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同居人は異世界人  作者: 紫芋
1章

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5話 紅と紫

 誘拐まで後三十分。


 背筋をすぅーとなぞられるような濁声が衝撃音と共に鳴り、その方向へと顔を向けたシルティアは苦い顔を浮かべた。

 既に子供達は母親と合流して、シルティアに感謝を伝えていた様子は消え失せてしまい、逃げるようにその手を繋いで走り出して行く。


「その煩わしく、喧しく、耳障りな声⋯⋯、聞いた事がある者だな。何故こんな事をッ!」


 店舗の照明がバタンと消え去った。一気に暗くなった広大な店内に窓から射し込む夕焼けと一人のシルエットを浮かび上がらせていく。


「シィィィィィルティィィィィア!テメェの命。貰いに来たぜェェ?」


「やはり貴様か、フォルグッド・カーマルバイン」


 緑色の髪を額よりも上に巻いた黒のバンダナによって逆立ったような状態で、頬には赤のペイントが似つかわしい程に尖った目尻。

 黒の革製のジャケットを素肌のまま羽織り、ジーンズに腰に巻いた赤の布。


「私一人の命の為に、ここまでの事をよくやる。貴様は相も変わらず頭が外れているとみた」


「ッヒッヒッヒ。外れなきャあよォ〜、こんな事しねッての!!」


 手指の関節を鳴らしたフォルグッド。その瞬間現れたのは、二つのゴテゴテとした鎌。

 鋭利で斬り応えのあるその鎌は二メートル程の曲線を描き、浴びた陽射しが怪しく照らして、シルティアへと向けられた。


「さァ〜、お仕事だァァァァ!お前の命ィ⋯⋯俺の明日の食費となれやァァァァァ!」


 上半身を前へと反らした状態で一気に駆け出したフォルグッドに対して、剣を握っていない、装備を身に付けていないシルティアは構えるように、その迫る男に意識を集中する。


 すると、誰かがシルティアを呼ぶ声が聞こえた。


 その方向へと視線を向けて、身体を思わずに動かそうとするシルティアだが、目の前の男にとっては格好の餌でしかない。


 振り上げられた鎌はシルティアの首元へと向かい、脊髄反射のように、大きく後方へと跳び、退避を図る。


「コージ⋯⋯。早く見つけなければならない。貴様にやれる命もなければ、与えられる惨事も無いとしれ!」


 ロケットペンダントを手に持ち、紅い輪郭を発生させて、衣服は弾け飛び、一張羅の武装が見に纏われた。


 白の衣に赤のインナー、左胸に当てられた鋼のプレートと黒のスカートに黒のタイツ。

 髪も一つ結びだったものが、白の布によって巻かれて、戦闘用の皮靴へと変化して、右腕を横へ伸ばし手を広げた。


 どこからともなく粒子が形を形成するように現れたその剣は赤と金の装飾が施された長直剣。


「一気にいく!【紅臨スカーレット】ッ!」


 紅がシルティアを纏い、両手で剣を握り閃光が疾走する。鎌はクロスを作るようにして、紅の線を妨害して、一気に後方へと飛ばされる。


「外でやろうッてかァァァァァ!おんもしれェェェェぞ!」


 剣を勢いよく弾き除けたフォルグッドは右手に持つ鎌を横軸に斬り込むも、見越されたように剣身は地面スレスレから振り上げられて、鎌は上がった。


 けれど、フォルグッドにはもう一つの鎌がある。

 銀の曲線が振り上げたばかりのシルティアの首を掻っ切るべく迫る。


「っふぅぅぅ!はぁぁぁ!」


 そんな隙はお見通しのように、剣は急激な加速を見せて、鎌の刃先へと直撃して押し出すように跳ね除けた。


「なッ!コイツ!やッぱし速ェェッ!」


「ぬかったな。終わりだ!」


「吠えんなァァ?!始まッたばッかだろうがァァァ〜〜!!」


 剣先を突き出して、刺そうとするその構えに合わせるように右手に持っていた鎌を振り下ろし、盾にするようにして地面に突き刺した。


「【解陣クラッチ開放・オン】」


「何!?」


 鎌の刃が柄の方へと食い込むように進んで行き、一定の箇所で停止すると握り部分も捲れたようにパーツが組み上がる。


 刃は地面に向くように、パーツは上へと向くように三日月を形成し、フォルグッドが二つの三日月の間に手を伸ばして細くなった握り部分を掴むと、紫色の魔力が一気に放出されて、身体を刺そうとした赤と金の装飾の剣は動きを停止して、ガタガタと震えて、衝撃を生みシルティアは声を上げるより早く、後方へと吹き飛んだ。


