第5話
「そういえば……」
シャルロットは紅茶のカップを置いてから、テオドールの方を向く。
「毒を盛った庭師はどうしていますか」
「ルイスは塔の一室に軟禁し、聴取をしている。そもそもグレイヴン家の使用人だから、毒を盛らせた連中に嵌められた確率が高い」
「心当たりがあるのですか?」
シャルロットが尋ねると、テオドールは眉間に皺を寄せた。
「ありすぎる。私は少し前から、国王陛下勅命で王都の犯罪を取り締まる立場になったからな。逆恨みばかりだが」
国王陛下勅命。
シャルロットはテオドールの立場の重さに改めて気を引き締める。
「私、そのルイスに触れて、『視たい』のですが……」
「そうだな……」
シャルロットの申し出はありがたい。
ルイスの聴取で違法賭博場が王都の外れにあるパブだと判明したものの、違法賭博や恐喝の証拠がないため踏み込むことができずにいる。
(ルイスを視てもらうにしても、ルイスは精神不安定な状態。どういう形が最良か……)
テオドールが考え込んでいると、バタバタと激しい足音が近づいて来た。
「テオドール様! ルイスがいません!」
「なに!?」
部屋に飛び込んで来たのは、塔でルイスの見張りをしていたグレイヴン家の私兵だ。
テオドールはすぐに立ち上がり、兵士と共に走り出す。
シャルロットも後をついていく。
(こんなこともあろうかと、ヒールの低いブーツを履いといてよかったわ!)
昨夜、気が利かないテオドールにハイヒールで歩かされたシャルロットは、用意された靴の中で歩きやすいブーツを選んでいたのだ。
そのお陰で、歩くことが速いテオドールに少し遅れを取りながらも、塔に到着した。
開け放たれた窓の縁に、外に向かう足跡がひとつ。
窓のすぐ外には立派な樹。
恐らく、この樹に飛び移って滑り降りたのだろう。
「テオドール様、申し訳ありません!」
兵士がテオドールに頭を下げる。
「そうか、庭師だから高所はお手のものか。そこまで考えが及ばなかった私のミスだから、不問に処す。近辺を見回りに行き、もしルイスを発見したら捕らえろ」
テオドールの言葉に頭を上げた兵士は、もう一度頭を下げてから部屋を出ていった。
(テオドール様、公平な方なのね)
シャルロットがぼんやりと思っていると、テオドールは部屋の中を見回る。
「ルイスを軟禁していたのは、保護の意味もあったのだが。……ああ、持ち物は残っているな」
小さなテーブルの上に、ぽつんと置かれた鞄。
窓から樹に飛び移るには身軽でなければいけない。
貴重品だけ持って、後は残したのだろう。
「視るのは執務室で行う」
「はいっ」
シャルロットはルイスの鞄を持ったテオドールの後ろについて、執務室に向かった。
テオドールは執務室に入ると、テーブルの上に鞄の中身をぶちまけた。
クシャクシャの新聞、薄汚れたキャスケット帽、枝を切るための鋏。
テオドールの視線が、シャルロットに移る。
「一日に視られるのは何回だ?」
「一日に四回視た時は頭痛がしました」
「では、一日に視るのは一回まで。緊急時に限り二回とする」
「はい」
どれに触れるか、ひとつに絞らなければならない。
(一刻も早く捕まえるために、絶対に今日手がかりを視たい!)
「賭博場に行った時に身に付けていたものだといいのですが……」
「枝切り鋏は仕事道具だから、優先度は低いな。新聞も関連が薄そうだ」
テオドールがさっさと鋏と新聞を脇に避ける。
残るはキャスケット帽と鞄。
「帽子か。ルイスが被っているところを見たことがないな。庶民の賭博場はほとんどが非合法」
「行く時に、顔を隠すために被っていた……?」
「その可能性は高い」
触れるものが決定した。
シャルロットはテーブルの上に紙と万年筆を用意してから、ルイスの帽子に触れる。
いつものように、脳内に映像が流れ込む。
ーー薄暗い室内。
薄汚れたテーブルに散らばったトランプ。
『テオドール様に毒を!? それで借金がチャラに……!?』
正面にいる男は、逆光で見えない。
肩越しに見えるのは、ランプに照らされた奇妙な絵ーー
「ひっ!?」
「どうした!?」
目を開けたシャルロットが、万年筆を手に取って絵を描きはじめる。
「とても気味の悪い生き物の絵が視えて……」
絵を描き終えてペンを置くシャルロット。
テオドールは完成した絵を凝視する。
中央に中年男性の頭部、左に猫のような頭部、右にカエルのような頭部、そしてその下の身体は蜘蛛。
「『テオドール様に毒を!? それで借金がチャラに!?』と言うルイスの声が聞こえたので、賭博場の情報だと思うのですが……読み取るのを失敗しました……」
「いや、これは……とても重要な情報かもしれん」
「こ、この奇妙な化け物の絵がですか!?」
「ああ。これは恐らくバエルという悪魔だ」
「悪魔!?」
テオドールは本棚から一冊の本を取り出してパラパラとページを捲り、シャルロットに見せた。
