11話 魔女は怪しく微笑む
僕のお昼休みのお食事処は、毎度学食である。
校舎本館から北へ向かい、テラスと隣接している学食が販売している建物へと入ると、何時も陽気で無駄なぐらいに明るい食堂のおばちゃんが出迎えてくれるのだが、口頭での注文ではなく、食券を購入して、それを手渡して、番号で呼ばれる優しい仕様。
そして、今日も通いつめている故に、顔も覚えられている為、おばちゃんからこんな一言が飛んで来ても不思議はなかった。
「今日は彼女さんと一緒かい?」
「違うよ?勝手に着いてくるチワワみたいなものですよぉ?」
「誰がチワワなのかな〜?そんなに狂犬に見えるの?ねぇ〜?!ねぇー!!」
フィローネが着いて来やがったのだ。
何故かあざとく「一緒に食べたいなぁ?」とか口にして、男子からの漫画で使われる集中線張りの痛い視線が突き刺さる中、逃げるように廊下を出て、その後を追っかけるという構図が完成してしまい、遂には学食までやって来てしまったのだ。
構ってくれないと死ぬウサギみたいなものだと、割り切ってしまうか、無駄なぐらいに警戒心の強い狂犬チワワとして名乗りを上げさせるかを悩んだ末に、僕は後者を選び抜いたのである。
「なんで着いてきた?」
「言ったじゃない。一緒にご飯食べたいなぁ〜ってね。ほ〜ら〜、色々聞きたい事もあるんでしょ?あ、下着の色はダメだよぉ〜?乙女のヒ・ミ・ツだチェ?」
「つまみ出せッ!こんな痴女!」
「酷ぉ〜い!私が痴女なんて、うぅ〜、しくしく。⋯⋯チラッ。うぅ〜、しくしく。チラッ」
目元に手を当ててわざわざ下手くそな演技を繰り出して、濃い緑の瞳が定期的に隠そうとしている手から垣間見える。
「おい、嘘泣き選手権最下位。退学処分もんだぞ?その大根演技っぷりはよ」
「うぅ〜ん。私的にはー、仲良くしたいなぁーって思ってるんだよ〜?あ、おばさん、私はコレねぇー?」
「日替わり定食ね。待っててね」
「は〜い!」
「クソ。馴染んでやがるッ!」
食券を手渡したフィローネの後に続くように、僕も五百円のラーメンを購入し、並ぶ人混みに埋もれながらも待機する。
途中で、目立って仕方ない転校生である彼女と同行している僕に向けられる視線はより鮮烈になるものの、先に定食が届いたフィローネが屋外へと向かい、テラスの一席にそれを置いた。
そんな様子を見て、別の所で食べてやろうと、届いたラーメンを持って、席の確認をするものの、結局、空きは無く、諦めた僕はフィローネと同じ席に着いたのだった。
醤油味の普通のラーメンであり、メンマと青ネギが盛られているごく普通のラーメンを啜っていると、別の世界から来たとは思えないフィローネの箸捌きにより、麺を僅かに持っていかれてしまう。
「おい、勝手に取るな」
「⋯⋯美味い!はい、あげるよ?」
トレーの上には、白米、唐揚げ三個、ポテトサラダに豆腐とワカメの味噌汁とプリンがあり、個性派が多い日替わり定食の中では比較的に辺りであった。
『あげる』と言われてしまっては、取るしか無かろう。
残り二個になった、唐揚げを。
「ふん!」
箸がグサッと油が抜け切った一口サイズの唐揚げを突き刺した僕は、これ見よがしに見せ付けるように口に頬張ると、みるみると表情を変えていくフィローネは最後に絶叫した。
「うぎゃぁぁあ!私の唐揚げぇぇ〜。しかも丸々一個ぉぉ」
「普通、唐揚げは丸々一個貰うもんだろ。誰が半分に切って貰う奴がいるんだっての」
「ぐぬぬ。シェアは存外、人によりけりって事かぁ〜。あぁ、タンパク源」
「お前の摂る筈だった脂質を僕が肩代わりしたんだ。感謝しろよな」
「君ぃ〜、あぁ言えば、こういうねぇ?」
ジト目で、悔しそうに睨んでいるが、僕は彼女の言われた通りに食べたに過ぎない。
何か文句を言われる謂れはなければ、その受け付けも既に終了している。
黙々と食べ進めていく僕とフィローネ。味噌汁を飲み干して幸せそうにする彼女と、汁までは飲まずに麺と具材だけを食べ切って、食べ終わるのを待っていた僕は、ようやく完食したのを見届けた。
「それで、なんでこの学校に来たんだよ?というか、学校になんて言って転校手続きしたんだ?」
「えぇ〜、言えなーい。まぁ、手続きに関しちゃ、ズルはしたかなぁ〜って感じぃ〜?」
「ズル⋯⋯ねぇ。まさか、脅したんじゃないだろうな?」
「脅してないよー!私は真摯に、可愛く、麗しく、⋯⋯そう、訴え掛けたんだよぉ?『転校オケ?』ってね。そしたら、『おーけザムライ!』って返ってきたんだから〜」
「んなアホな!」
この学校だって、転入試験があれば、面接のようなものもあった筈。
その過程を一切通らずに転入してくる事にはかなりの無茶がある。
(魔法にしたって、そんな『転校生を演じれる』なんて都合の良い魔法でもあるのか?)
