3話 YOUは監禁を知らない
早速かつ申し訳ないけど、僕はどうやら捕まってしまったらしく、現在進行形で拉致監禁されている。
薄暗く埃っぽく、刑事ドラマでありがちな換気扇から漏れる日差しが僕を差して、その光で目を覚ましてしまい、溜め息を吐いてしまう。
けれど、口にガムテープが貼っつけられている訳でもなければ、手首に縄が締め付けられている訳でもなく、自由に歩ける始末。
なんだったら、テレビに食事にベッドとオマケに家庭用ゲーム機まである。
「⋯⋯⋯」
正直に言おう。
「割と杜撰じゃね?」
出逢って僅か数時間でこんな事をされてしまうのは、それはそれで迷惑で、恐らくシルティアの腹を空かせているか、心配で僕の事を探しているのだろう。
いや、両方かもしれない。僕のお腹も空いているのは事実だし、早く合流したいところである。
大きな倉庫のような場所で監禁されており、スライド式の錆び付いている鉄の扉が出入口。
当然、開ける事が出来れば苦労しないのだが、ビクともせず、鎖でも巻かれているのか、外から扉の弟と共に鳴っている。
こうなってしまっては、叫ぶか黙って犯人を待つのみなのだが、僕は後者を選んだ。
理由は単純な事であり、犯人が犯人らしく無い事にある。
証拠として、壊れてしまったスマホの代わりと言わんばかりに、設置された長い机には新品のスマホがあり、充電ケーブルとポータブル充電器すら置いてあるのだ。
「はぁ〜」
溜め息を零していると、空腹で腹の虫を知らせて来た。当然、長期間に渡って監禁する予定とばかりに机の下にはダンボールがあり、よく見るとカップ麺やら、明日に賞味期限が切れる予定の弁当と割り箸数十本分が丁寧に入っており、人柄が出ている。
けれど、彼女は知らないのだろう。
カップ麺はお湯がいる事を。ポットの類が見当たらず、手に持ってしまったカップ麺を箱にしまい込み、寝かされていた簡易ベッドに飛び込み、仰向けで漏れ出る日差しを顔で浴びる。
「シルティア、心配してるんだろうな」
眩しさに耐えかねて、起き上がろうとしていると、鎖が外されて擦れる音が外から聞こえて、ゆっくりと扉が開かれて、黒いシルエットの女性が僕の視界に映っていく。
中へと入ってすぐに背中を向けて、出入口の扉を閉めていくのだが、ここで僕が襲いかかっても返り討ちなのは、目に見えているので諦めている。
「起きたんだね。良かった。私、手加減が苦手だから⋯⋯もしかしてって怖かったけど」
透き通って儚そうな声が僕の耳に届く。
聞く人によっては病弱でか弱い。ある人によっては優しい人。そんな感じの印象の声なのだろうが、この人がシルティアとバトルしてる様子を目撃している為か、そんな印象は既に消え去っている。
「あの〜、僕いつ帰れますか?」
「私次第としか言えない⋯⋯。不便を掛けるけど、もう少し待ってて欲しい。うん」
申し訳なさそうにするけど、それなら初めからしないで頂きたい。
それを口にしても良いものか迷った末、しない事を選択した。
「ここって貴女の拠点とかですか?」
「そうだよ。この世界に召喚された時、私は此処に居たから」
「そっか⋯⋯ん?その袋は?」
「飲み物が無いと死ぬから、買ってきたんだよ」
大きなレジ袋四つ分。しかも二リットルの物がパンパンに入っており、本数だけでも十本はある。
袋を地面に置き、袋の中から一本一本丁寧に机の上に置いていく。
「随分と⋯⋯買い込みましたね」
「小さい男の子はジュースが好きと聞いて、もしかして⋯⋯苦手な物があった?」
僕、この人から見れば何歳に見えているのだろうか。子供である事も否定しないが、お茶や水といった種類が無い辺り、かなり子供と見られている節すらある。
まぁ、全て頂くんですけどね。
「いや、良いです。飲みます」
「良かった」
そうして手を振られた僕は女性の傍まで寄り、机に並べられた一本を手に取る。
