第4話 正反対の親友
翌朝。
シャルロットが目覚めると、メイドが大きな箱を抱えてやって来た。
「テオドール様からの贈り物でございます」
それは、深いグリーンのドレスだった。
(フリルがあまりついてなくて上品なドレス……私の好みだわ)
両親にフリルやレースが沢山ついたピンク色のかわいらしいドレスを着せられていたが、シャルロットの趣味ではなかった。
(なぜ私の好みがわかったのかしら? テオドール様、不思議な方)
シャルロットの身支度を整えたメイドが「旦那様が体調がよければ、朝食を共に食べたいとおっしゃっております」と言った。
「体調はもう回復したので、行くわ」
メイドに案内された部屋に入ると中央に大きなテーブルがあり、テオドールは席に着いていた。
メイドがテオドールの向かいの席の椅子を引いたので、シャルロットは腰を下ろす。
「おはよう、シャルロット」
「おはようございます、テオドール様」
二人の食事のセッティングを終えたメイドが、一礼をしてから部屋を出て行った。
テオドールが黙々と食べ始めたので、シャルロットも倣って静かに食べる。
(無言だけれど、嫌な感じじゃないわ。テオドール様の性格的に、ただコミュニケーションより食事を優先してるだけだとわかるからかしら)
シャルロットはノイエ家で両親に厳しくされていたため、メイドや執事にも舐められていた。
無視されることもあったり、太らないよう制限された料理を食べていると、「なにあれ、鳥のエサかしら」と嗤われたこともあった。
テオドールが食べ終えたタイミングで、シャルロットが話しかける。
「テオドール様、ドレスをありがとうございます」
「ああ。他にも必要なものがあれば、常識の範囲内で買ってくれて構わない。今日、君の荷物をノイエ伯爵家に取りに行かせる」
「大したものはありませんので、荷物は取りに行かなくて結構ですわ。それより……このドレス、色もデザインも私の好みなのでうれしいです」
「服屋が持って来たドレスの中で君の雰囲気に合ったものを買っただけだが、好みに合っていたのなら良かった」
シャルロットは驚いた。
ピンクブロンドの髪に大きな瞳、色白で華奢な体躯のシャルロットは、両親はもちろん仕立て屋にも、ピンクや白のかわいらしいドレスを選ばれがちだったから。
(観察力のあるテオドール様は私自身を見てくださったのね)
「ところで君の能力についてだが、他の人間には隠すつもりだ」
「はい」
サイコメトリーを発現して以来、両親に利用されてきたシャルロットは、テオドールの方針に安堵した。
両親以上の悪人に知られたら、倒れるまで視ることを強要されかねない。
「でも、それなら私と結婚する理由を捏造しなければいけませんよね」
「それは大丈夫だ。……ん?」
バタバタと足音が近付いて来て、テオドールは話を止めてドアの方を見た。
焦ったノックが響いた後、ドアが開く。
「旦那様、ユーリ様が……」
「やあ、テオドール! おっ、シャルロット嬢も」
慌てる執事の背後から、柔らかに波打つ金髪に人懐っこそうなたれ目の男性が現れる。
「フォラツ公爵閣下、ご機嫌麗しゅうございます」
シャルロットは内心焦りながらも、立ち上がって淑女の礼をした。
昨夜のパーティーの主催であるフォラツ公爵家当主のユーリ。
いち伯爵令嬢のシャルロットは、王族とも関わりのある大貴族の彼とは挨拶くらいしか交わしたことがない。
「堅くならないで、シャルロット嬢。ユーリって呼んでよ! 僕は幼い頃からテオドールの親友なのさ」
「幼馴染みなのは事実だが、親友は事実ではない。朝から何の用だ」
「何の用って、そりゃキミたちのことさ!」
満面の笑みのユーリと対照的にシャルロットは動揺した。
(どうしよう、まだテオドール様と話を擦り合わせていないのに……私は黙っていよう)
貴族が焦りを顔に出すわけにはいかない。
微笑を浮かべるシャルロット。
「昨晩のパーティでさ、バルコニーから出てきたテオドールの後ろをついていくシャルロット嬢を見た貴族達、全員目が真ん丸になってたよ!」
