?何でだ?⋯⋯人が人使って金儲けする事の何がいけねェェッてんだッッ!!!飢えて死ぬぐらいなら人の血肉を食らッた事のある俺に言わせれば、テメェらは本当の飢餓ッてのを知らねェだろ?」


 髪を引っ張られて地面に再度、寝転がされる僕に抵抗する力はなかった。


 したかったが、それをしようにも身体の痛みが余りにも酷く、ぐらつく視界から男を離さないようにするのが精一杯である。


「テメェは知らねぇだろ?小便はマジィんだぜ?人の肉も焼いた所で美味かァねェしよ。ただまぁ、眼球はコリッとして良かッたなァ。集ッた虫が張り付いたボロッボロの薄ッすい布でまつ毛が凍るような寒さの中で眠らされてた俺が、今更贅沢しようとして何が悪ィんだ?」


 虫が虫の下で寝ただけの話か。そう思っていた僕にも転機はやって来た。


「⋯⋯っ!痛みが引いた?」


 一気に痛みが抜け落ちていき、軋んでいると感じてしまう程の脚の激痛も、胸元や頭部、顔面といった抜け切らないと歩けない程の痛みは嘘のように無くなって、僕は徐ろに立ち上がる。


「あァ、なんだァ?お寝んねはおしまいか?」


「悪いけど、そんな氷点下の中で薄い布一枚で寝た事もカニバリズムもした事ないんでね。気持ちはミリ単位で分からない。それよりも⋯⋯」


 嫌な予感、と言うよりももはや既定路線なのかもしれない質問で、一番大事な事であり、コイツという存在が何をしでかしたのかを明確にさせる為の言葉を投げた。


「アンタ、昨日シルティアを襲う時、巻き込んだ人間の数を覚えてるか?」


 僕は明確にその数を数えていない。

 けれど、倒れた人間の数はしっかりと覚えている。


 十九人。それがコイツが少なくても重軽傷を負わせた人の数であり、僕が運んで、リディナさんが治した人の数。


 恐らく、その数倍の人があの家電量販店に居て、無関係にも巻き込まれてしまっている。


 それに対するコイツの意識を僕は聞いて確かめたかったのだ。


「なんだァ?急に?さァなー、金になんねェなら興味無いしなァ」


 あっけらかんとした様子で「何故聞いたの?」と言葉の裏で発していそうな程に興味も関心も湧いていない。


「⋯⋯そうか」


 こんな奴の為に本当に関係のない人間が巻き込まれたと考えると無性に腹が立ってくる。


 一発殴らせて貰えないだろうか。いや、気が済むまで殴りたい。


 僕が静かな闘志を燃やしていると、男は倒れたドラム缶で遊ぶように、倉庫へ向けて憂さ晴らしのように蹴飛ばして、ドラム缶の原型を無くさせた。


 踏み付けて、乗り、また蹴るを繰り返していた男は

 、唐突に飽きたように遠くにドラム缶を蹴った後、僕の方へと視線を向ける。


「テメェさ、【紅閃姫】とはどういう仲だなァ?」


「『生命の繋がり(ライフ・ライン)』ってので助けられて、同居してる仲だ」


 何も間違った事は一つも言っていない。


 それなのに、男は笑いを堪えるように腹を抑えているのだ。

 不審そうに見る僕を見て、いよいよ決壊した男は高笑いをする。


「フフフフゥハハハハハ⋯⋯オメェ、馬ッッ鹿だなァァァ〜〜。よくまァペラペラとよォ〜〜」


「なに?何がおかしい?」


 質問に答えただけの話であり、それ以上の事は何もしていない。


 ()()()()()()()()()()()()()()そう思い考える素振りを見せる。


 けれど、何も解らない。何に笑っているのか、何にそこまで愉快そうな表情を浮かべているのかが、僕には一切理解出来ないのだ。


「あァそうか、解いてやるよォ〜」


