第8話 謎の人形事件③
シャルロットは客室を出て、隣のテオドールの部屋のドアをノックする。
「テオドール様、シャルロットです」
「ああ、入りたまえ」
シャルロットが入室すると、ソファーに座って本を読むテオドールの姿が見えた。
テオドールに向かって、シャルロットは頭を下げる。
「テオドール様、今朝はすみませんでした」
「なんのことだ」
「私が声を荒げたことです。色んな感情が混ざって、自分でもコントロールできなくて……」
シャルロットの声が小さくなっていく。
(完全に言い訳だわ。自分の感情のコントロールができないなんて、貴族失格)
テオドールは本を閉じて、目の前に立つシャルロットを見上げる。
「あの後、父上にも怒られた。私は人の気持ちを思いやることが不得手な自覚がある。だから、こうして勉強を始めたのだ」
テオドールが読んでいた本を見せる。
心理学の本だ。
(真面目だわ!)
シャルロットはなんだか気持ちがほどけて、ここに来た目的を思い出した。
「ところで、人形に目を付けたいので貸していただけますか」
「ああ」
テオドールは本をテーブルに置き、懐から人形を取り出してシャルロットに渡す。
シャルロットは目のない人形を見つめる。
「不思議なものですね。あんなに不気味に見えたのに、理由が判明したら可哀想な人形に見えてくる」
「君はそう感じるのか。私は理由が判明した後も不気味さは変わらない」
「なるほど、テオドール様らしいですわ」
シャルロットはテオドールの向かい側のソファーに腰を下ろし、持って来た裁縫道具をテーブルに置いた。
翠色の丸いガラスの中心の穴に糸を通し、人形に縫い付ける。
作業はすぐに終わり、人形は翠色の丸い目を持つかわいらしい姿に戻った。
一連の流れを見ていたテオドールが少し目を見開く。
「器用なものだな。そういえばメイド長が、君が自分で髪を結ったりドレスを着たりすることに驚いていた」
「……実家ではメイドを付けてもらえず、自分でやるしかなかったので」
「それから、君が私の髪色に合わせて群青色のドレスを選んだことを褒めていた。夫婦はお互いの色を身に付けるものなのだと私は知らなかった、ありがとう」
「!」
(気付いてくれる人もいるんだ……)
「これからは社交界のそういったルール面は、私がフォローしていきますね」
「ああ、頼む」
テオドールの真顔は変わらない。が、シャルロットは和やかな空気を感じ取った。
(偽装結婚だけれど、共に生きて行くのだから、こうして少しずつ理解して歩み寄っていきたい)
シャルロットは心からそう思ったのだった。
◇◇◇◇◇
翌日の昼下がり。
領地内にある国教会で、テオドールとシャルロットの婚礼式が厳かに上げられた。
シャルロットがテオドールと共に教会の庭に出ると、大勢の領民達が。
テオドールはシャルロットを紹介した後、「ああ、そうだ」と言いながら、自身の懐に手を入れる。
「最近、人形をなくした子供はいないか?恐らく、カラスによって我が館の中庭に運ばれていたのだ」
テオドールが人形を高く掲げて見せるとざわつく民衆の中から、
「あっ!メアリー!」
と少女の声が聞こえた。
「あの子ですわ」
シャルロットが小声でテオドールに伝えると、彼は少女の元に歩き出したのでシャルロットもついていく。
人形とそっくりなピンクブロンドの長い髪を三つ編みにした、翠色の目の少女。
テオドールが少し屈んで、少女に人形を渡した。
「テオドール様、あっありがとうございます!」
少女の両親が頭を下げる中、少女は受け取った人形をじっと見つめている。
「目が取れてしまっていたから、代わりに付けたのだけれど……」
シャルロットが申し訳なさそうに言うと、少女は満面の笑みを向ける。
「すごくきれい!シャルロットさま、ありがとう!」
弾けるような笑顔で少女は人形を両手で高く挙げる。