ーー二人が乗ったグレイヴン家の馬車が去った後、辺りは騒然となった。
マダム達は扇子で口元を隠すことも忘れて話し始めて。
「テオドール様って、ああいうドジっ娘タイプが一番嫌いそうなのに意外だわ! なら、うちの娘をけしかけようかしら」
「あの遣り手のシャルロットよ? バルコニーって結構暗いから……迫ったんじゃなぁい?」
そんな会話を聞いていた紳士達が話に加わる。
「グレイヴン公は、ノイエ伯爵領目当てなんじゃないか? なぜか豊作の小麦畑や鉱山を譲渡されて潤ってるから」
「いや、グレイヴン家はもう充分金を持ってるだろ。金目当てで伯爵令嬢と結婚するか? 普通に面食いなんだろ」
「あの理屈屋に限ってそれはないって!」
さまざまな角度から議論が繰り広げられたーー
「ーーとまあ、今社交界で一番話題になっているよ!」
ユーリは昨夜テオドールとシャルロットが去った後の様子を、マダムや紳士の声真似を交えて教えてくれた。
テオドールは苦虫を噛み潰したような顔をして、ため息を吐く。
「噂話か。私には理解しがたいものだ」
シャルロットはシャルロットで静かにショックを受けていた。
(不名誉なあだ名をつけられてるのは知ってたけれど、なんだかすごい経験豊富な悪女みたいに思われてるなんて……)
「で、テオドール。真実はどうなんだい?」
ユーリは笑顔だが、目は笑ってない。
しかし、テオドールは目をそらすことなく説明を始めた。
「ノイエ伯爵から小麦農地と鉱山利益を取り上げるための政略結婚だ。いち伯爵が所有するには利益が莫大で危険すぎる。国の領地に代えるつもりだ。
それから、シャルロットは虐待を受けていることが発覚したため、保護する意味合いもある。だから白い結婚だ」
テオドールの答えを聞いたシャルロットは、
(ユーリ様が来る直前にテオドール様が「それは大丈夫だ」と言っていたのは、このことだったのね。筋が通っているわ)
と静かに納得をした。
「シャルロット嬢と結婚してノイエ伯爵領の利益を抑えて、ノイエ夫妻は理由をつけて追放と。ふうん、キミらしい理屈は通っているね」
「事実だからな」
「でもね、テオ」
ユーリはふっと真顔になる。
「今の説明はシャルロット嬢と結婚する理由であって、昨夜シャルロット嬢を連れて帰った理由がないよね」
「!」
ユーリの言葉に、テオドールもシャルロットも僅かに目を見開く。
(確かにそうだわ……さすが公爵家当主。柔和に振る舞いながらも鋭い)
テオドールとシャルロットに緊張が走ったことに気付いているのかいないのか、ユーリは朗らかに話を続ける。
「社交パーティ後、公爵が戯れに令嬢をお持ち帰りすることは珍しくはないよ。
けど、"堅物のグレイヴン公爵"がそれをしたら、みんな『どうして?』って詳しく知りたがる」
「だからそれは、シャルロットの虐待が発覚したから保護をーー」
「虐待が発覚ってどうやって? バルコニーで脱がしたら、折檻の跡があったの?」
「な……!? 私がそんなことするわけないだろう!」
「じゃあどうやって?」
「……」
「テオドール、詰まってしまった時点でもうダメだよ」
テオドールは苛立った。
ユーリに対してではなく、詰めの甘い自分に対してだ。
(テオドール様は分析力があって論理に強いけれど、人の心の機微に関してはユーリ様が上手だわ)
シャルロットは静かに動向を見守る。
「ところでテオドール。昨日キミは朝食に毒を盛られたと言っていたけど解決したのかい?」
「……ああ」
「どうやって? 指紋も目撃者もなくてお手上げって言ってたのに? 使用人全員解雇しないと解決しなくない? でもさっき執事長がいたね?」
「……」
無言のテオドールを見て、ユーリは笑顔で大詰めをする。
「僕の推理。方法はわからないけれど、解決したのがシャルロット嬢なんでしょ?」
目を伏せてユーリの言葉を聞いていたテオドールが、ちらりと横目でシャルロットを見やる。
