13話 二人の話で一人の話題
遅れました。ドラマにハマって更新が遅れてしまいましたが、私は謝りませんごめんなさい。
胡麻の香りが漂う冷しゃぶサラダに味噌汁が今日の夕食のメニューであり、焼く、炒めるが基本的な豚の調理を茹でた上で食べるというのは、舌鼓がまた違って盛り上がった。
「肉というのは焼くだけではない⋯⋯勉強になる」
キャベツと胡麻が効いたタレ、煮た豚肉を口に運びながら感慨深い物言いをするシルティアだが、それを聞いた浩司を除いたエルフのリディナは耳をピクっと動かし、真正面に座っているフィローネは眉を上げる。
「え!?【紅閃姫】〜。君、料理なんて丸焼き上等じゃないのー?」
「うるさいぞ。私だって料理ぐらいする」
「紅姫はパンにチーズとケチャップを乗っけて焼く。これを料理と言う」
彼女らの世界にチーズ、ケチャップといった食品があるかは知らない浩司ではあるが、会話が弾む予感を感じて、隣に座っているフィローネ、目の前に座っているリディナ、斜め前に座っているシルティアを交互に見る。
しかし、温かく白く染まった白米と不用意に盛った冷しゃぶを見つめると、三人には目もくれずに急かしたように口へと含む。
空腹は最高のスパイスを体現したように、大盛りの白米と冷しゃぶを咀嚼し、幸せそうな表情を浮かべた。
「それどうなのさぁ〜」
リディナの攻撃に対してフィローネは意気揚々と援護射撃をする。
すると、人数的に不利であり形勢逆転が不可能と判断したシルティアは斜めに黙々と箸を進めている浩司へと唸り声を上げながら視線を向けた。
「コ、コージ。支援を頼む」
弱々しく儚げな声に浩司は箸の動きを止めて、救援を求むシルティアの顔をジッと見つめた。
「⋯⋯なんだ?コージ⋯⋯顔に何か付いてるのか?」
「いや、可愛いなぁって⋯⋯。だから、支援を拒否する」
この男、鬼である。嬉々として表情には決して出さず、内心では狼狽えるその様子を肴に飯を口に運ぶ鬼畜と化していた。
一方の彼女は、助け舟が来るとばかり思っていた為、突然の賛美と思わぬ支援拒否の理由に一時的に思考はショート。
再起動後、改めて伝えられた内容を思い返して顔を赤くする。
「なっ!」
「紅くなってる!可ッ愛いィ〜」
「うぐぅぅ。言わせておけば〜〜っ」
ニヤケ顔は止まる事を知らないようであり、フィローネの軽佻浮薄な態度であり、何時もなら厳しく非難するシルティアではあるのだが、今回は顔から火が出る程の羞恥心に苛まれてしまい、落ち着かない様子を見せてしまう。
(ほらやっぱり可愛い)
テーブルの真ん中に置かれている冷しゃぶ。
浩司の箸はその冷しゃぶへと進もうとするも、斜め前の赤らんだ表情を見て手の動きを止めて見入っていた。
そんな彼女を見つめていた浩司は口にはしないまでも傍から見ても分かりやすく、分かりやすい故に、箸で掴もうとする豚肉とキャベツを真正面の人物により猛スピードで掻っ攫われてしまった。
「貰い!」
「あ、リディナ!」
「コージ、戦いとは常に皿と箸で決まる。私の勝ち」
キャベツ増し増し、肉少なめ。
お年頃の十四歳の女子は、脂身よりも食物繊維。
至福のひと時を噛み締めて味わうリディナを呆れた視線を向けた浩司は、味噌汁が入った椀を持つ。
「僕が用意した箸と皿で、何申してるんだって言ってやろうかな」
自信なく小言を呟いた浩司はジト目で目の前の人物を凝視する。
当の本人はそれに気付かないし、気付いていても何も思わなければ、何も言わない。
「言ってるよー?」
だが、その一部始終を興味深そうに見ていたフィローネは違う。
考えた事は比較的に口にして、思い至った事は容赦なく実行に移す。
だから、お隣に座っているからこそ聞こえてしまった小言にもバッチリ反応するし、不服そうな視線を向けられてもケロッと、サラッと流せてしまう。
「ところで、フィローネ。その服はなんだ?何時もの仰々しい格好とは違うようだが?」
「今更〜?ふふふ。私ぃ、じ・つ・は〜」
あざとさを滲ませる口調に鼻についた様子を見せるシルティアは目を細めて催促を促す。
それを理解したフィローネは目を煌めかせながら箸を浩司の方へと指し示した。
「この子と同じ学校に通ってるんだよ〜。最高でしょ?栄光でしょ?光栄でしょー!」
浩司は向けられた箸を掴んだフィローネの手を掴み、強引にフィローネの方へ向ける。
抵抗を見せるフィローネは踏ん張った表情で箸を浩司の方へと向けようとして、無駄な小競り合いが始まったが、正面に座っている二人には関係がない。
「⋯⋯⋯⋯どんなズルをしたッ!」
一度フィローネの施したであろう方法を頭の中でパズルのように組みあげようとするも思い浮かばず。
右手に握られたフォークをわざわざ丁寧に茶碗の上に置いたシルティアは前のめりになってフィローネに問い詰める。
「ズルい、私も行く。コージ、私も学校に明日から行くから準備しておいて」
対抗心を燃やして、強請るリディナ。
流石にそれには異議の申し立てをせざるを得ない浩司はリディナの方へと視線の舵を切る。
「君、無茶言ってない?大体、お前だって免許証あるだろ?」
「ええ?!放浪ちゃん、免許あるの!?嘘でしょ?」
「ブイ。私は大人」
人差し指と中指の間隔が埋まったり離れたり。
優越感が心を埋めて、誇らしげな彼女ではあるが、当然免許証なんてものはこの世界の物であり、彼女達の世界の物ものではない。