少女と同じ翠色の目が、日差しを浴びてきらりと輝いた。
◇◇◇◇◇
翌朝。
テオドールとシャルロットは王都に帰るための支度をしていた。
そこに、執事長がやって来た。
「テオドール様にお手紙が届いております」
「む、誰からだ?」
手渡された手紙の送り主を読んだテオドールの眉間に皺が寄る。
「じっくり読まねばならないので、席を外す」
そう言って部屋から出ていった。
(ものすごく険しい顔をしていたけれど、悪い知らせなのかしら)
シャルロットが心配そうにテオドールの背中を見送っていると。
「シャルロット、少しいいかい」
声をかけて来たのは、テオドールの父リチャード。
「ええ、もちろんですわ」
二人で向かい合わせにソファーに座る。
リチャードは申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「テオドールがそなたに迷惑をかけているようだな……何かとデリカシーに欠けた性格で、すまない」
リチャードに謝られて、シャルロットはここ数日のテオドールのあれこれを思い返す。
「ええ、本当に……」
つい本音が漏れてしまい、リチャードの目が丸くなる。
シャルロットはそれに気付き、
(しまった、正直に言いすぎたわ……!)
と焦った。
「ーーですが、真面目で正直で公平な方なので、とても信頼しております」
「ほう、それはそれは」
リチャードはうれしそうに柔らかく微笑んだ。
「テオドールのあの性質は、亡き妻ベアトリス譲りでな」
「まあ……」
「空気を読まず誰であっても忖度しない性分は敵を作りやすく、トラブルに発展することもよくあったが、」
(女性なら尚更大変だったでしょうね……)
シャルロットはリチャードだけでなく、ベアトリス自身にも同情した。
「嘘と敵だらけの社交界で、彼女だけが信じられる存在だった」
リチャードの言葉には、公爵家前当主の孤独が滲んでいて。
シャルロットは静かに頷く。
(恐らくお二人も政略結婚だったのだろうけど、リチャード様にとってベアトリス様は大事な方だったことが伝わってくるわ……)
ドアが開く音がして、すぐにテオドールが入って来た。
「シャルロット、私だーー父上、どうかしましたか?」
戻ってきたテオドールが、静かに微笑み合うリチャードとシャルロットを見て、不思議そうに尋ねる。
「世間話をしていただけだ。テオドール、シャルロット、二人で力を合わせてゆくのだぞ」
「ええ」
「はい!」
ーーこうして、テオドールとシャルロットはグレイヴン領を後にした。
「……噂と全っ然違いましたね~、シャルロット様」
テオドールとシャルロットを見送ったリチャードの後ろで、若いフットマンが呟いた。
すかさずメイド長が口を開く。
「婚礼ドレスを着る日は着脱しやすいワンピースと邪魔にならないようなまとめ髪。婚礼ドレスを汚さないためか、レースの手袋を着けておられました。とても気が回る賢い方です」
「ほう……!」
リチャードが感心した声を漏らす。
メイド長の隣の若いメイドが、おずおずと口を開いた。
「シャルロット様は些細なことでも笑顔でお礼を言ってくださって、女神のようでした!」
目をきらきらとさせて語る若いメイドに、別のメイドも強く頷く。
「テオドール坊っちゃんが良き方と結ばれて良かったです」
「ああ、本当に」
執事長のしみじみとした言葉に同意するリチャード。
(シャルロットがか弱そうな見た目と裏腹に、テオドールと対等にやっていけそうな芯の強さがあるのが良い。
ーーしかし、二人は別室を希望したそうだから、白い結婚なのだろうな……)
リチャードは遠い目をした。
その頃、馬車の中のテオドールとシャルロットは。
「そういえば、お手紙を読んで渋い顔をされてましたが……」
「うむ……送り主はユーリからでな」
テオドールは眉間に皺を寄せながら、話を始めた――