コップを探そうとキョロキョロとする僕。それを不思議そうに見つめている辺り、コップの類いはないと見ていいのだろう。
「あの、これって監禁ですよね?」
勢いよく開けた飲み物は果汁がたっぷりの葡萄味のジュース。
喉が更に乾きそうだなとも思ったが、すぐ前にあるのがそれだった為、取ったに過ぎない。
もう、後悔している僕を不安そうに見つめる女性。
青い瞳が妙に痛い。
「そうなるね」
「⋯⋯監禁ってこんなに贅沢でしたか?僕の想像と違っててちょっと戸惑いの方が大きいんですけど」
「私の標的は彼女のみ。色々相談して君は監禁って方向になった。うん」
彼女とはシルティアの事なのだろう。というかそれ以外に僕が監禁される要因が見当たらない。
ゴクゴクと飲んでいく僕を見つめてる女性。
思わず僕も女性に視線を向けてしまい、見つめ合う。
女性は白いパーカーを羽織っており、フードを被っているのだが、汗が滲み出ているのが見えた。
流石に僕も女性が熱中症で倒れてしまえば帰れるチャンスが来る。と思考は過ぎったが、そのままご臨終というのは気が引ける。
飲み物を飲むなりすれば良いし、何か羽織っている物を脱げば済む。そう考えた僕はお節介というよりも余計な事を口にした。
「⋯⋯あの〜」
「なに、どうしたの?」
「暑いのなら一枚ぐらい脱いでも罰当たりませんよ?ここ、湿気多くて慣れない人にも慣れてる人にも辛いでしょ?」
「⋯⋯分かった。その言葉に甘える」
「ただ?」
「驚いたら駄目だよ?」
「時と場合によります」
「む〜。そこは、はいって言って⋯⋯」
頬を僅かに膨らませて言いつつも、パーカーを脱いで無地の黒いTシャツ一枚となったその女性の顔を見て、思わず声が漏れた。
「⋯⋯⋯⋯なっ!」
「やっぱり、この世界の人達は私を変に見る。大丈夫。慣れてるから、正直に──」
「エルフだぁぁぁぁぁぁぁあ!握手を求むっ!」
監禁の実行犯の女性は金髪、青瞳の年齢不詳のエルフであり、興奮が止まらない僕は思わずその手を握ったとさ。
━ ━ ━
僕がエルフに監禁されるまで、残り六時間。
とんでもない事件が自宅で起こってしまったのだ。
決して、それが理由とまでは言わないが、外へと向かってしまう一つの要因であるだろう。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕は叫声を上げて、思わず仰向けになって、悔しそうに顔を手で隠してしまった。
リビングでテレビも付けず、歯を食いしばって脚を使って机を蹴っ飛ばしてやろうかというのを踏み留まっている僕。
当然、そんな馬鹿煩い叫び声を上げてしまえばやって来るのは、僕の護衛役であり、一緒に同居している女性である。
自室で寛いでいたであろう彼女はバタバタと音を鳴らして、リビングへとやって来て、扉を勢いよく開いた。
「どうした!コージ!敵襲か?!」
「うわぁぁぁあ〜、シルティアァァァァ!僕はもう駄目だァァァァ!何も出来ない!したくない!こんな事なら、やるんじゃ無かったァァァァ〜」
そう、するんじゃなかった、引くんじゃなかった。
あと数分、いや、一日間を空けておけば結果は変わったかもしれないのに、どうしてこうなったのだろう。
縋る相手が欲しくて、思わず駆け付けてくれたシルティアの脚へとしがみ付いた僕。
その様子に何を思ったのだろうか、シルティアは慰めるように背中をさすってくれる。
「それでどうしたのだ?敵の反応や気配を感じないのだが⋯⋯。何か、怖い夢でも見たのか?」
「怖い夢ぇ、そんな生温い出来事で済むものかよぉ〜。現実で起きてしまった悪魔の如き所業だぁ〜、僕はもう誰も信じられないぃぃ。うわぁぁぁあんシルティアァァ〜、僕はどうしたらいいんだぁぁ」
「そ、それほどの出来事があったのか!?わ、私には想像が付かないのだが?そ、それと、脚にくっつき過ぎだぞ?歩きにくい、コージ?!聞いてるのか?」