 建物へと突き飛ばされたシルティアは起き上がる。

 前方で意気揚々と待っているフォルグッドの手元には一つの鎌と、魔力の障壁によって手元を護られていて、柄の両先端には紫色の魔力によって形成された刃が息吹くように放出されている双刃刀があった。


「その武器は⋯⋯、この剣と同じか!」


「ッたくよ!お前、速すぎんだよ⋯⋯。焦らそうと思ッたのによォ。まァ、良い。この『神造器アーティファクト』を存分に使える⋯⋯絶好の機会だァァァァァァア!」


「貴様のような、傭兵崩れが持つだなどと、烏滸がましい限りだが、言っている場合では無いな」


 動きが遅くなった代わりに強固な盾と鋭利な鎌を振れるアドバンテージを獲得したフォルグッドは跳ぶようにして、シルティアに迫る。

 狂気の表情と悪辣に上げられる口角が不気味に象られているその表情を一瞥したシルティアは剣に掘られた黒線を見た。


 剣身に僅かばかり紅色が貯まっているそれに勝機を見出したように笑みを浮かべて、正面から迫る男を睨む。


「⋯⋯よし、【紅臨スカーレット()桜光イグニス】」


 黒線に貯まった紅が消費されて、握り部分に通る。

 そして、シルティアの手元から全身に行き渡り、白い粒子を発光させて、剣を振り上げた。


「はぁぁぁぁ!だァァ!」


 剣先から紅の光が圧縮されて、コンクリートを削っていき、フォルグッドの腹部から脚部目掛けて飛んでいく。


「なんだそれ?!」


 突然の光線に驚いた様子を見せるも、身体は大きく翻し回避を取る。

 けれど、本来の想定した動きとは違い、シルティアからはまだ距離がある状態で着地してしまったフォルグッドを逃すまいと、紅の閃光が迸り、前方へと駆けた。


「さっきより──」


「はぁぁぁぁ!」


 それは剣劇という名の剣撃。乱舞に見せかけた構築された戦術。

 確実に身体を狙う為に、盾となった鎌の側面を必要に狙い、鎌を振ろうとする腕の動作一つで反応しては剣先は鎌の先端を狙い、確実に狙いを反らす。


 勢いに押し負けるようにフォルグッドの脚は後ろへと小さな歩幅から大きな歩幅へと変わっていく。


 盾を使っての防御だけでは何も交戦状況が変わらないと察したフォルグッドはその盾に籠める魔力を上げて、押し出そうとするも、勢いよく突き立てられた剣先が顔元へと伸びた事で、盾と顔を反らして、避ける体勢へと無理矢理変更される。


 そして、伸びた剣は刃先の向きを上から横へと変えて、薙ぎ払うようにして盾を弾いて大きく体勢を崩したフォルグッドの腹部へと、シルティアの拳が突き当たり、地面へと膝を落としそうになる状態から、右脚から繰り出される強烈な蹴りが顔面へと直撃し、左方向へと血を流しながら飛ばされていく。


「まだだぞ!傭兵崩れ!」


 紅の閃光は未だに発光しており、効果は切れていない。


 肉体強力並びに自身が受ける魔法効果の減少をもたらす紅の光は、蹴り飛ばしたフォルグッドへと迷わずに進行して、握った剣で斬ろうとする。


「〜〜!流石は【紅閃姫】だなァァァ?!イカれた戦闘能力をしてやがる!そうやッて、何人も何人も容赦なく、首を撥ねて来たんだろ?爽快だッたろォォォオ〜」


「貴様の戯言に付き合う余地は無い!消えろ!」


 紅の閃光は首元へと、剣を携えて一刀両断。


 これで終わり。そう思っていたシルティアの視界には、先程までは確かに無かった物が手元にある事を見逃さなかった。


「おかえりィィィ〜、オラァァァァァッ〜〜!」


「その盾!なぜ!うぅッ〜〜!」


 紫色に光る魔力の盾は、あっという間にシルティアを壁へと突き飛ばしてしまう。


 またもや壁に激突したシルティアは、店舗の中でうつ伏せで倒れてしまい、【紅臨スカーレット・《・》桜光イグニス】は白い粒子の光を完全に喪失して、鮮やかな紅色に象られたその輪郭は姿を消した。