「……言えない理由は、シャルロットとひいては私の身の安全のためだ」
テオドールは言葉を選んで、ユーリに伝えた。
「それほど危険な情報なら、尚更僕にはバラした方がいい。僕なら、うまくフォローができる」
テオドールは思案した。
ユーリにバラした時のメリットとデメリット。
どちらが上回るか。
その様子を見て、ユーリが最後のカードを使った。
「僕ほど口の堅い貴族はいないよ。何しろ実姉が第二王子妃だからね」
これ以上ない説得力。
姉から王族の機密情報を沢山聞いているだろうに、ユーリが洩らしたことは一度もない。
テオドールはよく知っている。
彼は軽薄そうに見えて実直で、信頼の置ける人間だがーー
「テオドール様、ユーリ様に教えてくださって構いません」
シャルロット本人から許可が出た。
ユーリが笑顔で頷き、テオドールは意を決したように口を開く。
「シャルロットには……」
テオドールが声を潜めて話し始めたので、ユーリは耳を近付ける。
「人やものに触れると、記憶された映像が視える能力がある」
「は……?」
さすがのユーリも、素で驚いている。
10歳の高熱で発現して以来、ノイエ夫妻の命令で様々な紳士に触れて情報を読み取り、ノイエ夫妻がそれを元に脅迫をして、小麦農地や鉱山を奪って来たことまで聞いたユーリは、深く息を吐いた。
「そんな魔法のような能力が存在するのか……。そりゃ速攻で連れ帰るし、僕に隠した理由もよくわかった。絶対に他言しないし、フォローするよ」
「ああ」
ユーリは力強く宣言した後、腕を組んで考え込む。
「そうだな、『テオドールがシャルロット嬢を連れ帰った理由』はこういう筋書きでどうだい?」
シャルロットがバルコニーでボーナム男爵に迫られていたところを、テオドールに助けてもらう。
テオドールに「なぜボーナム男爵に抱きついた?」と問われ、シャルロットが「両親からボーナム男爵は最近金塊を発掘したから、たらし込めと命令されて仕方なく。逆らうとムチで打たれる」と答える。
医師に診せるため、グレイヴン家に連れて帰る。
医師の診断で事実と判明し、テオドールが激怒してノイエ夫妻を離島送り(罰として強制労働)。
「概ね事実だな」
「嘘が多いと辻褄が合わなくなるからね。要は能力に関する部分だけ隠せばいい」
「あの……私の名誉回復を考慮してくださったのですか?」
「名誉回復?」
シャルロットの問いに、テオドールは不思議そうに呟く。
「シャルロット嬢は両親の命令のせいで"ふしだら"だと不名誉な非難を受けているからね。グレイヴン公爵夫人の醜聞は、そのまま夫のテオドールにも影響が出るから、この機に払拭すべきだ。ほぼ事実だしさ」
「……なるほど」
完全には理解しきれていない様子のテオドールを見て、ユーリが眉を下げて笑う。
「テオは相変わらず人の感情をわかってないなあ」
その様子を見たシャルロットは、ふとひらめいた。
(私の名誉回復を盛り込んだのは、私のためというよりテオドール様のため……? でも、私のことをテオドール様の付属品と捉えてくれて気が楽かも)
シャルロットはとても可憐な外見をしているので、男性から御しやすいと思われがちで。
先日のボーナム男爵のように、些細なことで好意を持って執着をしてくる男性が苦手だ。
「ユーリ様。お気遣い感謝いたしますわ」
シャルロットは深くお辞儀をした。
「今夜もパーティがあるんだ。いろんな人がテオドールの親友の僕に真相を聞きに来るから、触れ回っておくよ!」
「ああ、頼む。親友は事実ではないが」
二人のやりとりにシャルロットは吹き出しそうになる。
(その辺の喜劇よりよっぽど面白いわ。良いコンビなのね)
ユーリはウィンクをすると、帰っていった。
ユーリがいなくなると、途端に静寂が訪れる。
「まったく、嵐のような男だ」
テオドールは席に戻って、紅茶を飲み始めた。
シャルロットも椅子に腰を下ろす。
「昔からユーリはああやって私の不得手な部分をフォローしてくれる。軽薄だが、信頼はできる人間だ」
「はい」