僕の中で、魔法とは戦う為の術であって、そんな小洒落ていて小狡い事に使えるものとはどうも考えづらいのだが、現実問題、フィローネという異世界人は、皆から転校生として紹介されて、健気に学生をしている。
「いやぁ〜、大変だったんだよ〜?」
僕のトレーを寄せて、フィローネの定食を乗せていたトレーに重ねるように置き、重ねるようにまとめていく。
飲んでいないラーメンの汁を見た彼女は、訝しむような表情を見せると、何かを迷いだし、定食のプレートの上にラーメンの器を乗っけて、机の端に寄せた。
「何がだ?」
「キャッピキャピなギャルを演じるか、儚い優等生キャラを演じるか。どうしたもんかと一日丸々費やして、今のキャラを演じる事を選んだんだからね?」
苦労を知って欲しいのか、表情をコロコロと変えて、最後に親指を立てて、自身に示すフィローネ。
高校生デビューにしても、もう少し何とかならなかったものだろうかと、思わざるを得ない。
何より、馬鹿馬鹿しいのだ。
「つまんな!何それキャラ付けなの?⋯⋯え?お前そんな事で、馬ッ鹿じゃねぇの?!」
「ちょっとー!私だって、努力してるんですぅー!非難は別口でお願いして欲しいなぁー」
非難ではなく、呆れてしまっているだけではあるのだが、それ以上の追及は出来なかった。
この世界の人間だって、家族と接する時と友人と接する時の態度や対応の違いはどうしても出るように、彼女なりの接し方というものがあるのだと、割り切って、次の話題に臨む。
「んで?何しにユーはこの学校に?」
「一つはね、君の安全の担保。君、【紅閃姫】と『生命の繋がり』で繋がってるじゃない?」
「シルティアの敵なお前からしたら、有利って訳だろ?」
「安全の担保だって言ったじゃんー?ちゃんと聞いてる?はんずかしいよ?」
肩目を閉じて、ウインクで煽っているのか、可愛わこ振りたいのか、その区別が付かないが、右肘を机の上に置き、人差し指を立てて、舌を軽快に数度鳴らした。
鼻につくと言われればその通りで、僕も内心では腹立つとばかりに、立てられた指を押さえ込もうと、両手を伸ばして見るも、確保には至らない始末である。
「つまりね、君の護衛で来てるんだよー?」
「んぐッ!!⋯⋯え?なんの為に?そして、何故?」
机に上半身が乗った状態で僕は聞いた。
流石に人の目を気にしだして、急いでズルズルと這うように、元の座席へと戻っていく僕の姿をヘラヘラとしながら眺めるフィローネの緑色の瞳は、どうにも怪しく見えてならない。
いや、馬鹿にしてるだけかもしれないが、現状の僕にそれを批難する謂れはなく、悔しい気持ちを残したまま、彼女の答えを待った。
「無駄な浪費が嫌いなの〜。折っっ角!助けた命が無駄に終わるのって、私、気に食わないもん」
そう豪語するものの、僕は待ったを掛けようと手を前にする。
忘れてはならないのだ。あの日、僕を助けてくれたのは紛れもなくコイツではないという事を。
「待て。助けたのはシルティアだろ?何恩着せがましく言ってるんだ?お前がやったのは、僕の土手っ腹に穴を空けてくれちゃった事だ。違うのか?」
嫌味を込めた自覚はある。それに反応したのか、顰めっ面で、奥歯を噛み締めるような音が聞こえてきたと思うと、多少の死を覚悟した。
だって、事実だけ述べたつもりなのに、キレられるのはお門違いと僕は思っていたし、現に腹に穴は空けられて、死にかけたのも本当の事。
それを、被害者第一号たる僕は確固たる意思で嫌味を込めたのにも拘わらず、目の前の人間が逆上で暴れ出す可能性を全くと言ってもいい程、視野に入れていなかったのだ。
「【紅閃姫】ぃぃ。言ってないなぁぁぁ〜」
恨めしいという気持ちが滲み出ているフィローネ。机を指で何度も叩き、僕を見ると、途端にその動作は止まって、顔にその手を持っていく。
「⋯⋯ゴホン。良い?そもそもの話なんだけどさぁ〜。あの子に『生命の繋がり』なんて魔法をそもそも使用出来る訳無いんだよぉ〜?私のような、高名で、麗しく、そしてなんか強い魔法使いだから、使えるんだよ?分かるぅ?」
それは完全に初耳であり、僕は訝しむ表情を浮かべると同時に、二点、三点突っ込みたい事が出来てしまう。
「⋯⋯えぇ。ほんとにござるか?」
「信じてくれないぃー。だって、あの子、魔法使えないもん!ホントだよ?!君の弱いお腹に穴を空けたのが私なら、助けたのもまた私!オケェ?」
「オケ⋯⋯じゃねぇよ!まず、弱い腹とか言うな。すぐに腹痛起こす奴みたいじゃねぇか」
