帰途
「それでさ、昨日部活に行ったらみんなすごい驚いちゃって。もうかれこれ1年以上顔を出してなかったから。新入部員なんて、誰? この人、って目であたしを見てくるんだよ。そんな状況だからちょっと肩身が狭くって」
そう話す御嶋さんの顔は、嬉しさのせいか綻びている。
「そしたら部長があたしをみんなに紹介してくれたんだけどさ、そのときにあたしのこと、この部で一番絵が上手だって言っちゃってさ。もぉ伊達に長い間絵描いてなかったんじゃないからさ、ハードル上げられてほんとに焦ったよ」
「くすっ、でもその様子だと、うまくやってこれたんじゃない?」
「なんとかね。体で覚えたことはなかなか忘れないみたい」
「それで、これからは一体何の絵を描くの? やっぱり文化祭で展示するやつ?」
「そうそう。うちの部活さ、部員が少ないから一人2枚以上描くことになってるんだけど、もう文化祭が来週だっけ? だからあたしは1枚でいいって」
「絵って描くのにそんなに時間がかかるの?」
「あ、いやそうでもないけど。みんな何枚も描いて、その中から一番出来のいいやつを出展するんだ」
「へぇ~、それって大変そう」
「そうでもないよ、絵描いてるときは楽しいから」
そういえば、御嶋さんは思い出を絵にするって言ってた。今文化祭のために描いてる絵も、彼女の思い出の1つなのだろうか。
……私は、いるのかな? 御嶋さんの思い出の中に、私はいるのかな? 途端に、そんな心配が頭をよぎる。なんだか、御嶋さんが私から離れていく気がして。
御嶋さんはクラスで人望がある。部活でも慕われるような存在になるだろう。それに、綺麗だから男の子にも人気だ。だから、これから彼女はたくさんの人たちとたくさんの思い出を作っていくだろう。それを邪魔する権利なんて、私にはない。
それなのに、分かってる筈なのに、私は御嶋さんの思い出に居座りたい、独り占めしたいと思ってしまう。私は彼女と会う大勢の人たちのうちの一人でしかないのに。私はおこがましくも、彼女にとっての一番になりたいと思ってしまう。こんなことを打ち明けたら、御嶋さんは私のことを嫌いになるだろうか。
「そっかぁ。文化祭で御嶋さんの絵が見られるんだ。ふふっ、楽しみだなぁ」
「そんなに期待しないでよ? それに、他の部員の作品だってあるから、あたしより上手なのがあるかもだし。んじゃ、あたしはそろそろ部活行くから。また明日ね~」
「うん、また明日~」
軽く手を振って御嶋さんと別れる。今日も今日とて一人で帰宅だ。
とぼとぼと帰り道を歩いていると、やがて体育館が見えてくる。そこから聞こえるのは、元気に跳ねるボールの音と生徒たちの掛け声。
「……」
ふと昨日のことを思い出した。
「お前いつになったら告るんだよ?」
「とぼけてんのかよ。御嶋だよ、御嶋」
「知ってるだろ? あいつが結構人気だって」
加山くんは、いつか本当に御嶋さんに思いの丈を打ち明けるのかな? ううん、加山くんだけじゃない。いつか、私の知らない男の子だって、御嶋さんに憧れて、好きになって、告白するだろう。
そうしたら、御嶋さんはどうするんだろう。もしその人とお付き合いすることになったら、私はどうなるんだろう。御嶋さんは私をどうするんだろう。
「うぅ……」
突然、じんじんと胸が痛みだした。
こんなことではだめだ。せめて、御嶋さんの前だけでも『普通』で居ないと。こんな、嫉妬じみた感情なんて持っちゃだめなんだ。
そうだよ、私は御嶋さんの友達なんだから、もし疎遠にされることになったとしても、友達の幸せを願わなきゃ。
そう自分に言い聞かせながら、私は逃げ出すようにその場を後にした。




