第10話 伝説の晩餐会②
シャルロットがよろけたのはダリラのせいだと気付いたユーリが、さりげなくダリラの横についたので、妨害されることなく大食堂に到着した。
「なんと美しい……」
招待客達は大食堂の煌びやかなシャンデリアや、マホガニーのテーブルの精緻な彫刻を見て、思わず感嘆の息を吐く。
横長のテーブルの中央にシャルロット、両隣に大司教ヨハンとユーリ。
向かい側にテオドール。
そして、テオドールの隣にダリラ。
侯爵マダム達や他の招待客達が囲む席順だ。
「乾杯!」
前菜の新鮮な野菜とサーモンのマリネに始まり、豪華で美味しそうな料理が次々と運ばれて、招待客はそのたびに歓声を上げた。
「いやぁ私は鹿肉の赤ワイン煮が大好物でしてな、これは今までで一番美味い!」
「喜んでいただけて何よりですわ。モンゴメリ卿の好物だと、テオドール様から聞いておりましたの」
「えっ、グレイヴン公が私の好物を覚えていてくださったのですか?」
モンゴメリ侯爵がテオドールの方を向くと、テオドールはワイングラスを傾けた後、口を開く。
「ええ、以前お話しした時にお聞きしました。私は記憶力が良いので」
「他の皆様のメイン料理もそれぞれ皆様の好物にいたしましたの」
シャルロットがにっこりと微笑む。
確かにメインの料理は一人ずつ違う。
静かに会話を聞いていた端の席のマダム達が、シャルロットに聞こえないよう小声で会話を始める。
「ん~~鴨肉美味しい。私の好物をよく調べたわねぇ」
「料理の美味しさに加え、社交界の情報通であることがわかる……」
「やるわね、なかなかの手腕だわ」
侯爵マダム達がシャルロットを褒めるのを聞いたダリラの顔が一瞬歪み、そしてすぐに微笑に戻った。
ダリラはフォークを置いて、横を向く。
「大司教であるヨハン様に、国教についてお聞きしたいことがございますの」
隣に座る大司教ヨハンに笑顔で話しかけるダリラ。
ヨハンは栗色の髪の四十代の柔和な男性だ。
「なんでしょう?」
「国教の教義では離婚は認められませんが、『結婚自体を無効にする』ことは可能ですわよね?」
「ええ、そうですよ」
ダリラはシャルロットの斜め向かいに座っているため、会話はシャルロットにも丸聞こえだ。
(私に対する攻撃のつもりかしら……)
シャルロットは微笑を崩さず、周囲の貴族達と談笑を続けた。
食事が終わり、まずシャルロットが立ち上がる。
「皆様、応接間に紅茶と焼き菓子をご用意しております。ゆっくりお話をいたしましょう」
シャルロットの音頭で招待客達が席を立ち、応接間に向かって歩き出した。
が、ダリラだけは席を立たず、立ち上がったテオドールに上目遣いで話しかける。
「テオドール様、私はテオドール様のお役に立ちますわ」
「ほう、例えば?」
「ゾーヴィス公爵家には有能な私兵が多数在籍しておりますの。
王都の犯罪を取り締まるテオドール様の手足となって働きますわ!」
「それは助かるな。現状、人手不足極まりない」
テオドールがダリラの言葉を肯定したことで、空気がざわつく。
「グレイヴン公、乗り気じゃないか?」
「でもテオドール様はもう結婚されてるし……」
「そこは、『結婚を無効にしたい』と国教会に言えば済む」
「テオドール様って合理的で冷徹だから、ダリラ様の方が利益になると踏めば乗り換える可能性はあるわよ」
「いや、性格的にただ素直な感想を言っただけだろう」
小声で話す招待客達。
テオドールの反応に手応えを感じたダリラは、さらに話を続ける。
「テオドール様がシャルロット様と結婚なさったのは、ノイエ伯爵領の農地と鉱山の利益が莫大すぎて危険だから、国の領地に替えるためですわよね?」
「ああ、そうだ」
テオドールの返事を聞き、満足げに微笑みながらダリラは勝負に出た。
「ノイエ伯爵領を国の領地に替えた今、シャルロット様と結婚を継続する意味がありましょうか?」
ダリラの自信に満ちた声だけが室内に響いた。
他の招待客も雑談をやめて聞き入っているのだ。
招待客達の注目を一心に集めるテオドールが、静かに口を開く。
「ある。シャルロットは私に必要な存在だ」
招待客の男性陣から驚きや戸惑いの声、そして女性陣からは歓声が上がった。
「あらっ政略結婚から愛が芽生えてるじゃない!」
「今日の晩餐会も手際が良いし、テオドール様を支える良妻なのねぇ」
マダム達の冷やかしが聞こえてシャルロットは焦る。
(テオドール様は私のサイコメトリーが必要と言っているだけなのに! 皆はそれを知らないから、誤解してるじゃない!)
