2話 我儘の一つも通らない同居ってなによ?
電気の類を一切付けられていない一室でモニター数台が金髪の女を怪しく照らす。グラフから算出されたデータと剣の長さとその効果。そして、その使い手の情報を見て、緑色の瞳をした目付きが変わった。
ショッピングモールの二階にある監視カメラの映像には、近くまで接近して、壁を使ってワイバーンとの距離をゼロにして翼を斬り落とす女の姿が映し出されており、紅の髪がイヤに目立つその人物を睨む女は、スマホを取り出して、何処かに電話をかけた。
一回目のコールでは何も感じず、二回目のコールで視線を逸らして、三回目のコールで舌を鳴らして、四回目のコールで貧乏揺すり。
女の機嫌が見て取れる程に、仕事用のヒールがタイルを鳴り続けられており、コール五回目にしてようやく通話に出た音が耳に届くと動きを停止して、その人物に言う。
「作戦の時間です。今すぐ来てください。これは、ミスター・バイザーからの指示でもあります」
女は作戦内容の説明、その目標。時間と期限の説明を取り急ぎ伝えて、僅か一分弱程して電話を切り、スマホを乱雑に机へと置いて、モニターに映る女性とその奥に居る豆粒程度の誰かを見つめる女。
「まったく。ミスター・バイザーも人使いが荒い⋯⋯」
目頭を抑えて、疲れを僅かでも払拭しようとする女は苦労人のソレであり、綺麗な脚に見せる為に履いているストッキングを脱いで、近くにある仮眠ベッドへと潜り込んだ。
「明日には、終わらせないと⋯⋯行けなくなっちゃう」
重くなる瞼を強く閉じて、眉間に皺が寄る表情は疲労が募りに募った表れでもあり、明日を憂うかのようである。
明日は日曜日。だが、女の休日はまだ先であり、嘆く暇はない。
眠気が女を谷底に落とすように、溜まっていた苛つきが小さくなっていく──筈だったのだ。
明らかに自身が居る建物が何かによって揺らされた衝撃と遠くから聞こえる爆発音が女の眠気を覚ましてしまう。
「なんなの!⋯⋯うぅ、これで四徹確定だったら、喚いてやるっ!」
ベッドから起き上がった女は急ぎ、手元にある護身用の拳銃を持ち、床をよく鳴らすヒールからスニーカーに履き替えて、警備システムを作動させようとする。
癇癪を起こしそうになる寸前となっている情緒をグゥっと耐えるように眉間に力を入れながら、パソコンのキーボードを叩いていく。
映るモニターの映像は十階のオフィスであり、二人の男が悠々自適に歩いているものの、長身で疲れ切った顔色を浮かべているノッポのような男と筋肉ムキムキな毛ダルマな男をこの建物で仕事をしている女からして見れば、この建物内で過去一度として見ていない。
けれど、後者の男の名前は女には分かる。分かってしまう。
一階正面玄関からのご登場でないのも、その男の【魔法】による恩恵がデカイ。
そう判断した女は爪を噛んで、睨み付けるようにそのモニターを見つめ続ける。
宣戦布告に来た可能性、計画の露呈、素性が露顕されてしまう危機感。
女に付き纏うのはそんなものばかりであり、目付きが鋭くなっていく一つの要因。
「仕方ありませんね。このクライチェル・オブリーガン。果たすべき事をするまでです⋯⋯」
覚悟を決めたような表情を浮かばせた女、クライチェルは銃口を足元に構えて唱えた。
「【鎖状の棺。必罰の味は蜜の味と知れ。流れる時を削がれる無慈悲さを汝に譲渡しよう。鎖柄の拘弾】」
グリップ部分からスライド部分に澄み渡るような水色の光が流れ込み、引き金を引いた瞬間、その水色の光は弾丸と共に床に打ち込まれる。
床に穴は空いていない。
弾丸はそのまま、真下に居る男二人へと、建物内を一直線にあらゆる障害物を通り抜けて行き、二人の男の足元に穿たれた。
毛むくじゃらの男が退避の意を紡ぐ前に、水色の鎖状の物が床から顕現し、二人へと巻き付かれていく。
「ん?!どういう事だ?何故⋯⋯」