「うぅ。中々にやる。⋯⋯念じるだけで手元に寄せれるのか」


 剣を振り切る前にフォルグッドの右手には無かった筈の双刃刀が現れ危うく斬られ掛かるところをシルティアの機転により、縦に構え直して事なき得た訳だが、状況は振り出しに戻る所か悪化してしまっている。

 剣身に掘られた黒の線には、ミリ単位で赤色が貯まっておらず、また貯め直しとなってしまった。


(また斬り合うのも面倒だな。⋯⋯私の魔力を無理矢理与えるか)


 立ち上がったシルティアは、意を決したように剣を地面に突き刺して、立ち上がった。


 奥に行けば行くほど暗い店舗の明かりは未だに復旧せず、中には何十人の人が避難し、真横には最初の衝撃によって倒れ伏せた人が数人倒れている。

 今尚、泣き叫ぶ声や、非常用の出入口に向かって駆けようとして響く足音等で騒がしい声が響く中、後方に母親とはぐれてしまった兄弟を見つけたシルティア。


「ここを通せば、あの子達が⋯⋯」


 二人の子供がふと後ろへと振り返った。最初に手を伸ばした紅の髪をした女性だと気付いたのはお兄ちゃんのであり、次に気付いたのは弟であった。

 一番後ろ側だった事もあって、急いでお兄ちゃんはシルティアも一緒に避難させようと駆け寄る。


「お姉ちゃん。危ないよ!早く⋯⋯なにそれ?」


「かっこいい!」


 服装の変化に気付いたと同時に、鞄の類もなく何処から持ち込んだのか、赤と金の装飾の綺麗で重厚感のある直剣。

 兄の後を追い掛けるようにしてやって来た弟は目を煌めかせて、その剣に魅了されており、兄は少し不気味がった。


「君達は逃げるんだ。私は奴を止めなければならない。急ぐんだ」


「でも、お姉ちゃんボロボロじゃん」


 何度か壁へと衝突した事による汚れがボロボロという風貌に見えてしまったのだろう。


 しかし、直接的なダメージは鎌が双刃刀へと変化したした際の一回きりであり、むしろその衝撃によって壁へと叩き付けられた際のダメージの方が強烈であった。


 実質的にフォルグッドからの攻撃は受けていないに等しく、魔力も有り余り、手の内を晒し切っていないシルティアには正気の活路しか見えていないのだ。


「何を言う。私はこれでも頑丈だ。⋯⋯ようやく逢えた母親とまたはぐれたのか?」


「う、うん」


「まったく。また探してやるから、ちゃんと後ろで避難しているんだぞ?」


「が、頑張れ!」


「頑張れ!お姉ちゃん!」


「あぁ。任せておけ!」


 道を塞いでいた瓦礫を剣で叩き斬り、進行の妨げを無くしたシルティアはまだ外に居るフォルグッドの元へと脚を動かす。


 一方、外では折れた歯を吐き捨てるようにして、コンクリートに転がしたフォルグッドは右手に持つ盾兼双刃刀を艶かしい視線で見つめていた。


「コイツがありャァ〜、『紅閃姫』に勝てるッ!あんなに、恐れて、ビビって、震えてた俺でも、太刀打ち出来るゥゥ!こんな嬉しい事あッかよ!ある訳ねェェェェェ!!ハッハッハッハッハ〜!最ッ高ォォォの気分だァァァァァ!」


