第6話 謎の人形事件①
約5時間後。
執事長の薦めでテラスで花々を見ながら紅茶を飲んでいるシャルロットの元に、テオドールがやって来た。
「テオドール様、もうお目覚めになってよろしいんですか」
「ああ」
テオドールはシャルロットの隣の椅子に腰かける。
メイドは素早くテオドールのティーセットを用意し、退出した。
ふと、テオドールの皿を見たシャルロットがぎょっとする。
(ケーキにタルトにクッキーが山盛りだわ!)
テオドールは無表情でチェリーチョコレートケーキを綺麗な所作で貪り始めた。
あっという間に食べ終え、ティーカップをぐいっと傾けて飲み干す。
「テオドール様、甘いものがお好きなんですか」
「好きと言うより、頭を使った後は無性に甘いものを食べたくなるんだ。糖分は脳の栄養なのかもしれん」
「……そういえば私も視た後は甘いものが欲しくなりますわ」
「そうか。君が言うと信憑性が上がるな」
テオドールはイチゴジャムが載ったクッキーを口に放り込む。
(テオドール様とこうしてティータイムを過ごしているなんて、なんだか不思議な感じだわ……)
シャルロットがぼんやりとテラスを眺めていると、楡の木の後ろから人影が見えた。
「やあ!」
にこにこと朗らかな笑みを浮かべて現れたのは、ユーリ。
「二日連続で来て……暇なのか?」
テオドールがラズベリータルトを齧りながらにべもなく言うと、ユーリは「キミ達の報告のために来たのに!」と口を尖らせた。
「昨日の夜会でテオの結婚について聞かれたから、ちゃーんと伝えといたよ! お喋りなトレーズ侯爵夫人にも話したから、もう社交界の隅々まで知れ渡っただろうね」
ユーリはテオドールの横の椅子に腰を下ろした。
「……そうか、ご苦労」
「ユーリ様、ありがとうございます」
「テオこそお疲れ。まさか僕が夜会に行ってる間に大捕物があったとはね! 今夜の夜会の話題はそれ一色だろうなあ」
"それ"とはミュラー侯爵が悪魔崇拝者で、誘拐した平民の子供を生け贄として殺害しようとしていたところを、テオドールに現行犯逮捕された事件のことだ。
サバトにはミュラー侯爵の他にも、伯爵令息・男爵家当主・子爵夫人など貴族が何人も参加していたことも、社交界を騒がせるだろう。
「テオは働きすぎだよ。ちょっと休んだ方が良いんじゃない?」
「国王陛下にも言われた。良い機会なので、明日からシャルロットを連れて父上のところへ行く」
「えっ!?」
驚きの声を上げたのはシャルロットだった。
その様子に、ユーリが呆れ顔でテオドールを見る。
「シャルロット嬢に伝えてなかったの?」
「……今、伝えた」
シャルロットは驚きのあまり素の感情を見せてしまったが、貴族としては良くない行いなので、急いで微笑を作る。
しかし、内心は複雑な感情気味だ。
(テオドール様のお父様に会うなんて、まだ心の準備が……!)
シャルロットは両親のせいで、社交界では数年前から『ふしだらな令嬢』として有名だ。
ユーリが名誉回復の話を流してくれたものの、王都から離れた領地で隠居をしているテオドールの父にはまだ届いていないだろう。
(それに、サイコメトリー能力を使って協力する代わりに契約結婚をしたことを隠さなければいけないし)
公爵家の前当主なんて、数々の修羅場を掻い潜って来た猛者だ。
そんな人物に隠し通せるだろうか。
シャルロットにとって、テオドールの父に会うことは正直気が重い。
(少しでも真面目そうな印象を与えるドレスを選ぼう……)
◇◇◇◇◇
翌朝。
「テオドール様、お待たせいたしました」
シャルロットは考えた末、群青色のシンプルなドレスを選んだ。
(テオドール様の髪の色と同じ色だから妻感が出るし、フリルが少ないデザインは落ち着いた印象を与えるから良いはず)
髪型は、長いピンクブロンドの髪を結い上げたアップスタイルで、前髪は斜めに流して。
今までの可憐で愛らしい雰囲気と違って、知的な印象を与える。
(今までメイクも髪も自分でやらされて辛かったけれど、その経験が役立ったわ)
シャルロットは伯爵令嬢にも関わらず両親がケチで、表に出る部分以外はお金をかけてもらえなかったのだ。
「ああ、では出発しよう」
(わかってはいたけれど、こんなに変わったのに一言もないのね……)
シャルロットは少しがっかりした気持ちで、テオドールの後をついていく。
テオドールは遠出用の馬車に乗り込み、シャルロットも続いた。
テオドールの斜め向かい側に腰を下ろす。
(遠出用だからか、クッションがさらにフカフカで座り心地が良いわ)
「今後の予定だが」
「はい」
「グレイヴン領には夕方頃に着く予定だ。
明後日、グレイヴン領内の国教会で婚礼式を行う。明日はその準備だ」
