第3話 初仕事
私は命を狙われている――
テオドールに詳細を聞く前に馬車が停まった。
テオドールは無言で馬車を降りてスタスタと歩き出す。
(ついていけばいいのよね……!)
テオドールの配慮の無さに慣れてきたシャルロット。
馬車を降りて、息を呑んだ。
(これがあのグレイヴン公爵家……!)
シャルロットはその大きさと荘厳さに圧倒される。
当主であるテオドールが屋敷に入っていくと。
「テオドール様、お帰りなさいませ」
眼鏡をかけた老齢の執事が現れる。
パーティーに行った主人が令嬢を連れて帰って来たのに、驚きを表情に出さないのはさすが公爵家の執事。
テオドールは執事に「私の執務室に今朝のあれを持って来てくれ」と指示を出した。
(あれって何かしら……?)
シャルロットは首を傾げながら、テオドールについていく。
着いた場所はテオドールの執務室だった。
調度品は上質だが飾り気がなく、テオドール様らしいとシャルロットは思う。
「シャルロット嬢、そこに座ってくれ」
「かしこまりました」
テオドールに促されてシャルロットは、部屋の隅にある来客用のテーブルセットのソファーに腰を下ろす。
「失礼いたします」
先ほどの執事が現れ、銀色の皿をテオドールに手渡してから部屋から出ていった。
「今朝、私の朝食に毒が入れられていた。毒に反応して銀食器が一部変色していたため、食べる前に気付いたが。
料理人3人と料理を運んだメイドが怪しいが、誰の指紋も出なかったし、目撃者もいなくてな」
「私がやることは、この皿に触れて、犯人がわかるような情報を読み取ることですね」
「ああ。洗浄してあるので、もう毒はついていない」
シャルロットは自身のドレスの隙間から、折り畳んだ紙と万年筆を取り出してテーブルに置いた。
「見えたものを描き移すのか」
「はい。今回は犯人捜しということなので、細部まで正確な情報が必要だと思いまして」
「ほう」
「では……」
シャルロットはテオドールから銀色の皿を受け取った。
その瞬間、脳内に映像が浮かぶ。
さすが公爵家の銀食器。
磨き抜かれた皿は、まるで鏡のよう。
盛り付けられた料理に毒を混ぜる若い男の顔が、はっきりと映っていたーー
目を開けたシャルロットはすぐに万年筆を手に取って、取り憑かれたようにどんどん描いていく。
描かれた人物の顔に、テオドールが目を見開いた。
「この者の髪や目の色は?」
「髪色は赤茶色系、目の色は橄欖石のような黄味がかった緑色でした」
シャルロットの答えを聞いたテオドールは、僅かに眉間に皺を寄せる。
「間違いない、庭師のルイスだ」
「庭師……」
「容疑者4人との関係を洗わねばならん。一番確率が高いのは、メイドと恋人同士か。共犯か否かも確認しなければ」
テオドールはぶつぶつと独り言を言いながら、執務室から出て行った。
(うまく犯人を視ることができて良かったわ……)
シャルロットは安堵から深い息を吐く。
(もし、視ても犯人がわからなかったらどうなっていたかしら……。役立たずだと幻滅されて、結婚の話も白紙になったかも)
あり得た未来にシャルロットはゾッとした。
たまたま犯人が迂闊で、鏡のような銀色の皿だったから。
(運がよかっただけだわ……)
シャルロットが思案していると、バタバタと足音が近づいて来た。
「白状した。やはり庭師ルイスが犯人だった」
テオドールは執務室に入るや否や、経緯を説明し始める。
ルイスに『何か言うことはないか』と聞いたら泣き出した。
彼はメイドと恋仲で、料理を運ぶメイドに声をかけ、メイドが見せた僅かな隙に毒を混ぜたと白状したのだった。
犯行の理由は、賭博場の男に博打での借金をチャラにする代わりに依頼されたと言う。
メイドは自分が利用されていたことを知ったショックで辞めてしまった。
「ーーというわけで、シャルロット嬢、君の能力がなければ解決し得なかった。ありがとう」
「いえ……お役に立てて良かったですわ……あれ?」
シャルロットの頬が濡れている。
自分が喜びの涙を流していることに気付いた。
この力を使って、初めて人を助けた。
そして、感謝された。
「うれし……い……」
シャルロットはそう言った後、床に崩れ落ちた。
「どうした!? シャルロット嬢!」
(……豪華な部屋……ここ、どこかしら……? ーーそうだ!)