 そんなハイテンションで上機嫌な男の顔を掠るように瓦礫が飛んできた。

 そして、暗がりとなった建物に出来上がった歪な穴から鮮明にその姿を現して、不敵な笑みを浮かべる。


「私に勝つ?いい度胸ではないか?それほどに勝ちたいのならば、勝って見せろ?私はそうそうに負ける気は無いぞ?貴様も全力を尽くして、私を慄かせて見せろ!」


「言うなぁ〜!⋯⋯言うねェェェェ!」


 双刃刀の握る力を強めて魔力を与えていくフォルグッドは鎌とクロスさせるようにして構えた。


 一本の剣を携えているシルティアは、地面に剣先が触れる程に下に下ろす。けれど、それが平常運転であり、本来のスタイル。

 最も筋肉を酷使しない使い方、最も素早く走れる構え方、一番敵を見逃さない体勢。


 両手で握り部分を持ち、腰を少し落として、脚は踏み込まれた。双方、先手必勝を狙った、迅速なその動きは激しい斬撃音と風を切る音のみでしか伝わらない。


 鎌をブラフに、シルティアの胸元へと双刃刀を穿とうとするも、鎌の方へと身体を反らして鎌を構えた腕ごと引き裂く勢いで斬り込もうとする。

 当然、その動きにも微弱な隙が生まれる訳で、盾として活用している双刃刀の魔力の出力を上げて、突き飛ばすように、盾を前へと持って行き、鎌を手放して左腕の重さを最小限にして、斬撃を回避。


 その流れは止む事なく、先端から伸びた紫色の魔力の刃をシルティアの身体を貫き、引き裂こうとするものの、手放したばかりで宙に浮いた鎌を右手持ったシルティアは鎌を地面に突き立てて、一気に回転させて、盾の軌道をズラし、左手に持っていた剣に魔力を込めて、放つ。


「はぁぁぁぁぁ!」


 紅の線が黒の線を少し塗りたくり、また黒色へと変化した。その瞬間に紅の光は剣身から圧縮されて、一気に放出されて、フォルグッドを目掛けて飛んでいく。


「甘ちゃんだなァァァッ!ヒャァァァァァァア〜〜」


 突き放した筈の双刃刀が二人の間にやってきた。


「【葬陣バラッティ装甲・ギア】ヒャァァァハァァァァァ〜〜!」


 双刃刀の周りを何かが飛び回りだしている事に気付いたシルティアだが、ここで攻撃は止められない。

 更に出力を上げる為、手に握る力が加えられていって、雄叫びを吠えた。


 そして、相殺するように、紅の火花と紫色の火花が互いの間から四方八方に散っていく。


「形が⋯⋯」


 双刃刀の形は更に変わり、盾としての機能がある持ち手前には刃が装着されて、十字になるように持ち手がある状態となった。

 更に重厚感溢れたその形状とつい先程まで伸びていた刃としての役割を果たしていた紫色の魔力は更にギザついて、凶刃なものへと姿を変えている。


「そう、これがこの『紫炎の鎌(パープル・ライン)』の本来の姿!味わってくれやァァァァァ〜〜」


「その武器!貴様の身体能力を上げてくれるものだな!」


 真正面からぶつかるように薙ぎ払うように振られた鎌はシルティアの剣によって遮られて、鍔迫り合いのような状態となる。


「そう、だから。俺が強ェェェェ!単・純・明・快ィィィィ!」


 紫色の刃の刃が伸びて、首元を危うく触れそうになるシルティアは身体ごと反らして、剣に魔力を籠めて唱えた。


「【紅臨スカーレット・《・》桜光イグニス】ッ!はぁぁぁぁぁ!」


 乱れる事を知らない流麗な一閃がフォルグッドの肩を貫いた。しかし、身体機能が向上したのは、シルティアだけではない。


「ッ〜〜!!」


 互いに背中を見せ合う状態で、しゃがみ込んだシルティアは苦悶の表情を浮かべて、立ったままのフォルグッドは左肩を抑えるようにした。


 腹部を掠められてしまったシルティア。ただ掠めただけだと言うのに、その痛みは想像絶するものであり、血が吹き出ていく。


「⋯⋯何!?」


 駐車場となっているアスファルトで血を吹き、滴り落ちていく。


 白の衣と黒スカートの右半分は赤い鮮血に染められていき、項垂れるようにシルティア腹部を抑えた。


「ハハハッ⋯⋯ざまァないぜェェ!!この鎌に触れれば、掠めようと、擦れようとも、全部痛みは同じなんだよ!」


 等倍のダメージを常に与える鎌。盾としての役割と首を刈り取る役割を持つ『神造器アーティファクト』である。


「因みによォ〜。お前の可愛い可愛い王族ボディを貫いたらァ〜、そん時はそん時のダメージだァァ!!楽しみだぜェェェェェ!お前の苦しみに歪んで、喚いて、助けを懇願する様がなァァァァ〜、愉快だぜェェ〜〜〜。パパーパパ〜ってか!ハッハッハッハ!」