「やーい、腹痛少年〜〜」
「なんでぃやとッ!」
ケラケラと笑い出すフィローネ。何処かはぐらかされてしまった感じも否めない。
しかし、シルティアは現に魔法を使っていた。
紅の魔力を纏って、勇猛果敢に敵と対峙している光景を数度見てきており、あれが魔法でなければなんなのか。
体質?特技?はたまた演出?いずれにしても、仕込んだ様子もなければ、紅く光るなんて特技も体質も、生きにくいだけに違いない。
「まぁ、魔法の有無は【紅閃姫】ちゃんに直で聞いたらいいんじゃないかな〜?」
「仮に助けたのがお前だとして、なんで僕を守る事に繋がったのさ?あの日の夜で、おさらばだったろ?」
監禁された日も、ショッピングモールで被害にあった日も是非助けて欲しかったものだ。
シルティア達にとっては見慣れた光景は、僕達にとっては奇想天外の空前絶後の大惨事であると、安易な言葉で伝えるも、フィローネはそれをまた、はぐらかすように口を閉じてしまう。
トレーにあるコップの水を口に含ませて、冷静になろうとするフィローネ。
わざわざコップの下の部分を手で添えて、茶道でやりそうな飲み方をしているのだが、突っ込んだ方が良いのか悩んでしまっていると、彼女は空になったコップを僕に突き付ける。
「君、【紅閃姫】が嫌われ者っての、知ってる?」
「まぁ、一応」
「敵さんは、そんな彼女は滅法強い部類と思ってて〜、対処に困る。でもちんで欲しいなぁって思ってます。さぁ、どうするぅ?」
存外簡単な答えではあった。口にしようとすると途端に恐怖心が芽生え始めてしまい、僅かな抵抗感が口を閉じさせようとするけれど、それを抑えて僕は彼女の問いに答える。
「僕を狙う⋯⋯だな」
「ピンポンピンポン!せぇーかぁ〜い!」
「だからってなんでお前が?」
「だからぁ〜、無駄な浪費が嫌いなだけなんだぁって。君が死んだら、私の頑張り無駄になるのー!わぁった?」
「は、はぁ」
裏がありそうでならない。
シルティアからすれば彼女は敵で、僕からすれば命の恩人(仮)となるのだが、挙動や言動、仕草といった彼女の所作一つ一つに、怪しさが醸し出されて、どうも納得はできない。
まだ、シルティアを殺す為に近付いた。そう言われた方が納得がいくというものだ。
「腑に落ちないって顔してるね?」
「腑に落ちてないからな?」
「うぅーん、どうしたら信じてくれるの?」
「いや、どうって言われても。⋯⋯日々の貢献?」
「何に貢献するの?」
まさかの選択が可能とは思っても見ず、素っ頓狂に「え?」と呟いてしまうものの、貢献する気があるのならばして欲しいものだ。
「⋯⋯僕に」
「君にぃ〜?えぇ、命の恩人が貢献って何よー。そんな事なら、社会貢献の方が立派だと、フィローネ思っちゃうー!」
「じゃあ、それで」
「却下」
「おい!」
「意地悪で言ってるんじゃないんだよ?私の目的はあくまでも本来とは違うんだよねぇ」
腕を組んでそう答えたフィローネは、口角を上げて何故か自慢げなのだが、何処に自慢する要素が含まれていたのか、僕には皆目見当が付かない。
社会貢献の方が余っ程自慢出来るというのに、それを蹴ってる段階でロクでもない奴と言っても良いのだが、それは敢えて紡がず、彼女の話を促す形に流れを持っていこうとする。
「と?仰いますと?」
「良い?私達を異世界から呼んだ、お馬鹿な奴等が居るんだよ〜?ほんっとうに居るんだよ?」
「そういえば、シルティアが白い光がどうやらって言ってたな。それが何か知ってるのか?」
「知らなぁ〜い」
生意気な子供のように言い切った彼女。
アレだけ自慢げだった腕組みも解除して、顎は手に乗せられて、不貞腐れている女の子が出来上がっていた。
「使えねぇ⋯⋯」
思わずそう小言のように呟いてしまった僕。
すると、不貞腐れていた態度は途端に消え去って、僕の顔へと机を介して腕を伸ばしていく。
「むむむ?!それは酷いねぇー。今だって魔法を使って、君と私の会話は他所様からは普通の談笑と思われてるんだよぉ〜?優秀でしょ?天才でしょ?完っ壁でしょ〜?ほらほら、煽ててくれて良いんだよ?」
危機感を覚えた為、自分の身体ごと椅子を後方にやって、必死に前のめりで僕の顔を触れようとするその手から退避する。
「ワー、スゴーイ」
視線を逸らして、そう言う僕に諦めがついたのか、身体は元の位置へと、腕は膝元へと向かって、元の定位置へと座り直したフィローネは、大きな溜め息を吐いて、僕を睨む。
