第2話 発現
シャルロットが淑女のお辞儀をすると、テオドールは踵を返して歩き出した。
「あの……?」
「ついて来たまえ」
「は、はい」
言われるままテオドールの後について歩いていく。
(テオドール様、歩くのが速すぎるわ。こちらはドレスにヒールなのに……)
紳士ならば令嬢の手をとってエスコートするものだが、そんな配慮などテオドールの辞書には全くない。
シャルロットは微笑をたたえな がら、必死についていった。
急にテオドールの足が止まる。
視線の先にあるのは、グレイヴン家の馬車。
(なんて立派な馬車……さすが公爵家の格を感じるわ)
「君も乗れ」
さっさと先に乗ったテオドールから、声をかけられる。
「失礼いたします」
シャルロットは小声で言いながら、馬車に乗り込んだ。
ちなみに馬車が走り去った後、「あの変人グレイヴン公爵が、ドジっ娘シャルロットを選んだ!?」と騒ぎになっていたことを二人は知らない。
馬車に乗り込んだシャルロットは、テオドールの斜め向かいに腰を下ろす。
馬車の中は、テオドールとシャルロット二人だけ。
(はぁ疲れた……あんなに速く歩いたのは初めてだわ)
「そういえば、あの能力は生まれつき持っていたのか?それとも途中で得たものか?」
テオドールに尋ねられたシャルロットは、遠い目をする。
「あれは、私が10歳の時のことでしたわーー」
シャルロットは10歳の時、風邪を拗らせて高熱が出て3日間寝込んだ。
このまま熱が下がらなければ命が危ないと医師に言われたが、奇跡的に下がった。
意識が戻ったものの、まだ半分まどろみの中にいるシャルロットの手が、ベッドの横に立つ父の手に偶然触れる。
するとーーある映像がシャルロットの頭の中に流れ込んできた。
「金髪の女の人と、青い指輪を売るお父様……?」
シャルロットが呟くと父の顔色が変わった。
「なぜ、知っている!?」
シャルロットの父、ダグラス・ノイエ伯爵は愛人の浪費で金が足りなくなり、最近サファイアの指輪を売ったのだ。
しかしそれはシャルロットが寝込んでいる間のことで、知りようもないはずなのに。
「お父様の手に触れたら、頭の中に浮かんだの……」
「なんだと……!?」
ノイエ伯爵は自分の妻を呼び、シャルロットに触れさせた。
「……お母様が赤髪のメイドを鞭で叩いてる……!?」
シャルロットの言葉を聞いたミラ・ノイエ夫人は、顔を真っ赤に染めた。
隣のノイエ伯爵が「お前、本当か!?」と詰め寄る。
「貴方がメイドにまで手を出すからでしょ! それより! なぜシャルロットが知っているのよ! この子が寝込んでる間に地下室でやったのに!」
ノイエ伯爵はヒステリックに叫ぶ妻に耳打ちをした。
「どうやらシャルロットは、人に触れると秘密にしていることが"視える"ようになったらしい。高熱のせいかもしれん」
「なんですって!? ……良い考えがあるわ」
ノイエ夫人は口の端を吊り上げて、ニタリと笑った。
*****
「シャルロット、あの白い髭のおじさんの前でわざと転びなさい」
「えぇ……?」
父と母に連れて来られた場所は貴族たちのパーティ。
病み上がりながらも「皆でお出かけ」と喜んでいたシャルロットは、父に言われたことが不可解で戸惑いの声を洩らす。
「貴女も鞭で叩かれたいの?」
母の言葉にシャルロットは震え上がる。
鞭で打たれるメイドの背中から血が噴き出していたことを思い出したからだ。
シャルロットの足は震えからもつれて、偶然にも転んでしまった。
白い髭のおじさんーーパヴァティ伯爵の目の前で。
「お嬢さん、大丈夫かな?」
パヴァティ伯爵はにこにこと微笑みながら、シャルロットに手を差し伸べた。
シャルロットは立ち上がるため、その手を掴んだーー瞬間。
(まただわ……!)
シャルロットの脳内に映像が流れ込み、思わず目を瞑る。
「おや、具合が悪いのかな?」
パヴァティ伯爵に声をかけられて、シャルロットはハッと目を開ける。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました!」
シャルロットはパヴァティ伯爵から手を離し、お辞儀をしてすぐに父母の元に走った。
「シャルロット、何か"視えた"んだな?」
父に凄まれたシャルロットは眉を下げて、小さな小さな声で話し始めた。
「よくわからないけれど、白い髭のおじさんが、ハダカであの隣のお兄さんに被さっていたの……」
シャルロットの話を聞いたノイエ夫妻は、パヴァティ伯爵の隣に立つ人物をちらりと見た。
パヴァティ伯爵の従者の若者。
綺麗な顔をしているがーー男だ。
「パヴァティ伯爵は男色趣味なのか……!」
ノイエ伯爵は声を潜める。
この国の宗教では、同性愛は罪とされている。
ましてやパヴァティ伯爵は愛妻家として知られており、夫婦で孤児院を尋ねたり慈善活動をする人格者。
「そんな話、噂でも聞いたことないわ」
噂話が大好きなノイエ夫人がきっぱりと言うと、ノイエ伯爵が口の端を吊り上げた。
「巧妙に隠してるんだろうよ。ああ、孤児院訪問は物色のためかもな。バレたら大スキャンダルだ」
ノイエ夫妻は目を合わせてうっそりと嗤う。
ほどなくして、パヴァティ伯爵は失脚した。
そして、なぜかパヴァティ伯爵領はノイエ伯爵家のものになった。
その土地では貴族達の食に不可欠な小麦を育てており、ノイエ伯爵家の財政は潤った。
その金でシャルロットの父ダグラス・ノイエはますます女遊びに興じ、母ミラ・ノイエは豪遊。
味を占めたノイエ伯爵夫妻は、シャルロットに同じことをさせて、脅迫するための情報を集めた。
うまく情報を読み取れなかった時は、母ミラに鞭で叩かれるため、シャルロットは必死だった。
ターゲットの前でわざと転んで触れる手口。
子供の頃は通用したが、成長するにつれてシャルロットは、目当ての男性の前でわざと転んで抱きつく『ふしだらな令嬢』『ドジッ娘シャルロット』と揶揄されるようになる。
「ーーなるほど。経緯はわかった」
テオドールがそう言うと、シャルロットは両手で自分の顔を覆った。
「どうした」
「わ、私が視たせいで人々が不幸になってしまったことにずっと罪悪感があって……」
「当時の君は子供で、親の命令で、失敗したら鞭で折檻。君も被害者だ。それに君のお陰でパヴァティ伯爵に手篭めにされていた従者は、助かったのではないか?」
「……でも」
「これから君はその力を使って、困っている人々を助けることで償っていけば良い」
「はい……」
今まで誰にも言えなかった罪悪感と苦しみを吐露したにも関わらず、テオドールの態度は変わらない。
(テオドール様のこういう性格が今は救いだわ……)
シャルロットが小さく安堵の息を吐いた後、テオドールが口を開く。
「単刀直入に言う、私は命を狙われている」




