第7話 謎の人形事件②
シャルロットは深呼吸をしてから、目を閉じて右手で人形に触れる。
いつものように、映像が脳内に流れ込むーー
7歳くらいのピンクブロンドの少女が、うれしそうな笑顔で見つめて来る。
『メアリー! あなたは今日から私の妹よ!』
少女の顔が近づく。
よく見ると、少女の目に人形が映っている。
丸いガラス玉の瞳は、少女と同じ澄んだ翠色ーー
「ーーというものが視えました」
「ふむ。人形がシャルロットに似ていることは、ただの偶然の可能性が高いな」
「よく考えたら、白いフリルのピンクのドレスも今の流行だから似ただけなのでしょうね。
でもなぜ誰がどうやって領主邸宅の中庭に置いたのか……」
シャルロットが呟いている途中で、ドアをノックする音がした。
慌てて口を噤む。
「テオドール様、シャルロット様、ご夕食のお時間でございます」
「ーーああ」
(二人きりじゃないと話ができないのに)
人形の謎を早く解決したくて、シャルロットは歯痒さを感じる。
「人形が悪意の産物じゃないことが判明したから大収穫だ」
「……確かにそうですね」
テオドールのフォローを聞いたシャルロットは気持ちを切り替えて、食堂室へ向かった。
晩餐は、領地で獲れた野菜や肉などの食材がふんだんに使われていて、とても美味しかった。
シャルロットがデザートのタルトタタンを食べ終わり、コーヒーを味わっていると、テオドールが給仕のメイドに声をかける。
「このデザートはまだあるか?」
「ええ、ございますよ」
「もうひとつもらおう。シャルロットに」
「えっ」
「君は甘いものが必要だろう?」
「ま、まぁ好きですわ……」
(先ほど視たから、甘いものを多めに食べるよう気遣ってくださったのだろうけど、これでは私が食いしん坊のようで恥ずかしいわ……!)
シャルロットが恥ずかしさから少し俯く。
背後の窓からギャアッと鳥の鳴き声が聴こえて来て、シャルロットは肩を震わせた。
「この辺りは果実が豊富だからか、昔から鳥が多くてな」
リチャードの言葉を聞いたテオドールが突然立ち上がり、窓から外を眺めた。
何事かと、全員がテオドールの方を向く。
「人形を置いた犯人は、カラスではないか?」
「!?」
「カラスには光るものを集める習性があるらしい。例えば、子供が落とした人形のガラス玉の目を狙ったカラスが、縄張りの中庭に運び嘴でむしり取った」
「そういえば、中庭の木にカラスの巣があると庭師が申しておりました!」
メイドの情報により、テオドールの仮説が強化される。
「確かにカラスだったら、番犬が反応しなかったのも納得ですわね」
「そうだ」
シャルロットの言葉にテオドールが頷く。
あの不気味な人形が悪意のあるものではなく、偶然の産物の可能性が高いことがわかり、一同は安堵した。
「人形の持ち主は領民の子供だろう。明後日の婚礼式の後、そのまま庭で領民達に御披露目をするから、そこで持ち主を探せば良い」
リチャードが言った後、シャルロットが控えめに口を開く。
「人形に目を付けてあげたいのですが、丸ガラスのパーツはどこで手に入りますか」
「それでしたら私が買って参ります」
給仕のメイドが答えたので、シャルロットは頷いた。
「婚礼式の前に人形の件が平和に解決してよかった」
「ええ、本当に」
晩餐はつつがなく終わり、テオドールと話をしながら部屋に戻ったシャルロット。
人形の件が解決したので、かなり気持ちが楽だ。
だから、確認をすることをすっかり忘れていた。
湯浴みを終えた後、寝室に入って目を見開く。
天蓋のついた大きくて立派なベッドが、一つだけ。
(建前上は夫婦だから、こうなることは予想できたのにうっかりしていたわ……。
指先一つ触れたことがないのに同じベッドで寝るなんて……)
「テオドール様、寝室をもうひとつ用意していただくことはーー」
ベッドに横たわったテオドールに声をかけるが、返事がない。
「……もう寝てるの!?」
広いベッドの左端で眠るテオドールを見て、シャルロットは深く溜め息を吐いた。
(この人は私のことなんて、何も意識してないんだわ)
なんだかバカらしくなったシャルロットは、テオドールと反対側に横たわった。
ベッドは広いので、二人の体が触れることはない。
(でも、この状態で眠れるわけない!)