紫炎の鎌(パープル・ライン)』──紫色の焔にも似た刃で首を刈り取るその様から名付けられた『神造器アーティファクト』の名。


 今尚、燃え続けるその紫炎の刃は首を執拗に狙おうと、フォルグッドの腕を震えさせていた。


 高らかな下卑た笑みに反応を示す事はないシルティアは徐ろに立ち上がる。


 夕暮れに差し掛かる頃、夕焼けの陽射しがアスファルトが反射して額に汗を促して、流れる汗は僅かに滴っていく血によって気持ち悪さを加速させていくも、それを表情には出さないシルティアは俯いたまま、フォルグッドの方へと身体を向けて、笑みを零した。


「な、何がおかしい!?」


「貴様は分かっていない。腹を抉られたぐらいで私が倒れると?心外もいいところだ。私はまだこの剣の本来の力を引き出してもいない⋯⋯。だが、貴様は傭兵崩れの愚か者だと侮った私の未熟さが招いた事でもある」


「はァ?な、何が言いてェ?!テメェ!」


「これからは本気と言う事だ!覚悟しろ!フォルグッド・カーマルバインッ!!」


 痛みが初めから無かったかのように、両手で剣を握る。溢れる魔力が身体を通して上空に漂う雲を穿ち、一気に収束するように剣へと向かう。


 黒の堀りは全て赤に埋まった。それを見つめたシルティアはフォルグッドの方へと視線を移して、剣を構えて唱えようとする。


 たった一つの必殺技にも等しい彼女【紅閃姫】と呼ばれる所以となったその一閃を。


「【そのあかは煌々なる審判の刻を賜りし一刻の永劫。至る輪廻を排斥し、巡る螺旋を一閃に集わせろ!──】」


 アスファルトには彼女を包むように魔法陣が二つ、煌びやかな紅と金。白い粒子が放出されて、突き上げられた剣は天を突くように掲げられた。


 それを止めようと紫炎の鎌が振り上げられる。


「【虐げる簒奪者さんだつしゃに鉄槌を。流麗なる世界に仇なす邪気には消失を!導くは我が紅刻剣こうこくけん!】」


 白い粒子は金色へと変化を遂げて、大気を震わす息吹きと化して、鎌の炎は揺らめき、勢いを失ったように弱々しく振るわれて、弾かれた。


「ッなに?なんだこの風は!何だ!この光はァァァァ!」


 瞼を閉じ、開いた敵はただ一人。標的は前で失敗はない。


 そして、全ての金色の粒子と紅色の魔力は剣に収束し、紅と金の鮮やかな一振の剣となった。


「【因果必潰!スカーレッ──】」


 魔法陣が破壊され、一振の一撃を放とうとしたシルティアの真横で何かが炸裂した。


 目の前に居るフォルグッドも何事かと驚いた様子でその炸裂した何かを放った者がいる方角へと目を向ける。


「なんだ!」


「あァ?!」


 家電量販店の屋上に大きな荷物を置き、弓を構える者が一つ。


 白いパーカーでフードで頭を包んでいるその人物の顔色は窺えないが、シルティアは声は聞いた事があった。


「貴女、夢中になり過ぎ⋯⋯」


「お前は、リディナ!何用だ!まさかコイツのような傭兵崩れと手を組んだと宣う訳ではあるまい?」


「違う。⋯⋯止めたいだけ!【葬礼の木霊よ。咲き乱れろ。一矢報いるが必中!送還堕螺シャップ・リット】ッッ!」


 魔力で作られた薄緑色の魔力。それを持っていた弓を用いて、放ったリディナ。


 緑色の一矢はフォルグッドの元へと飛んでいき、それを弾こうと構えた彼。


「【発散バース】」


 弾けた。その緑色の矢は一矢しか放たれていなかった筈が二十にも別れて、意思を持つように重力にも屈しない旋回飛行を行いながら、フォルグッドの元へと向かう。