クライチェルは違和感を感じてしまい、思わず言葉が漏れる。それは、決して自身にとっての損失や害のある違和感ではなかった。
それでも違和感を感じざるを得なかったのだ。
「何故、私の魔法に容易く嵌った?⋯⋯あの男ならば逃げ仰す事も容易の筈⋯⋯。何かある?」
クライチェルの知っている毛むくじゃらの男はこの程度では屈せず、恐れず、傷つかないという認識であり、男達に裏があると感じさせてしまう。
「今日、バイザーは帰ってこない。私一人でこの会社を守らなければ⋯⋯」
モニター越しの二人は抵抗を示さない所か、呑気に会話をしている様子であり、鼻についたクライチェルはモニターの近くにあるマイクのスイッチをオン
にする。
「貴方達、何故ここに?何用ですか?」
その声に反応するように毛むくじゃらの男が辺りをキョロキョロと見回しているが、ノッポの男が手で小突いて頭でスピーカーのある位置を差した。
すると、毛むくじゃらの男は懐かしそうな顔を浮かべて口を開く。
『おぉ!クライチェル・アーバン。久しいな!三年前のザンガスタン攻略戦で貴様が盗みに耽っている時以来か』
苦い顔を浮かべるクライチェル。
舌を鳴らして、再度モニターの男達を見るが、相も変わらずといった様子であり、鎖で拘束されているとは考えられないほどに平常運転なのだ。
既に名前と居場所が割れてしまっているのならと、溜め息を吐いてマイクに触れる。
「お久しぶりです。ガンガルド・リガステッタ。それで、何をしに来たのですか?わざわざ、馬を使って建物に侵入とは貴方らしい豪快さと無神経さですね」
『あっはっはっはっはっ!いやぁ、なに。実はな、バイザーの奴に一目あっておこうと思ってな』
クライチェルは目を細める。細めて最後には瞼は閉じられて、考え込み、口にした。
「バイザーはただいま留守ですが何か?」
間違った事は言っていない。何も嘘を吐いておらず、彼の所有物である建物を今は空けているだけで帰っては来る。
言葉に偽りはない。
『そうか。では、一つ言伝を頼みたい』
「なんでしょうか?」
『あまり、コッチで良からぬ事をしでかすな。そう言ってくれ』
「恐れているのですか?貴方程のお方が?」
『そうじゃない。警告という意味だ。嫌われ者の彼奴がなにかやらかす度に被害を被るのは何時の世も民という事を忘れるな。そう言っているのだ』
「⋯⋯。言伝は伝えておきましょう」
『うむ。助かる!では帰るとしよう。行くぞ、子坊よ!』
毛むくじゃらの男はなんて事の無いように鎖を引き千切ってしまい、ノッポの男を肩で担ぎそのまま背を見せる。
『【我が駆馬よ!顕現しろ。双龍殺しの大鋼三馬】ッ!』
吹き抜けとなってしまった十階の壁の外に風が吹き、炎が発火され、水が飛び散った。
建物が僅かに揺れて、それを呆然と見ているだけのクライチェルはその様子を最後までモニター越しで見ているのみであり、拳を握る。
そして、全長三メートルは下らないその三頭の馬の内の一体に二人は乗馬して、立ち去って行き、静寂が訪れた。
「⋯⋯はぁ〜〜」
力が抜け落ちて、膝から崩れるクライチェルは顎から落ちそうになる汗を拭う。
「カンガルドまで居るとは⋯⋯。あぁ〜、それにしても壁の修繕費がぁ⋯⋯、また、算出し直さなくっちゃ⋯⋯」
━ ━ ━
基本的に目が死んでいると学友から言われている僕、三崎浩史は人の死に目を目撃して、現在引きこもっている。
申し訳ないが、僕は屈強な強心臓の持ち主でもなければ、次の日になればケロッとしていられる精神状態でもない。
布団に篭ると落ち着くという訳でもなく、勉強机向かって座って、今日の昼頃の事が鮮烈に記憶されてしまった出来事を思い返してしまう。
けれど、判っている。何時までもこうではいられないという事と、彼女、シルティア・フォン・ユーベルアインが晩御飯を心待ちにしているという事を。