事情を聞く為、僕はシルティアによってリビングに置かれているローテーブルへと腕を引っ張られる形で連れて行かれて、座らされた。
テーブルにはスマホとティッシュ箱のみであり、飲み物の類もなければ、彼女の私物もない。
僕の憂鬱な日曜という基本的に誰もが休みの曜日の朝九時から僕の一日は始まった。
「それで、コージ。どうしたのだ?朝からあの泣きようは只事ではないと察しはついた。けれど、私には皆目見当がつかないのだ」
「うぅ⋯⋯これ」
「携帯か。それがどうかしたのか?」
どうやら、スマホ自体に何かあると思い込んでいるようだが、僕が見て欲しいのはそこじゃない。
画面なのだ。割れているわけではない。表示されているその画面に意味があるのだが、シルティアにはまだ分からないらしい。
「シルティア、僕はこれの為に様々な苦行を乗り越えて、必死になって貯めに貯めた。そう、五百連出来るまでに!無課金でだ!」
「は、はぁ⋯⋯。それで、それがどうしたんだ?」
口にしなければならない。言いたくなかった。現実と思いたくなくて、実はそんな事ありませんでしたってなって欲しかった。
けれど、それはもう叶わない。画面を見つめても振っても結果なんて何一つ変わっていないし、僕の苦労と努力を露とした現実はそこにある。
「出なかったんだよ⋯⋯。欲しいキャラ⋯⋯」
「はて?手に入れれば良いではないか。欲しいキャラとやら」
「簡単に言うなー!もう回れる所は全て回ったし、ミッションも終わって、石の回収は済ませきってるんだよー!」
情けないぐらいの声を高らかに上げた僕。だけど、許して欲しいし文句も言いたくなってしまう。
既にやれる事は全て終わっている。そう、何もかも終了しているのだ。
全て使い切った上で尽きただけの事であり、編成画面に映る新規キャラ獲得に成功している人達を見ると、素直に思う。
データ破損しちまえと。
「大体何さ!ピックアップ排出率アップって!インチキ、嘘つき、干物付き!ピックアップキャラも装備も鱗片足りとも出なかったんだぞ!五百連だぞ!二千五百個の石が溶けたんだ〜。ゴミみたいにぃぃぃぃ〜!」
そう、排出率は驚異の二倍であり、周年という事もありキャラ強めでSNSの前情報でも長期間に渡って使えるキャラだと、その界隈では騒がれていた。
タンク、バフ兼ヒーラー、更には味方の撃破されても体力一残しで無敵十秒付与とかいう化け物仕様。
その相方のように排出される事になった復刻キャラも、まさかの攻撃値が大幅上方修正されてスキルの効果も強化されるという大盤振る舞い。
結果として、暴力の権化と化して敵を屠る役を担う事となったのだ。
当然、当てようとするじゃないですか。
けれど、出たのは全て過去の産物とインフレに置いていかれて後方で何気なしに手を振るキャラと煤に汚れて臭いだけのゴミ装備カード。
三パーセント、働けよと言うのは簡単だが、結局働かない三パーセント。
詐欺だ訴訟だ、実刑判決だと言おうとも企業相手に戦える力や財力やコネがある訳ない。
つまり実質、僕は三パーセントに負けた事になり、三パーセント以下の男という事になるのだ。
「⋯⋯そう落ち込むな。ゲームだけが全てでは無いだろ?それに、そのピックアップキャラ?とやらが出なくても、ゲーム自体は出来るんだ。遊べなくなるよりは幸運と思えば──」
「何言ってんだよシルティア!当たらないから遊べませんとか、企業に放火するレベルだぞ!当然な事を言うなよ。それとな、当たらなきゃ、他の人達に当たり前のように追い越されるんだよ!勝てないんだよぉ〜、ランキングの方が報酬上手いんだよ〜。あー!もう駄目だー!ギルドで馬鹿にされるぅぅ。見ず知らずのオッサンに罵倒されるぅぅ!」
テーブルに額を着けてあれやこれやと連想していく。まぁ、僕の場合、ギルドに貢献なんてミリ単位もする気ないから罵倒は常日頃の日常茶飯事なのだろうが、なんか知らない高難易度のミッション全部終わってるから凄い人認定されて留め置かれてる状態なのだ。