「なっ!」


 『紫炎の鎌(パープル・ライン)』で盾として行使して、矢を数本程、意図も容易く弾くものの、フォルグッドの背後から囮として迫る矢に気を取られてしまい、真正面を向いた時に穿たれた矢が彼の身体に当たると同時に、忽然と姿を消した。


 そんな様子に驚く事はしないシルティア。


 彼女は何度も見ていて、何度も仲間を消された過去が確かにある。


「拠点送りか。相も変わらず厄介だな」


 見上げるその紅の髪をした彼女は剣を構える。


 しかし、反対に見下ろしているリディナは次なる矢を魔力で作る事をせず、弓を手放し、屋上へと置いた荷物を片手で持ち上げる。


「どういうつもりだ!戦いの邪魔をした挙句、何もせずに帰るのか?らしくないのではないのか?」


「貴女、馬鹿になったの?」


 睨むようにしてシルティアを見るリディナには鬼気迫る何かを感じて、思わず身構えてしまう。

 けれど、それは不意に解かれる事となる。


「この子、傷付いてたよ。『生命の繋がり(ライフ・ライン)』で繋がってるんだってね?倒れちゃう前に聞いたよ」


 袋に山積みとなった荷物の奥に、疲労困憊、腹部には傷と痙攣した状態の少年が寝ており、思わず、剣を握る力が抜けていってしまう。


「コージ!⋯⋯あ、私の受けた傷⋯⋯」


「どうして初めから全力でやらないの?どうして、この子の声、聞いてあげなかったの?貴女の事、ずっと呼んでたよ?叫んで、叫んで。でも、貴女⋯⋯二回程、中に入った時、彼の事、見てあげなかったでしょ?酷い人。本当に⋯⋯」


 叫んだ回数は八回程、彼女の元へと行こうとするも雪崩れるように避難する人に押し込まれて、それでも前に出て来た時、子供達と会話をしており、声を掛ける前に向かってしまった。

 決してわざとな訳では無い。強いていえば、三崎浩司の存在は完全に抜けており、何時も通りに戦ってしまっていた事ぐらいだろう。


 多少のダメージならばシルティアには問題ないとされても、浩司にはそうではない。

 突然右腹部が抉られて、悶えるような痛みに襲われてしまい、倒れ込んだ少年。


 少年はすぐに察した。シルティアがダメージを負ったのだという事を。けれど、シルティアは気付かなかったというだけの話である。


「いや、違う。それは⋯⋯」


「子供に応援されていい気になってた?あの子達にとって貴女はヒーローになり得てるとして、この子には何?この世界を観光する為の案内役ガイド?それとも、情欲を発散する為の餌?もしかして、この子の家族を糧に何かしようとも思っているの?」


「違う!そんな事は考えてない!」


「 まぁ、どっちでもいいよ。この子はしばらく、私が誘拐させてもらうから」


「何!!貴様どういう事だ!」


 眉間に皺を寄せて、剣を握り直すシルティア。


 鬼気迫る表情を向けて、剣に貯まった魔力を解放しようとするが、その動きはすぐに止まる。

 リディナの真横には浩司が居て、一切の攻撃が出来ずに、思わずに硬直してしまう。


「⋯⋯ッ!」


「この子に私は助けられてるから、私もこの子を助けたいだけ。だから安心して。今の貴女には任せておけない。呼ぶ声にも反応しない、戦闘狂の貴女に任せておいたら、この子はいつか死ぬ。それとも、この子が死んでも貴女はいいんだ⋯⋯。そうだよね、貴女にとっては、この子も所詮は他所の世界の子供だもんね」