彼女は人の死にある程度の耐性があって、死地に赴くという事柄にも比較的に慣れている立場なのが、今の僕には少し辛いのだが、そんな事を言ってしまえば彼女の在り方の否定に繋がるとして口には出さない。
それに、生きているという事はお腹が空く事なのだと、僕は何かの漫画で教わった。だから、籠るのを辞めようと部屋へと出た。
やはり、空腹には勝てなかったのだ。
自室の扉を開けて最初に目に入ったのは、紅色の髪に、白い布で髪を後ろに括って、左胸に当てられた鋼の胸当て、白い衣と赤のインナーと黒いスカートに黒のタイツという独特の服装をしている女性であった。
「コージ、もう大丈夫なのか?」
上品な正座を何処で覚えてきたのだろうか。太腿に添えられた両手は握り拳で、心配の眼差しを僕に向けている。
「大丈夫⋯⋯じゃないけど、大丈夫にならないと。このままだと、ずっと篭っちゃうしさ」
「あまり、気にしすぎるな。君が悪いわけでもなければ、君では防ぎようがなかった事なんだ」
「ありがとう。シルティア⋯⋯。そうだ、ご飯一緒に買いに行かないか?シルティアもお腹空いてるだろ?」
「あぁ、君が行くなら、同行しよう」
それほど仰々しい身支度などは必要ない。
ただ、財布とスマホと家の鍵をポケットに含ませて外に出るだけ。
自宅から十分歩くだけで行けるコンビニに僕達は足を踏み入れた。
彼女には申し訳ないが、またパーカー着衣してもらい、ジャージを履いてもらった。
けれど、朝頃と明確に違う箇所がある。
それは帽子を被っている事であり、あのショッピングモールで購入した品であると同時に、彼女へ何も言わずにこっそりと購入した物でもある。
灰色のパーカーと黒色のジャージに渋い緑色の帽子を被らせて、涼しい夜風が吹く中、下り坂を下って行く。
「この街は夜風が気持ちいいな。⋯⋯お、アレか!?噂のコンビニというものは」
「別の世界でもコンビニが流行ってて僕も鼻が高いよ」
「私の世界では、聞き及んだ事がないぞ?」
「⋯⋯ちょっとしたジョークだよ⋯⋯。真に受けるな」
「ん?そうなのか?」
談笑は弾まなかった。それで会話は切れて、住宅街から外れていき、街灯がポツリとあるだけの道へと進み、走行する車の数は既にない。
「なぁ、シルティア」
「なんだ?」
「今日戦ったアレが魔物なんだよな?どうして現れたんだ?シルティア達もあんな風に現れたのか?」
素朴な疑問にも真摯に答えようとする。それがシルティアであり、彼女の売りでもある。
けれど、今回は違う。目を細めて考え込むようにして前を見続ける彼女の返答を僕は待つのみ。
「正直言って、私も忽然とこの世界に飛ばされたようなものでな。白い光が空から降って来て、気が付いたら⋯⋯瞬間的とも言えよう。この街に来ていたのだ。だから、あんな風に魔物が現れたのは正直、驚愕した」
「あぁいう感じに現れる事ってあるのか?」
「いや、あんなヒビの割れた空間も初めて見るものだ。それに魔物はここで言う所の野生動物のようなものだ。だから、あんな形で現れる方は見た事がない」
「なんだ、知らないのか⋯⋯」
「む!悪かったな、何も知らなくて」
少し頬を膨らませたシルティアは並んでいた列を崩すように僕の前へと歩いて行こうとして、僕はそれを追い掛けるように小走りになった。
「え?あ、おい!待て。ごめんって、シルティア〜。シルティア様〜」
何気なしに言った言葉だった。彼女は第二王女で、姫様で、由緒正しい王家の人間だと聞いていたから、そんな言葉を彼女に投げた。
彼女は動きをピタッと止めて、僕の方へと振り返る。
「⋯⋯君に、その呼び方はされたくはないのだが⋯⋯」
「え?なんで?」
「なんでもない。ただの我儘なんだ。忘れてくれ」
「なんでもないって事は無かったろ?おい、シルティア、待てって」