 そう言い、男は手指の関節を鳴すと、現れたのは二つの鋭利な鎌であり、死神が持ってそうな物に近い形状をしている。

 普段から日用的に使うには不便そうなその武器に右手をかざした男は、ニヤニヤと歯茎が見える程に破顔して、尖った目尻が上がった。


 二つの鎌から怪しい紫色の光が灯りだし、僕と男の周囲を包み込む。


 思わず腕で視界を塞いでしまい、閉じた瞼から映る視界も黒ではなく、怪しく紫色が点々と残りながらも、その光はすぐに消え去った。


 開かれた瞼から差し込む日差しと、二つの鎌に体重を掛けるように立っている男が、僕を観察するようにじっくりと見つめる表情と視線が視界に入った。

 それを心の底から不気味だと感じていた時、今まで男の質問に素直に答えていた事に疑問が生じ始めて、一気に溢れ出したように自分の行いを振り返る。


 男に伝える必要も意味もなかった質問を、なんの疑いも躊躇いもなく言葉を紡いでいた僕は、困惑して後退りしてしまう。


「⋯⋯どうして、一体なんで?!何したんだ!」


「『紫炎の鎌(パープル・ライン)』はよォ、嘘が吐けねェ魔法が内包されてんだァ。まァ、戦闘じャあ駆け引きを楽にする程度だがァ、こういった尋問にも⋯⋯使えんだァァ!!」


 左手に持っていた鎌が伸びてきた。


 薙ぎ払うように身体を三日月の形状をしたソレは僕の身体を喰おうとする。


 頭では避けなければならないと解っていて、身体が理想通りの動きをしてくれない事に焦りと戸惑いが交互に高速で顔を出してきて、感情を煽り散らかしながらも、ようやく動いた身体は仰け反るように後方へとガムシャラに脚を後退させていき、真っ先に毒牙に掛かった右腕は大きく抉れる結果になるも、身体が真っ二つになる事だけは回避した。


「っっ痛ってぇぇぇぇぇ〜〜!!」


 右腕は上腕部の肉をごっそりと食い散らかして、骨が一部欠損していた。


 強引に剥ぎ取られた腕の肉と骨は雑に散らばり、大量の血を吹きながら、僕は一心不乱に地面に転がる。


 溢れて、流れて、止まらない血液をなんとかして抑えようと無傷の手で出入り口を塞ごうとするものの、触れた瞬間にツンとした痛みが顕れて、涙を流しながら抉れた箇所をテンパった様子で見つめるばかり。


「フッフッハッハッハハッハッハハッハッハ。お前、お前、ハッハッハ。何だよ、その転がり方ァ〜、ハッハッハハッハッハ」


 声にならなくなっていく僕の叫び声は、噛み締めるように悶えて、苦しみ、男の嘲笑いに応えてやれないのが悔しくなってきた。


 避けただけ上等とか、漢ならこのぐらいで根を上げるなとか、そんな事を言わないだけこの男はまだ温情な方ではないか。


 そう思いながら、殺されてしまうのを長引かせていく僕の視界には、既に赤に染まりきった左手と、右手から滴り落ちる血が凄惨さを物語っている事を拒否するように、瞼を閉じた。


「俺ァ、その腕ブッた斬ッてやる気だったのによォ、変に避けッから無駄に痛いんだろうがァ」


 そんな事を言いだしたら、誰が僕の右腕を担当してくれるんだって話だ。

 僕には平日学校があって、家に帰ったらシルティアのご飯作る事もある立場なのに、右腕が無ければ不便極まりない。


 コイツが愛想良く僕の代わりに学校に行く訳でもなければ、シルティアと僕のご飯を作ってくれるのなら兎も角、その気もないのによく言える。


 腕一本で人生が一変するなんて、ドキュメンタリー番組とかで散々見て僕でも知っているのに、戦火の真っ只中にいる事の多い世界出身の奴がなんで知らないのか、素直に怒りを覚えて思ってしまう。