ましてや、他人の力を借りて得たもので免許証は純度百の偽造。
百カラットの宝石も蒼白して、光沢度も下回り過ぎて干からびるレベルだ。
そんな真っ青な地雷案件で誇らしげにするのは本来おかしな話ではあるのが、今の彼女にはそんな事を言っても耳から耳へと通り抜けるだけであろう。
「十四歳が大人かぁ〜。ていうか、あっちの世界だと何歳から成人扱いなんだ?」
「んん〜。私の国はエイティ〜ン!この世界と一緒、お揃いだねぇ」
目元にブイサインを横にしてポーズを決めるフィローネは陽気である。
「それ二だ。せめてこじ付けで三にしろ」
「私の所は十五歳だ」
「へぇ〜、早いんだな」
「あぁ、前までは二十歳だったんだが、『バルファザル王国』に昔即位していた王が十五歳の子と婚姻を結ぼうとした際に、慌てて改正したらしい。間抜けな話だがな⋯⋯」
二十歳から打って変わって十五歳で成人となれば、かなりの混乱はあったろう。
子供達からすれば大人の仲間入りが早まり、大人として負うべき責任にも早くに向き合わなければならなくなる。
王国主義の闇を垣間見た浩司は意図せず眉を顰めてしまう。
「愛だね!」
「いや、強制かもよ?」
「夢が無いねぇ〜、君」
肘を腕に軽く突くフィローネ、そんな調子の良いお隣さんを横目で見る。
嘲笑した口調、声色、物言いであるにも拘わらず、その表情は何処か投げやりにも似たものであり、笑みのようなものは浮かんでおらず、浩司は瞬きをしてしまう。
フィローネと視線が合う浩司はその含みのある表情を問い詰めるかどうかを思考する。
「──放浪ちゃんは〜?」
しかし、逃げるように会話の主導権を握って、リディナに会話をバトンタッチした。
それが『触れるな』というサインである事は言うまでもなく理解した浩司は、リディナの方へと視線を向ける。
「私の里は十四歳から森に生息してる黄金のリスを捕まえたら認められる」
「リスゥ!え、リスを捕まえたら成人なのか?!」
「うん。キンキラだよ!この世界で言ったら春にしか現れない希少魔物」
両手でその希少魔物の大きさを表すように広げる。
両手の間隔は大体五センチ程度。浩司はリスを直に見た事もなければ、普段からネット検索で大きさを確かめる事もしない為、それがこの世界のリスと比較して大きいか、小さいかの区別がつかない。
その為、首を傾げて脳内でイメージしていくしかなく、瞼を閉じた。
「見つけた次の日に私は風邪引いたから、アレは疫病神だね。間違いない」
感慨深そうに腕を組んで、数度頷く素振りを見せるリディナ。
(感染症とかウイルスじゃねぇだろうな⋯⋯)
相当レア感のあるリスであろうと、野生である事に変わりは無い為、思わず怪しんでしまう浩司。
ありがたい存在ならば申し訳ないと思ってしまい、口にしないように左手に持っていた椀を口元に運んだのであった。
盛られた皿が全て平らげられたのは、十九時半を過ぎたばかりの頃。
「はー美味しかった。ありがとうねぇ、ご馳走になっちゃって〜。まぁ、払ったの私だけど」
礼儀正しく手を合わせたフィローネがわざとらしくテーブルを囲んでいる三人にも聞こえるように口にして、横目で浩司を見つめてみせる。
「ご馳走様。ふぅ、何か雑音が聞こえたが、まぁいいか」
「ちょっとー!雑音って何さ〜、雑音って!」
「僕はちゃんと礼を言ったぞ?五回ぐらい」
「三回だよ?」
「細かい⋯⋯」
一息つくように息を吐いたシルティア。
先程までは皿や椀とテーブルの上へ向けた視線が多かった彼女だが、それも今は真正面に居る人物のみを一点に集中するばかり。
切り替えの早いは彼女は食事中、盛り上がりを見せた際の表情とは違い、真剣な眼差しを向けた。
「さて、フィローネ。真面目な話だ。貴様、何故コージの通う学校に来た?」
シルティアからすれば、何かあると勘繰り出すには充分過ぎる理由がある。
敵である事、命を狙われた事、見知った存在故に脅威に感じている事──たとえ夕食を共に囲もうともその過去は消えず、魔女と冠された目の前の金髪縦ロール少女に油断は出来ない。
そんなシルティアとは裏腹に、相も変わらず軽い物言い、陽気に、そして僅かな妖艶さを漂わせながら、考え込む素振りをみせた。
「う~ん、この子にも言ったけど。私はね、自分のした事が無駄になるのって好きじゃないの。現に君達、学校に来れないでしょ?だから──」
「だからと言って何故学生なんだ?職員という手もあったろう」
「それは⋯⋯。まぁ、私の趣味かな?」
「趣味で学生?!お前、えぇ⋯⋯」
呆れた態度になるまでにそれ程の時間は有しなかった。
趣味で学生なんて浩司も当然聞いた事がなく、苦い顔を浮かべてしまい、空気が変わった事が誰の目から見ても明らか。
そんななんとも言えない空気を醸し出した張本人は、最も呆れてしまっているシルティアの顔を覗き込むように少し身を乗り出し、口角を上げた。
「駄目ぇ?」
シルティアにはフィローネの思考が掴み取れないでいる。
全ての人間の気持ちや思考が分かるという程、機微が敏感という訳でも、読心術の類は一切持っていないシルティアではあるが、それなりに察する事も考える事だって出来る彼女には、目の前に居る魔性を煮詰めた魔女を相手にその懐が全く探れないでいた。
掴ませないように敢えてしているのか、本当に素で掴めないようなのか。
その真意も当然分からない。