「堕ちないねぇー。まぁ、いいやぁ。兎に角、私はこの世界に私達を呼んだ奴を探したいの。探さなきゃ、帰れないしー。ねぇ?」
「協力しろと?」
「ううん。だって君がいたら、邪魔にしかならないしぃ〜、うん、要らないよ?」
「⋯⋯」
シルティアやリディナだってそこまでド直球に『要らない』とは口にしなかったのだが、よもやまだロクに知らない女性にここまで面と向かって言われるとは思いもしなかった。
「悲しむなし〜。可愛いなぁ、もう」
立ち上がって、僕に近寄ると顔を両手でがっちりホールドされると、頬を揉みくちゃにされるように、弄ばれ始める僕の抵抗は虚しいものである。
「やめろ。うぅ、何故こんな子供みたいな扱われをーーー!!」
笑顔が尚の事怖いなんて、口には出来ず、想像通りの細い腕を握って、必死に抗うも全く手の動きは変わらず、僕の膝に乗っかって来て更に五分程、好き放題に笑われながら変顔をさせられて、終わった頃には疲れ切ってきた。
一方の彼女は、楽しそうに元の席に戻って、自身の空になったコップとまだ僅かに残っていた中身がある僕のコップを持って、食堂に行き、継ぎ足してくれる。
(どうして変な所で優しいの?優しくしないでっ!)
そう思っていたのだが、机に置かれたコップは水が満帆に入っており、フィローネのは八分目程。
コイツ、マジか。素直に悪態を付きそうになるも、満面の笑みから溢れ始める鋭い雰囲気に気圧された僕は、震えながらコップにたんまり入った水を飲んでいく。
床に零しながら。
気候による温かい風がテラスに流れていく。生徒の殆どが食い終わり、教室に戻って行ったり、テラスに残って談笑したり、グラウンドへと向かっている。
「僕からも聞いとかなきゃいけない事があるんだった。聞いていいか?」
「どそどぞ〜」
僕達は食器とトレーを食堂のおばちゃんの元へと戻して、先程まで座っていたテラスの席に行き、話を進めた。
折角、彼女が僕の昼食を着いてきて話をしている事とと、予定なんてものは僕の昼休みには存在しない事がそうさせたのだろう。
「今、この世界に何人の異世界人が居るんだ?皆、何かしらの目的はあるのか?」
シルティア達とて、別に来たくて来た訳ではないのを前提に、何人の人間がこの世界に巻き込まれたのか、素直に疑問に感じたのだ。
正直、シルティアの後に、フィローネを初めて目撃した段階で、数人未だ居るのだろうと、何となくは察してしまっているところもあるにはあったのだが、テレビでニュースを見ていても、それらしい被害も情報も入ってこないのである。
因みに、昨日のは流石にニュースで取り沙汰されており、『三頭の馬に乗る大男と巨大な黒い傘』とピックアップされていた。
シルティアの事は幸いな事に映っていなかったが、シルティアが最後に放ったあの紅の光はバッチリ目撃されており、研究者が調査を開始していると、そう言っていた。
「⋯⋯今更だねぇ〜。まぁ、少なくても〜、君の事を考慮してなきゃあ、私も【紅閃姫】を首チョンパする対象なんだよ?」
「それがなんの関係があるんだ?」
「【紅閃姫】に今から言う情報漏らしたら、私は君の敵になるってーの?分かる?」
脅しの言葉の筈なのだが、何処か柔らかい口調であり、昨日出会ったあの鎌を持っていた男と比べても瞳に宿る『敵意』『殺意』と言った感覚は僕には伝わらない。
その手の事を隠すのが上手いのか、それとも冗談なのか。
のらりくらりとしているようで、僕には彼女の心情というものを掴めないまま、頷くのであった。
「はい、宜しいぃ〜。じゃあ、よく聞きなっチェ」
「まず、【紅閃姫】と【放浪妖精】は君ん所に居るんでしょ?」
「⋯⋯リディナの事まで。昨日の今日だぞ?」
「あのデカブツ見てたら、異世界人は誰だってその動向を探ろうとするよ〜。それとも、気付いていなかったって?なぁー訳ないじゃん、キャッハッハッハ〜」
「見てただけなのか?」
彼女と初めてあったあの日の夜。雨を使い、シルティアを撃とうとしたあの攻撃は、僕には神秘的に見えたと同時に鮮烈な印象を与えていた。
『この人は強い』という先入観。それが、どれ程の説得力があるかと問われると難しいのだが、それでも彼女は凄く難しい事をしているようにしか、僕には見えなかったのである。
そんな人が居てくれれば、被害は僅かなりとも減少し、苦しむ人が減ったのではないかという妄想と想像。
「うん!だって、【紅閃姫】が勝手に戦って、勝手に【ハチマキ傭兵】が『変質化』しただけでしょ?私が入り込む意味ないじゃん」
