第16話 続けるという話
継続的な依頼の打診は、静かだった。
書状は、これまでと同じ形式。
余計な装飾も、過剰な称賛もない。
だが、行間だけが、以前より重い。
——試験結果を踏まえ、
——王宮文官数名分の仕立てを検討したい。
——継続的な協力の可能性について、協議を希望する。
私は、無意識に指先で紙の端をなぞっていた。
「……増えるな」
オーナーが短く言う。
私は、文字を追いながら頭の中で工程を並べる。
仮縫い。
動作確認。
長時間着用の再確認。
記録。
どれも、削れない。
数名。
だが——継続的。
それは、一度きりの仕事ではない。
(全部受けたら、店が壊れる)
その感覚だけは、はっきりしていた。
数日後。
再び、王都外れの迎賓館。
通された応接室は、前回と同じ。
配置まで、ほとんど変わらない。
(試されている)
そう思わせる、意図的な整え方だった。
現れたのは、前回と同じ監督官デュラン。
無駄のない一礼のあと、彼は本題に入った。
「正式採用ではありません」
最初に、はっきりと線を引く。
「ですが、現場での評価は高い」
私は、視線だけでオーナーを見る。
オーナーは、すぐには答えなかった。
沈黙。
だが、それは迷いではない。
測っている沈黙だ。
「条件があります」
静かな声で、オーナーが切り出す。
デュランは、すぐに頷いた。
「伺いましょう」
「工程は、変えません」
即答だった。
仮縫い回数。
確認時間。
記録の保持。
「数を増やすなら、範囲を絞ります」
全員対応はしない。
職種を限定する。
使用状況が把握できる範囲に留める。
デュランの視線が、わずかに鋭くなる。
だが、口は挟まない。
「納期は、こちらが決めます」
オーナーの声は、最後まで平坦だった。
「急ぎは、受けません」
一瞬の静寂。
迎賓館の時計の音だけが、小さく響く。
デュランは、ゆっくりと息を吐いた。
「……合理的だ」
それは評価とも、確認とも取れる声音だった。
「最後に——」
オーナーが、私を見る。
視線が合う。
次の言葉は、もう分かっていた。
「担当は、彼女です」
胸の奥が、一拍だけ強く鳴る。
デュランの視線が、まっすぐこちらに向いた。
値踏みではない。
確認の目だ。
「構いません」
即答だった。
「現場で判断できる者が必要です」
私は、ゆっくり頷く。
これは、名誉ではない。
(逃げ場が、ひとつ減った)
責任だ。
協議は、驚くほど淡々と終わった。
押しも、引きもない。
だが——
線だけは、互いに引かれた。
帰り道。
石畳を並んで歩きながら、私は正直に言った。
「……怖いです」
「当然だ」
オーナーは、迷いなく返す。
「だから、条件を出した」
店に戻ると、いつもの作業台がそこにあった。
布。
針。
記録用の紙。
何も変わっていない。
それなのに——
背負う重さだけが、わずかに増えている。
この依頼は、店を有名にするかもしれない。
同時に、
店の形を、ゆっくり固定していくかもしれない。
私は、深く息を吸う。
(続ける、というのは
“広げる”ことじゃない)
守れる形で、続ける。
削らないまま、続ける。
それが、この店のやり方だ。
王侯側からの継続的な依頼は、
始まりであると同時に——
選び続ける覚悟を、静かに求めてきていた。