まぁ、異世界転生でもしないと、こんなの現実ではなんの意味も無い拙い称号なんですけどね。
「いや、そうとは限らないだろ?それに他のゲームで遊べば気も紛れるかもしれない。ほ、ほら!昨日私が眠気のせいでやるのを躊躇った奴をやろうではないか!相手になるぞ?」
その言葉は僕の目を見開かせた。昨夜の時点でやって欲しいゲームがあったのだが、彼女は辞退してしまったのだ。
僕も無理強いはしなかったし、構わないと思っていたが、こうなれば話は変わっていく。
「い、言ったな?二言は無いな!容赦しないぞ?」
「あぁ!君の相手になろう!」
まぁ相手するの、僕じゃないんだけどね。
パッケージを徐ろに見せたが、彼女はそのゲームのジャンルに気付かない。いや、知らないのだろう。
ゲームという言葉は知っていても、様々な構想によって区分けされた種類までは知らない。
家庭用ゲーム機にそのカセットを挿れて、起動を待つ僕とシルティア。
そして、ヌルヌルと動き始めるムービー。この時点で察しのいい人は気付くのだろうが、シルティアは知識がない故に気付かない。
シメシメ。そう思い、三十分経過した。
「キャァァァァァァァァァァァァ!コージ、どういう事だ!私は対戦のようなものと聞いていたんだぞ!」
「だから、幽霊と対戦してるじゃんか」
現在、半透明に白装束の黒髪の女性が浮きながら、主人公の女性に掴み掛っており、体力をゴリゴリ削っている。
チュートリアルだけは済ませている為、スティックを回しているのだが、おかしい。
既にコントローラーから嫌な音がしている。
「うぅ、見なくても出来る状態にしてくれないか?私は画面を見たくない⋯⋯」
「いや、視覚から来る情報を駆使してくれなきゃ、倒せないぞ?」
泣きそうになっているシルティア。目を閉じそうになって細めていく瞼。けれど、結局見えなければ状況が伝わらない為、イヤイヤに視界を広くしていく。
序盤はこの女性の幽霊と大量の幽霊に追いかけ回される為、逃げ続ければ自動的に次の章に進めるのだが、シルティアは一人幽霊が出てくる度に、身体がビクンと跳ねて、徐々に僕の方によって来る。
「もうヤダ!私は止めたい!」
スタートボタンを押して、一時停止して言うが僕はそれを許さない。
「二言は無いんじゃないの?」
「⋯⋯⋯⋯覚えてろ⋯⋯。ぐすん」
ちょっと頬に涙が流れたが、僕はそれをスルーした。鼻声になって、コントローラーを目元付近に持って行って、敢えてやりにくい状態で再開したシルティア。
そして、一時間半経過。
「うわァァァァァァァァァァァァァァァ!!コージ!コージ!何処にいる!⋯⋯君ィィ!何故キッチンに行ったんだ。私の許可なく行くんじゃない!」
「えぇ、折角飲み物持ってきたのに⋯⋯」
女性との戦闘があまりにも長い。逃げれば良いのに逃げずに閉じた出口に向かって一生〇ボタンを連打して、テキストが出てはダメージエフェクトが発生し、最後の最後に殺られる時に主人公を倒したそのキャラのドアップが映る。
これをかなり連続して見させられており、いい加減代わってやろうか。そう思っていたのだが。
「⋯⋯コージ、何時までやればいいんだ?何処までやればいいんだ?私ではなく、君がやってくれた方が早く進むだろ?代わって欲しいなら言ってくれ。何時でも、どのタイミングでも代われるようにする」
僕はその言葉で交代という選択肢は消し飛んだ。
というか、敢えて消して、僕のストレス発散の為にシルティアを使う事にしたのだ。
「いえ、まだ一章も終わってませんよ?半分も行ってませんよ?頑張ってとしか言わないから頑張って?」
そして、一時間が経った。
その頃、一章が終わって二章が始まり、憔悴しきり、泣き疲れているシルティアの背後に僕は立っていた。
応援も心の中だけに留めて、一人称視点で劣悪なカメラワークと暗闇でキャラの判別が困難という二重悪に苦しめられていた。