「⋯⋯待て。【ハチマキ傭兵】?なんだそれ?!」
「ありゃ?確か、どっかの電気屋さんで【紅閃姫】と戦闘してた筈だけど⋯⋯見てない系?」
そう言われて思い浮かんだのは、シルティアと昨日戦闘して、その昨日には家電量販店を半壊させたあの男であった。
確かに、バンダナのような物は巻いていたが、もっと特徴的な事があったろう。
口調や、言動、鎌やあの血走った目付き等。
それよりもバンダナやハチマキといった分かりやすいもので喩えられるのは、少し可哀想なものもあると、物悲しさにも似た何かが身体を湧かせた。
「あの人か。⋯⋯人があんな化け物になったってのが信じられないんだよな、未だに」
「君達、この世界の住人は『魔力の活性化』が⋯⋯つまり、身体に流れてる魔力をそもそも使ってすらいないから起きないけどぉ〜、私達みたいな魔力を常に何かしらに使用してる人達は『活性化』が起こるんだよね〜」
首を傾げてしまった僕にフィローネは上を向いて、考えるような素振りをした。
しばしの間、彼女のシンキングタイムが流れて、ハッとしたような顔付きをすると、人差し指を僕に突き付けて言った。
「分かりやすく言えばぁ〜。精通?」
「お前、女性だよな?」
思わず呆れてしまった。けれど、彼女は至って普通であり、むしろ何を呆れているのかという不思議そうに僕を見つめる。
そして、何か憐れむような表情を浮かべて、肘を机に置いて、顔を手に乗っけて僕を可哀想なものを見るようにして、怪しく笑みを浮かべた。
「知識は大事だよ?知る事は学ぶ事で、得る事は磨く事。成す事は経験する事なんだから。そうやって、性知識一つで一々反応するなんて、可ッ愛いねぇ?流石【紅閃姫】を押し倒して、お腹に穴空けられた子供は違うねー」
空けたのは果たして誰か?そう、僕の目の前でニヤニヤとせせら笑う彼女である。
「お前、苛つかせる天才だな」
「えへへ」
ニンマリとした表情でキレが良い右手首を素早く振っているが、僕はそんなリアクションなんて求めていないし、むしろ不快感が募るのみだ。
「褒めてねぇよ」
語気が自然と強まったのが、発言後の僕にも感じられた。
けれど、臆する様子も開き直る事もなく、彼女は両手を前に突き出して、「まあまあ」と宥めるような物言いをして、咳払いを一度する。
「話を少し戻すとね。魔力を使うと『活性化』するんだー。で、死にかけの時に流れてる魔力と肉体との情報処理の乖離でー、『変質化』が起きんだよねぇ」
「情報処理の乖離?」
「そそそ。老死とかなら兎も角、刺されたりとか、斬られたとか、潰されたとかの意図せずに身体にダメージ受けるとさぁ〜、感情的には生きたい、でも身体は思い通りにならない!ってのが普通じゃない?で、その時の魔力はどうなるか?はい、どうぞ!」
つまり、現実で言えば、ナイフで刺されてしまって、身体は動かないし、血は流れるけど、気持ちとしては助かりたいって事だ。
そこに魔力という概念があり、その魔力はどうなるかと問われているのだが、全く持って理解出来ない。
だが、普通に考えれば血液が流れるように魔力は消費されてしまうのではないだろうか。
魔力は身体に流れていて、体力や精神力と同等の概念と置き換えれば、死ぬ直前ならば体温が低下するように魔力も無くなっていくのではないかと、そう考えた僕はフィローネに解答する。
「⋯⋯無くなってく?」
目を見開いて、煽るように口角を上げた彼女は、両腕でペケの形を作る。
「ブブー。違いま〜す!正解はぁー、ガラガラガラガラ、ジャン!全く持って平常時と同じでした〜!」
間にあった煽り言葉なのか、バラエティに傾かせた言葉なのか、どちらにしても琴線に触れてもおかしくないその物言いは、間違いなく僕をイラっとさせるには持ってこいではあった。
だが、ここで疑問をストレスで蹴り飛ばしてしまっては、勿体ないと感じて堪えた僕は、予定通りに疑問を投げる。
「⋯⋯死ぬ直前だよな?なんで?」
「血液とかと勘違いしてなーい?」
「⋯⋯違うのか?」
確かに、血液や体温、体力や精神力といった観点と似たような見方はした。
けれど彼女曰く。
「そ!違う。血液は皮膚を傷付ければ流れていくけど、魔力に血管がある訳でも、細胞がある訳でもないんだから!情報処理の乖離はここにあるって訳よ!」
じゃあなんだよ。そう言いたいものだが、僕の質問よりも先にフィローネは嬉しそうに早々と口を動かしながら、僕の事を見つめながら説明していく。