「私は賛成。紅姫は解ってない。胸はある癖に脳みそがない。私とは大違い」
睨みつけるような視線を向けてばかりのシルティアだったが、隣に居るリディナによる罵倒が籠った台詞にも視線は揺るがない。
浩司はそんな二人の様子を不思議そうに見つめるばかりである。
「言っていい文句といけない文句の差も感じれないのか?ペタンコ」
「ぺ、ペタン⋯⋯っ!うぅ」
「あ〜あ、【紅閃姫】が放浪ちゃん泣かせちゃったぁ〜」
「わ、私が悪いのか?」
それはリディナ、フィローネに向けられた言葉であると、浩司も理解していた。
「いや、どう見てもシルティアよりリディナ、お前が悪い」
しかし、そのままシルティアが悪いという流れが出来上がるのは癪に障ってしまい、思わず早口ながらにリディナを見て言ってしまう。
それが功を奏したのたシルティアは、食後初めてフィローネから視線を移して浩司へと向いた。
「だろ!?私だって被害者だ」
「コージ、酷い。女の子が泣いてるのに、慰めてくれない⋯⋯。ドイヒーだよ」
シクシクとわざとらしく目元に手を当てがって俯いたリディナは、嘘泣き選手権ではドべを賞するものであり、とてもではないが同情的になれるような雰囲気は掻き消されてしまっていく。
夏頃に蝉の鳴き声が耳に伝わり、夏を感じていたら突然犬が耳元で泣き出したようなものだ。
はっきり言えば『煩い』の一言に尽きて、嘘泣きのボリュームは上がり続けていき、終わりの見えないハイボルテージ。
そんな部屋中にエコーが奏られていく中、始まったよとばかりに呆れた表情をしてしまうシルティアと嘘泣きに対して音頭でも取ってやろうかと手を構え始めたフィローネの二人と相反して、立ち上がった浩司は四人分の皿をリディナの方へと寄越した。
「はい、リディナ。皿洗いするぞ」
「⋯⋯⋯⋯ドイヒーだ」
鳴き声は一気に沈んだ。涙は流れておらず、頬が赤くなってる訳でも破顔した様子もないリディナはそう呟くと立ち上がり、先にキッチンへと向かった浩司の後を追う。
蛇口のハンドルを左へと上げて、シンクの中に放り込んだ四人分の皿が湯で浸るのを待つ浩司は、何気なしにリディナに聞いた。
「リディナ、お前どうしてそんなにシルティアに対して当たりが強いんだ?」
出逢ってまだ二日三日程度だが、明らかにリディナはシルティアへの当たりがキツイのが分かる。
身体的特徴を敢えて口にして侮蔑して見せたり、何かしらと比較してムキになったりと、年相応と言われればその通りだが、浩司にしてみれば妖精人がどういった人種なのかを知らなければ、リディナ本人の事を理解しきれていない。
時間を重ねればその霧がかかったようなリディナのひととなりは理解出来るようになるだろう。
しかし、忘れてはならないのは彼女は条件付きでの同居であり、目的を達成すれば去る事が決まっているのだ。
その時期がいつ頃かは浩司もリディナもまだ把握出来ていない中、浩司ただ一人が何か焦ったように口走る。
「何となく⋯⋯とか?」
「アレか?お国の姫様だからか?」
「昔の馴染みで馴れ馴れしく言っちゃうだけ」
「そっか」
馴染みと言われればそれまでだろう。シルティアにしか知らないリディナが存在しているように、リディナにしか知らないシルティアというものが存在している。
昔というのがどれほどの時期を指すのかは浩司は聞かなかった。
その訳は自身でも分からず始末でいる。
「⋯⋯怒らないの?」
訝しんだ浩司の表情を見上げるようにして覗いたリディナが恐る恐るといった様子で聞いた。
「なんで?僕はお前ら二人の世界の事を口頭でしか聞いてない。僕は二人とは違う関係性で良いと思ってる。二人には二人の関係を作ればいいし、酷すぎなければ良いとも思う」
当たり障りがない解答であった事は浩司自身が最も理解していた。
「違う関係?私とコージは?」
リディナの声色は多少なりとも興味に釣られた魚のようなものであり、か細いものであったが青の瞳は煌めいている。
スポンジには泡が覆い尽くされており、タレが付着した大きくて丸状の皿を擦り合わせる浩司は、その瞳を見逃さない。
その羨望にも似たリディナの表情を傍目から覗き込んだ。
「⋯⋯人質と誘拐犯?」
「それは終わった」
(あ、そうなんだ。そうですよね)
既に終わった話として処理された関係。
人質と誘拐犯なんて危なっかしい関係をシュレッダーに掛けた覚えもない浩司なのだが、リディナが勝手に済ませたらしい。
まだ最近過ぎたばかりの関係性。新しい関係とはどう構築していくものか、考えるばかり。
シルティアの時とは訳が違う。彼女とは曖昧な関係から始まり同居人となった。
浩司は考える。考えて得た答えは──。
「同居人⋯⋯とか?」
結局同居人であった。現在進行形の関係を口にするだけに留まるのみ。
「同居人にもいっぱいある。それに私とシルティアもどっちも同居人だよ?」
(それはそうだろう⋯⋯)
シルティアと同等の同居人という立場は気に食わないご様子のリディナはひたすらに浩司を見つめるばかりである。
そんな彼女を宥める術を知らない浩司は唸るような声を微かに上げた。
「じゃあ、僕とどんな関係になりたいんだ?僕は言ったらアレだが、かなり受動的というか〜、流れのまま、なぁなぁで生きてるからさ」
自虐のつもりはないのだが、どうも自虐地味た物言いに聞こえてならない言葉を吐いた。
全ての皿を泡まみれにした後、蛇口のお湯を皿に浴びせていく。