そしてイベントが始まり、一章に出会った白装束の女性の配下の人間と勝負する事となった。
この頃には、主人公は霊を退治出来るアイテムを入手しており、サクサクと進むとばかり思っていたのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
「ひぃ!!コージ!今、女の声がしたぞ?隠れているのか?何処に居るんだ!コージ、教えて⋯⋯コージィィイ!」
どうやら、僕がまたキッチンに行っていると思い込んでいるらしい。残念ながら僕はシルティアの背後に居る。
教えてあげよう。せめて、耳元で。
「ここだよ」
「ヒィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
僕の顔は、驚いたシルティアの後頭部によって叩き付けられてしまい、後ろにあったソファへと背中をぶつけられてしまい、天井を呆然と眺めてしまう。
それから五分、完全に泣いてしまったシルティアを慰める為、近寄って頭を思わず撫でてしまう。
それに気付いた時は、思わず調子乗った行動と見られかねないと思ったのだが、そんな事はなく、されるがままにされるシルティア。
「ううぅぅぅ〜〜。君は最低だ!軽蔑するぞッ!あんまりだ〜!あぁぁぁぁ〜〜」
「よしよし。すまん、脅かし過ぎた。」
「本当だぞぉぉ!!今まででもここまでの醜態を晒した事なぞ無かったのにぃぃ〜!男の子に泣かされたぁぁぁ〜!」
正直、僕が脅かす前には泣いてたのだけど、もう黙っておこう。
何かを言って、また一悶着は避けたい所でもある。
「⋯⋯うん。ごめんなさい」
(シルティア、気付いてないけど⋯⋯。さっき、握ってコントローラー潰したよなぁ⋯⋯)
僕は、幽霊よりもシルティアが見せた怪力の方が余程怖いと終わってしまう。
今、僕に泣き付いている彼女の手が僕の腕を簡単にへし折れると思うと、今すぐ離れて欲しいという気持ちともうちょっとだけこのままっていう気持ちがある。
僕はどうしたらいいのだろうか。
━ ━ ━
浩史がエルフに監禁されるまで、残り五時間。
海辺が近くにある大きな廃工場とその近くにある倉庫。錆が至る所にあり、人の出入りも無くなってから、数年は経過してしまったその倉庫にポツンと佇む人物が一人。
耳先が長く、肌が日を反射しているかのように白く、流麗なその様相は作り物のようなその人物は、金の髪に青の瞳のエルフであり、この世界の存在では決してない者。
服装も現代人から見れば、『変わった服装』とされるであろう、エルフ独特の民族衣装であり、白のインナーワンピースに足元まである緑色と白の刺繍が施された長い丈のローブに皮のブーツ。
ハッキリ言えば、この世界で異色の存在だと誰でも思えてしまい、見る者全てが容姿と合わさって二度見してしまうだろう。
そんな人物の手に持っていたスマホから大きな着信が鳴り響き、ビクリと肩を震わせてその画面を見る。
一つの着信画面にあたふたとするエルフ。慣れない手付きと動作で指をスワイプさせて、その通話を開始させた。
「もしもし。リディナ・ウーバル。煌構歴百三二年の、えーと⋯満日三の二十五巡の日。趣味は読書と木打ち。好きな食べ物は──」
『いや、いいよ!長ぇ!』
早口で荒い口調の男がリディナの言葉を遮った。耳から少しスマホの距離を離して、思わず画面を見つめてしまうものの、再度耳にスマホを当てて、気まずそうに口を開く。
「⋯ごめんなさい。電話って慣れなくて⋯⋯」
『慣れてる慣れてない以前の問題だろ、これ!!』
「そうなの?私には分からない感性だから⋯⋯。ごめん」
『はぁ〜。まぁ、いい。依頼の最終確認だ。予定通り、今日仕留めろ。なんだっけ?『紅閃姫』ってのをな』
『紅閃姫』という称号を聞いた途端に耳がピクリと動いた。そして、瞼を閉じた彼女は思い馳せた様子で言う。
