第9話 伝説の晩餐会①
「ゾーヴィス公爵家令嬢ダリラが、『私の方がテオドール様にふさわしい』と夜会で騒いでいるそうだ」
ダリラは金色の髪に琥珀色の目をした、大輪のバラのように華やかな公爵令嬢だ。
結婚相手に同じ公爵かそれ以上を望める立場。
ダリラの周囲にいる結婚適齢期の高位貴族男性は、フォラツ公爵家のユーリとグレイヴン公爵家のテオドールの二人だけ。
社交界の誰もがどちらかと結婚するだろうと思っていたのだ。
(だから私は両親に、テオドール様を視て弱みを握ってダリラ様より前に結婚してしまえと命令されたのよね……)
シャルロットはぼんやりと思い出す。
「家柄で言えばそうでしょうね」
「しかし、グレイヴン公爵夫人が舐められている状況は良くない。晩餐会を開き、貴族達の前で示さねばならん」
「私の振る舞いにかかってるってことですね……!」
「晩餐会の主催は女主人の仕事だからな。私も協力する」
ダリラのことを抜きにしても、晩餐会を開くことは大変だ。
招待客のチョイス・席順・料理の質に内容……ひとつでも間違えたら、あっという間に社交界に知れ渡ってしまう。
シャルロットは小さく溜め息をついた。
◇◇◇◇◇
晩餐会の日がやってきた。
グレイヴン邸宅の前に豪華な馬車が次々と停まり、華やかに着飾った貴族達が現れる。
招待客は十数人ほど。みな、高位貴族たちだ。
招待客達は、まず応接間に通された。
応接間のソファーに座った三人の侯爵夫人ーー貫禄のあるマダム達が扇子で口元を隠して喋る。
「初めての晩餐会で私達を呼ぶのは、まず第一関門クリアね」
「お返しに、今度の夜会に招待しましょ」
「ねえ見て! テオドール様の盟友フォラツ公爵家当主のユーリ様は勿論、大司教ヨハン様まで」
「それにーー」
カツン、カツンとヒールの音を響かせて応接間に現れたのは、胸の谷間がくっきりと見えるブルーのドレスを着た、派手な美女。
公爵令嬢ダリラだ。
彼女が様々なパーティで「テオドール様に相応しいのは私」と騒いでいることは有名で。
晩餐会の主催は、ライバルであるシャルロット。
何も起こらないわけがないだろう。
マダム達は、
(社交界で今一番話題の対戦を最前列で観られるなんてラッキー!)
と内心興奮気味に頷き合った。
ダリラが最後の招待客だったようで、応接間にテオドールとシャルロットが現れる。
「皆様、今宵はグレイヴン公爵邸宅にようこそお越しくださいました」
淑女の礼をするシャルロットに、招待客達が目を見開く。
(あれが、『ドジっ娘シャルロット』!?)
シャルロットは今までは下ろしていたピンクブロンドの髪を後ろでまとめ、前髪は真ん中ですっきりと分けていた。
額とシャープな眉が見えるスタイリングは、今までの可憐な雰囲気とまるで別人で。
ドレスの色はダリラと同じブルー。
けれど、露出が少ないエレガントなデザインだ。
イヤリングとネックレスはアクアマリン。
全体的に知的な公爵夫人といった雰囲気を醸している。
(男に媚びたファッションから知的で上品な夫人に変わるなんて、シャルロット様やるじゃない)
(それに、合わなさそうな二人だと思いきや……)
(紺色の髪に青い目のテオドール様の色をまとって、こうして並ぶと夫婦らしいじゃないの)
マダム達は目配せをする。
「妻シャルロットが初めて主催する晩餐会にようこそ」
続いて、シャルロットの横に立つテオドールが挨拶をした。
テオドールはアクアマリンの石がついたピンクゴールドのネクタイピンを付けている。
シャルロットの目と髪の色。
「まさかテオが先に結婚するとはねぇ、今宵は楽しませてもらうよ」
親交の深いユーリがくだけた言い方をして、場の空気が良い意味でゆるんだ。
「グレイヴン公爵夫妻の初めての晩餐会にお招きいただき、光栄ですわ」
「ええ、本当に」
「ぜひ私の夜会にも来ていただきたいわ、ねえ貴方」
「うむ、ぜひお二人でいらしてください」
マダム達が話し終えると他の招待客も次々と挨拶をする。
挨拶をしていない招待客はあと一人となった。
ーーダリラだ。
「今宵はお招きいただき、ありがとうございます。私、テオドール様のお屋敷に来たかったんですの」
ダリラはシャルロットが存在しないかのように、テオドールの方だけ向いて話す。
しかし、シャルロットも負けていない。
「来ていただけてとてもうれしいですわ、ダリラさん」
「!」
ダリラのまとう空気がピリッと鋭くなる。
シャルロットが伯爵令嬢だった頃は、公爵令嬢であるダリラのことを様付けで呼んでいたのだが、今は公爵夫人のシャルロットの方が立場は上。
ダリラもシャルロットも華やかな微笑を浮かべているが、空気はバチバチとしている。
(早速やり合ってるわ~~!)
マダム達はシャルロットとダリラの後ろで興奮気味に眺める。
「ーーでは、皆様。大食堂にご案内いたしますわ」
シャルロットが笑顔で歩き出す。
「っ!?」
シャルロットの体がぐらりとふらつく。
とっさに支えたのは後ろにいたダリラだった。
「あらぁおかしいですわね。"ドジっ娘"は演技だったはずでは?」
(アンタが後ろから私のドレスの裾を踏んだからよろけたのに!)
内心怒りでいっぱいになるシャルロット。
しかし、ここで感情を露にするわけにはいかない。
「失礼いたしました。緊張のあまり、足が震えてしまいましたの」
シャルロットは笑顔で説明をして、ドレスの裾に気を配りつつ歩き出した。
(それよりーー……うっかりダリラに触れて視てしまった……!)
裾を踏まれ、よろけた拍子にシャルロットの右手がダリラに当たったのだ。
(とんでもない秘密を知ってしまった。どうしたらいいのーー)