「勝手に話しを進めるな!私はそんな事を思っていない!本当だ!」


 切羽詰まりだし、苦い顔をし始めるシルティアにリディナは一切の妥協をしない。


 仇敵でも見るかのように、睨んだその青の瞳はリディナの息を荒くしていき、拳を震わせる。


「⋯⋯あっそ。どうでもいいよ。今の貴女の言葉には説得力が無さすぎる。じゃあね、愚かで馬鹿な紅姫くれないひめ


「待て!誰が、誘拐を許すと──なっ!」


 駆け出そうと脚に力が入るシルティア。

 そんな彼女の居る位置から薄緑色の魔法陣が浮かび上がった。


 最初の炸裂と紛れて発射された矢は設置型の魔法であり、シルティアが余計な真似をした場合の安全策。


 リディナはコージを背負って、大量の家電製品とテレビの箱を持って、一気に飛び上がった。


 そんな光景に耐えられず、脚が動いてしまうシルティアは手を伸ばして名前を叫ぶ。


「コー──」


 戻って来たのは、三崎家のリビング。手を伸ばして、硬直したままの彼女は口を開けたまま、項垂れるようにして、拳を握る。


「⋯⋯ッッ!くっそォォォォォォ!」


 悲痛な叫びは木霊した。


 誰も居ない、夕暮れを抜けて暗くなり始めたその一室で、一人っきり。


  ━ ━ ━


「どういう事ですか?『紅閃姫』を討ち損じるだなんて⋯⋯、あと一日しかないですよ?」


「だァてるッての⋯⋯たく。あの野郎⋯⋯誰だ⋯⋯」


「あの野郎?」


 クライチェル・オブリーガンは突然帰ってきたフォルグッド・カーマルバインに驚きこそ隠せない様子ではあったが、事情を聞くや否や憤慨した様子へと早変わりして、椅子に脚を組んで座り込んだ。


「⋯⋯よく分かんねェよ。この世界の衣類にャ疎いんだからな」


「はぁ〜。ミスター・バイザーは時間厳守の人物です。後、一日ですよ?」


「ッせェなァ〜。大体、テメェらからぶんどりャ、俺ァ別に困る事ねェよな?」


「何故そうなるのです?」


 訝しむクライチェルの真ん前で元の状態に戻った二つの鎌を突き出した。

 首筋に僅かながら触れるその刃は冷たく、刃の面に自身の顔が映り込む。


「テメェらから貰える報奨金もぶんどりャ済むよなッて話さ」


「言っておきますが、今、ミスター・バイザーは上の階に居ます。言っている事はお分かりですよね?」


 冷静に口にする脅し。異世界において、バイザーの名を知らない者はボケた老人か赤ん坊ぐらいのもの。

 フォルグッドも視線を逸らして、上を見る。


「⋯⋯チッ。シラケるぜ」


 机を軽く蹴飛ばして、鎌を手放した後、鎌は消えてそのまま退室したフォルグッド。

 その背中を見送ったクライチェルはスーツの襟を手で直した。


「はぁ〜。怖かった〜。さて、次のクライアントを探さなければ⋯⋯」


 スマホを片手に執務室で一人。社員は誰一人としておらず、夕暮れを過ぎて夜へとなろうかという時間帯。

 扉が開き、騒がしい声が響いた。


「おぉー、クライチェル。奴はどうだ?元気で調子良く、やっているか?」


 銀の髪に白のスーツと黒のシャツという真っ当な社会人には見えない社会人であり、クライチェルが今居る場所の社長、バイザーである。


「み、ミスター・バイザー。何故このような場所に?」


「このような場所?馬鹿を言うな。ここは俺の所有物。それを非難されては困るんだなぁ」


「も、申し訳ありません」


「良い。して⋯⋯先程の質問だが?」


「⋯⋯順調とは言い難いようです。『紫炎の鎌(パープル・ライン)』持ちといえど、相手はあの【紅閃姫】である故に、苦戦を強いられている様子です」


「ふふふ。そうでなくてはなぁ」


「はい?」


 不敵に愉快な笑みを浮かべて、声高らかに笑いだしたバイザーは今日も元気である。

 対称的にクライチェルは疲れきった顔を浮かべており、目元に隈が出来てしまい、金の髪もボサボサで適当に結んだ状態である。


「クライチェル。花というのはそこらにあればただの雑草となんら変わらん。誰もそれを綺麗とは言わないだろ?だが、荒野に咲く一輪の花は違う。不確定で、歪であっても、気色の悪い形状を象っていようとも、そこにある事に幸福感すら得られる。俺はなそんな花を摘み取りたいんだ」