そう思いつつも、まるで自分が大切な存在だと言われたようで、うれしさがこみ上げるシャルロット。
頬に熱が集まるのが止まらない。
対照的に、ダリラはまさか断られると思っていなかったのか、ショックで固まっていた。
ここに来て、シャルロットがダリラに話しかける。
「ダリラさん、どこか具合がお悪いのですか? 顔色が悪いし、マリネとオレンジのソルベしか召し上がってらっしゃらなかったし……」
心配そうな声音で尋ねるシャルロット。
それを聞いたマダム達が、誰彼ともなく呟いた。
「酸っぱいものばかり……あ」
「妊娠?」
直後。
ダリラの顔が真っ青になる。
「ええっ!?」
招待客達のほとんどが驚きの声を漏らす中、テオドールだけが「成程、そういうことか」と納得したため、皆が彼を見た。
「ゾーヴィス家ならば、外交官であるユーリの方が結婚相手として利益が高いのに、なぜ私に拘るのか理由がわからなかったがーー」
テオドールがダリラを見下ろす。
「子供の父親の髪や目の色が、私と同じなのではないか?」
ダリラは震えながら俯く。
それが答えだった。
「つかれた……」
シャルロットは招待客を全員見送ってから、テオドールの執務室のソファーに倒れ込むように腰を下ろした。
あの後。
晩餐会どころではなくなり、お開きとなって。
何しろ未婚の公爵令嬢が妊娠、しかもそれを隠すために既婚の公爵に托卵狙いの求婚。
前代未聞の大スキャンダルだ。
シャルロットが初めて主催を務めた晩餐会は、後に伝説の晩餐会と語り継がれることになるーー
「後からユーリに聞いたが、あの時君がよろけたのはダリラのせいだったのだな」
シャルロットの向かい側のソファーに、テオドールも腰を下ろす。
「はい。後ろからドレスの裾を踏まれました」
「ああ、よろけた拍子にダリラに触れて、妊娠を知ったと」
「そうです……」
シャルロットは渋い顔をして、ティーカップを傾ける。
「ダリラに酸っぱい料理しか食べてないことを指摘したのは、『私は貴女の妊娠を知ってる』と遠回しに伝えたかったのですが……。
まさか侯爵マダム達が、それで妊娠に気付くとは思ってなくて……」
シャルロットは、ダリラが托卵しようとした事実は許せないが、妊婦を追いつめることは本意ではなかった。
紅茶を飲んでいたテオドールが、ティーカップを置く。
「ダリラの妊娠が今日、公にならなかった場合。ダリラは妊娠を隠したまま、ユーリと結婚」
「!」
「ダリラが懸念していた通り、紺色の髪と青い目の子が産まれた場合、その時点で婚姻は無効。
フォラツ家を騙していたのだから、ゾーヴィス家は莫大な賠償金を支払う。
ダリラは修道院行き。ユーリはまた結婚相手を探さねばならない」
(地獄絵図だわ……!)
シャルロットは他人事ながらも、想像だけで胃が痛くなりそうだ。
胃の辺りを押さえるシャルロットをよそに、テオドールは話を続ける。
「産まれた子が、ダリラに似た金髪の子だった場合。
ユーリも金髪だから、托卵が気付かれずにユーリの子供として育てられただろう」
「それはまずすぎます!」
貴族の結婚の本質は血を繋いでいくことだ。
しかも、フォラツ公爵家は王家とも関わりのある大貴族。
「君は正しいことをした」
テオドールがシャルロットを見据える。
「そもそもダリラが君に攻撃をしかけなければ、公になることはなかったのだから因果応報だ」
「はい……」
ダリラは大罪を犯した。
しかし子供には罪はない。
(子供が無事産まれますように……)
シャルロットは静かに祈ったのだった。
◇◇◇◇◇
《伝説の晩餐会》の翌日。
シャルロットが自室で絵の勉強をしていると、テオドールが帰って来た。
「テオドール様、お帰りなさいませ」
「ゾーヴィス公爵家に行っていた。これがダリラについての調査書類だ」
筆を置いたシャルロットは、渡された書類を読んで目を見開く。
「ダリラの子の父親は、ゾーヴィス家の私兵の一人だったのですか!?」
「ああ、確認のために面会したが、紺色の髪に青い目の20歳の男だった。ダリラとは恋人同士だったそうだ」
調査書に、ダリラはグレイヴン家に嫁ぐ時に自分の専属護衛として恋人を連れていく気だったとあり、シャルロットは呆れた。
(どんだけ図々しいのよ……!)
その私兵は当然、解雇。
ダリラは修道院行きーー実質的な勘当だ。
ダリラの妊娠を知りながらも隠していたゾーヴィス家の専属医師も処罰が下された。
ゾーヴィス公爵夫妻は何も知らなかったらしく、事の顛末をテオドールから聞かされた時、ゾーヴィス夫人はショックで失神してしまった。
ゾーヴィス公爵はグレイヴン公爵夫妻に多大な迷惑をかけたお詫びとして、慰謝料を支払って来た。
「これで、今回の件は終わりだ」
「お疲れ様でした。そういえば、ユーリ様の結婚はどうなるのでしょうか」
ユーリは外交官でありフォラツ公爵家当主のため、年齢や爵位の釣り合いの取れる相手が公爵令嬢であるダリラだけだったのだ。
「ああ、ユーリの新しい妻候補が決定した」
「一体どなたが……?」