「⋯⋯恋人とか」
耳を疑い、気の所為かもしれないと堪らず隣で湯を皿に浴びせていくリディナを見ると、頬が赤くなったのを確かに確認出来た。
長い耳がピクッと数度動き、分かりやすく照れているのだが、言われた当の本人は突然のムードなし、ドラマなしに告白にされた事によりなんとも言えない表情を浮かべてしまう。
「気が早いな。僕はいつリディナの好感度メーターを振り切ったんだ」
何よりも、好感度イベントなんてものは一つも達成した覚えもなく、殆ど流れるがままに同居を始めた為か、動揺が多分に募っていく。
「私は君みたいに、頑張ってる人は⋯⋯好き」
絞り出したその声は羞恥心が滲み出ており、洗われた皿を浩司に渡す。
皿を乾かす為、食洗用のカゴに立て掛けた浩司は淡々と腕を動かしていく。
「まぁ、まずは友達からだな」
「恋人」
「出逢って二日経って、恋人は気が早いぞ?」
「⋯⋯そうなの?里だと、割と速攻だったんだけど、ここじゃあ違うの?」
衝撃の事実が発覚──というようなリアクションは浩司にはなかった。
耳が長く、金髪青瞳に十四歳にしては美人寄りなその顔立ちとスタイル。
人とは違う異様感は確かにそこに有るのだ。
だからこそ、冷静に異文化交流に勤しむ。
「違うな。まずは人柄を知ろうとしたらいいさ。僕だって、毎日同じ対応をするとは限らないし、努力しない日もある。基本面倒臭がりだから余計にな⋯⋯。だからまずは見て知って欲しいかな」
「⋯⋯じゃあ見て、判断する」
「思ったけど、お前の言う恋人って、結婚前提じゃないか?」
「うん。婚姻の契り=恋人だよ。里だとそれが普通」
妖精人の里はエネルギッシュかつ、速攻即決を絵に書いたような交際が主流。
シルティア達の居る世界が広いのか、狭いのか、他国との交流が活発なのか不活発なのかも不明瞭な浩司には少女の言う『普通』が何処まで普通なのか、鮮明性が欠けていた。
「世界全体じゃなくて?」
「うん。里だけだと思う。あっちの人達は浮気し放題」
「そりゃ夢のある世界だな。べっぴんさんが多いんだな」
「ううん。不倫も浮気も規則上駄目だよ?でも、何時死ぬか分からない冒険者はいざと言う時、子供を多く作るんだって」
ラブロマンスはその内容からは浮き彫りになりそうになく、冒険者という免罪符が大いに活用されてしまっていそうなものである。
「魔物と戦う前に干からびそう⋯⋯」
「安心して、二人までなら許すよ」
上目遣いのリディナの懐の深さを示すように笑みを浮かべた。
「ごめん、僕は一途でありたいんだが」
そんな懐は少年の言葉で多少なりとも汚していく。
「⋯⋯⋯⋯シルティア、美人さんだもんね」
「え?」
意味深そうに言うリディナの言葉には嫉妬心が剥き出された事と、初めて浩司に見せた表情が人間味が溢れていた事。
リビングのソファでフィローネと話をしている紅の髪の女性の名前が挙がった事で針のようなものが身体を刺したかのように浩司の身体が跳ねた。
しかし、そんな少年一人の身体を震わせた少女の表情が徐々に暗くなっていく。
「初めて会った時、綺麗な人だって思った。それと同時に怖い世界だって思った」
「世界?暴れまくってたって事か⋯⋯」
「ううん。まぁちょっとそれもあるけど⋯⋯」
声量が小さくなっていく。
皿、箸の全てはカゴにしまわれた。
しかし未だに蛇口の湯はシンクをリズム良く、重く跳ねている中、少女は言葉を紡ぐ。
「戦場では綺麗な女性はいない。化粧もしないし、香水もつけない。血生臭くて、死んだ目で敵に向かって大声を上げて攻撃をする。それが当たり前」
血が地面に飛沫を上げて付着するのが当たり前の世界では、女性は表立って戦場を駆け抜けはしない。
出来るのは色濃い変わり者か、世間からのはみ出しもの。
そして、充てがられたように国の為に殺す殺戮者として武勲を立てる事を約束された人物のみ。
「シルティアは?」
「彼女は違った。化粧もしてない、香水もなくて血生臭いと遠目で見る分には思った。けど、近くで見ると違って⋯⋯」
浩司から視線が逸れたと同時に苦虫を噛み潰したかのように、歪んだ表情が表に出る。
口篭るように渋っていくその声色と遠くへ向けられた瞳は過去を眺めた。
「綺麗だった。一振の剣で魔物や敵軍を一掃する様は化け物以上に華麗だったの。怖いよね。今まであんだけ質素な戦場に花が急に咲いたみたいなものなんだもん。誰でも注目したし、誰でも噂した」
「そんなに有名だったのか」
「うん。有名だった──だね。彼女が出た戦場の成果はすぐさま伝わって、【紅閃姫】って呼ばれてから見る目も変わったけど、やっぱり私にとっては怖くて綺麗な人なの」
尊敬の意と畏怖の念が籠ったその言葉で浩司は思い返す。
ショッピングモール、廃工場にて紅の衣を纏い、凛として麗しい女性が、重厚感のある赤と金色の直剣を振り、敵を屠り打ち倒すその立ち姿を。
「怖い⋯⋯か。どんなふうにだ?」
感性の違いや環境の違いによって怖いにも違いがある。
浩司とて、剣がもし身体に当たったら、紅の閃光を纏った一撃が直撃でもしたら。
そんな事が頭を過ぎらなかった訳ではなかった。
シルティアと二人の付き合いの長短さに違いはある故に感じる感性も当然違う。
浩司がシルティア本人を恐れているなんて事は決してなく、友好的なのも普段通りに話しているのも怖い故にではない。