しかし。
疲れていたのか、目を閉じるとシャルロットはあっという間に眠りに落ちていった。
◇◇◇◇◇
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む朝陽の眩しさで意識が浮上したシャルロットは、うっすらと目を開ける。
目の前にあるのは、眠るテオドールの横顔。
「きゃ!? あっそういえば……」
シャルロットが悲鳴をあげかけて、昨夜のことを思い出していると、テオドールの目がぱちりと開いた。
「ああ、おはよう」
平然と挨拶をしたテオドールは起き上がり、サイドチェストに置いていたモノクル眼鏡をかける。
シャルロットは昨夜の怒りが再燃してきた。
「テオドール様はこの状況が嫌ではないのですか……?」
「表向きは夫婦だから仕方あるまい。君が嫌ならば、寝室を分けてもらーー」
「嫌なのはテオドール様では!? だって私が触れたら、視られてしまうんですよ!」
シャルロットが声を荒げる。
シャルロットはノイエ家の中では手袋をつけさせられていた。
ノイエ夫妻がシャルロットに触れられることを恐れて。
サイコメトリーを発現して間もない頃、両親に手を伸ばした時の怖れを帯びた嫌そうな顔が忘れられない。
それ以来、シャルロットはサイコメトリーのことを知っている人間に触れることが何よりも怖くなってしまった。
シャルロットが突然怒り出したにもかかわらず、テオドールは平然と話を始める。
「私は恥ずかしい行動など一切していないから、視られても平気だ」
いつもの口調で断言するテオドールに、シャルロットは脱力した。
(そんな人間がいるなんて……)
シャルロットが今まで触れて視たのは、目を背けたくなるような下卑たことばかりで、けれど人間なんてそんなものだとも思っていたのだ。
「もしアクシデントで触れて何か視た場合は、視えたものを教えてくれ。興味がある」
「は、はい……」
テオドールの反応に拍子抜けしているシャルロットの目の前で。
「きゃあ!」
テオドールが夜着のガウンを脱ぎ出して、シャルロットは悲鳴を上げた。
「やっぱり寝室を分けていただけますか!?」
「? ああ」
(もう、テオドール様って良くも悪くもブレない変人だわ!)
コンコンコンッ
ドアをノックする音の後。
「悲鳴が聞こえましたが、いかがなさいましたか?」
メイドの声が聞こえたので、シャルロットはもうひとつ寝室を用意するよう頼んだのだった。
「すぐお使いいただける寝室はこちらだけでして、少し小さめになってしまいますが……」
「充分よ。私のわがままなのに、すぐ用意してくれてありがとう」
隣の寝室に案内されたシャルロットが、メイドに礼を言ってからドアを閉める。
(もう私、テオドール様に気を使わないわ!)
シャルロットは頬を膨らませながら、夜着のネグリジェを脱いだ。
クローゼットを開いて、今日着るドレスを選ぶ。
(今日は婚礼式のドレスのサイズチェックをするから、脱ぎやすいデザインのものにしよう)
淡いレモン色のワンピースに近いシンプルなドレスを着たシャルロットは、髪を三つ編みにして後ろで巻いてピンで留めた。
全身が写る鏡の前でバランスをチェックする。
「うん、感じが良いわね」
シャルロットが満足げに呟いた直後、ノックが聞こえた。
「シャルロット様、ご朝食のお時間でございます」
「ええ、行くわ」
食堂室に行くと、テオドールはいつもと変わらない様子で座っていたので、向かい側の席に腰を下ろす。
(冷静になると、最初に声を荒げたことはテオドール様に悪かったかも……)
しかし、当のテオドールはまったく気にしている素振りがないので、なんだか謝りづらい。
(ズレてはいるけれど、感情に振り回されない性格はテオドール様の長所ね)
両親の感情に振り回されて来たシャルロットは、しみじみと思った。
朝食を終えると、メイド長がシャルロットのところにやって来た。
「シャルロット様、これからドレス合わせをいたします」
「ええ。テオドール様、行って参ります」
「ああ」
メイド長についていった部屋には、トルソーに飾られた白い婚礼ドレスがあった。
首まで覆われた古風なデザインのドレス。
「なんて上品で美しい……」
シャルロットが無意識に呟くと、メイド長が、
「ええ本当に。シャルロット様が付けていらっしゃるレースの手袋とも合いますね」
と微笑を浮かべる。
シャルロットはドレスにうっかり触れて視てしまわないように、さりげなくレースの手袋を嵌めて来たのだった。
(婚礼ドレスの持ち主は、テオドール様の亡くなられたお母様。
何かを視てしまうことは避けたい)
シャルロットはメイド長に婚礼ドレスを着せられ、お針子がサイズのチェックを始める。
「シャルロット様は華奢ですねぇ! 脇を少し詰めるだけなので、明日の婚礼式に充分間に合います」
針子が元気に喋る。
用が終わったので、シャルロットは婚礼ドレスを脱ぎ、メイド長がトルソーに戻した。
婚礼ドレスのサイズチェックが終わり、シャルロットが客室に戻ると。
「あら?」
丸いテーブルの上に何か置いてある。
シャルロットが頼んでいた、翠色の丸いガラスのパーツだ。
それから、針と糸といった裁縫道具も一通り。
「さすが公爵家のメイド。仕事が早くて気が利くわね」
シャルロットは人形に目をつけようとして、人形はテオドールが持っていることを思い出した。