彼女が前に行く。そのまま、去ろうとしているように歩行速度。僕は、立ち止まってしまい、何も言えない。
こんな光景を以前に見た気がした。何かを言おうとして、それが迷惑だと思い、結局言わずに消えた背中を僕は何故か見覚えがある。
そう言えば、あの子は何処に行ったのだろう。名前も知らない、時に夢に出るけれど、行方もしれない、正体不明のお転婆なあの子。⋯⋯あの子?誰だ。
一台の車が僕の横を通り過ぎる。明かりが横切り、僕の影を移動させて、意識をハッキリさせた。
後悔したくないという原動力が僕の知らない所で生まれていく。
きっと、この先もそれに悩まされるのかもしれないが、ここで彼女の手にしろ脚にしろ、身体にしろ、掴んで話をしなければならない。
そんな予感に駆り立てられた僕は彼女との距離を一気に詰めるように全力で走って行く。
「シルティア!待って!」
手を掴んだ。傍から見ればセクハラ野郎か、変態だろうか。二十メートル程まで伸びてしまった距離を全力で駆けた僕の息は荒くなって、より変質者らしい感じに見えただろう。
急に掴まれた事でシルティアも驚いたように小さな声と様子で僕へと振り返る。
何かを言わなければならない。けれど、その言葉は中々に出ない。
やがて、肩から呼吸する僕を見かねたシルティアが膝を下ろして僕の顔色を窺いだす。
心配そうな顔色をしている様子が僕からも見える。
「はあ、はあ。⋯⋯言ってくれなきゃ、分からないんだ。僕は察しが悪いんだ」
「え?何がだ?」
「なんでもないって、はぁ、はぁ、ことは無いだろって事だ」
「君、そんな事の為に走ったのか?」
顔を上げて、腰を伸ばした僕に合わせるように、立ち上がった彼女。
腰に手を当てて、仕方ないと言いたげな顔色を浮かべていた。
「何かしたなら、謝る。けど、僕はシルティアの事をまだ、全然知らない。だから、お前が悲しい顔を何度もさせると思う。それを少しでも、無くしたいだけだ⋯⋯ゴホッ、ゴホッ!」
「落ち着け。私は別に悲しんでなどいない。言ったろ?我儘だとな」
僕には、少し悲しそうに見えた。あの時に振り返った彼女の表情は物悲しさを滲み出して、再度前を向く時にはそれを掻き消そうとするように瞼を閉じていた。
悔しいが僕は彼女の事を知らない。知らなければならないのだろう。
彼女の使っている剣の名前も、父親と母親の名前からどういった生い立ちだったのかとか、その結果、どうして今の彼女になったのかとか、様々。
彼女は僕が言うまでもなく、優しく、誠実で、気品のある存在だと思うが、同時に彼女の持つ欠点を補いたいとも思う。
同居生活って言うのは、そう言うものじゃないのか?違ってたら、恥ずかしいが、そういった助け合いなんだと思うし、僕はそうでありたい。
彼女が僕を切っ掛けで一緒に居るのなら、僕が彼女の負担を減らさなければ釣り合いが取れないというだけだ。
要は、僕の我儘で、彼女にも同様に。
「その我儘を言って欲しいんだ⋯⋯」
呆気に取られたというような表情を見せる彼女を見つめるばかりの僕。
腕を前に持ってきて、モジモジとしだした彼女は俯いて、上目遣いのような状態で僕を見つめて言う。
「⋯⋯良いのか?」
「っ⋯⋯あぁ」
それを聞いた彼女はどうしてか、嬉しそうに微笑んだ。その意味を今から知れるのだと思うと、自然と鼓動が早くなる。
いや、どうだろう。僕は存外単純だから、きっと嬉しそうな彼女を見ているだけで心臓が早鐘を打っているだけなのかもしれない。
それだけ彼女は、羨望にも似た笑みを浮かべていたのだ。
「その、君とは⋯⋯対等でいたい。そう思っているんだ。⋯⋯駄目か?」
「対等?」
「恥ずかしい話だが、親しい友人が居なかったんだ。慕ってくれる者は居ても、対等な者が居なくて、少し憧れのようなものがあったんだ」
つまり、友人が欲しかったという事だろうか?
