第23話 心の傷
眠りに落ちたシャルロットは夢を見ていたーー……
周りから聞こえるのは、大勢のすすり泣く声。
目の前には、横転した馬車。
片側の扉や車輪が外れて無残な姿。
(視界が低い……子供の視点?
頑丈そうな馬車なのにグシャグシャだわ……事故かしら)
『セルジュ』
幼い男児の声だ。
セルジュと呼ばれた男性の使用人が、慌てて近付いて来る。
『テオドール坊っちゃん! 見てはいけません!』
『このばしゃ、とっといて』
『え! ……かしこまりました』
(これは、テオドール様の幼い頃の記憶……。ということは、これはお母様の事故の……)
「ーーよく眠っているな」
床にうずくまったシャルロットをテオドールが抱き上げて馬車に乗せたが、彼女は一度も起きることなく眠っている。
「サイコメトリーに使用制限があることまで考えが至らなくて、シャルロットに無理させてごめん……」
ユーリは、テオドールが肩に寄りかかって眠るシャルロットのマスカレードマスクを外すのを見ながら、申し訳なさそうに言った。
「恐らく、シャルロットは使用制限の事をわざと隠していたと思う」
テオドールはそう告げた後、少し迷ったが話を続ける。
「……彼女はどうも頑張りすぎる傾向がある」
「情報の読み取りに失敗すると、両親に鞭で打たれていたんだっけ。サイコメトリーで役に立たなきゃ捨てられるって感覚なのかも」
「最初の毒殺未遂事件を解決してくれただけで充分だと言っているのだがな」
「両親から長いことひどい扱いを受けていたようだから、なかなか呪いは解けないだろうね……」
ユーリは心底気の毒そうな声で呟いた。
仮面がなくなったシャルロットは、顔色の悪さが際立つ。
目の下にうっすらクマが見えて、テオドールは眉間に皺を寄せる。
「オニキスとやらは重罪にせねば。催眠術による人格改変など、人間の尊厳を著しく傷つける危険な犯罪だ」
「王族の人格改変や、殺人兵士軍団作成なんかをやる前に捕まって良かったよ……」
ユーリがぼやくとテオドールが、「全くだ」と強く頷いた。
「それにしても、他国の平民の占い師が、よく高価な医薬品のセシュネを入手できたものだ」
「確かに……」
「ジョンが捜査しているだろうから、後で聞くか」
瞼を開いたシャルロットの目に映ったのは、自室のベッドの天蓋だった。
(私……占いの館にいたはずーー)
占い師オニキスと対峙したことやテオドールが元に戻ったことなどを思い出したシャルロットは、がばりと起き上がる。
「頭痛で倒れたのだから、ゆっくり動きたまえ」
「テオドール様!?」
ベッドサイドの椅子に座るテオドールが、手に持っていた書類を膝の上に置いてシャルロットの方を向く。
「頭痛はどうだ」
「あ、そういえばすっかり治まってます」
シャルロットが答えると、テオドールは小さく安堵の息を吐いた。
「当分サイコメトリーは禁止だ。暫く休みなさい」
「でも、昼下がりから行われる国教会の礼拝集会は欠席できません」
「それは体調よりも大事なのか?」
「大事ですよ! 大司教ヨハン様が参加される大集会ですから、グレイヴン公爵家が欠席するわけに行きません。テオドール様だって仕事に行きますよね」
「無論。拉致のせいで仕事が溜まっているからな」
当然という感じのテオドールの態度にシャルロットはカチンと来た。
「テオドール様こそ、休んでください! 拉致されて催眠術かけられてたのに!」
シャルロットが声を荒げていると、ノックの音が聞こえた。
「テオドール様、ジョン様がお見えです」
申し訳なさそうな執事長の声にテオドールは急いでドアに向かって歩き出す。
「礼拝集会は仕方ないが、終わったらすぐ帰って休みたまえよ」
そう言い残してテオドールが部屋から出ていった。
一人になって冷静さを取り戻したシャルロットは頭を抱える。
「またやってしまったわ……!」
ベッドに突っ伏して呻くシャルロット。
(どうして私、時々テオドール様にイライラして怒鳴ってしまうのかしら……)
頭を上げると、サイドテーブルが視界に入った。そこには。
「……甘そうなスィーツがたくさん……」
以前シャルロットが美味しいと言ったスィーツばかりが乗った皿を見て、シャルロットは泣きたいようなむず痒いような気持ちになる。
コンコンコンッ
ノックの音の後、メイドの声が聞こえた。
「シャルロット様、お茶でございます」
「ありがとう」
メイドがやって来て紅茶を淹れてくれたので、スィーツをいただくことにした。
(美味しい…染みるわ)
甘いものを食べて元気を取り戻したシャルロットは、湯浴みをして礼拝集会の準備を始めた。
国教会での礼拝集会は何事もなく終わった。
シャルロットは周囲に座っていた貴族達と雑談を交わした後、出入口に向かって歩き出した。
(意外と早く終わったから、高級店街のカフェに寄ろうかしら)
シャルロットはちらりと後ろを見る。
女性護衛のロアがついて来ているのだ。
(護衛がいれば一人でも行っていいって言ってたし。でも、真っ直ぐ帰らなかったことがばれたら怒られそうだわ……)
テオドールの怒り顔が思い浮かび、シャルロットは諦めることにした。
「はぁ……」
無意識に溜め息をつくシャルロットを見つめる人間が一人。
「悩み事ですか。私でよければお話を聞きますよ」
シャルロットが顔を上げると、大司教のヨハンが穏やかな笑みを浮かべて立っている。
(ヨハン様なら良いアドバイスをしてくださるかも)
「お願いいたします」
「ではあちらへ」
ヨハン大司教に促されて、シャルロットは教会内の小部屋に入った。
護衛のロアは入らず、ドアの前で立っている。
部屋は小さいながらも窓が大きく、あたたかな日差しが差し込んで心地良い。
窓の前に、木製のテーブルとソファーのセットが置かれている。
信者の相談や悩みを聞くスペースなのだろう。
「さ、どうぞ」
「失礼しますわ」
ソファーに腰を下ろし、ヨハン大司教と向かい合った。
「ここで聞いたことは他言いたしません。皆さんのお話を聞くのも大司教の役目ですので、気楽に」
ヨハン大司教のおっとりとした雰囲気に、シャルロットの口が自然と開く。
「テオドール様と話していると、急にイライラして怒鳴ってしまったり、感情のコントロールが効かない事に悩んでいて……」
「ほう、話の内容は例えばどんな?」
「私が頭痛で少し寝込んだだけで、今日の礼拝集会は休めと命令してきて。そのくせ自分は休まず仕事に行くことに苛立ってしまって……」
「ほうほう」
「こんな風に感情をぶつけてしまうのは、テオドール様にだけなんです」
「貴女にとって、テオドール様は甘えられる存在なのでしょう」
「!」
ヨハン大司教の言葉を聞いて、シャルロットは雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。
「両親は甘えられる存在ではなかったからって、テオドール様にその役目を求めるなんて私……」
「ありのままの自分で愛されたいという気持ちは、人間が持つ当たり前の欲求ですよ。一番身近な人に求めるのも自然なことです」
考え込むシャルロットを見て、ヨハン大司教は優しく語りかける。
「ヨハン様、ありがとうございます。靄が晴れ渡っていくようですわ」
晴れ晴れとした表情のシャルロットに、ヨハン大司教は柔らかく頷いた。