「だって、国に言われるがままに剣を振るって世間知らずが人を殺してるんだよ?怖くない訳がない。紅姫は何も知らなくて、分かった気になって敵を殺してるって、知ってて戦地に出てる奴とどっちがおっかないのかな?」
荒野に咲く一輪の紅花は麗しく、そして血に染まって咲いていると、初めて彼女を見た時の感想はそれであった。
誰もが羨む立場であり、流麗な剣術と勇猛果敢な立ち振る舞いと歓喜巻き起こる鼓舞。
そんな血に濡れたシルティアの表情は曇りのない晴れた表情であり、敵を屠り国を守護る事に悦びすら感じていた。
少女のような微笑みで剣を天高く翳し、陽光が地上を眩しく白虹に彩る。
しかし、妖精人は知っていた。
躍起になって戦地を煌めかせながら駆け抜けた紅髪の少女は王に遣われているだけの事であり、ただ期待に応えたかっただけの小娘である事、世間知らずの子供でしかない事を。
「⋯⋯いや、僕も知らないから分からないけど、言われるがままってのはどういう事だ?てっきり、本人の意思でやりたくてやってるもんだとばかり⋯⋯」
フィローネと何やらお取り込み中のシルティア。
真剣な眼差しで浩司達からは聞こえない程度の声量で口論を繰り広げている様子であり、中に割って入れないのが一目瞭然。
お互い様な状況の中、リディナの視線は未だに特徴的な紅の髪の女性を指していた。
「王様に言われて、ドレスとかダンス、社交界よりも戦場を選んでるんだよ。国の姫は戦地に向かわない。普通はね」
「そうなのか?漫画とかだと──」
「漫画はフィクションだからね。王家で世継ぎもある。ましてや何時も争いあってる時代だよ?姫っていう立場だって世継ぎは例外じゃない」
王家とは国そのものを象徴する一族であり、制度そのものを変えない限り、無ければならない存在である。
そんな王家の跡継ぎ候補の三人娘の内の一人が、危険な戦地にて、華麗な剣舞を見せ付けて来い!とは言わないだろう。
父親ならば尚の事──。
「⋯⋯⋯⋯なぁ、その言い方だと、王様に棄てられたのか?」
可能性の話。有り得るかもしれないという推測は小さい小言のようなものであり、目の前でフィローネに取っ組み合いの小競り合いをしている女性を真っ直ぐに見つめた。
「なぁ?シルティアは、父親に──」
「そうだよ。家臣も部下も知ってる。国王は三人居る娘の中で長女以外を切り捨てた。それをシルティアは気付かないまま国に尽くそうとしている。無茶で無謀な戦場にばかり向かわせて、戦死を狙ってたんだよ」
それは推測でも憶測でもなく、少女が直に見聞した『バルファザル王国』の実状であり、少女が憂いた現実。
確証のようなものこそ無いが、王家内部、その側近までもが匂わせた動きをしていたのだ。
「でも証言ないだろ?証拠も。それに暗殺とか色々手があるじゃないか!」
「証拠と証言に関しては、部下も家臣も裏で言ってる。王様本人が言ってたらしいから間違いないよ。私も愚痴のように聞かされてたし」
資金繰りがまだ安定せず、転々と各地を回って【放浪妖精】と二つ名で呼ばれていない駆け出しの時期。
いくつもの功績を『バルファザル王国』で残して、謁見が許された日、陰口のように呟かれていたのを聞いている。
そして、言葉を続けた。
「それと暗殺は駄目。王族が暗殺されたって事は警護が行き届いていなかったっていうのを証明する事になるし、暗殺しちゃったら杜撰さが浮き彫りになったと思われて国に入り込む他国の敵が出てきちゃう。まぁ、国の為に国の名誉ある死を王様は求めたんだと思うよ」
面子。それとも威厳か。または誇示すべき威信なのか。
決して王様本人から聞いた訳でもないその言葉にどれほどの重みがあるのか、浩司には分からない。
しかし、そこで嘘や辻褄合わせのハッタリは口にする程、リディナも馬鹿ではない。
こと『シルティア・フォン・ユーベルアイン』に関しては──。
(娘を使った名誉ある死に心が痛まないって事、ないよな⋯⋯)
父親から貰った信念、母親から受けた愛情は確かに息子の浩司は知覚している。
だからこそ、少年は分からないのだ。
何をどうしたら、人が作っていくべき国の犠牲に人を遣うのかが、少年には全く理解出来ない事なのである。
「そんな顔しないで。君は悪くないよ?だって、君はあの世界に居る人じゃないでしょ?」
「分かってるけど、なんか酷くないか?実の娘だろ?本当ならかなりの屑じゃないか」
「それを面と向かって言えたら、多分ここまで悪化してないと思うよ。結局さ、王族ってそこに生きてる人達よりも複雑なんだよ。考える事も実働もね」
日本はある意味平和な国なのだと再認識した浩司はリディナを真っ直ぐに見た。
「じゃあ、リディナ」
「うん?」
二人の視線が交わる。再び頬を赤らめる照れ屋で純朴で飾り気のない少女は口を僅かに開けて言葉を待つ。
「お前は、シルティアの友人であってくれないか?」
「⋯⋯口は出さないんじゃなかったの?」
「そのつもりだったけど──」
「良いよ。私なりにだけどね」
「っ!ありがとう」
ようやく蛇口のハンドルを下に下ろした浩司。
鳴りを潜めたシンクを弾く音は消えて、代わりとばかりにフィローネがヘッドロックされてしまい、ジタバタと騒音が響いた。
そんな金切り声にも等しい悲鳴と足裏をカーペットを乱雑に踏み荒らす中、腕を引かれた浩司は右方向へと身体の重心が寄せられる。
「これで恩一だね」
「じゃあ金払ってご飯食わせてる僕とフィローネにはリディナに対してどんだけ恩があるんだろうな」