だとすれば、僕は彼女に対して、お嬢様呼びしたのはかなりの失言に近かったのかもしれない。
「そういう事か。⋯⋯シルティア、ごめん」
「⋯⋯駄目か」
「いや、違う。知らずに言ってた事に対して謝ったんだ。別に対等でありたくないとかそういう事意味で言った訳じゃない」
「⋯⋯じゃあ、良いのか!」
「当然だろ?」
「ありがとう。感謝するよ」
僕は彼女に命を救われた。友人ぐらいなってならなくてどうする。
彼女の苦しむ姿を見るのがもどかしくて、痛ましいと思えば思うほど、僕は彼女を助けてやりたい。
烏滸がましいと言われればそうかもしれないし、図々しいと言われればそうなのかもしれないが、僕は彼女が望むなら、そうありたい。
僕と彼女は歩く。同じ歩幅では無いから、僕が合わせるように歩いて、そうしている僕自身が誇らしく感じられる愚か者。
つい先程まであった不安感は消えて、今では彼女の横に居れる事が嬉々として満足している。
「アッチだと、お嬢様らしい振る舞いってやっぱり必須だったのか?」
「あぁ。向いていなかったのは自覚していたが、産まればかりは変えられない。納得させて無理矢理作っていたが、今になって思えばそのせいなのだろうな」
僕は彼女の世界を何も知らない。知らずには語れない。
魔物と呼ばれる存在もそうだが、僕は知らなければならないとそう思い、彼女に質問を投げていく。
コンビニに行けば、きっと彼女は商品に目移りして、僕はそれを邪魔しないように言葉を投げるタイミングを自ら捨てるだろうから。
「第二なんだから、姉さんとか兄さんとかいたろ?その人達とは対等じゃないのか?」
「立場だけ見ればそうだが、継承権争いで皆が皆、躍起になっていて私もそれに巻き込まれてな。結局、姉妹らしい会話は大して無かったよ。家族の筈なのだがな⋯⋯だから、驚いたよ。アチラの民達の兄弟姉妹があれほど仲睦まじいものとは。正直、ショックだった」
自身の家と他人の家の関係性の違いというのは何処でもあるものだと思う。僕だって一人っ子ではあるが、やはり家族が居ない事が尾を引いているのだろうか、一人っ子でも家族睦まじい光景をみると、兄弟が居ればとか、親が居て良いなって気持ちにならない訳では無い。
「それでも、あの人達は私の姉で、妹で、何時かはと、納得させてた。気付けば、私には対等な友人は居なかったし、作る暇がなかった。下手なのだろうな。人付き合いというものが⋯⋯心底」
「なら、僕が友人一号なのは幸いだな」
「え?」
「シルティア。僕はお前を贔屓しない。駄目な事なら当然のように叱るし、僕も我儘を言う。だから、お前も僕にそうしたらいい」
「⋯⋯あぁ。そうするよ。だから、君もお嬢様呼びは止めてくれ?」
「最初に名乗ったのはお前からだったけどな」
「ん!だから、我儘だと念押したんだ!君はイケズだぞ!」
「知らなかったのか?僕は人付き合いにおいて適当でイケズなんだ」
「そう返すか⋯⋯。なら、私も遠慮なくいかせて貰うぞ!」
イジける訳ではなく、多少ムスッとした様子が窺えるその仕草は可愛らしく、圧のようなものは感じられなかった。
「ありがとう。コージ」
小さく呟いたその言葉は聞こえないふりをして、コンビニに辿り着いた。彼女が嬉しそうに商品を見渡して、アレやコレやと騒がしくなる時間が訪れるのだ。
けれど、シルティアは勘違いをしている。
感謝は僕の方なんだ。僕は孤独が嫌いな訳では無い。一人で居たい時もあって、学友も居て、コミュ障なつもりも無いし、それを盾に使って自己防衛する奴とは違う。
それでも、お前が居てくれる事がどうしてか、心の底から嬉しいんだ。空いた穴を埋めてくれるように、僕は満足しているんだ。
━ ━ ━
実に三十分もの間、シルティアは並んだ商品を手に取り、悩ましい表情で見比べていた。