「判ってる。私はこれでもあの子とは何度も死地で巡り会って、邂逅して、遭遇して──」
『どれも似たような言い回しだろうが!つか、どんどんランク下がってってる気がするしよ⋯⋯。兎に角、今日だ良いな!』
思い馳せていた回想はポキッと小枝を折られたように、中途半端な所で終わってしまう。
催促をする男の言葉に頷いたリディナは近くにあるドラム缶の上にある物を手に持って、慣れない口調で話す。
「うん。ところで、聞きたいんだけど」
『あァ?』
「貴方から貰った、この写真の彼女の横に居る男の子は誰?⋯⋯もしかして、依頼対象?」
それは、土曜日のある日のショッピングモールに映っていた映像を切り取った写真。
拡大して、解像度を限界まで上げた写っていたのは紅の髪をしている女性が微笑んだ様子で黒髪の男の子の手を取っている様子のものであり、一見すれば微笑ましいものではあるが、それに写っている背景は火に焚かれ、辺りが煤に汚れて燃えているショッピングモールなのだから、素直に笑えはしない。
問題はシルティアのみならず、その男の子まで纏めて写っているのがわざわざ選ばれて使われている事にあった。
わざわざ、二人の顔が良く見えるものを採用されているのに、意味深なものを感じたリディナが電話越しの男に尋ねたのだが、口篭る様子を見せて、反応に困るものであった。
『⋯⋯あぁ〜、そうなるのかな?』
「だったら、別でお金がいるよ?」
『がめつ!⋯⋯あぁ〜、その写真にいるガキはどうやら紅閃姫と一緒に暮らしてるらしい。⋯⋯というか、お前⋯⋯』
呆れた口調になっていく男。まだ何もしていないというのに何故そんな態度なのか、リディナは解らずに首を傾げてしまいながらも、男の言葉を待った。
『現地調査はどうした?してないのか?』
ほっと息を吐いたリディナ。ドラム缶の上に座ろうと手をドラム缶へと掛けて僅かに跳んだ彼女。
けれど、ドラム缶の軽さに思わず身体は前へと引かれるかのように進んでしまい、ドラム缶を片手で支えながらスマホを持っているという、異様な光景が出来上がった。
「私、その子供の、家を知らない。だからっ!⋯⋯行けない」
『マジかよ⋯⋯。つか何して⋯⋯。まぁいい、しっかりしろよ?テメェの成功によって、俺もお前もウハウハの可能性があるんだ!』
苛つきが徐々に募っていく男の語気の強まりにはリディナは気付かない。
一方のリディナはドラム缶の上に置いてしまっていた写真が落ちてしまった為、それを探そうとしゃがみこんで、辺りを散策している最中であった。
「判ってる。私達の一族は恩を返すの得意だから』
『⋯⋯頼んだぞマジで⋯⋯今日中だかんな!』
「うん、判ってる。それでその子供はどうすればいいの?」
『え?⋯⋯えぇ〜と。え?そっちが考えてくれんじゃないの?』
固まってしまった言葉を何とか絞り出すようにして紡いだ男だが、残念ながらリディナはそれを感じ取る事は出来ず、落ちてしまった写真を拾い上げて、手で払っている真っ最中なのであった。
「私、狩り以外出来ないよ?」
『なぁぁぁぁぁ!なら、監禁でもして、身動き取れなくすればいいだろうが!くそぉ!』
遂に限界に達した男はそのまま通話を切ってしまい、特に設定もしていないホーム画面へと戻されたスマホの画面を不思議そうに見つめてしまうリディナ。
「あの人、どうしてそんなに怒るんだろ⋯⋯。ここの世界の人って怒りっぽい?」
メッセージがスマホから送られてきた。
住所が記載されている文字の羅列とその住所を示すであろう地図機能を使った一軒家の写真が添付されているものである。
凝視して、頭にその文字と場所を叩き込んだリディナはスマホをドラム缶に置いて、呆然と別の事を思考していく。
『紅閃姫』との戦闘に備えたシュミレーションや身体機能の調子の確認などではない。
そう、もっと別で大事な事である。
「監禁⋯⋯。私って監禁した事ない。⋯⋯何が要るんだろう?お金?⋯⋯この世界の通貨なんて、ない」