傾いた重心が一気に戻った。
無表情にコロッと切り替わったリディナは濡れたままの両手で頬に当てた。
「⋯⋯⋯⋯オンマイガ〜」
ムンクの叫びならぬ、リディナの叫びの出来上がりである。
濡れた箇所は滴って涙のように見えるものの、当然涙は流れていない。
そんな濡れた頬を腕で拭っていくリディナの顔を見た浩司はタオルを手渡した。
「君は、優しいね」
「⋯⋯自分の為だ。きっと」
「そうなの?」
「⋯⋯⋯⋯早くリビングに行って、二人を止めてやってくれ」
拭られたタオルを受け取った浩司は洗面所へと向かい、リディナは幼い子供のように両手を伸ばして、小競り合いが未だ起きている二人の元へと駆けて行くのであった。
━ ━ ━
一方のシルティア、フィローネはソファに座り込んでいた。
仲良しこよしで元気良く──なんて事は無い。
「本当の事を言えフィローネ。何が目的だ?貴様が趣味だなんだと言っても、その腹の根に何かあるとしか私は思えない」
冷ややかなその声色はツンッと突き刺すような鋭い刃物であり、送られる視線は凍てついている。
暖かみを感じるそのオレンジ色にも似た瞳は、拐かして誑かし、軽やかで嘲笑うような態度を臆面もなく出しているフィローネを見つめた。
「釣れないな〜。良いじゃん、良いじゃん!何があるか探ってみなよ?【紅閃姫】だって乙女として、秘密の一つや二つはあるでしょ?」
「私に秘密?ある訳ないだろ。馬鹿にしているのか?」
「えぇ〜〜!無いの〜?うっそだーー」
バタバタと足を上下に振って、愉快そうに隣に座っているシルティアを見る。
その濃い緑色の瞳からは悦楽の輝きを光らせていた。
「何を言う。私に秘密はない!貴様のように隠し事なんて無いのだからな」
ニヤリと笑うその悪人顔負けのスマイルに対して小さく微笑むフィローネ。
果たしてどちらが悪人に見えるかと問われれば、十中八九シルティアと名指しされるだろう。
「そうだよねぇ〜、シルティアお嬢様は世間知らずの無知無知のムッチムチレディだもんねぇ〜?」
人差し指でシルティアの腕をすぅーとなぞり、ゾワりと身体を震わさせる。
その隙を狙ったフィローネは腹部、二の腕、太腿の肉を摘んでみせた。
ソファから勢いよく離れたシルティアは近くにあるカーテンに身を隠して警戒心マックスがなる。
その鋭く睨み付けた視線すら、少女には悦びのスパイスでありデザートである事には変わりない。
「だ、誰がムッチムチだ!⋯⋯⋯⋯そんなに肉が垂れてるのか?何処がだ?!」
「えぇ〜、お胸ー、太腿、あと〜お・な・か!」
胸部、脚部、腹部の順に煽るように指を指し示したフィローネは大変ご満悦。
「馬鹿な。えぇ、そんな!食べ過ぎなのか?動いて⋯⋯いや、今日夕飯の支度以外で外には出てないが⋯⋯。あぁぁぁ、だらしのない女と思われるぅぅぅ」
一方、折角カーテンで身を隠して包まっていたにも拘わらず、急ぎカーテンという防壁を手放して、自身の身体を確認し、二の腕、腹部、太腿を掴み、摘めてしまうその比率を確かめていく。
目の前に居るフィローネと自身を見比べては、徐々に引き攣った表情を露わにしていくのだが──。
そもそもの話、身長や体格の差がある為、嫌でも肉付きが良いのは仕方がないのだ。
身長的にも十センチ程シルティアの方が大きく、剣技を習得している事も相まって肉付き以上に引き締まった身体付きはある意味ではしょうがない話である。
そんな少し考えれば分かる事を、二の腕を摘んで目を疑い、腹部で多少安堵したと思えば、太腿を両手で掴んだ事で突き落とされる情緒はもはや本人も制御不可であった。
アワアワと口をパクパクと開けて動揺するシルティアを眺めて、クスクスと嘲笑うフィローネはふと問く。
「誰に?」
「え?何がだ?!」
「だって『だらしのない女と思われる』って、誰かに見られる前提てしょ?さぁ、だ〜れ?」
首をコクリと傾げてクイズを提示する者のように問い掛けたフィローネの瞼は細まる。
「誰にって⋯⋯誰だ?」
冷静になったシルティアの視点はフィローネとその後方にあるキッチン。
しかし、その問いに対しての答えはもどかしいまでの間を空けても得る事は叶わず、最後には考え込むに至った。
「この子怖〜い!」
「貴様に言われたらお終いだな」
「じゃあお終〜い」
安定と信頼と嘲笑じみた笑顔は、思わず訝しませる。
そう、シルティアはこれでもフィローネとの付き合いはそこそこ長い部類であり、琴線に触れかねない態度もある程度の耐性は付いている側なのだ。
だが、それでも内心は穏やかではいられない。
「安心してって。私はシルティアちゃんがどんなにたるんでても愛してあ・げ・る!」
ソファを右掌で軽く叩き、座れと合図をする。
「⋯⋯お前、そのキャラ何時まで続けるんだ」
「えぇ〜、なんの事?」
合図を受け取ったシルティアは大人しくソファに座り直し、隣で悠々自適に凭れ掛かっている魔女の方向へと視線を移した。
静かに燃えるその瞳は仮面を剥がそうとするように睨み付ける。
「少なくても今コージとリディナは何か話してる。いい加減に真面目に話せ」
「⋯⋯君、執拗いねぇ〜。本当」
声色が少し低くなった。素を曝け出したというよりも、少し面倒臭くなったようにも思える彼女の緑色から漏れ出る眼光は、怪しく、冷徹なまでにシルティアへ向けて刺していく。