「良い?肉体と意識がある中、生きようと藻掻くと、魔力を力むようにして引き出してしまうんだけどさ〜、肉体的にはもう引き出した魔力に耐えられない状態な訳よ?だから、亀裂が生まれて、魔力に呑まれる。それで、感情由来の『魔物』の完成って訳。どう?分かった?」
「いや全く。全っ然、これっぽっちも、分かんない」
そもそも魔力って何ってのと、魔力の引き出し方が一向に分からず、魔力がどうしてあるのかすら理解出来ないのに、そんな応用問題の説明を説かれて、解る筈がない。
誰だ、こんな頭コングラッチェレーションな奴にそんな博識風味な情報を教えた奴は。
僕のような初心者でもしっかりと教えてくれる有能な先生を是非是非ご希望したいところだ。
「お馬鹿だねぇ〜君」
「煩いやい!魔力の仕組みが分かんないのに、理解出来る筈ないだろ!」
「ありゃ?そうなんだぁ、知らないんだぁ〜。へぇ〜」
「おい」
これ見よがしにニヤニヤとしたその顔は、何故か嬉しそうであり、段々とフィローネの事を悪魔か何かと形容出来てしまえそうな程に分かってきた。
要するにコイツ。人の事を煽らないと収まらない性質なのだろう。
マジで誰だ。こんな奴に育てた奴は。一回説教してやりたいところだ。
「まぁ、この世界でいうエネルギーとか原子、分子とかとは違うかな?」
「じゃあ何さ?」
「ふふん。それはね?」
「それは?」
「教えな〜い。てへ!」
舌を出して、ウインクというコイツでなければ、『可愛いー!』って素直に喜べたというのに。
酷い話、見た目は美少女、中身は悪魔。つまり最悪な組み合わせによって、僕の腹の虫は収まる様子を見せなくなっていく。
「あ〜、今思いっきり人殴ったらスッキリすんだろーな〜。あ〜殴りたい」
「駄目駄目〜!そんな事したら、君の可愛い顔がぐちゃぐちゃになるよ?」
「やっぱり、僕では勝てないのかっ!くぅ⋯⋯」
実際になりそうなのが、タチが悪い。むしろ生きてるだけで感謝感激雨あられなのだが、僕はコイツに感謝出来る日が果たしてやってくるのだろうか。
いや、来ないと信じたい。
少し気持ちを落ち着かせた僕は、鎌を持ったあの男と『変質化』によって変わった後の姿となった傘とを脳内で比べていた。
結局の所、彼はシルティアの剣で完全に消失してしまい跡形も残らなかった訳で、決して善人では無い。
この世界でも殺しはしているし、シルティアの命を狙って、被害は少ないとは言えないが、それでも皆からすれば悪でも、その男の家族や友人からすれば、その限りではないのだろう。
「あの人もこの世界に巻き込まれた形でやって来ただけなんだよな」
「なにぃ?同情?」
同情と言われれば、同情だろう。もしかしたら、この世界に来た事でおかしくなったという可能性だってゼロではない。
男が自主的にこの世界に行きたいと願ったと言うならまだしも、恐らく、可能性の話ではあるが、誰かに、なにかに巻き込まれた形でこの世界に来てしまっただけなのだろう。
そう思うと、あの男も被害者なのではないだろうか?そう感じてしまった。
「悪いか?」
「開き直んないでよ〜。まぁ、いいんじゃないのん?⋯⋯あ、話戻すよ?」
「⋯⋯え?」
「この世界にどれだけの異世界人が来てるか?でしょ?違ったっけぇ?」
確かにその話が切っ掛けで、『変質化』の話しになって脱線してしまったのだ。
情報量の多さと目の前に居るフィローネの煽りが、本筋から自然と抜けて行きがちになる。
「えぇとね⋯⋯。わたピッピでしょ?【紫雷尽くす天王】でしょ?【青勇馬剛】と【地壊灰塵】に⋯⋯。【誘零なる散華】と、後誰だっけ?あ、【黒点】も見掛けたっけ」
誰が誰だろうか。昨日会ったあの大柄の毛むくじゃらの男がどれに該当しているのかも分からないし、二つ名で呼んで欲しくはないものだ。
けれど、リディナも『シルティア』と呼ぶ事よりも『紅姫』と呼ぶ事の方が多く、二つ名や通り名で呼び合うのがアチラの世界の通例なのかもしれない。
名前を呼ばれずに、二つ名で呼ばれるのはどんな気持ちなのだろうか。
僕なら数日で羞恥心に負けそうになる事だろう。
「一、二、⋯⋯⋯⋯八人居るのか⋯⋯」
指で数えていき、その数を口にした僕は、フィローネを見る。
「いやぁ、これから増えるかもよ?少なくても、私がこの世界に来た時から、一週間経ってから【放浪妖精】来てたしぃ〜、まぁ【紅閃姫】は最後っぽいけどねぇ〜」