そう、監禁についてである。監禁というもの自体は知っているリディナだが、流石の彼女も監禁の仕方は知らない。必要な道具も、何を警戒するのかさえ分からないのだ。
数分、考えた果てに彼女はスマホを持ってたどたどしい手つきでタップしていく。
そして、横髪を少し手でズラしてから耳にスマホをゆっくりと当てていくも、短いコールでその電話に出た為に慌てた様子で口を開いた。
「もしもし、リディナ・ウーバルです。生まれは──」
『くどいぞ?!何だよ!』
とんでもない声量にスマホを当ててた手は自撮りするかのように上げられて、片目を閉じてしまうリディナ。
思わずに高鳴っていく鼓動は自信でも想像していない事であり、胸元に手を当てて、呼吸を落ち着かせていき、数秒間を掛けて意を決したように口を開く。
「お金、貸してください」
『は?』
「だから、監禁にお金がいる。無いと、出来ない」
尻すぼみとなっていく声。けれど、その小さくなっていく声は当然男の耳にはしっかりと拾われており、荒い口調で語気が鋭く、鈍く重いものとなって返ってきた。
『⋯⋯冗談か?』
「冗談じゃない。私、監禁っていうのをよく考えたら、お金がいるって解った。物資はいる。それとも、監禁した子を殺すの?」
唸る声が聞こえてくる。その悩むような声に緊張した面持ちが離れてくれないリディナはただ黙る事しか出来ない。
『⋯⋯⋯⋯分かった⋯⋯。取り敢えず、いくら要るんだ?』
そして最後に苦い顔を浮かべてしまうリディナは想定外と言わざるを得ないようにアタフタとする。
大きく、錆びた倉庫の中でグルグルと辺りを回るように歩き出し、ブーツの靴裏は噛み合わないリズムを鳴らしていく。
(え?いくらっていくら?⋯⋯いくらあったら、監禁って成立するの?この世界のこの国は一万円っていうのが最も高い紙幣っていうのは判る⋯⋯。そうだ!おばあちゃんが言ってた言葉で確か⋯⋯)
まだ、リディナが子供の頃に教わったおばあちゃんからの言葉。受け売りながらもそれを活かして生きてきたリディナの方針を決める際のコンパスであり、指針でもある。
「百万」
『はぁ?』
「だから、百万⋯⋯。それだけないと、出来ない」
百万という額を揃える徒労と苦労はリディナには理解出来ていない。
ただ、おばあちゃんから貰った言葉通りにするとそうなった。それだけなのだ。
『一を貰おうとすれば百貰え』というその言葉は曲解と勘違いと間違いによって解釈されて、『一を百にする』というものへと変化してしまい、リディナは一万という額の百倍を要求してしまっているのである。
『おまっ。はぁ?百万?!はぁぁぁ?!なめてんのか?』
動揺が隠せない様子で声が上擦る男。それは男にとって百万というものが如何に大金かを知っている故に起こった咄嗟的な拒否反応にも等しい。
「じゃあ、監禁っていくらお金がいるの?教えて、ください」
対して、百万なんて額をロクに知らないリディナには、何がそれほど動揺する事なのか真に理解出来ておらず、訝しむような表情へと変わっていく。
『⋯⋯え?いや、えぇと⋯⋯。あぁぁっ!分かったよ!でも、百万は駄目だ!六十万⋯⋯せめてこれだ!』
「うん。ありがとう。それなら監禁できる。それで、お金はどうやって届けてくれるの?貴方、今離れた所に居るよね?」
『安心しろ。実は近くに居るんだ』
「なら、私の脚で行くよ。速いし。場所教えて?」
そうして、男から近場にある目印になる建物を教えて貰う。
行った事のない場所に道の土地、その名も日本。
リディナは意を決した表情で倉庫の外を見つめて言う。
「今から、向かうね」
通話を切った後、早歩きで倉庫の外へと出て、太陽の光を浴びて、目を細める。
見上げる事をせず、ローブに付いているフードを深々と被って建物の屋根へとひとっ飛びして、目的地へ向かって、一気に駆け出した。




