新学期
新学期が始まった。
あの暑苦しいセミたちの声と一緒に8月はどこかへ行ってしまったけど、まだまだ暑い日が続く。まったく、こんなに暑いんだから夏休みをもうちょっと長くしてくれてもいいと思うんだけどな。
私は首筋を手でパタパタと扇ぎながら、少しでも暑さから逃れようと日陰を辿りながら帰路を歩く。今日は、久々の一人での下校だ。いつも御嶋さんと一緒に帰ってたので今日も一緒に帰ろうと言ったけど、御嶋さんは放課後に部活に行くみたい。多分文化祭で展示する絵を描くんだと思う。
臨海学校を過ぎた頃から、御嶋さんは明るくなった。よく話してくれるようになったし、よく笑ってくれるようにもなった。私以外の他のクラスメイトの子とも話す機会が多くなった。そして、今では絵をもう一度描こうとしている。長い間遠ざけてきた絵に向き合うことができたのだ。それはきっと、辛かった過去を乗り越えられたからだ。
あの浜辺で、御嶋さんは私に自分の過去を打ち明けてくれた。そして、私に傍にいて欲しいって言ってくれた。私はあの人の支えになりたい。あの人のためになりたい。私は、御嶋さんのことが大好きだから。
だから、一人で帰るのが寂しいなんて思っちゃだめ。ずっと一緒に居たいだなんてわがままだ。
……それでも、やっぱ一人は寂しい。いつもは呆れるほど短かった帰り道が、今ではその何倍もの長さに感じる。
「うぅ……あつぅい~」
私はただひたすらに寮を目指して歩いた。
「そんで、お前いつになったら告るんだよ?」
校舎と寮の間にある体育館に差し掛かった時、男の子の声が不意に耳に入った。声は体育館の中から聞こえた。今は放課後で、バレー部やバスケ部が活動してると思うけど、体育館は練習中とは思えない程静かだった。多分今は休憩中なんだろう。
「告るって、誰にだよ」
「おま、とぼけてんのかよ。御嶋にだよ、御嶋」
「ッ!?」
私は咄嗟に体育館の壁沿いに身を潜め、聞き耳を立てる。片方は知らない人の声だけど、もう一人は分かった。加山くんだ。その加山くんが御嶋さんに告白するだって!?
「ちょっ、お前なに言ってんだよ。なんで俺が御嶋のことを好きってことになってんの?」
「バカかお前は。バレバレなんだよ。お前、御嶋と他の女子じゃ接してるときの態度が全然違うだろうが」
「そそ、そんな訳あるか」
「はぁ、それだからバレんだよ。いいか、よく聞け。お前があいつを好きになってからどれだけ経つ? 1年だ1年。それなのにお前はその間なんにも行動を起こしやしない。俺から見りゃ、お前たちの関係はただのクラスメートってとこだ。そんなことしてっと、いつ他の男が寄ってくるかわかんねぇぞ。お前も知ってるだろ? あいつが結構人気あるってこと。だから、ここらでもう男を決めろ。そんなんじゃ、いつか後悔することになるぞ」
「さ、さすが。経験者は言葉の重みが違うな」
「うるせぇ、ほっとけ。とにかく、俺の言葉、忘れんじゃねぇぞ」
「……あぁ」
「休憩終了。練習を再開するぞぉ~」
「「はいっ!」」
「……」
私の予想は的中していた。
前々から加山くんは御嶋さんに気があるんじゃないかとは疑ってたけど、やっぱりその通りだった。私の目に狂いは無かった。
いや、そんなことが重要なんじゃない。重要なのは、もう一人の男の子が言ってたこと。
「……御嶋さんって、人気なんだ……」
整った顔にさらさらロングな髪、体型もすらっとしてるし運動神経も抜群。今思い返しても、確かに憧れちゃうなぁ。
そんな御嶋さんが、もし誰かとお付き合いすることになったりしたら……。
「私……どうすればいいのかな……?」
きっと御嶋さんと一緒にいられる時間は短くなる。いや、もっと大変なことになるかも。最悪、私を放って彼氏さんとずぅっといるようになるかもしれない。
ははは、まさかそんな。御嶋さんは私に、傍にいて欲しいって言ってくれたんだから。それに、もし御嶋さんに彼氏さんができても、友達であることは変わらないはず。そうだよ! 私は御嶋さんの友達なんだから、彼氏さんができたらむしろ祝福してあげなきゃ。
「……友達、かぁ」
私は、御嶋さんの友達でいたいのかな……?
多分、きっと、それは違う。
じゃあ、私は彼女の何になりたいんだろう……?
分からない。分からないけど、御嶋さんのことを想うと、私の胸はキュッてなって切なくなる。
こんな気持ちを、なんて言うんだろう。