僕は優柔不断な側ではあるけれど、揚げ物は当分の間は控えたくて、ボンゴレと名が冠されたオイル系パスタをカゴに入れて、彼女の選ぶ商品を待っていたのだが、これがなかなかに長い。
結局、三択まで絞らせて、賞味期限が迫った商品から順番に食べていけば良いとなり、麦茶のティーバッグをカゴに入れて購入した。
そして、帰路に着く頃には待ち遠しいのか、軽くステップを踏んでフローリングを歩いているのだが、彼女の元居た世界はどれほど貧困に喘いでいたのだろうか。正直、あまり想像したくはないのだが、怖いもの見たさで聞きたくもあった。
「なぁ、シルティアの世界って、食料難って話だが、どのぐらい酷かったんだ?」
「ん〜、簡単に言えば、この世界の百円で買える物が八百円で購入しなければならない程の高騰具合で、金策が魔物討伐と魔道具作成で賄われていたぐらいだな」
「ん?八倍は中々でツッコミたいところだけど、魔物討伐って儲かるのか?」
「儲かるぞ?ただ、私達のような王家直轄の騎士団隊が国付近の魔物を狩り尽くしているから、基本依頼は遠出のものばかり。費用が嵩んで行き帰りの危険性が常に付き纏うから、かなり優秀な者しか討伐依頼は受けないな」
「はえ〜。因みに今回のワイバーンのレート帯はどのくらい?」
「アレは一体、五百ユルカ⋯⋯ここだと、一万円が五百枚分かな?」
「五百万円!?」
あんなに呆気なく倒してしまったワイバーンにそれほどの価値があるなんて、信じられない。
驚きで目を丸くしている僕だが、彼女は補足のように語ってくれた。
「あぁ、希少性が売りだからな。アイツらは暑い時期に食糧を巣に集めて、一年を過ごすんだ。繁殖期こそ少し寄り道するが、基本的に巣もマチマチだし、人里に降りないからな」
つまり、アレだ。僕が金稼ぎをしたい時は彼女の情報通な要素と顔負けの実力を駆使してワイバーンを数百体ほど駆逐してくれればがっぽり稼げるのでは?
「シルティア。ちょっとその身体使って、大儲けする気はないか?」
「君、私に何させようとしてるんだ?私は金儲けの道具じゃないぞ?」
この時の僕は気付いていなかった。魔物は死ねば塵となり消えるというのに、何故肉が手に入る仕組みなのかを。
「駄目か。まぁ良いや。あ、はい。お望みのお弁当だ」
「はぁ〜!来たぞ!コージのも早く温めるんだ。一緒に食べよう!」
彼女が購入した弁当の一つはアジフライとタルタルソースが乗った海苔弁当であり、素直に美味しそうだった。
「はいはい。電子レンジは精確さが売りなんだ。勘弁してやってくれ」
「この世界はほんとうに魔境だな。私のキャラが食いしん坊キャラになりそうだ!」
「護衛から食いしん坊にジョブを変更したらどうだ?無料だぞ?」
「むむ!それは嫌味に聞こえるぞ?私は食いしん坊では無い!美味しい料理があって、それが目の前にあれば食してしまう、ごく普通の感性だ」
「お前、よく毒殺されなかったな⋯⋯」
「人気だったからな!姉上と妹よりも」
理由になっていないようにも聞こえるのだが、一旦は無視しようとする僕は、それよりも気になっていた彼女の姉妹について聞いた。
「へぇ〜。まぁ、美人さんだしな。確かにモテそう」
「ふふん!まぁ、姉上の方が綺麗な方で、妹は可愛らしい奴だったが、私も負けていないと自負している」
その膨らんだ胸を高らかに強調する彼女はそれはそれは自信ありげで、正直羨ましいまである。
何せ、僕は知っているのだ。
自分に持っているものは、誰かも持っているという事、それは特別ではなく、当たり前の事なのだと、齢十歳辺りで察してしまった事にある。
とはいえ、僕本来の気質の問題もあるのだろう。
彼女のその自信は僕には眩しくも思えた。
「その自信を分けて欲しいもんだ」
「あげても良いが、返してくれ」
「そんな能力はない。一生涯使い潰すつもりだ」
どうせなら死んで墓まで持っていくまである。
僕は手放さないぞ!