「はい。あの、ドレスは……」
「亡き母が着た白いドレスがある」
「はい……」
テオドールの母が亡くなっていることは知っていた。
(お母様にテオドール様の情報をひととおり聞かされていたのよね。詳しくは知らないけれど、事故だったとか……)
シャルロットはちらりとテオドールを見た。
彼は何か書類を読んでいる。
「国教会の庭で、領民に御披露目パーティ。その後は領内を馬車でひととおり回って邸宅に戻る流れだ」
「わかりました」
途中で休憩を挟みながら、グレイヴン領に到着した時には夕日が沈みかけていた。
王都の邸宅ほど豪華ではないが、それよりも大きい。
建物はコの字型で、中庭がある。
館の周囲を囲む木々は、王都の邸宅の庭ほど作り込んでおらず、野趣あふれる雰囲気だ。
「テオドール様、シャルロット様、ようこそいらっしゃいました!」
執事長とメイド長がにこやかに出迎えた。
大きな扉から館内に入ると、中央に装飾が美しい螺旋階段が。
そこから壮年の男性が降りてきた。
「久しいな、テオドール」
グレイヴン公爵家前当主、リチャード・グレイヴン。
テオドールの切れ長の瞳にシャープな高い鼻はリチャード譲りだ。
髪の色は銀色。
銀縁の眼鏡をかけている。
「父上、ご無沙汰しております。こちらが妻のシャルロットでございます」
「お初にお目にかかります、シャルロットと申します」
シャルロットは緊張を隠して、優雅に淑女の挨拶をした。
「父親のリチャードだ。シャルロット、よろしく。テオドールが結婚を決めて一安心だよ」
リチャードは目を細める。
友好的な反応に、内心胸を撫で下ろすシャルロット。
「父上、何か変わったことはございませんか?」
「私が知る限りはないな。お前たち、どうだ?」
リチャードが執事長の後ろに立つ使用人達に話を振ると、若いメイドがおずおずと手を上げた。
「つい先ほど中庭の掃き掃除に行ったら、これが落ちておりまして……」
メイドがエプロンのポケットから取り出したものは、小さな布人形。
毛糸の長い髪に木綿の布の肌、ミニチュアの服を着た女の子の人形で、子供が持っていそうな素朴さだ。
ーーただ、目がなかった。
本来、目が縫い付けられていた場所には、ちぎれた糸が抜けかけていて。
目のパーツを無理やり引きちぎったことがうかがえる。
不気味さに、一同は息を呑む。
シャルロットは人形に何か手がかりがないか、じっと見つめる。
淡いピンク色の長い髪。
白い肌。
白いフリルがついたピンク色のかわいいドレス。
(なんだか、あの日のーー)
「シャルロットに似ているな」
静寂の中、テオドールの声が響く。
「テオドール、お前は……!」
「父上、何か?」
「女性に対し、こんな不気味な人形に似ているなどと言うものではない」
「似ていることは事実でしょう?」
リチャードが苦い顔をしながらテオドールに注意をしたが、あまり伝わっていない様子だ。
当のシャルロットは、自分でもそう思っていたので「私もそう思います」とすんなりと受け入れていた。
(もしかして、私がグレイヴン家に嫁いだことへの抗議……!? 目のパーツが取られているのは、私の視る能力がバレてる!?)
「……この人形に誰も見覚えがないのだな?」
リチャードは使用人達に尋ねると、全員戸惑った表情で肯定する。
「中庭は建物に囲まれている為、侵入者がいれば誰かの目につくはずだ。
そもそも部外者が侵入したら、番犬たちが気付かぬわけがないのに一体どうやって中庭に運んだのか……」
テオドールがブツブツと独り言を言いながら、ポケットからハンカチを取り出す。
「私が調べるので、これは預かります」
メイドから人形を受け取ったテオドールは、人形をハンカチに包んで自身の懐に仕舞った。
「二人とも長旅で疲れただろう。部屋へ案内を」
「テオドール様、シャルロット様、こちらでございます」
執事長に案内された部屋はとても広く、立派な部屋だ。
「ご夕食のお時間は18時頃でございます。少し前にお迎えに参りますのでごゆるりと」
執事長はそう言ってから退出した。
テオドールとシャルロットの二人きりになり、二人は目を合わせる。
考えていることは同じーーあの不気味な人形のことだ。
「あの人形の目がないことが気になります……もしかして、私の力のことを知っているぞというメッセージでは……」
「可能性はゼロではないが、現時点ではわからないとしか言えない」
「……そうですね」
テオドールのフラットな答えにシャルロットは覚悟を決める。
(やはり、視るしかないわーー)
テオドールは懐から人形を取り出して、テーブルの上に置いた。
「もし何らかの呪術の道具であれば、恐ろしいものを視るかもしれん」
「……それでも視ます」