「聞きたい事はもう聞けたしよォ、あの世ッて所に逝ッてくれよ?昨日の馬鹿共みたいによォ」


「⋯⋯何言ってる、んだぁ!昨日、死人なんて出てないぞ!?」


 痛みを忘れたくて、声を張って叫んだ言葉に、男はしばし考える素振りをする。

 鎌を地面に突きながら、不可解そうな表情を浮かべると、何かに気付いた様子で僕を見た。


「⋯⋯⋯⋯あァ、そっちじゃねぇ」


「え?」


「その前によォ、チラチラ見てくる貧弱者共(やつら)が多くてよォ、取り敢えず、何人かの首、試運転も兼ねて、スポォンッて獲らせて貰ッたんだァ。いやァ、あの時の女の悲鳴が煩いのなんのッてなァ〜、男も何か言ッてたし──、オイ、なんだその顔?何か文句ありげだなァ?」


 文句なんて、五万とある。

 たった十分程度しか話していないのに、僕はコイツの事が心底嫌いだし、言いたい事は散々出てくる始末だ。


 その中でも、男が今さっき愉快に自慢話のように語ったその内容は常軌を逸してるように感じてならない。


「⋯⋯お前、その武器の試運転も兼ねてって言ったか?そんな、馬鹿な理由で⋯⋯人を殺したのか?」


「馬鹿な理由ゥゥ?甘ちャんだなァ。この鎌が上手く使えねェと、あの【紅閃姫】にャ、太刀打ちできねェだろうが?だから、必要経費だ」


「人が損して自分が得をするのに、必要経費なんて言わねぇんだよ!ただの人柱じゃねぇか!」


 思わず起き上がろうとする僕の意識とは別に、痛みによって身体が自由に動いてくれない。

 地面と永遠を共にしろとばかりに身体は何時までも砂利の上で寝かされて、広がる血溜まりは服を濡らして、身体から熱が抜けていく感覚が嫌になる。


 溜め息を漏らした男はその後に大きな欠伸をして、二つの鎌の内、右手に持った鎌を僕の首元へと角度と距離の調整を行っていく。


「もういいか。じャな、砂利に塗れた砂利ん子ォォ!」


 遊んでいた玩具飽きたような物言いで僕はコイツにすてられる、そう思い、抵抗するように後退しようとする。


「⋯⋯⋯⋯っ?!」


 音がする。


 細く、棒状のものが超速の限りで空気を裂きながら此方に近付くような音が耳に届き、次の瞬間、男の左方向から薄緑色の何かが飛んで来た。


 それを数本分弾いたが、直後に飛んで来たノロっとした動きで、矢の形状をした薄緑色のものが地面に突き刺さると同時に視界は一気に暗転して、暗くなる。


 瞼は開いているが、それでも暗く、完全なブラックアウト状態に陥ってしまい、焦燥感を味方にして立ち上がろうとする僕の耳に、男が何かを叫んで悲鳴が段々遠くなるのが聞こえた。


 何かが近付いて来る足音がする。

 駆け足気味で、徐々に近付いて来るのが砂利を踏む音で伝わり、立ち上がって後退りしようとするものの、何故か身体から力が抜けて、前へと倒れ込んでしまう。


 けれど、どういう訳か、僕の身体は地面から一生離れられない呪いのようなものは取れたようであり、横たわる事はなく、何かに抱き留められた感覚がして、それが誰かはすぐに察した。