そこには、シャルロットが描いたものがもっと精巧に描かれた絵が載っている。
(私、この悪魔の絵に見覚えがある……)
シャルロットの脳裏に、ふいに記憶が甦る。
『知らない人の顔、猫の顔、よくわかんない顔がみっつ、体はクモの絵を囲んでる人たちが視えたの……』
『はあ!?子供の絵でも読み取ったのか?そんなもの、脅迫のネタにならん』
『シャルロット、失敗したわね!』
『ごめんなさい!ムチ打ちはやめて!』
(今考えると、わからなかった顔はカエルだったんだわ……あの頃はまだカエルを知らなかったから)
シャルロットは顔を上げてテオドールを見た。
「この悪魔って、誰でも知っているんでしょうか?」
「いや、特殊な知識だ。悪魔を崇拝する犯罪組織は歴史的に少なくないから、私は頭に入れているだけだ。貴族も平民も知らない者がほとんどだろう。どうかしたか?」
「思い出したんです。子供の頃に、バエルの絵を囲む黒マントの人達を視たことを」
「!?」
「けれど、その時は何かわからず、両親に伝えても両親もバエルを知らなかったので、失敗ということで終わりました」
「いつ、誰から読み取った?」
「11歳の誕生パーティだったので、約6年前です。視た相手は、ミュラー侯爵です」
「ミュラー侯爵!?」
ミュラー侯爵はテオドールより10歳年上の温厚な男性だ。
ミュラー侯爵家は敬虔な国教徒として、社交界でも有名なため、テオドールは驚いた。
「黒いマントで悪魔の絵を囲む……典型的な悪魔崇拝行為だ。6年も前だとすると、組織を作ったのがミュラー侯爵か?
私を殺そうとした理由は、嗅ぎ付けられる前に始末したかったのか?
悪魔崇拝は国教ひいては国家への反逆行為。身分関係なく大罪だからな……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、悪魔が載った本のページをめくるテオドール。
その手が止まる。
「サバト……新月はいつだ?」
「確か今夜ですわ」
「急がねば!」
テオドールは言いながら、執務室を飛び出した。
(私が視た情報が、間違っていたらどうしよう……)
開け放たれたドアから、テオドールが走り去った廊下を見つめるシャルロット。
「奥様、テオドール様がお帰りになるのを待ちましょう。お茶の用意をいたします」
「……そうね」
執事長に声をかけられたシャルロットは、自室に戻ることにした。
ーー昼前に飛び出したテオドールが帰って来たのは、翌朝だった。
「テオドール様、おかえりなさいませ」
玄関でテオドールを出迎えたシャルロットは、彼の後ろについて執務室に入る。
前を歩くテオドールから、ふわりと不思議な香りがした。
お香と埃が混じったような。
テオドール本人も気付いたのか、顔をしかめる。
「埃っぽいパブの地下で、悪魔崇拝者達が妙な香を焚いていたからな」
「! では……」
「やはりミュラー侯爵は悪魔崇拝組織の親玉だった。儀式の最中に踏み込めたから、言い訳もできない」
「私が視た情報が悪い方向にいかなくてよかった……!」
シャルロットが思わず呟くと、テオドールは少し驚いた表情になる。
「悪い方向どころか君のお陰で、誘拐された子供が殺される前に助けることができた」
「……!」
感極まって、両手で顔を覆うシャルロット。
「ミュラー侯爵は約6年前に悪魔崇拝組織を作っていた。1~2年のペースで平民の子供を誘拐し、生け贄として殺害していたようだ」
「そんな……」
ショッキングな話を聞いて、シャルロットの顔が青ざめていく。
「もし6年前、私が悪魔バエルを知っていたら子供達は殺されずに済んだかもしれない……。私がものを知らなかったばかりに」
悔しそうなシャルロットを見て、テオドールが口を開く。
「ノイエ家がミュラー侯爵をバエルのことで脅していたら、見せしめに君が拐われて殺されていた」
「!」
「6年前は私もまだ未成年だったし、そもそも犯罪を取り締まる正式機関が発足されたのも最近だから、どうしようもなかった」
「はい……」
まだ浮かない顔をするシャルロットに、テオドールは話を続ける。
「君が視て、知識面は私が担当すれば良い。各々できることは違うのだから」
「私……絵を学びたいです。視えたものを、より正確に描けるようになりたい」
「ああ、そこに力を入れることは正しいな。欲しい画材や絵の教師は私が手配す……る……」
「テオドール様!?」
ソファーに横たわったテオドールは、話の途中で眠り始めた。
(きっとミュラー侯爵を捕まえるために寝ずに頑張ったのね……)
シャルロットは眠るテオドールの顔を見つめる。
物事を観察する切れ長の瞳が閉じられているので、普段の鋭い印象が和らぐ。
テオドールが眠りながら少し身動ぎし、モノクル眼鏡が少しズレた。
シャルロットは手を伸ばしかけて、ハッと我に返る。
(危ない! うっかり触れるところだったーー)
立ち上がったシャルロットは執務室を出て、執事長を呼んだ。




