表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静かに暮らしたい縫い子は、着心地だけで世界を変える  作者: 烏斗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/53

第17話 同じ王宮、違う理屈

 それは、継続依頼の話が落ち着いた直後だった。


 今度の書状は、被服局のものではない。

 封蝋の紋も、紙質も、わずかに違う。


 差出人の肩書きを見た瞬間、

 オーナーの指が、ほんの少しだけ止まった。


 ——王宮儀礼局。


 封を切ったあと、彼は低く息を吐く。


「来たか……」


 短い一言だったが、

 歓迎でも、拒絶でもない響きだった。


 


 内容は、簡潔だった。


 ——近々予定されている公式行事に向け、

 ——“新しい王宮服の在り方”について相談したい。

 ——動きやすさを取り入れた仕様を検討中。


 


「……話が早いですね」


 私は、率直な感想を口にする。


 


「評価が出ると、別の部署も動く」


 オーナーは、感情を乗せずに言った。


「しかも今回は、“見せる側”だ」


 


 被服局とは、立っている場所が違う。


 その違いが、書状の行間から静かに滲んでいた。


 


 数日後。


 指定されたのは、王宮内の一室。


 迎賓館よりも装飾は控えめだが、

 机上の書類の整え方に、無駄がない。


(観察されている)


 部屋に入った瞬間、そう分かった。


 


 向かい合った儀礼局の担当官は、年若い男だった。


 姿勢が良い。

 視線がぶれない。

 言葉の準備が、すでに整っている。


 


「儀礼は、見せる仕事です」


 彼は、前置きなしに言った。


「王宮服は、威厳の象徴。

 多少の不便は、必要な重みです」


 


 断定的だが、押しつけではない。


 私は、その言葉を否定しなかった。


 


「分かります」


 


 担当官の眉が、わずかに動く。


 反論を予期していた顔だった。


 


「ただ——」


 私は、静かに続ける。


 


「“多少”を超えると、集中が削がれます」


 


 儀礼の失敗。

 立ち位置の乱れ。

 所作の遅れ。


 


「それは、“見せる仕事”にとっても不利です」


 


 担当官は、腕を組んだ。


 思考に入った時の動きだ。


 


「では、どこまでが許容範囲だと?」


 


 私は、即答しなかった。


 数値では、切れない領域だ。


 


 代わりに、オーナーが口を開いた。


 


「用途を分ける」


 


 一言だったが、空気がわずかに締まる。


 


「式典の種類。

 拘束時間。

 参加人数。

 動線。」


 


「すべてを一着で賄おうとするから、無理が出る」


 


 担当官の視線が、ほんの少しだけ鋭くなる。


 だが、否定はしない。


 


「……しかし、我々は“統一感”を重視します」


 


 想定通りの反論だった。


 私は、一歩だけ前に出る。


 


「統一するのは、形ではなく考え方です」


 


 一瞬。


 部屋の空気が、確かに張り詰めた。


 


「工程と基準を揃えれば、

 用途ごとに違っても“王宮服”になります」


 


 担当官は、私をまっすぐ見つめる。


 試す目だ。


 


「それは……管理が増える」


 


「はい」


 私は、はっきり答える。


 


「楽にはなりません」


 


 沈黙。


 時計の針の音だけが、静かに進む。


 


 やがて、担当官は小さく息を吐いた。


 


「被服局とは、ずいぶん違う答えですね」


 


「違う部署ですから」


 オーナーが、間を置かず返す。


 


「見る位置が違えば、最適も変わります」


 


 担当官は、ゆっくりと頷いた。


 完全な同意ではない。


 だが——


 理解は、した顔だった。


 


 その場で結論は出なかった。


 


 帰り際。


 担当官は、記録係に何かを書き取らせながら言う。


 


「“動きやすい王宮服”ではなく——」


 


 一拍、言葉を選ぶ間。


 


「“動きを乱さない王宮服”」


 


 彼は、こちらを見た。


 


「その言い方は、記録しておきます」


 


 


 店に戻ったあと。


 私は、いつもの作業台に向かいながら考える。


 


 王宮は、一枚岩ではない。


 同じ“正しさ”でも、立場で意味が変わる。


 


 被服局は、現場を見る。

 儀礼局は、外から見る。


 


 どちらも、間違っていない。


 


(だからこそ、線引きが必要だ)


 


 すべての要求に応えれば、

 この店の“型”は、静かに崩れる。


 


 私は、確認表を一枚めくる。


 守る項目は、もう見えてきていた。


 


 王宮側の別部署から来た“違う要求”は、


 この仕事が、

 単なる技術では済まなくなった証だった。


 


 ——次に選ぶのは、

 “どこまで踏み込むか”。


 


 私は、針を持ち直す。


 


 迷いながらも、


 逃げないために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