浩司辺りならばギャップと明確なまでの威圧的な物言いにより気圧されるだろうが、シルティアは違う。
彼女はフィローネの素を知っている。
知らないのは、何故仮面で本性を隠して、魔女を演じる事にしたのかという動機のみ。
一向に隠された本性。馴染み深い故に多少なりとも浮き彫りになると思っていたシルティアの読みは外れてしまい、仕方ないと割り切ったように話を進めた。
「コージの命が目的か?それともコージの通っている学校に何かあるのか?」
魔法使いと剣士とでは、視認性の違いが出る。
魔法使いには魔法使いなりの視点を持ち、剣士には剣士なりの視点を持っており、観点や着眼性の違いを活かして、戦場を優位に進めるのが常だ。
四人パーティで四人全てが剣士、全員魔法使いという構成が活きるのは稀中の稀。
それ故に自身の知らない、見えていない何かを知っているフィローネがわざわざ浩司の通う学校にお邪魔したのでは無いかと、そう結論付けたのであった。
「⋯⋯あの子、面白いんだもん」
「なに?」
予想斜め上の言葉がフィローネから飛び出してきた事により、眉を顰めてしまう。
「普通さ、殺されそうになった女に近寄られてアレだけの態度取れるのも稀だよ〜?トンでんじゃないかな〜?頭」
側頭部をグルグルと指で回して、最後にはグッと握ってパァっと掌を見せたフィローネは怪しく微笑む。
「貴様ッ!」
ソファの背もたれへ向けて胸元を腕で押さえたシルティアは憤慨まで一歩前。
左腕で抑え、右手で何時でも剣を出現させる準備をしている彼女に対して無抵抗で、相変わらずヘラヘラと口元を緩めているフィローネ。
「真面目。そう言ったのシルティーちゃん、貴女だよ?」
眉がピクリと動いた。察したシルティアは左腕を身体から離して、深く息を吸う。
(間違いない。私の知っている彼奴だ)
シルティアには確信があった。彼女の声色、呼び方もそうだが、今まで嘲笑と捉えられたその笑みではなく、純粋に優しく微笑む彼女が確かにそこに有た事にある。
懐かしむように遠くを見つめてしまったシルティアであったが、深く突き刺さるその緑の眼光に呼び戻されてしまう。
「彼を馬鹿にするな」
「馬鹿にしてないよ?本心で言ってるんだもん」
腕を引っ掴まれたシルティアはソファに仰向きに寝かされて、馬乗りのように乗っかられる。
天井に備え付けられている照明の光はフィローネによって隠された。
暗く影を落としたその顔から視線が外せない。フィローネは紅の髪に隠れた耳元まで徐ろに口を近付けて呟いた。
「君も素直じゃないよね?」
「なんだ急に」
首筋をゆっくりと指でなぞられる。擽りというには力が入っており、絞めるというには弱すぎる力加減。
一挙手一投足が怪しさの塊であるフィローネに対して胸の高鳴りが止まない。
「あの子の命を救う為とはいえ、よく『生命の繋がり』で救おうとしたよね?デメリットばっかの魔法で得なんて、ねぇ〜。無いのにさ」
「それでも助けたかった。それだけだ」
本心からの言葉であり、嘘はない。選択肢は無く、必要とあらばそうしたまでの事。
何も迷いは無くて、後悔も憂いも訪れない最善の手段だと、豪語すら出来るだろう。
「私もだよ?心がキュンってしちゃってね?」
「⋯⋯まさか、貴様!コココ、コ、コージの事、惚れてるのか?!」
耳元から顔が離れて、表情が再び窺えるようになると、シルティアは目を疑った。
キュンなんて言葉が出たとは思えない程に冷めきった表情をしており、目の前の人物ではなく別の誰かが言ったのではないかと疑いたくなる程の冷たい視線が下ろされているのだ。
「さぁ〜、どうだと思う?というかそんな機微がお嬢様にあるなんて驚きだよ〜」
「そのお嬢様というのを止めろ」
肩を突き飛ばして起き上がったシルティア。
「なんだ?」
改めて座り直したフィローネは、浩司もよく知る余裕の表情を改めて浮かべてニヤリと笑う。
次は何を言われるのか、どんな動揺が待ち受けるのか。
それに対して『逃げる』という選択肢を取らないシルティアは拳を太腿に置いた。
「この世界で私達のような存在がいる限り貴女は何時まで経ってもお嬢様で、貴女が生きてる限り、王家の血は止まらない。分かってるでしょ」
目を見開いたシルティアは俯く。奥歯を意図せず噛んで、耳を思わず塞ぎたくなるのを抵抗するように拳に力が更に入る。
「まさかと思うけど、ここに居れば王家の戒めとかしがらみから逃れられると思ってたの?甘くない?ナメてる?人生ってね、簡単・楽・自由じゃないよ?シルティア・フォン・ユーベルアインちゃん」
「⋯⋯」
図星を突かれたように苦しい表情へと変わっていく。
俯いてしまっている為、表情は窺うには顔を覗かせる必要があるが、そんな事をせずともフィローネには分かりきっているのだ。
肩の震えと握られた拳がそれを物語っているのだから。
フィローネの時間は続く。
「あ〜そっか。貴女、ここに居れば家族から切り離せると思ってたんだぁ。可ッ愛いィ」
何も言い返せないのがシルティアだ。
間違った事は何一つとして言われていないと自らが自覚していて、見苦しい言い訳を並び立てるにしても、言い返されるのがオチだと、付き合いの長さが無情な程に証明している。
だから、何も言わない。ひたすらに耐えて、抑えて、苦しむ道を取ったまでの事なのだ。
「腹の底を見せてないのは誰?君なんじゃないの?あの子はまだ子供で、私達より弱い。親も居ないみたいだし、きっと嘘吐かれたら⋯⋯悲しんじゃうよ〜」