「なら、その与えた自信で私になにかを返してくれればそれで良い」
「無理難題を仰る⋯⋯」
返せる物が無い。命の価値からして彼女の方が高そうなのに、ミジンコ程度の僕の命では流石に賄えない。
剣舞で見せれば満足するかと考えてたが、そもそも剣を振るう段階である程度時間が経って、最後には脚に刺さっていそうだ。
(あれ?ひょっとして僕は何も出来ないのではないか?)
電子レンジを眺めながら、そう思っている僕だったのだが、彼女がテレビ側へと向かいだして、僕は思わずそれを眺めた。
立ち止まったのは、テレビ台の横にある縦長で横幅があまりない引き出し付きの本棚であり、そこにある本を一冊、手に取る。
漫画かとも思っていたが、そうでは無い事はシルティアが本を開いた時に理解する。
「そう言えば、私も気になっていたのだが、君は料理をするのか?今日は叶わなかったが、魚料理をするとか言っていたし」
「あぁ〜、普段はしないんだけど、気が向いた時にな」
「私も君の料理を食べてみたい。今度作ってくれ」
「良いけど、何かあるのか?食べたいメニューとか」
「ちょっと待ってくれ」
急ぎダイニングの椅子まで戻ると机にその料理本を置いて、ペラペラと捲っていくシルティア。
本の中身が半分程過ぎても決まらないようで、手に顎を乗せて、考える素振りをしており、首を傾げている。
「うーん。悩むな⋯⋯。このグラタンというは牛の乳を使うのか⋯⋯。大丈夫か?虫が入っていたりとかは⋯⋯」
「入ってねぇよ。日本の衛生管理舐めるな」
どうやら、シルティアの世界であったのであろう。
確かに多少のトラウマを残すかもしれないが、一緒くたにしてくれては困る。
我が国日本は世界から見ても、無駄なぐらい、料理に煩いで評判だぞ?それなのに、虫なんて入っていたら、良い笑いものだ。
「では、このハンバーグというのは?寄生虫がいる可能性はあるのか?」
「入ってない。菌はいるだろうが。焼けば死滅するし、人間の腸内活動が頑張ってくれる」
「な、なるほど。で、では!このオムライスはどうだ?米を使っているのは分かるが、赤いぞ?人の血でも違ったのか?それとも、これを作った人間が怪我をしたまま料理してしまったのではないのか?」
どうして人の血液が付着した料理を料理本に載せられるんだろうか。シルティアの国ではそういった事が頻発しているのか、現物を確かめるまでは信じられない慎重派なのか。
いずれにしても、この嫌な評価は撤回させなければならない。
今後、彼女が安心して僕の料理を食べる時の為に。
「いや、普通にケチャップ使ってチキンライスにしてるだけだ」
「チ、チキン、つまり鳥だろ?!た、卵も、鳥なのにか?!作ったヤツは鳥に恨みでもあったのか?」
「いや、多分、他の食材使うよりまとめて鳥を使い切りたかっただけだと思うが⋯⋯」
日本発祥の食べ物一つで、日本人を敵に回すかのような言い回しをするシルティア。
とは言っても、オムレツと米をごちゃまぜにしたのが始まりなのだから、日本人のなんとも言えない性格が出たのだろうと、僕は考える。
お茶漬け然り、カツ丼然り、融合からのアレンジ精神の賜物であろう。
日本人は米に飢えていると言う、いい証拠だ。
「な、なるほど⋯⋯。よし、私は豚バラと玉ねぎの炒め物にしよう」
「わかった、わかった。でも、買ったコンビニ弁当はちゃんと食べてからな?」
「分かっているとも。任せておくんだ。必ず、君の料理の為に食べきって見せよう!」
「自分の為に食いなさい」
こうして、僕とシルティアは弁当とパスタをお互いに分け合いながら食べた。
幸せそうに食している彼女を見ていると、僕が作る料理の不安が募ってきてしまうのは、言うまでもなかった。