「困難な状況で得るもの程、価値があると?」


 彼なりの言葉を代弁して、皆に伝える。クライチェルがよくやっている事であり、いつも通りしている事なのだが、今回は外れを引いたようで、不審そうな顔を浮かべてクライチェルを、銀色で蛇が睨んだようにも見えるほどに威圧的で、好戦的にも見えるその瞳で見た。


「いや、違うが?困難なく勝ち取りたいだろう⋯⋯クライチェル、お前寝てないな?」


「⋯⋯失礼しました」


「良い良い!俺という存在を判るには、俺でなければならない。だが、俺になる事なぞ、何人足りともありはしない。つまり、俺は神だァァァ!」


「はぁ⋯⋯」


 クライチェルが務めて一年半経とうとしているが、このノリは未だに受け付けられずにいる。

 けれど、このまま放置すると後に響く為、急かしたように資料を机の上に置かれた棚から引っ張り出して、それを提示した。


「ミスター・バイザー。期限が迫っています。【紅閃姫】を勝ち取るには、もっと有望な者を集めたいのですが⋯⋯」


「期限?そんな事言ったか?いや、お前がそんなカマは掛けないだろうから、期限を募ったのだろう⋯⋯。だがなぁ⋯⋯以前現れたあのゴリラのせいで、出費が増えたのも事実だ」


「そうですね⋯⋯」


 夜中に突然現れたガンガルド・リガステッタによる建物の一部破損は思った以上の出費を齎してしまい、壁の修繕工事だけには飽き足らず、備品の新調と真下にあるタイルの貼り替えや、業務の停止も影響して、クライチェルはたった一人、社内でお留守番する羽目になってしまったのだ。


 だが、クライチェルにも待っている人間はいて、それでも果たそうとしているのにも理由はある。


「うーん。三ヶ月に延ばしてやろう」


「え?そんなに延ばされても構わないのですか?」


「構わん。俺が出れば直ぐに終わるが、それでは余興にもなりえんだろ?だからこそ、踊ってくれなければならない。この世界に来た狼藉者共にはな。ただし、三ヶ月に延ばしからには、三ヶ月以内に【紅閃姫】を我が手中に納めさせろ。でなければクライチェル、お前の首が飛ぶとしれ」


「畏まりました」


「いい仕事をした〜。では俺は退勤させてもらおう。お前も適度に帰れ?パフォーマンスを落とされては我が社の沽券に関わる」


「はい。お疲れ様でした。ミスター・バイザー」


 満足な顔色を浮かべて、優雅に扉から出て行くバイザー。

 そんな彼の後ろ姿を見つめたクライチェルは最後まで頭を下げたまま彼が繰り出す廊下からの足音が聞こえるまでそれを続けた。


 頭を上げて、溜め息を零したクライチェルは椅子に座り込んで、頭を抱える。


「勝手なんですから⋯⋯。けど、三ヶ月首が繋がったかしら⋯⋯はぁ〜」


 再度の溜め息は誰にも聞かれないようにしながら、小さなものであり、パソコンのモニターに向かって顔を向けて、クリックしていく。


「私も物凄い量の魔力あればなぁ〜⋯⋯。無理か」


 魔力は異世界人の特権ではなく誰でも持ちうるが、使い方を知らない故にこの世界の者は使えない。

 量や質は遺伝で決まり、成長すれば大きな力を手に入れられるが、それすらやはり遺伝で決まってしまい、魔法も覚えられる量にも遺伝で決まり、限りがある。


 クライチェルとバイザーとでは雲泥の差があり、歯が立たないでは済まない実力差があるのだ。


「この世界に召喚された人達、何を条件に呼ばれているのか⋯⋯私知らないわね⋯⋯。私達の時とは違うようだし」


 クリック音とキーボードを叩く音は室内に響く、写真立てに入った一人息子の写真を不意に見つめて、縁を優しくなぞる。


「はぁー、帰りたい」


 今日もホワイトに見せかけたブラックな勤務は深夜まで続くクライチェルなのであった。

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