つまり、このフィローネは最低でも一週間以上前にはこの世界に来ていた事になる。
どうりで現代の日本人被れの話し方になっている訳だと、納得してしまう僕。
まぁ、元からこの口調や言動な可能性は否めないが、そうだとすれば、この女はかなりの嫌われ者の可能性もある。
学校でもボロが出なければいいのだが⋯⋯、難しいだろう。
「何か、条件とかあるのか?」
「うぅーん。強いて言えば『神造器』が原因かなぁ〜。でも【誘零なる散華】は持ってないしねぇ〜」
『神造器』はシルティアでいうところの『赤と金が特徴な剣』であり、リディナでいうところの『変な線がある弓』である。
フィローネも指揮棒みたいな茶色の杖を持っていたから、それが『神造器』という事だろう。
そんなフィローネ本人は、腕を組んで瞼を強く閉じて、唸るような声を出していたが、パッと瞼を開き、頷いた。
「うん!わっかんない」
「じゃあ、魔力が多いとか?」
「そんなん言ったら【地壊灰塵】なんて、ゴリッゴリの魔力なしの肉弾戦だよ?」
「えぇ。マジですか⋯⋯」
「うん。だってあの子素で火吹くし」
「何それ、怖!」
「そして、私は手が伸びぃぃ〜る」
腕をくねくねと蛇のように靱やかに振っているフィローネの腕は此方まで伸びて来て、届かないとは分かっていて、僕はそれを叩き落としてやった。
「あ、そういうのいいんで」
「きぇ!ノリの悪い子は嫌われるんだよー!」
叩かれた箇所を優しく撫でて文句を垂れる。
地団駄でも踏みそうな程に、納得のいっていない表情を浮かべているが、知った事ではないと、そっぽを向いた僕は、人が徐々に減りつつあるテラスを見渡していく。
「兎に角。今、君が気にしなくちゃいけないのは、自分の命だよ〜?分かってる?」
「分かってるよ」
「分かってないんじゃない?」
「え?」
静寂に近く、冷ややかで鋭く、重い声色が耳を刺激した。
思わず、彼女の方を見ると、至って真剣で真面目な顔付きと細まった瞳が僕を突き刺し、表情は冷淡なものである。
これが彼女の素なのか、作り物か僕はまだ分からない。
「私が君を今からでも襲う。言い訳や屁理屈や我儘を全て排斥して、合理的に殺す。なんて事も厭わないって言ったら⋯⋯君はイヤでも呼ばなきゃならない、違う?」
「そうかもだけど、呼べるわけないだろ」
「なんで【紅閃姫】呼ばないの?」
「なんでって。呼ぶ手段がありますかって話だろ?」
すると、彼女は急に吹き出し、冷淡な表情を崩れて大笑いが響いた。
机を数度叩くと同時に、脚をジタバタと地面を蹴っていく。
僕は至って普通に言ったつもりだし、事実としてシルティアを呼び出す手段がないのも本当だ。
それとも、フィローネには呼び出す手段や方法を知っているのだろうかと、訝しむ。
けれど、彼女本人には大層ウケてしまって、半笑いで涙目になりつつ、僕を見る。
「本当に、何言ってんの?ウケんですけど〜。君ら、『生命の繋がり《ライフ・ライン》』で繋がってるんだから⋯⋯あ、でもそうなると君の魔力は『活性化』するか⋯⋯。弱ったねぇ」
「やっぱり呼べるんだな?!」
「呼べるよ?あの欠陥の唯一の利点ってやつぅ?」
「ん?でもそっか。魔力を使うって事か⋯⋯。僕、使えないじゃん」
「ピンポーン、ダッシュ!」
「止めろ。ご迷惑な」
魔力の事はさっぱりだが、常に死ぬ可能性が付き纏う現状、シルティアの迷惑になる事も危惧すると、安易に僕は魔力を使えるようにしない方が良い気がする。
確かに、危険な時にシルティアを呼べるというのは彼女は迷惑そうにせず、受け入れてくれるだろうし、僕的にも助かるが、前提として僕が危険な現場に居るという事が、死亡率を高める要因となりかねないのだ。
ならば、普段から護衛を付けて貰っている方が、僕が魔力を使えるようにならず、そして何かあった時の対処を手早く行える、言わばバランスが良いようにも感じる。
「まぁ、本当に必要なら声掛けなよ。私なら、何時でも君の魔力を使えるようにしてあげるからさ〜」
「まぁ、無いのが一番だな」
僕の考えを知ってか知らずか、それは分からないが、彼女は軽々しく提案をしてくる。
可能な限り、彼女の手は借りないようにしなければならないように感じた僕は息を呑む。
何も無ければ良いに過ぎない。シルティアもリディナもそうだが、何事もなく平穏にこのまま──。
「⋯⋯そういえば、お前らって帰る目処立ってるのか?」
「そこ聞いちゃう?」
「どうなんだよ?」
「⋯⋯無い!ま〜ったくもって、わっかんない」