「⋯⋯」
ようやくシルティアの顔が上がり、浩司が居るキッチンの方向を見つめる。
『生命の繋がり』によって生きながらえさせた存在であり、同居人であると共に運命共同体の男の子。
親は一年前に他界してしまい、孤独の期間が確かに存在して、お世辞にもシルティア達に異世界人と比べてしまえば貧弱で、日本で吹けばブラジルまで飛び去ってしまう程である。
そんな子供に対しての負い目。それが嘘だ。
「落ち込まないで、悲しんじゃやーよ」
慰めでは当然ながら無い。にこやかで爽やかな笑顔は、ある意味では理想的な微笑みであるのにも拘わらず、眼は絶対零度級の寒気が立ち込めていた。
観念したように再度俯いたシルティアは深呼吸を数度して、フィローネへと視線を向ける。
「シルティアちゃん?」
「怖いんだ。私は国に尽くしたつもりだ。無知なりに⋯⋯だが」
「あ〜、やっぱり知ってたんだ。【紅閃姫】がお国にとっての使いっ走りだったって事」
『神造器の剣』を引き抜く事が出来てしまった故に与えられた使命にして王命。
国の為に死ねと言われればそうするのが王命でおり、絶対命令権の権化。
父親が国王である事が災いしたのか、幸いなのか──。
剣を引き抜くという行為は王家の産まれ故に、仲間内で殺されなかったのは王家の産まれ故。
どちらも王家が絡んでしまう為に、恨む事も出来れば感謝だって出来てしまう。
酷い話を一つするならば、彼女が王家の元で産まれていなければ、剣を引き抜くという行為は成されない為に戦地には行かずに済む訳で、代わりに飢餓に苦しむ貧しい村人Aのような立場で、別の意味で人生を忌み嫌う可能性だってあるのだ。
それが嫌なぐらいに説得力があるのが『バルファザル王国』であり、『愛すべき自国』の本性。
「流石に察する事ぐらい出来るさ。私の生まれて育った国だ。だから帰りたい。だから──」
「違う」
「なに?」
「【紅閃姫】が帰りたい理由。それはね、国が滅んだかを確かめる為でしょ?」
「っ。⋯⋯そうだ」
自供を呟いたシルティアの表情は未だに苦しそうであり、やり切れないとばかりに視線だけが逸らされた。
「やっぱしね〜。まぁ分かってたんだけどね」
「なんで分かったんだ?」
「私の知る【紅閃姫】は我を通して、維持を通して、人を見殺ししてでも突き通す。そう思ってた。けどね、この世界に来てからの貴女は変わった。まるで覇気を感じない。【紅臨】も二段階まで。なんで戦地を荒らした三段階目を使わないの?」
「違う!コージの身体が不安で──」
「貴女は国に帰って滅んだ状況を確かめたい気持ちとあんな国に帰りたくないって気持ちが相反してある」
浩司に伝えたのはあくまでも『国に帰り自国の民の為が生きているかを確かめる為』という立派な心掛けをした王家の血筋らしいものであるが、実際は違う。
民が生きていてくれるのならばそれはそれであり、国が滅んでしまっているのならば泣いて喜ぶ案件なのだ。
シルティアは察している。『バルファザル王国は終わっている』と。
思い馳せるシルティアの記憶には、家臣と相談をしている王がどの姉妹を『残すか』というものであった。
妾や許嫁、婚姻といった選択肢もあっただろうに、王が下した判決は『国の誇りと名誉ある死』であり、三人の娘を持つ父親としては失格もいい所。
選ばれたのは『姉』であり、妹二人は『神造器』を使用して戦地へ赴いてボロクズになるまで国の壁となるか、『神造器』を使えず生涯を呪いと共に生きていくかの二択となった。
結果として『次女』は前者、『三女』は後者を辿り、今に至っている。
それ故に、あの世界に未練があるかと言われればシルティアには無いのだ。
「本気でやればある程度は屠れる。リディナも前にあった鎌男もね。でもしなかった。死にたい訳じゃなく、解決してもし帰れちゃったら、また国に遣われて、ゴミみたいに棄てられる。それが嫌でチグハグになってるんでしょ?」
「⋯⋯っ。私は⋯⋯」
見透かされた心根。墓まで持っていく予定だった心情は暴かれてしまい、暴いた本人は畳み掛けるように顔を覗かせて嘲笑する。
「でも良かったね?お揃いで」
「え?」
「あの子もチグハグ。身体も心もね。良かったね。お揃いで」
フィローネが見つめる先は三崎浩司であった。
何がどうチグハグなのかはそれは分からない。
だが、シルティアからすれば浩司が自身と同じというのは信じるに値せず、理解から離れた結論であると決めつけて、フィローネに襲いかかる。
「貴様ーー!」
「止めてぇぇぇ〜、私は仮にもあの子の命の恩人んんん〜!!」
ベッドロックのお見舞いであった。普通に考えればじゃれ合い程度のものに見えるだろうが、技を仕掛けているのはシルティアなのだ。
威力は絶大で効果は抜群。華奢な魔法使いであるフィローネにとっては脚をバタつかせてしまうには十二分なものである。
「抵抗するなー!侮辱は許さないぞッッ!」
「イギャァァァァァァァァァ!頭部と身体が離れ離れになっちゃうよぉぉぉぉ〜〜!!」
「煩い!貴様という奴は〜〜!」
それから少ししてリディナが緊急参加してしまい、更に事態は混迷を極めてしまうのであった。
そして、最終的に三人含めて浩司に怒られるまでがワンセットであり、ある意味では今後のルーティンのようなものに成り代わってしまうとは、この時の浩司には見当も付かない事である。