ゆっくりと意識が浮上するにつれ、シャルロットは思い出した。
ここは、グレイヴン公爵家。
「気がついたか。君が倒れたので医師に診てもらった」
ベッドの傍らに座っていたテオドールが本を置き、シャルロットに話しかけた。
「す、すみません!」
(テオドール様にご迷惑をかけてしまった!)
慌てて上体を起こすシャルロットを、テオドールは手で制止する。
「無理をするな。正直に答えてくれ。視ると体に負担がかかるのか?」
「今までも連続で視すぎた時は頭痛がしたことはありますが、倒れたのは今回が初めてです」
シャルロットはきっぱりと答えると、テオドールは「では倒れたのは別の要因か」と呟く。
「君を診た医師が、栄養不足と言っていた。君は所謂ダイエットをしていたのか、それともーー両親に虐待されていたのか?」
テオドールの問いに、シャルロットは苦く微笑む。
「殿方にしなだれかかった時に、羽根のように軽くなければいけないと……」
ターゲットが細身で小柄な男性の場合もある。
体重が重かったら、受け止めきれず倒れてしまうかもしれない。
恥をかかせたら大ごとになって良くない。
可憐で華奢な若い女性だからこそ、いい気分にさせて自然に『視る』ことができるのだーー
両親からそう言われては、シャルロットは従う他なかった。
両親が伯爵という階級以上に豪華な食事を貪る横で、シャルロットは野菜スープを食べさせられていた。
「そういえば、ノイエ夫妻が私をターゲットにした理由は、君と結婚させてグレイヴン家に入り込む気だったのだろう?」
テオドールの確信を得た言い方に、シャルロットは力無く頷く。
(このままでは、両親の思い通りになってしまう……)
「ノイエ夫妻の処罰についてだが、様々な貴族への脅迫を明らかにすると、君の能力もバレる確率が高まる。それは君ひいては私も危険だから、私はスルーすることに決めた」
「はい……」
「だが、君への虐待については公にする」
「え」
「筋書きはこうだ。君が両親から虐待されていることに気付いた私が激怒。罰としてノイエ夫妻をグレイヴン領にある離島送り」
「!」
「粗食になるから痩せるだろうな。強制労働をサボればムチ打ち。そういう場所だ」
彼らがシャルロットにしてきたことが全て跳ね返るのだ。
「テオドール様、ありがとうございます……。このご恩は何としてもお返しいたします」
「君はすでに充分貢献してくれた。今はとにかく休んで、栄養をとることだけを考えたまえ」
テオドールはベッド備え付けのテーブルに載ったトレイを指差すと、部屋から出て行った。
一人になったシャルロットは、部屋の中を見渡す。
(一般的な貴族の暮らしを提供するとおっしゃっていたけれど、これは一般的ではないわ……!)
部屋はとても広く、ランプやチェストなどの調度品も上質で美しい。
用意された料理は、鶏肉や野菜が小さく切られている。
(きっと料理人の方が食べやすいように気遣って下さったのね……)
鶏肉と野菜のスープも、柔らかく白いパンも、瑞々しく甘い果物も、あたたかな紅茶も全てが信じられないくらい美味しい。
(全部食べても、もうお父様お母様に怒られないんだ……)
シャルロットは泣きながら、出された料理を完食した。
ーーその晩、シャルロットはサイコメトリーを発現してから初めてぐっすりと安眠できたのだった。