「わかんない?」
「原理の事だよ〜。だってさ、この世界と別の世界を繋げられたその原理分かってないのに、見つかりっこないし。もう、永住希望の確定演出だねぇ」
指と指を合わせたり、離したりしているフィローネ。
そんな彼女の瞳はゆっくりと僕へと向き、徐ろに口を開く。
「⋯⋯君、ちょっと嬉しそうだったね?」
「え?」
嬉しそう、そんなつもりは決してなかった。
だが、僕は思わず頬を触れると、確かに口角は僅かに上がっていて、自然と胸が高鳴る。
「⋯⋯危ない目に遭うかもしれない可能性よりも、同居人に居て欲しいんだぁ?変わってるね?あ〜違うか。変わってるから同居人してるのか」
「⋯⋯そうだよ。悪いか」
始まりすらも、危険な感じは漂って、危険性を自ら出していたシルティアを結果としては同居する形を取っている。
別段、そこに後悔はないし、間違った事は何もしていないと僕は声を大にして言えるのだ。
「一時の気の迷いとか、感情かもしれないよ?」
彼女の言葉は、ヤケに心を締め付けた。しっかりと今後を考えて、泊まる事を是としたかと考えそうになると、途端と恐怖心が芽生え始めてくる。
「解らないって顔しちゃ駄目なんじゃない?君の問題だよ?解決しなくっちゃ」
じぃーと見つめる彼女の瞳は僕の心を読み取るように、ねっとりとした視線が絡み付く。
「⋯⋯君、もしかして。孤独、駄目な感じぃ?」
孤独なんて、誰も嫌なものだろうと頭で理解しているというのに、何故か虚を衝かれたような胸の騒つきは収まらない。
「アハハハハ〜ッ、何それ可愛いィィ。本っ当に、人って不思議だねぇ」
手を口元に持っていき、怪しく笑う彼女。恍惚としたその表情は、彼女が僕をどういった風に見ているのか、更に分からなくなっていき、僕は嫌な気持ちだけが込み上げてきた。
「勝手に決めるな。誰も何も言ってないだろ?」
まるで視界から天敵を見ないようにするように、そして逃げたように、俯いてしまい、フィローネを見ないようにしてしまう。
「【紅閃姫】は元の世界で『バルファザル王国』の情勢を見たいから、帰りたい。出来れば、一刻も早く⋯⋯ね?」
「っっ!分かってる」
シルティアの立場も気持ちも勿論知っている。理解しているつもりで、帰れる手立てがあるのならば、僕は──助ける、筈。
自信のなさは、きっと僕では力不足だからだろう。
きっとそうだと、言い聞かせた。
「なら、君の気持ちは抑え込まないとねぇ〜。それとも、言っちゃう?『行かないでぇぇ〜』って?」
「っっ、お前っ!!」
思わず立ち上がろうとする僕よりも早く、僕が座っている側へと机に座って、僕の顔を覗き込むようにしているフィローネ。
「⋯⋯⋯⋯決めるの、君だよ?」
囁くように僕の耳元で呟く彼女の言葉は挑戦のようにも捉える事が出来て、それを僕は受けるか悩んだ。
「当たったって、私達には大したダメージにはならないしぃ、私は半殺し程度なら、いいと思ってる。死ななきゃ良いんだもん。ほら?ここ、そのぎゅぅぅっと握ってるお手てで、ね?」
「⋯⋯っっ!」
意図せずに握っていた拳は解かれた。
力を抜き、立ち上がってしまった身体は椅子へと引き戻される。
そんな様子を真近で見ていた彼女は大きな欠伸をしながら、そっと机から降りて、僕の座っている椅子の背もたれ部分ま行くと、凭れ掛かってきた。
「君はなんというか。⋯⋯中途半端だねぇ」
「なに?」
「私からすれば、自分の為になんで言わないのか、不ッ思議なんだよねぇ〜。だって、【紅閃姫】の事なんて、他人だって割り切っちゃえば良いのに。もっと、自分の為になるように使えばいいのにさぁ〜。ねぇ、なんでなのかなぁ?」
「⋯⋯⋯それは」
「中途半端に助けたなら、中途半端に捨てるしか無いよ?ペットを飼った飼い主が不当に捨てるのと一緒。要は気持ちが中途半端なの。君も一緒。生半可な覚悟で、私達のやる事に首は突っ込んだら、君。ホントに死ぬよ?」
「っ!僕は──」
チャイムが鳴り響き、辺りを見渡せば、殆どの生徒はテラスから去っており、僕とフィローネの二人のみ。
僕のすぐ隣まで寄り、顔を覗かせてくる彼女をゆっくりと視界に明確に収めていく。
魔女は怪しく微笑んでいた。
「行こっか。五時間目、始まるね?」
試合終了の合図が鳴り、KO勝ちで誇るボクサーのように、自信に満ちた笑みは嘲笑か、愉快故の嬉笑なのか、僕には察する事は出来ず、嘻笑で満ちていく遣る瀬無さを誤魔化す事しか出来なかった。