「今日はどんだけ俺を愉快にさせてくれるんだよォォ〜。なァァ?!シルティア・フォン・ユーベルアイン〜〜ッッ!」


 男が遠くから叫んでいるものの、僕を抱き留めている人物は応えない。


 僕でも解る、解ってしまう。彼女が僕の前に来て、倒れそうになった僕の身体の支えとなってくれていると。


 視界は暗闇に制されて、黒一色であっても彼女だと声を大にして言えるのだ。


「シル⋯⋯ティア?」


 掠れた声、冷たくなる身体が、徐々に生気を奪っていく中、彼女の体温が妙なぐらいに温かい。


 包み込まれているというには少し心許ないが、それでも安心は出来る、そんな感じ。


「⋯⋯あぁ、私だ。本当に待たせて済まない。済まなかった。私のせいで、辛い思いをさせてしまった」


「⋯⋯それは、違うと思う」


 辛い思いというには少し違う。


 悔しさはあったし、寂しさはあったが、それは自分の至らなさの結果であって、彼女自身に非があるとは、僕には思えなかったからだ。


 涙声になっている彼女へと真っ暗な視界の中、恐る恐るといった風に手を伸ばそうとする。


 そんな僕の行動に気が付いたように、優しく僕の右手は握られて、何処かに触れた。


 多少濡れているところから見て、頬か目元付近だろうか。

 どちらにしても、眠ってしまう前に彼女へと言わなければならない。


「僕は、お前が頑張って、いる⋯⋯から。耐えたんだ。シルティアに認めて貰いたくて」


 握られた手に重さが加わる。


 優しく抱き留められた感覚があり、良い匂いもするが、視界が一向に晴れないのと、意識がボヤけてきているせいで堪能が出来ない。

 悔やまれる事態であり、一大事であるが、もう僕自身ではどうしようもないのだ。


 そんなどうしようもない無力である僕を抱き留めたシルティアは、優しい声色で僕に言葉を紡いでいく。


「⋯⋯私はもう、認めているよ。あぁ、そうだとも。私は君に出逢えて良かったと、心の底から言える」


「⋯⋯そっか」


 本音なのだろうか。僕にはそれを読み解ける力と集中力の低下によって、しっかりと判断が付かないが、本音であって欲しいと願う。


 そんな時、ようやく視界は暗闇から晴れていき、徐々に現状の把握が可能となっていく。


 どうやら僕はシルティアの胸元辺りに頭を置いて、座り込んだ彼女に凭れ掛かった状態で居るようであり、徐ろに顔を上げて僕は彼女を見つめた。


 そこには泣き出して、破顔した彼女がいたのだ。

 見上げた僕の視線と彼女の視線が邂逅して、何かを気付いたように僕はめいいっぱいに抱き締められるのだが、正直、痛い。


 力加減もそうだろうが、純粋に僕の身体がボロっちいのだろう。

 唸り声を思わず上げてしまった僕に気付いた彼女は急ぎ謝りながら身体を離そうとするが、僕がそれを止めた。


「コージ?」


 困惑している彼女の声が聞こえたが一切聞かなかった事として、僕は絞り出すように声を発する。


「シルティア⋯⋯。まだ、仲、なお、り。してない。ごめん、なさい」


 言い出しっぺというのもあったのだろう、僕が先行して言う。

 何度も使ったその謝罪の言葉はか細く、弱々しく、精一杯の限界であり、シルティア以外には聞こえていない程に小さいものであった。


「あぁ、許した。その⋯⋯私も済まなかった。イジケてしまった」


 涙を指で拭う彼女の頬は紅く、髪色よりも薄いが、比較的に白い肌寄りである為、照れているのか、恥ずかしいのか、いずれにしても判りやすい。


「いい、よ。許す」


 頷いて返事をする僕の言い方は少し、上から目線だったかもしれないなどと、後悔が早速顕れるものの、彼女の破顔した表情でそんな気は失せ去るのみ。


 そしてシルティアの身体が僕から離れると、ゆっくりと地面に僕の身体を預けさせた。

 意識がいよいよ保てなくなっていくのが、瞼の重さで感じてしまい、必死に堪えながら瞼を開けている僕の頭を一撫でしたシルティア。


「⋯⋯そろそろ行かなくてはな。終わったら、また話をしよう。今日の事、明日の事、昔の事、これからの事、全部。だから、待っててくれ。すぐに終わらせるからな、コージ」


 そう言って、立ち上がった彼女は、右手を真横に伸ばして剣を出現させると、左手に持ち替えて、叫んだ。


「【紅臨スカーレット】ッッ!」


 紅のオーラを纏い、飛翔と見間違う程の脚力で跳んだ彼女は流麗で、勇敢で、誰よりも紅い立派で素敵な女性であると確信して、意識を手放してしまう。

次回が本当に一章最終回

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